第十六話
早くも八月半ばとなり夏休みも段々終わりに近づいてきた頃、ミサクとフユキの姿は古旅区内の大きなショッピングモールにあった。
「いいのあったか?」
「うん。これなんてどうかな?」
訪れ慣れないアクセサリー店内にて、フユキは銀色のイヤーカフを手に取った。シンプルなデザインのイヤーカフは彼女の手の中で光を反射している。
この日、フユキは珍しく遠出して買い物に来ていた。大いに賑わい人で溢れ返るショッピングモールにフユキが単身で赴くのは自傷行為に近い。そこでミサクに同行を頼み二人でやってきた。
だが、何故アキハルではなくミサクなのか? その理由はわざわざここまで来た目的にあった。
「アキ兄、喜んでくれるといいな……!」
「きっと喜ぶぜ。だってフユキが選んでくれたんだから」
来月、九月二十三日はアキハルの誕生日。そこでプレゼントを買いにショッピングモールへ訪れていた。アキハルと同性で、かつデザインへの拘りが強いミサクであればいいアドバイスもくれるだろうと踏み、彼にお供を頼んだのだ。
その狙いは的中し、アクセサリー店で様々な商品を見ながら二人で熱く議論する。アキハルもフユキと同様におしゃれにあまり頓着しない性格なので“アクセを付けるなんて柄じゃない”と言うかもしれないが、たまにはこういうものを付けても似合うのではないだろうか――フユキはそう睨む。
「それに決まりか」
最終的に選んだのは、先程のイヤーカフ。大切そうにそれを握り、早速お会計に行こう――とレジへ向かいかけたフユキをミサクが引き止めた。
「……どうせならフユキの分も何か買えば?」
「えっ」
思わぬ提案。前述の通り、フユキはおしゃれに疎い。アキハルにアクセサリーを買おうとしておいて何だが、自分のことを着飾るつもりは全く無かった。だが、ミサクはそんなフユキに原石の良さを見出したのだろうか、店内のアクセサリーを物色する。
「例えば……これとか」
ミサクが手に取ったのは丸ぶちの伊達眼鏡。金色の細いフレームが上品だ。それをフユキの顔に重ねる。
「やっぱり。……ああでも、フユキなら銀の方が似合うか?」
「あの、ミサクくん……」
「いや、金も可愛いんだよな……」
色違いの別の眼鏡や、ほんのり色が付いたレンズのものなど、次々に選んでいく。……その間、フユキの口元が恥ずかしげに引きつっていることにはまだ気づかない。
「み、ミサクくんっ!」
裏返り語尾の跳ね上がった声で同行者の名前を呼ぶ。気がつけばフユキの顔は日の光を十分に浴びた林檎並みに真っ赤。そのことに近くの鏡で気づいたフユキは、自覚したせいでさらに顔を赤くしていく。
「あっ……悪い、一人で盛り上がってごめん」
「う、ううん、いいの。ありがとう……可愛いって言ってくれて嬉しいのは本当だから」
……無言が二人を包む。互いに照れて、どの言葉を選ぶべきか決めあぐねている。
「……と、とりあえず、お会計に行ってくるね」
「あ、あぁ……ん?」
小走りでレジへ向かうフユキを見送る。……その手にイヤーカフの他、ミサクが選んだ金色の伊達眼鏡があったのを疑問に思い――それをフユキが受け入れたのだと気づいた時、彼の耳もまた紅潮した。
アクセサリー店での買い物を終え、フードコートへ。ハンバーガーチェーン店、ムスドハルドで丁度期間限定のものが売っていたため、二人でそれを買い食べている。フユキはパイナップルが入ったハワイアン、ミサクはそれにさらにチリソースがかかった辛めのものだ。
「ミサクくん、辛いのいけるなんて凄いね。好きなの?」
「辛いのが好きっていうか、赤いやつなら大抵食べられる」
そうしてまたハンバーガーをがぶり。彼の口元を赤いソースが彩り、見た目もどこか吸血鬼らしい。……正体はチリソースだが。
対してフユキが食べるハワイアンは甘さを全面に出している。肉のしょっぱさと、チーズとパイナップルの甘さが混じり合い、一見どうなのかと思いきや意外とおいしいのだ。
そして大きいサイズのポテトをシェアしながら今後の予定について話す。
「アキハルさんへのプレゼント探しは終わった訳だけど、これからどうするんだ?」
「えっと……」
フユキがスマホを取り出し何かを検索する。出てきたのはショッピングモールに併設してある映画館のサイト。
「実は今、ワタシが好きなアニメの映画がやっててね。この後見に行こうかなって思ってたんだけど……よかったらミサクくんも一緒に見ない? 初見でも大丈夫なストーリーらしいから、きっと楽しめると思う……!」
サイトには上映する映画とその時間の一覧が載っており、フユキが見たい映画は後一時間くらいで上映されるらしい。
「ん、いいぜ。行こう」
「いいの⁉ あ、ありがとう……! じゃあ食べ終わったらチケット取りに行こっか! この間公開されたばかりだから、早く行かないといい席取られちゃう……!」
そう言ってフユキは急ぎハンバーガーを食べる。……急ぎすぎて喉に詰まらせかける醜態を晒してしまったのは、フユキの中で無かったことにした。
そして映画を見終わった後、フユキの目からは感動の涙が豪雨のように流れ、ミサクへひたすらに熱い思いを語り尽くした。
夜二十三時。フユキは自宅にて未だに映画の余韻に浸っていた。大好きなシリーズの素晴らしい作品を見られた感動は今もフユキの胸を震わせる。
「ミサクくんが一緒に来てくれてよかった……」
今日はミサクのおかげで楽しい一日を過ごせた。その感謝は別れ際にも伝えたが、後でまた改めてお礼を言おう――そう決めて、買ったばかりの伊達眼鏡を手にする。試しにかけて鏡の前に立てば、案外似合っている自分がいる。
「えへ……えへへ」
照れ混じりに自然と笑いが出た。普段は自分の容姿に全く自信の無いフユキだが、人が認めてくれたならそこだけは自分でも愛せる、気がする。
もうそろそろ寝るからと眼鏡を外して小物入れの近くに置き、電気を消してからベッドにダイブ。ベッドは相変わらずフユキを優しく抱き止めてくれる。その感触が心地よく、今日一日動き回ったこともありフユキはすぐに眠りに落ちた。
「あー……ここに来るの久々かも」
気がつくと、フユキの眼前には夢の世界が広がっていた。最近夢を見なかったフユキにとって夢の世界の旅は久しぶりで、色んな夢を遠くから見させてもらいつつ、夢の世界を歩いていく。
……しばらくすると、以前にも聞いた可愛らしい男声が聞こえてきた。
「やっと見つけた……! こんばんは、フユキちゃん――!」