第十七話
無真の本拠地内にて。基地内を走り休憩室に入ったコウガは、そこで待機していた人物二人に駆け寄った。
「アキハルさん、ハツカさん! 休憩中にすみません! 相談があるんすけど、今お時間よろしいっすか?」
「ああ、構わん」
「アタシも大丈夫よ! それでどうしたの?」
二人の隣の席に座り、困ったような……どちらかと言うと不思議に思っている表情でメモを取り出した。
「最近訓練を兼ねて夢の世界の地図をよく見てるんすよ! で、見てて思ったのが、夢の世界が縮んでる気がするっていうか……オペレーター側の地図に表示される夢の量が少ない気がするんすよ」
「確かに、言われてみると夢の世界での移動量も減った気がするわね……」
二人にも思うところはあったようで、一緒に考え込む。だが現時点で結論を出すことはできず。
「この件については同時進行で調査することとしよう。念の為、他の隊員にも伝えておいてくれ」
そこまで言ったところで、ふっ、と笑みを見せる。
「……それにしてもよく気がついたな、偉いぞ」
「へへっ、これでも無真っすからね!」
褒められて嬉しそうにする姿はさながら大型犬のようだ。普段は上司から怒られることが多いこともあり、自他共に厳しいアキハルから褒められることが相当に嬉しいのだろう。
「話は変わるが、今度フユキをどこかへ連れていってやろうと思ってハツカに意見を聞いていてな。コウガは若者はどこに行くと喜ぶと思う?」
「そうっすね! オレは――」
――緊急事態発生。緊急事態発生。隊員はただちにオペレーションルームに集合せよ。
コウガが口を開いた時、緊急時に点滅する赤いランプがギラギラと光り、アナウンスが鳴り響いた。
「おい、行くぞ!」
「ええ。一体何事かしら……」
急ぎ駆けつけると、各部の部長は既に来ており隊員たちへ何か説明している。
「お疲れ様です。事態の説明をお願いいたします」
アキハルが敬礼し尋ねると部長は深刻な顔で頷いた。
「――人間の夢が、何者かに食べられているのだよ」
夢が食べられている。それも睡眠時に見る夢だけではなく、人の思い……未来に向けて見る希望の夢さえもが。コウガが勘づいていた、夢の世界の縮小は恐らくこの事件のせいだろう。
「ああ、クソッ、そういうことだったのかよ……! 部長、打つ手は無いんすか⁉」
「落ち着け、望戸。まず諸君らは現実世界の偵察をせよ。他の隊員も既に出ている。被害状況を把握し、話はそれからだ」
「はっ! かしこまりました!」
背筋を伸ばし、敬礼。一大事に三人はすぐに動き出した。
地上に出て、任された区域へ行こうとする。が、マナーモードにしていたアキハルのスマホが着信を知らせた。発信元はミサクだ。
「獏句か。今、何者かが人々の夢を食べているのは知っているか? 君たちもその調査の手伝いを――」
「それどころじゃない。フユキが変になったんだよ!」
電話口からもミサクの焦りが聞いて取れる。それにしても、フユキが変になったとは?
「……どういうことだ?」
「とりあえずどこかで集合しないか。会った方が早い」
「なら私たちは古旅駅の方に向かうから、そこの記念樹の前で落ち合おう」
簡潔に待ち合わせ場所だけ決めて電話を終える。フユキがおかしくなった? どういうことだ? まさかこれもこの事件の影響か? 頭が混乱する。二人にも事情を話し、アキハルたちは古旅駅へと向かった。
古旅駅に着くまでの時間は異様だった。街の人々は生気を失った顔で、ぼうっと何も無い空中を見つめている。これも人々の夢が食べられたからだろう。一体何故こんなことになったのだ――薄気味悪い疑念ばかりが募る。
「おい、無真! こっちだ!」
古旅駅に着いた一行を、普段と変わらない元気のいい声が呼び止める。コクアだ。声の下へ駆け寄ると、コクア、モスケ、ミサクが何とも言えない顔で一行を出迎えた。その傍にはフユキもいる。だが――。
「――“お兄ちゃん”!」
フユキの口から出た、お兄ちゃんという言葉。何のことかわかりかねていると、フユキは突然アキハルに抱き着いた。
「久しぶり、“お兄ちゃん”!」
「……は?」
アキハルも、ハツカもコウガも困惑する。お兄ちゃん? フユキはいつもアキ兄と呼ぶではないか。これは一体……?
その様子を見たミサクも、“やっぱりか”と言わんばかりに頭に手を当てため息。
「人間の異変を察知したから、調査で街中を歩いていたんだ。そこでフユキがうろうろしていたから話しかけたんだが……この通り、子どもみたいな言動をする上に、“自分はフユキじゃなくてナツキだ”なんて言ってる」
「そう! わたしはナツキだもん。根郷ナツキ。アキハルお兄ちゃんの自慢の妹」
フユキは嬉しそうに笑う。何故フユキはアキハルの妹のふりをしている? 現時点ではさっぱりわからない。
「この通りだから何かわかることがないかと思ってさっき探偵ちゃんにも連絡を取ってね、もうすぐで来てくれるはずなんだけど……あ!」
「すまぬ、遅れた」
モスケが噂をすれば雨延が急いで駆けつけた。顔色が少し悪いが、街の人々のように虚無に陥っている訳ではなさそうだ。
ここで改めて、互いにどこまで知っているか情報をすり合わせる。
「これも今の事件のせいなのかしら……」
「えーっと、一旦情報を整理するっすよ?」
コウガがメモを片手に、話し合った情報を語りあげる。
一つ目。人の夢が何者かに食べられている。そのせいで人々は希望と意志を失っている。
二つ目。今のところ獏句と無真と雨延に被害は無い。獏句は怪物で、無真は制服が特殊加工されて物理、精神共に外からの攻撃に強い仕様になっているので、恐らくそれが理由。雨延が無事な理由はわからないが、雨延には多少の霊感があるので、霊的な存在には耐性がある。ここから推測するに、敵は人間ではない?
三つ目。ナツキ……獏句側に付き神の使いを名乗っている雲居ナツキが行方不明。何も言わずに姿を消したのだという。
四つ目。フユキは何故かアキハルの妹のふりをしている。……いや、自分をそうだと思いこんでいる。或いは本当に憑依したのか。どちらにせよ、河出フユキという人間ではなくなっている。
そして、フユキが新たに告げる。
「えーっとね、起きたらわんちゃんがいて、わんちゃんが言ってくれたの! “ナツキはもう苦しまなくていいんだよ、ぼくがナツキの神様になって助けてあげるからね”って」
「わんちゃん……? なんじゃそりゃ」
緊張している現場に似つかわしくない単語にコクアが不審がる。
「わんちゃん……妹が持っていた猫のぬいぐるみのことだ。妹はぬいぐるみに名前を付けてはいたが、そちらよりもわんちゃんと呼ぶことの方が多かった。猫なんだがな……」
そこでアキハルがはっとしたように顔を上げた。
「あのナツキという男……夢の世界で会った時、あいつは妹が持っていたものと同じぬいぐるみを所持していた。あいつに聞けば何かわかるんじゃないか?」
事件と合わせるように姿をくらましたナツキだ、何か知っていてもおかしくはない。
「お兄ちゃん、わんちゃんのところに行くの?」
「……」
アキハルが無言でフユキを抱き締める。
「君は……ナツキじゃない。ナツキはとっくに死んだんだ」
だから、君はナツキなんかじゃない、偽物だ――とは言えなかった。だから。
「……でも、会えて嬉しかった。“俺”に姿を見せてくれてありがとう」
「えへへ……だってわたし、お兄ちゃんのこと大好きだから」
そう言ってフユキは幸せそうに笑った。