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あやし見送り歌  作者: 木創たつみ
カナタへの思い編
19/20

第十九話

 いつものにこにこの彼ではなく、感情を見せない冷たい顔。いや、胸には何か秘めているのだろうが、それを見せようとはしない。

「ナツキ。これまでのこと、ちゃんと話して?」

 モスケがフユキを庇うように前に出つつ、説明を促す。

「獏句の子にお願いされたなら仕方ないや。……どこから話そうかな」

 もう、隠す必要は無いから――嘲笑気味に息を吐いた。


「まず、現実世界の人間たちの夢を食べ、フユキの体にあの子の……ナツキの人格を入れたのはぼく。このあたりは君たちも予想してたんでしょ?」

「何故そのようなことをした」

 アキハルが凄む。だが彼は気にせず続ける。

「全てはナツキの為。心の薄片を集めて魔力の源を溜めていたのも、この騒ぎを起こしたのも、全部――ナツキを救う為だよ」

「あ? どういうことか全っ然見えてこねぇんだけど」

 不可解さを示すコクアに、彼がようやく優しく笑う。

「大丈夫だよ、コクアたちにもわかりやすいようにちゃんと言うから。もう少し待って? ……続きを話そうか」

 片腕でぬいぐるみを抱き締め、空いた手で人差し指を立てる。

 昔、アキハルの妹のナツキという少女がいた。両親は離婚して母親に引き取られたが、そもそもの離婚の原因は母親の浮気。浮気がバレたのはナツキの祖母が浮気現場を見たかららしい……が、“そのあたりは詳しくないから兄のアキハルにでも聞いて?”と彼は告げた。

 で、と一旦言葉を切り、よいしょとぬいぐるみを抱え直す。

「母親は、ナツキの顔がナツキのおばあちゃんに似てるからって理由でナツキに何度も暴力を振るった。浮気相手も、憂さ晴らしか何か知らないけど母親に合わせて何度も殴った。で、ある日ナツキはまた暴行されていた時に頭をぶつけて死んじゃった」

「それで、何でそんなことを君が知ってるんだ」

 モスケと同じくフユキと彼の間に立ったミサクが問う。

「そんなの……」

 ――ぼくが、ナツキの持っていたぬいぐるみだからだよ。

 にっこりと、だが未完成の笑みを貼り付け、ぬいぐるみの腕を振った。


「つまり……付喪神ってことかしら?」

 ハツカが述べると彼はおー! と声を上げた。

「お姉さん、大正解! お姉さんって頭いいんだね!」

 今度はいかにも喜んでいますと言うように、わざとらしくぬいぐるみを掲げてみる。かと思えば、再びトーンを落として語り出す。

「ぼくは神の使いなんかじゃない。獏句に命令を与える神なんて最初からいない。全部、弱いぼくが本当の神になる為の計画。魔力を集めさせたのも、今、人間の夢を食べているのも、力を付けてナツキの神様になる為」

 なのに邪魔が入った――無感情な声色でぼそりと呟く。かと思えば、拳を固く握り震わせた。

「だって……いないんだよ。神なんていないんだよ! いたならあの子は救われた! 神がいないなら、ぼくがなるしかないじゃん! じゃないと誰があの子を救うって言うのさ!」

 渾身の叫びだった。後悔の悲鳴だった。嘆きと怒りを力に変え、悲願を成そうとしたのだ。

 だが、間髪入れずにアキハルが矛盾点を指摘する。

「あれは本物のナツキじゃない。死者が蘇ることなどあり得ない」

「わかってるよ! あれはあくまでぼくが作った嘘っぱちの人格。ナツキはいないことくらい……わかってるよ……」

 だから、偽物のナツキを作るしかなかったんだ――ぬいぐるみに顔をうずめた。

「あの子はいつも願っていたんだ。“神様に助けてほしい”って。だからそれを叶えようとした。……あの子の為にぼくができることなんて、それだけだから……」

「……自己満足だな」

 アキハルが吐き捨て、彼に詰め寄る。そして、毅然と告げた。

「ナツキの愛情さえ捨てた君に何ができる?」

「……は」

 こいつは何を言っているのだろう。そんな目だった。だが、アキハルは意に介さず続けて話す。

「ナツキが君に与えた名前を覚えていないのか? わざわざ己の名前を、ナツキの思いさえも捨てた君に、ナツキの為に何かを成せるとでも?」

「あの子の、思い……」

「思い出せないなら私が言ってやる。君の本当の名前は――カナタ」

 ……その言葉を聞いた時、体が軽くなった気がした。そして、少女のナツキと過ごした温かな日々が記憶に浮かぶ。

 そう、そうだ。彼女はずっと自分を愛してくれていた。だから、彼女の為に何かしてあげたいと思った。自分にできることなら、何でも。その為なら嘘を吐き、心がすり減っても構わなかった。彼女のことを忘れない為に彼女の名前を名乗り、いつしか与えられた愛情の記憶は歪んで見えなくなった。

「……そうだ、ぼくの名前、ぼくの名前は……カナタ」

 今度こそ、心から笑う。目から温かな思いを流して。


 ナツキ――カナタの心持ちはすっかり透き通り、穏やかだった。自分を愛してくれた人の思いを思い出し、己の行動を省みる。

「……そうだよね。ナツキはこんなことを望まない」

 諦めたように笑うカナタに、アキハルは静かに述べる。

「嘘を吐き、獏のように人の夢を喰らい。君は決して神などではない。その資格さえ己が手で捨て去った。情念に囚われた、ただの未練がましい妖怪だ」

 だが、と続けて。

「ナツキを思う気持ちは本物だった。……大切にしていたぬいぐるみが自分をこんなに思ってくれて、あの子もきっと幸せだろう」 

「そう、だといいな……」

 アキハルの言葉に、カナタは俯きがちに悲しそうに微笑む。そんな彼の前へとフユキが歩んだ。

「きっとそうだよ」

「えっ……?」

 フユキはカナタに手を差し伸べる。少し笑って、彼女は口を開いた。

「度が過ぎると困るけど、大切にされるって幸せなことだから。アナタも、大切にされて嬉しかったからナツキちゃんの為にこんなことをしたんでしょ? ……通じ合ってるよ、きっと」

 その優しさに、また涙がこぼれそうになる。

「……君が言うなら、きっとそうなんだろうね!」

 フユキの手を取る。その手は温かく、命のメロディが伝わってきた。

「そろそろ、食べた夢を皆に返さなきゃ」

 カナタは己の体に力を込め、得た思いを解き放つ。……夢の世界が煌めき、少しずつ、ほんのちょっとずつ修復されていく。

 ゆっくりと、全ての夢と思いを出し切ったカナタは改めてフユキに向き合った。その顔はすっきりとして、未練は無いようだ。

「迷惑をかけてごめんね。君の体に入れた人格も、ちゃんと戻すから」

「うん、そうしてくれると助かるかな」

 フユキの体を調整すべく、先に行ってるね! とカナタは一足先に夢の世界を抜ける。

「……じゃあ、そろそろ帰るっすか! オレが案内しますよ!」

「お頼み申す、コウガ殿」

 一行もまた元来た道を辿り、任務終了を報告すべく現実世界へと戻っていった。

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