第十八話
無真の偵察も終わり、一同は無真の本拠地へと訪れた。部長への報告と、とある目的の為だ。
一同で話し合った結果、ナツキは夢の世界にいるのではとの結論に至った。思いを見る力のある雨延がナツキの思いを見て居場所を突き止める為に、今回は夢の世界へ同行することに。
部長に事情を話し、今回ばかりの特例として無真の三人の他、雨延も夢の世界へ行く為の装置を使う。
「んじゃ、夢の世界に行くか!」
フユキを隊員に預け、コクアの合図に合わせてフユキ以外の皆で夢の世界へ向かう。現実世界から抜ける時、一瞬意識が飛んだ。そして、目が覚めると――そこにはあちこちに穴の空いた、ボロボロの夢の世界が広がっていた。
「酷い有り様だ……」
コウガが漏らす。今回、何故コウガも共にいるのか。それはハツカの案で、次々に失われていくボロボロの夢の世界でも帰り道がわかるよう、コウガに道を覚えていてもらう為だ。地図が読めないコウガだが道の暗記は得意なので、今回は初の試みで付いてきてもらった。
「……皆の者、待たれよ。……あちらにフユキ殿の思いが見える」
早速動こうとした一行を雨延が引き止め、二時の方向を指し示す。
普段は自分の能力を制御している雨延だが、今回はリスクを覚悟で能力を全解放している。そんな雨延が、フユキの思いを察知した。現実世界のフユキはアキハルの妹になっており、正しいフユキの思いはこちら側にある。つまり。
「フユキちゃんの意識も夢の世界にいるってことかしら?」
「恐らくは。彼女の体質から推察するに、夢の世界へ幽体離脱している間に何らかの理由で魂が体に戻れず、夢の世界にいるままだと考えられる」
当初の目的はナツキを探す為だったが、フユキもいるとなれば話は別だ。フユキを元に戻す為にも、まずはフユキの所へ行かなければ。一行は雨延の案内に従い駆け出した。
夢の世界は次々に欠けていく。うっかり足を踏み外さぬよう、目視でしっかりと足場を確認する。だが一部脆くなっている所もあり、とても安全とは言いがたい。
「待っていろ、フユキ……!」
思いがアキハルを突き動かす。いつもは至って冷静な彼だが身内のこととなるとそうではいられないらしく、焦りが彼の心を逸らせる。そうしてまた一歩踏み出した時。
「――っ、⁉」
脆い足場を踏んでしまったようで、アキハルの足元が崩れる。
「アキハル!」
すぐに皆で腕を伸ばしアキハルを掴む。……どうにか引っ張り上げ、全員でその場に座り込んだ。
「はあーっ……心配させんなよな!」
コクアのぼやきにアキハルは一瞬言葉を詰まらせる。
「す、すまない。注意が散漫になっていたようだ、気をつけよう。……さあ、行くぞ」
「アキハル、ちょっと待って」
立ち上がり動こうとした彼をハツカが制止する。だが。
「待ってなんていられるか! 私は――」
――パァン!
……立ち上がったハツカのビンタがアキハルの左頬を直撃した。
「一回落ち着きなさい! きみが万全じゃない状態で誰がフユキちゃんのことを助けるのよ。いつもの冷静さはどこに行ったの? きみらしくもない。焦りは禁物よ」
……アキハルの左頬がじんわりと赤くなる。赤みが増すと共に、彼も次第に自分の状態を理解した。
「……そうだな。注意力だけではない。私自身が焦燥感に駆られていたようだ。……すまなかった」
軽く頭を下げるアキハルに、ハツカとコウガも微笑む。
「いつものアキハルさんに戻ってよかったっす! さあ、今度こそフユキさんの所へ行きましょう!」
――自分は何故ここにいるのだろう。夢の世界で再会したナツキに連れられやってきた結果、何故か檻に閉じ込められてしまった。何故こんなことになったのだ――フユキは一人、檻の中で考える。
檻は金属製ではないが魔力で作られているらしく、一般人であるフユキにはとても壊せない。
「誰かぁ〜……」
情けない声で助けを求めてみるも返事は返ってこない。それもそうだ、ここには自分しかいないのだから。自分を閉じ込めた者も、時々様子を見に来るくらいですぐに去ってしまう。
ただいつも通りに夢の世界を歩いて楽しみたかっただけなのに……フユキを後悔が苛む。このまま二度と現実世界に帰れないのだろうか。現実世界の自分の体はどうなっているのだろうか。不安で泣きそうになる。
「……ん?」
複数人の足音が聞こえてくる。檻の隙間から覗くと――従兄弟や友人たちがこちらへ向かってきているではないか。
「おーい! 皆ー! ここでーす!」
これが最後の希望かもしれない。全力で叫び居場所をアピールする。
その願いは叶い、アキハルたちはフユキの前へとやってきた。皆相当心配してくれていたようで、安堵した表情を見せた。
「待たせたな、フユキ!」
「アキ兄……!」
見知った顔にほっとする。いけない、今度は安心しすぎて泣きそうだ。どうにか涙腺の決壊を食い止め、アキハルたちに事情を話す。
「夢の世界を旅してたらナツキくんに出会ったんだけど、言われるがままに付いていったらこんな檻に閉じ込められちゃって……」
「ナツキが今どこにいるかはわかるか?」
ミサクが問いかける。だが、生憎ナツキは今ここにはいない。
「わかんない。さっきも一旦様子を見に来てくれたんだけど、すぐどこかに行っちゃったから……」
様子を見に来たあたり、ナツキはわざとこのようなことをしている。現実世界のフユキが何故かアキハルの妹のようになっているのはナツキの仕業で間違いないだろう。
ひとまず檻を壊し、フユキを救出する。
ようやく外に出られ、フユキは大きく伸びをした。また、一行から現実世界で今何が起きているのか、現実世界でフユキの体がどうなっているのかを聞き、彼女は雨延に申し訳無さそうに謝罪した。
「探偵さん、ごめんなさい。この間忠告してくれたのに、こんなことになっちゃって……」
「構わぬ。其方が無事であることを確認できただけでも儲けものだ」
雨延はフユキの頭を優しく撫でた。
さて、これからどうするか。もちろん現実世界に戻るのはそうなのだが、フユキの魂をフユキの体に戻さなければならない。本来であればフユキが目覚めると自然に魂は体に戻るが、今はアキハルの妹の意識が入っている。このまま元に戻しても大丈夫なのだろうか……?
「思うんだけど、フユキちゃんを元に戻そうとしても、フユキちゃんの体に入ってるナツキちゃんの意識とぶつかっちゃうんじゃない?」
モスケが述べる。それはその通りで、下手をすれば衝突した際にフユキの魂が弾かれるか、仮に戻れてもアキハルの妹の意識と同居し二重人格になることも考えられる。
どうしたものか――全員で考え込んでいた時、雨延が急に後ろを振り向いた。
「あーあ、もう助けちゃったんだ」
そこには色の無い声で呟いた彼――いつものようにぬいぐるみを持つナツキが、一行を見つめていた。