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部活中も勝手に振り回される僕

 意外なことに相沢さんは、挨拶が終わるなり教室を飛び出した。


「てっきり放課後も付きまとわれると思っていたのに、意外だったよ」


 部室で着替えながら、そんなことを同じ部活の友人でもあり、クラスメイトの宇田月人うだつきとに言う。


「確かに意外だな。昼も食堂までついてきて、大きな口を開けてカツカレーを食べるギャップ、最高。とか言って見惚れていたから、俺も部活にまでついてくると思った」


 最初は着替えにもたついていたのに、すっかり慣れてきており、こうして途中、会話も可能となった。入部したての頃より、成長していると思う。


「授業中も暇さえあれば見られていて、ちっとも落ちつかなかった。これがしばらく続くと思うと、僕、登校拒否になるかもしれない……」

「あっはは、追いつめられているなあ」

「お前は他人事だから笑えるんだよ。ずっと見られ付きまとわれるって……。ストーカーじゃないか」


 その単語がハッと浮かぶ。

 そうだ、これはストーカーだ。いくら将来を期待されている少女とはいえ、同級生への犯罪行為は止められるべきだ。それを放置する学校や担任が悪い。次に担任へは、犯罪行為だと訴えようと決める。


「でも相沢さんは、名を残す画家になる可能性が高いだろう? モデルになって、記念に一枚絵をもらっていれば、将来高く売れるかもしれないぞ?」

「宇田、今日一日の相沢さんを見て分かっただろう? あれはストーカーだ。画家と成功する前に、ストーカー規制法により、犯罪者になる可能性が高い。そうすれば、絵の価値は下がる」

「そういう発想になるお前が怖いよ」


 着替え終わると、さっそく道場へ向かう。


「聞いたよ、井川。あの相沢さんにミューズと呼ばれ、追いかけられ始めたんだって?」

「なんだ、他のクラスにまで広まっているのかよ」


 僕が属している弓道部は、部員数が少ない。だから男女混合で同じ場所を使い、活動している。ちなみにこの学校は女子部員の方が多いが、部長は男子だ。

 そして面白がって話しかけてきた他のクラスの女子の言葉に、うんざりする。


「そりゃあ、相沢さんは有名だし。スケッチブック抱えて、井川の後ろを歩き続ける姿は目立つよ。あれ、器用だよね。歩きながら絵を描けるなんて、普通できる?」

「危険だと、誰か取り締まってくれ!」


 そう、相沢さんは僕の後ろでスケッチブックになにか描きながら、ついてきた。それも廊下だけではなく、階段も。


「階段を歩く時は危ないから、止めろ!」


 と、さすがに振り向き、スケッチブックを取り上げた。

 まるで幼い子どものように頬を膨らませるが、怪我をされたらたまったものじゃない。スマホだって歩きながら操作することは危険と言われているのに、絵を描くなんて、それ以上に危険だ。

 そう考えるとやはり相沢さんは、画家として有名になる前、犯罪や大怪我をしたとかでさらに名前を知られそうな気がする。

 しかも階段から離れスケッチブックを返すため振り向くと、カシャッ! という音が響き、ぐふふという笑い声も続いた。


「授業中は撮れなかったショット……。後ろの人へプリントを渡す時、プリントだけ渡し、身をよじることもあったけど、こうやって正面を向いて差し出すレアショット……。興奮する!」


 誰だ、スマホにカメラ機能なんて搭載させたヤツは! カメラ機能で画像も撮り放題! ズーム、画素数といった性能もよくなり、遠くからでも……。

 って、また視線を感じる!

 そちらの方へ顔をやると、そこは美術部の教室がある方向で……。しかもその辺りが、まるでレンズを反射したように、きらりと光る。


「そろそろ無駄話は止めろ、始めるぞ」

「……部長。真剣に部活へ取り組むためにも、許して下さい!」

「おい、井川! どこへ行く! せめて説明しろ!」


 部長の声を無視して、走る。向かうのは美術室。

 今度は双眼鏡でも使っているのか? そうやって僕のことを見続け、あんたは創作意欲が湧くだろうけれど、僕にとっては不快でしかない。今日一日で沢山だ。あれが飽きるまで毎日続くなんて、冗談じゃない!


「相沢さん!」


 叫びながら美術室へ勢いよく飛びこむ。

 その瞬間、そこは美術室だというのに、ただ一枚の絵だけが僕の視界を占領した。

 他の人もいるはず。机や椅子、道具とかだってあるはず。それなのに、一枚の絵しか目に入らない。

 幻想的な絵。どこか森の中だろうか、木の枝に腰かけた少女。光の色は様々で、ただ明るいだけではない。ドレスを着た少女は、なにを憂いているのか、どこか悲しそうな目で、どこかを見つめている。

 一体彼女は、なにを見ているのだろう……。

 絵で、たかが絵で……。なにを僕は考えている? どうして絵と同じ世界に存在している気分になる? それに……。なんて大きな……。


「井川くん、井川くん」


 ちょいちょいと人さし指で肩を叩かれ、我に返ると視界も戻った。音も聞こえ、聴覚も異常になっていたと今さら気がつく。

 そうだ、ここはいつもの美術室。あの絵はただ、壁に飾られているだけで、美術部員が数名驚いた顔で僕を見ている。


「気がついてくれた? この絵を見てほしくて、ちょっと鏡を反射してみたんだけど」


 相沢さんの友人がそう言うと、ニッと笑い、手鏡を見せてくる。

 あのなにか反射した光は、この手鏡だったのか……。


「招待しても、簡単には来てくれないと思ったから、ごめんね。だけど、どうしてもこの絵を井川くんに見てもらいたかったんだ。これは劇を観た後、加奈が走って帰宅して仕上げた絵だよ。文化祭の途中で学校を抜け出して、そのまま帰ってこない生徒なんて、そうはいないよね。だけど、どうしても描きたい。そう言って、止まらなかったんだ。しかも今朝、完成したから皆に見せたいって持って来てね」

「でも、相沢さんの絵は……」

「文化祭の展示のとは、違うでしょう? 井川くんから得られるインスピレーションだと、こういう作風になるみたい。ほら」


 これまでずっと会話をしていたから気がつかなかった。相沢さんがキャンバスの前に座り、ただ黙々と筆を動かしている。まだ色のついていないその絵には、ドレス姿の少女が手を差し伸べるよう、中央に描かれている。


「あれ? あの絵と今描いている絵、モデル、同じ……?」


 髪型は異なるのに、なぜかそう思った。


「よく分かったね。そうだよ、モデルは同じ。もちろん井川くん!」


 ……言われてみると、うん。なんかこう……。僕と似ていると言われる従姉妹を思い出す。


「いや、でも、ドレス姿……!」

「だから、女装した井川くんに興味を持ったって言ったじゃない。加奈の中では、井川くんは中性的な女の子寄りの男子なのよ」


 意味が分からないし、嬉しくない!

 けれどこうやって長々と会話していても、つい数十分前までと違い、相沢さんは僕を見ようともしない。彼女が見ているのは、目の前のキャンバスのみ。きっとそれだけ集中しているのだろう。

 邪魔したことを詫び、美術室を後にすると後頭部をかく。

 宇田が言っていた、将来、価値が出るという言葉が頭をよぎる。さらに先ほど聞いたばかりの、今日だって、新しい絵を描きたいから教室を飛び出したという話を思い出す。


「まあ、文化祭より理解できる絵だし……。あんなの見せられたら……」


 ちょっと協力してやっても良いかな、なんて思ってしまった。くそ、これでは中学の頃のミューズさんと同じじゃないか。ほだされるな、桔平! 受け入れてしまったら、今日一日と同じことがずっと続くぞ? それは嫌だろう? もちろん嫌だとも!

 そんなことを考えながら戻ると、笑顔の部長が出迎えてくれた。


「お帰り、井川~。話は宇田たちから聞いて、同情する余地はあるが……。無視して行くとは、いい度胸だな? この俺が許すと思っているか?」

「申し訳ありませんでした!」


 その場で土下座して謝ったが、部長の説教が始まった。

 くそう! やっぱり相沢さんにミューズ扱いされなければ、普通に練習へ参加できたのに! やっぱりミューズなんてごめんだ!

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