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あやし見送り歌  作者: 木創たつみ
無真と探偵編
10/20

第十話

 六月も下旬となり、最近は雨の降る日がほとんどだ。午前十一時頃、鳴り止まない雨音を音楽代わりにフユキは家で勉強をしていた。いつもなら好きな曲をかけるところだが、たまには自然音もいいだろう。時折雷も聞こえ、停電しないかが心配になるがフユキ自身は雷にワクワクするタイプで、休憩がてら光ってから何秒で音が聞こえるか測ったりもしている。

 この学生マンションには今年から住んでおり、住心地は案外いい。セキュリティもしっかりしているため、不審者が入り込んだことは無い。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴った。朝から本降りのこんな雨の日に誰だろう? 不審に思いながら恐る恐る画面を覗く。……と、そこには見知った顔が。

「アキ兄! いらっしゃい!」

 フユキの従兄弟、アキハルが片手に傘、もう片手にいつも通りエコバッグを持ちエントランスで待機していた。傘を差しても多少は雨に当たってしまったようで、服の所々が濡れている。

「行くとメッセージを送ったが、既読が付かないから気づいていないかと思ったぞ」

「ごめん、勉強中だったからマナーモードにしてた。ロック開けるね」

 すぐにロックを解除し、彼を中へ。しばらくすると部屋のインターホンが鳴り、急ぎ出迎える。

「雨なのに来てくれてありがとう」

「そろそろこれが必要じゃないかと思ってな」

 そう言って掲げる、食材がたっぷり入ったエコバッグ。買い物カゴにセットしてそのまま商品を入れられるタイプなので、かなり大きい。

 いつもズボラで料理をほとんどしないフユキだが、栄養はちゃんと摂れている。それはほとんどアキハルのおかげだ。アキハルは週に何度か食材を持参してフユキ宅を訪れ、作り置き分も含めて料理してくれる。そのおかげでフユキはおいしい食事にありつけているのだ。

「全く、君も一人暮らしをしているのだからそろそろ一品くらいは作れるようになってほしいのだがな」

 フユキから受け取ったタオルで体を拭きながらエコバッグを運ぶ。

「アキ兄いっつもそういうこと言うー」

 アキハルも人の面倒を見ることはそれなりに好きらしく、小言は言うものの今日もこうして来てくれた。

 早速手を洗いキッチンへ。包丁を取り出し、慣れた手付きで次々に食材を切っていく。今回は生姜、アスパラガス、白菜、たけのこ、等々。他に肉や魚もある。切り終わったら鮭の切り身の下処理を。そして白滝、それから冷蔵庫内のバターを用意し、二枚のフライパンを使って調理を進める。調理器具はどれもフユキにとっては宝の持ち腐れだが、アキハルのおかげで活用されている。

「今回のご飯何?」

 勉強を中断してアキハルへ近づくと、肉と生姜の焼けるおいしそうな匂いが胃を刺激する。隣のフライパンには蒸し焼き用に水が注がれており、これからアルミホイルに包まれた鮭と具材が大人しく熱されようとしていた。

「昼ご飯は生姜焼きで、後で食べる用に鮭のホイル焼き。残りはその他副菜と常備菜だ。味噌汁も作るからお湯を沸かしてくれ」

「らじゃ」

 言われた通りに鍋に水を入れコンロにかける。これくらいなら流石のフユキにも可能で、無事にセットして火を点けたところでドヤ顔してみる。

「はいはい凄い凄い」

「半笑いになってるよー」

 他愛ない雑談を交わしながら調理は進んでいく。そして数分後に生姜焼きが、さらに十数分後に鮭のホイル焼きが完成した。味噌汁もフユキのほんのちょっとの手伝いの末に出来上がり。

 生姜焼きと幾つかの副菜を食卓に持っていき、手を合わせる。

「いただきます」

 相変わらずアキハルの料理の腕は良く、今日もおいしい。下手なお弁当を食べるよりもアキハルに任せた方が間違いないのでは、とフユキは思う。

「そろそろ何か料理を習得する気にはなったか?」

 簡単な味噌汁からでもいいんだぞ? と、アキハルはお椀を持ち上げる。

「んー、大学を卒業したら考えようかな」

「残念、私が独り身でいる内に何か教えられたらと思ったんだがな。私も年だ、いつまで君に構っていられるかわからないぞ?」

 予想だにしない言葉に思わず吹き出しかけた。

「え、アキ兄結婚の予定あるの?」

 笑いを隠せないまま尋ねる。まさか、あのアキ兄に恋人が? いやいや、そんな。

「いいや全く。私が恋人いない暦イコール年齢なのはよく知っているだろう」

 アキハルが箸を置き肩を竦めてみせる。

「何だ、ただの例えかぁ。でもだと思った」

「それはそれで失礼じゃないか」

「だってアキ兄だもん」

 ……しばらくの間。そしてどちらからともなく笑い出した。互いによく知っている仲だ、相手のことはよくわかる。


「それでアキ兄こそ、最近どう? 前から言ってる黒いモヤって今でも見えてるんだよね?」

「そうだな。だが引っ張られることは無い、安心しろ」

 アキハルは幼い頃のある時期から、人間であるにも拘らず現実世界で黒いモヤが見えるようになった。それは霊感の一種であり、かつては黒いモヤに近づくと体調を崩すからと、用事がある時以外は引きこもりがちだった。現在のように割り切って生きられるようになったのはとある悪夢を見てからだ。その悪夢を無真が切り払い、無真に憧れを持ったことで彼は無真への入隊を志願した。

「じゃあ仕事の方は? 最近色々と忙しいみたいだし」

 フユキの質問に、あー……と声を漏らしてから眉間を抑え唸った。その表情からは日頃の悩みが伺える。

「あまり思わしくない、な。獏句とかいう奴らが厄介だ」

「……え、獏句?」

 その言葉は知っている。とっくに耳にした言葉だ。何せ――。

「ワタシ、獏句のこと知ってるよ。友達がその一人だから」

「……やはり、あのミサクという男はフユキの言っていた友達だったか」

 無真と獏句は一度夢の世界で戦い合った仲だ。互いに互いの主義に反している。夢の世界は広く、あれ以来遭遇はしていないが、いずれまた会うだろうと予感していることをアキハルは述べた。

 フユキとしては大切な友達と大好きな従兄弟の仲が悪化することは看過できない。そこで一つ考え、提案した。

「ねぇ、一回話し合おうよ。進展するかはわからないけど、お互いに腹を割って話し合って、少しでも理解をするのは大事だと思う」

 平和主義というより、無知によるのんきな発案。だがそれも一理あると、フユキの案にアキハルは一考する。

「正しくはないが間違いでもないのだろうな。そうだな……もしやるとして、無真と獏句だけでは衝突が起きる可能性があるから、できれば中立の進行役が欲しいところだが」

 二人で悩む。中立の立場でいる人物。だが、そもそも獏句も無真も公には夢の世界での活動を秘密にしている。そんな両者、或いは片方でも事情を知っている者。……これは、腹を括る時もしれない。フユキは意を決して小さく手を挙げる。

「わ、ワタシ……と、探偵さんが同席するのはどう? ワタシは無真のことも獏句のことも知ってるし、探偵さんはアキ兄の知り合いだけどきっと公平な立場でいてくれると思う」

 突然の申し入れにアキハルは戸惑った。今回は最近のフユキが頼りにし、事務所へ足繁く通う仲である雨延にも同席を願っているとはいえ、普段のフユキならこういった積極性は見られない。

「……フユキにしては珍しいな」

「こういう時、大切な人の為に動ける人でいたいから……」

 思わぬ申し出だった。だが、アキハルにとっては願ってもないことだったようで。

「なら君たちに頼んでもいいか? 上と探偵にはこちらから連絡を入れておこう」

 微笑んで案を受け入れてくれた。そのことがフユキに小さな自信をもたらす。

「! ……うん! ワタシ、頑張るね」

 こうして、遂に獏句と無真が歩み寄る第一歩が踏み出されようとしていた。

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