第四話
それに気がついたのは、ミサクが大学へ行く為に家を出た二時間後のことだった。きっかけは今日も事務所にやってきたナツキの一言。
「ねぇねぇ、二階の台所の方にお弁当置いてあったよー?」
ナツキがぬいぐるみを持つ手と反対の手で掲げたのは、ミサクの目と同じ色をした緑色の巾着に入ったお弁当。紛れもなくモスケがミサクの為に作ったものだ。
「ありゃ、ミサクってばお弁当忘れて行っちゃったんだ……! うーん、学食って食べるかなぁ……」
ミサクは吸血鬼で、取り寄せた血液を週に何回か飲んでいるが、お腹が空くからと人間の食事も摂る。しかし食は細く、そこまでの量は食べられない。故に朝食もいつも野菜ジュースで済ませており、お弁当もミサクが食べ切れる分を作っている。そんな彼が食べ盛りの学生の為に作られる学食を食べられるのだろうか。
「いいよ、ぼくが持っていってあげる! 外でもないモスケとミサクの為だからね! それにミサクの大学がどんなところか気になるし!」
「アンタ、さてはそっちが狙いだな?」
コクアの問いにてへ、と舌を出しウインクを決める。このような時、コクアは決まって“かわいこぶりやがって”と言うのだ。そして今回も案の定。
「ナツキって本当にかわいこぶるのが好きだよな。飽きねーの?」
「だって実際に可愛いから!」
この男、自身の愛らしさに自信満々である。確かに見た目はとても可愛いのだが、自画自賛されるとどうにも褒めたくなくなる。
それはともかく、忘れ物を届けるとなれば居ても立っても居られない。広い敷地から昼食までにナツキを探し出しお弁当を届けなければ。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「気をつけてね!」
「お土産頼んだぜー!」
時刻は十二時半を過ぎ、お昼時。ミサクはフユキと共に学食へ向かっていた。朝に鞄から勉強道具を出す段階でお弁当を忘れたことに気づき、取りに戻る時間も無いからと仕方なく学食で食事を摂ることにしたのだ。
そんなミサクも普段から学食には行っている。ただ、注文はしない。フユキが学食を愛用しているので、その横でお弁当を食べるのがいつもの流れだ。
「ミサクくんって、いつもお弁当作ってて偉いね」
「僕が作ってるんじゃなくて、あー……親戚が作ってくれてる」
もちろんモスケは本来の意味での親戚ではない。共に作られた存在であるため、同僚という言葉以外ではこの表現がしっくり来るのと、事情を知らない人に向けて説明する時に上手く誤魔化せるのだ。
「親戚の人が? ふふっ、ワタシもよく従兄弟にご飯を作ってもらってるの。ワタシも従兄弟も一人暮らしだけど、週に何回か従兄弟が家に来てくれるんだよ」
お揃いだ、などと話しながら学食へ向かう二人。……だったが、ミサクの目が木陰の方に明るい水色の髪を捉えた。……ナツキだ。ナツキは二人の方を呆然と見ている。
「……悪い、ちょっと待っててくれ」
断りを入れ、急ぎナツキの方へ。ナツキは珍しく真顔で口元をきゅっと結び、目は何か感情を堪えているようにも見える。
「おい、どうしたんだよ」
「……お弁当を届けに来たんだ。それよりあの子、誰」
ナツキが目線を向ける先には、ミサクの様子を不安げに見つめるフユキ。ナツキは夢の世界でなら人間にも認知されるが現実世界においては人間の目に見えないため、今のフユキからナツキは見えない。ミサクが木陰に隠れて何かをしているように見えていることだろう。
「前に友達ができた、って言っただろ。その子だ」
そのことか、とため息交じりに説明する。ナツキのぬいぐるみを持つ手が握り締められたことが気になるが、それを問うより早くナツキが話し始めた。
「ふーん……まあいいや、モスケが愛情込めて作ってくれたんだから、もう忘れちゃ駄目だよ? ぼく帰るから、勉強頑張ってね!」
「? あぁ……」
こちらが質問を返す間も無くナツキは走り去ってしまった。何だったのか疑問に思いながらも、彼はすぐにその場を後にしたので仕方なく帰りを見届け、フユキの下へ戻る。一人待たされていた彼女は不思議そうに尋ねた。
「何してたの?」
「親戚がお弁当届けてくれたんだ。丁度木陰にいたから、フユキには見えなかったと思う」
「そっか、そういうことだったんだ」
納得した様子で、それ以上の追求は無さそうだ。そのことに安堵しつつ、フユキの昼食を手に入れる為にも二人で学食へ足を運んだ。今日のフユキはうどんを注文し、先程届けられたミサクのお弁当には唐揚げと彼の好きなカニカマが入っている。
そして食事を済ませた頃にはナツキに対する疑問も忘れ、次の授業へ心新たに向かった。
その日の夜。フユキはパジャマに着替えベッドの上でノートパソコンを触っていた。
服に頓着しないフユキだが、今着ているのは可愛いピンクのパジャマ。これは一人暮らしを始めるにあたり、親が“女の子なのだから可愛いやつを一着でも持っておけ”と頼んでもいないのに買ってきたものだ。本来のフユキは中高のジャージを部屋着にするタイプである。
そしてノートパソコンには小さい頃に伯父から貰った、水色の可愛い動物型のステッカーが貼ってある。犬か猫かよくわからない見た目……何なら何の動物かもはっきりしないが、このキャラはフユキのお気に入りだ。
そんな好きなキャラで飾られたノートパソコンで検索していたのは推しの最新情報。公式サイトによると、推しの曲が配信されるまで後少し。きっと全国のファンがその時を心待ちにしているだろう。無論、フユキもその内の一人。一体何人の人が推しに対する思いを持っているのか。物理的に測ることはできないが、きっと皆推しに夢を抱いているはずだ。
「……あ、もうこんな時間なんだ。時間が過ぎるのって早いなぁ」
公式サイトに表示された「公開まで後二十四時間!」の文字を見て日付けが変わったことに気がつく。ノートパソコンをシャットダウンして閉じ、部屋の電気も消して布団へ入った。
――河出フユキには秘密がある。少し奇妙な、とある能力が。変な人と思われるからと、周囲には言っていない。話しているのは家族と親戚のみ。
その能力を使うべく、彼女は今日も眠りに就いた。
一方その頃。
モスケとミサクはいつもと同じように悪夢との戦いを繰り広げるべく夢の世界に向かい、今日はナツキも同伴していた。しかし、悪夢や黒いモヤを払う二人を置いて、ナツキは用事があると言い二人とは別行動中。二人が頑張っている間に自分だけぶらついて申し訳無さもあるが、ナツキはナツキで気になることがある。
「どこかなー、そろそろ会えると思うんだけど……あ!」
ナツキの視界に一人の少女が映る。昼間、ミサクと共にいた少女……フユキだ。
「――こんばんは、お姉さん!」




