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あやし見送り歌  作者: 木創たつみ
獏句と夢の旅人編
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第一話

 東の果てにある島国、葦灯国。

 その首都に存在する庭穂市には様々な人が行き交う。ただし、人とは称したものの、人に分類されるのは人間だけではない。この街には怪物も潜む。

 悪夢から生まれる化け物と戦う為に作られた怪物たちは、表向きには素性を隠しながら“便利屋獏句ばく”として活動し、夜な夜な人間の夢を渡り歩き、悪夢を払い、悪夢の化け物と戦っている。

 そして今日も、庭穂市に朝が訪れた。


 四月。温かな光に小鳥がさえずり、歩道のアスファルトが黒く伸びている。窓から春の息吹とのどかな光景を拝める、便利屋獏句の事務所兼住居の二階。

「コクア、ミサク、朝だよー」

 寝室の扉を開いたのは獏句の一員である、茶髪をお団子にした男、槌田モスケ。彼は同じく獏句に所属する他二人……二段ベッドの上下で眠る二人に優しく語りかける。まだぐっすり寝ている少女――烏山コクアと、コクア同様に寝たままの少年――井治ミサク。二人とも黒髪なので、こんなに仲良く寝ているところを見ると兄弟に思える。モスケもそんな二人のことが大好きなので、とても穏やかな語調だ。しかし手には空の鍋とお玉を装備。ついでに二人は相変わらず意識を飛ばしており、モスケの言葉など聞こえていない。仕方なし、とモスケは両手の調理道具を掲げ――。

 カンカンカン!

「うおっ⁉ おいモスケ、その起こし方やめろっつったじゃん!」

「起きない二人が悪いよ?」

 けたたましい金属音に鼓膜を突き刺されては飛び起きる他あるまい。緩慢な動きで布団から出るコクアとミサクは若干の恨み混じりにおはようと挨拶をし、顔を洗いに洗面所へと向かった。

 洗顔のおかげですっかり目が覚めた二人が身支度を整えて食卓に向かうと、モスケの他に既にトーストを食べている少年――水色の髪で獣耳を生やした雲居ナツキと、彼が常に持つ、水色をした犬にも猫にも見える――ナツキは犬と主張するが獏句は猫だと思っている、動物型の大きなぬいぐるみが二人を出迎えた。

「コクア、ミサク、おはよう!」

 ナツキにも軽く挨拶を交わし、二人も食卓に着く。

 ナツキは獏句の一員ではないが、獏句の創設に深く関わっている。コクアたち怪物が初めて目覚めた時、目の前にいたのが彼である。“神の使い”を自称するナツキはコクアたちを作ったのは神だと言い、“悪夢と戦う”使命を伝え、三人の活動を支援している。そのため、遊びでも仕事でもよく獏句の事務所に訪れる。

「ミサクは今日も大学だよね? ぼくも付いて行っちゃおうかなー!」

「やめろよ。ナツキが人間の目に見えないって言ったって、迷惑」

 ミサクはナツキの方を向きながら、冷蔵庫からトマトジュースを取り出した。ミサクの朝ご飯は野菜ジュース一パックと決まっている。

「ぎゃん! 冷たい! 吸血鬼が冷たいのは体温だけでいいよー、もう!」

 ナツキの言う通り、ミサクは吸血鬼だ。寝覚めの一杯をちゅうちゅうと飲みながら、ナツキに近づきデコピン。わざとらしく痛がるナツキをコクアが笑い、モスケがおでこをポンポンと撫でる。

 いつも通りの、何てことない光景。怪物とは到底思えない、人間らしいやり取り。烏のコクアも、土蜘蛛のモスケも、吸血鬼のミサクも、見た目も相まって皆人間にしか見えない。唯一、奇抜な髪色と獣耳という人間に無い要素と、現実世界で人間に認知されない特徴を持つナツキだけが異質だ。しかしそんなことは彼らにとってどうでもよく、ただ日常生活を重ねていく。


 食事を終え、大学に行ったミサクを見送り獏句の活動は始まった。一階にある事務所の鍵を開けお客さんを待ちながら、同時進行で裏の仕事も開始する。

「んじゃ、やるか!」

 コクアが大きく伸びをし、ついでに肩を上げ下げしてから息を吐く。集中するのは意識の在処。コクアの周り、事務所の周り、庭穂市内――。意識を徐々に広げていき、コクアの同胞……烏と意識をリンクさせる。

 人間の目には見えないものも、怪物の目には見える。人間でそれが見える者がいるならば、それは一般的に霊感と呼ばれるだろう。

 そして今、コクアは烏を通じて黒いモヤを背負う人を探している。

 黒いモヤは悪夢から生まれるもので、悪夢を見た人間の背中に纏わりつく。通常、霊感を持たない人間の目には見えないが、黒いモヤは悪夢が蓄積することで成長し、成長すると人の心を食べる化け物へと変わる。

 コクアたち獏句は人の心を守る為に、いつも悪夢や悪夢の化け物と対峙していた。便利屋として活動する傍らでコクアが黒いモヤを背負う人間を探し、夜にモスケとミサクが夢の世界へ行き戦闘を行う。それが彼らの変わらない日常である。

「見ーつけた!」

 一人、二人、と黒いモヤを背負う人間を見つけ出す。夢の世界ですぐにその人の下へ向かえるよう、こっそり魔力のマーキングを施し、次の対象を探す。

 そしてコクアが街中の黒いモヤを探し出している最中、事務所の扉が開かれた。訪れたのは若い女性で、モスケは明るく出迎える。

「お客さんだね? いらっしゃい、便利屋獏句へようこそ!」


 夜になり、多くの人々が部屋の電気を消し布団へと入った頃。獏句はこの日も無事に便利屋としての活動を終えた。今は昼間の監視で疲れ切ったコクアが眠り、代わりにモスケと、大学から帰ってきたミサクが夢の世界へとやってきたところだ。ミサクは愛用している晴雨兼用の日傘――仕込み傘を手に持ち、柄をしっかりと握り締めている。

 夢の世界は日により形が変わる。故に、夢の世界において地図の作成は意味を成さない。尤も、夢の世界の様子を自動的に読み込む監視システムなどがあれば話は別だが……。

 そんなものを持たないモスケとミサクは、昼の間にコクアが付けてくれたマーカーを目印に夢の世界を歩く。おかげで黒いモヤを持つ人の所へすぐに到着できた。

 人間は自分の見る夢の中に夢中で、二人には気づいていない。黒いモヤは大きく、濃く、うごめいている。放っておけばもうじき化け物が生まれるだろう。

「いつも思うけど、人間ってこんなのを抱え込んでよく平気でいられるよな」

「人間は頑張り屋さんだからね」

 ミサクは仕込み傘から銃剣を引き抜き構えた。モスケも手から糸を作り出し、戦う順場は万端だ。

 まず、黒いモヤの動きをモスケが糸で封じる。身動きの取れない黒いモヤへ目掛けてミサクが魔力の弾丸を数え切れない程撃ち込む。黒いモヤは攻撃を受けた箇所から霧散していき、次々に風穴を開けられ最後は跡形も無く消え去った。

 黒いモヤや悪夢の化け物は夢の世界の存在だが、現実世界に侵食し人間に影響を与える。しかし本来人間はそれらを認識できないため、獏句のような存在が退治する必要がある。ただし現実世界で事を起こすのは目立つため、このようにあくまで夢の世界で対処している。

「ミサク、あれの回収も忘れないようにしないと」

「ああ、わかってる」

 二人は何かを探すように辺りを散策し、地面から一つの物を拾い上げた。それはガラス片にもよく似た、ナツキが獏句に回収を命じている物質……心の薄片と呼ばれる物だ。

 心の薄片は、人間の心から何らかの拍子に剥がれ落ちた、人間の思いの一部……文字通り、心の欠片である。

 ナツキは獏句に二つの指令を与えている。一つは悪夢及び悪夢の化け物との戦い。もう一つが心の薄片の回収。これを回収し魔力に変換することで、自分や獏句たちが動く為のエネルギー源に変えているのだ。回収した心の薄片のほとんどはナツキが貰い受けるが、一部は報酬として獏句に分け与えている。

 獏句たちは食事の他に、心の薄片から得る魔力をエネルギーにして初めて人間のいる現実世界に干渉ができるようになる。日頃便利屋として活動できるのも、ミサクが大学に通えるのも、全ては心の薄片のおかげだ。

 大事なエネルギー源を袋に入れ、二人は次なる目標地点へ向かう。そして幾度も悪夢と黒いモヤを払い、悪夢の化け物と戦い、夜は過ぎていった。

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