簡単に壊れてしまう壁 (3)
『弓道個人の部で全国大会へ出場した葉山愛斗君へインタビュー!! また、今話題になっている愛斗君の作文もご紹介』
彼について書かれたページはまるまる見開き一ページ分あった。インタビュー時に取られたであろう写真と他の全国大会出場者の名前が載っている。愛斗だけ異様に大きく載っているのは、彼が大会で矢を全部中てた事が大きいかもしれない。
Q、全国大会出場おめでとう御座います。愛斗君にとって弓道とはどんな存在ですか?
A、ありがとうございます。そうですね……俺が大会前に書いた作文があるんですが、それを読んだ方が詳しく分かると思います。
そう記してある質問の隣に彼の書いた作文が記者によって丁寧に推敲され、全文載っていた。
自分にとって弓道とは 一年二組 葉山愛斗
弓道に出逢う前、俺の人生は灰色だった。不謹慎な事だとは分かっているけれど、なんで俺は俺に生まれてしまったんだろうと毎日のように悲観していて、生きるのを辞めようと何度も思っていたのだ。ご飯を食べて五体満足なだけで「幸せ」だと皆は口を揃えて言うけれど、俺はそうは感じない。俺がご飯をしっかり三食食べれていなくても、五体満足でなくても俺はきっと同じような人生を歩んでいたからだ。今より不幸でも幸せでもない人生を。
その時、出逢ったのが「弓道」だった。高校入学後只、格好良く感じて身の丈に合わない弓道部を選んだ。はじめは厳しかったけれど、弓道の練習にひたすら打ち込むことで、今までに無かった高揚感が訪れた。今でも弓道に出逢えて良かったと毎日のように友達と話しているくらいに。一言で表わせば俺にとって弓道とは「絵の具」ようなものだ。俺の元々の人生を紙だとすると、良くも悪くも色んな色をつけてくれた絵の具が弓道だからだ。弓道に出逢う前、俺の人生は灰色だった。しかし、弓道に出逢ったことで俺の人生は色付いていったのだ。よくも悪くも自分に色をつけてくれた弓道。年を取っても続けられるといいなと改めて思うのだった。
***
勿論、もっと長く全文は記述されているが、要約するとこんな感じだ。そして、理久はこの文章に対して酷く嫌悪感を覚えた。
──三食食べれていても、食べられなくても同じだったって……? そんな訳無いだろう。
そんな事は苦労を経験していない子供だから言える事だと理久は思う。親が苦労してお金を稼ぎ、タダでご飯が食べられるというありがたみを彼は理解していない、と。元々、ご飯を食べられるというありがたみを理解していない人が一番大嫌いなのだ。先程まで感じていた彼に対する好奇心が一気に失せた気がした。
同時に彼にご飯を食べられるという心からのありがたみや感謝を感じてほしいと思った。こんなに素敵な弓道ができる素晴らしい生徒なのだから、性悪な事が原因で道を閉ざしてほしくないと。
それから愛斗に対するストーカー行為が始まった。学校名は分かっていたし、住所を特定するのは学校帰りを尾行したら十分だった。
でも、一つ問題があった。掛かる費用とそこに行くまでの距離だ。彼の通っている高校は東京都だが、自身は山口県に住んでいる。教師という仕事も就き始めたばかりな事もあり、今すぐ誘拐して監禁するのは不可能だった。
取り敢えず全財産を使って盗聴器とGPS発信器、盗撮用小型カメラを購入。その年の夏休みに彼の家にそれらを仕掛けに行ったのである。因みに、GPSはスクールバッグに付けておいた。
けれども彼を盗撮しはじめてから、とある事に気がついてしまう。それは彼がご飯を食べる前と後には必ず
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
といい、何一つ残さず食べている事だ。ある時には食事の感想を母親に伝え、時間に余裕がある時は、親の分まで自分で食事を作った。作文だけで見かけを判断してしまった、ととても後悔した。あの作文はきちんと食事を取れている事のありがたみや親の苦労を分かった上での言葉だったのだ。
この光景を見た時、誘拐して監禁するのを辞めようかと何度も思った。でも後々、それを覆す事件が起こるのだ。
***
ある日、何時ものように盗撮用のカメラを確認していると彼が酷い形相をしながら怪我をして帰ってきた。それを見て直ぐに彼についてインターネットで調べると、それほど時間がかからず記事がでてきた。どうやら、三年生の不注意で足に矢が刺さり怪我をしたらしい。生徒の不注意という事もあり、この事はネットの記事にもなっていたのである。怪我は跡が少し残るほどでそれほど酷くない為、理久は安心するのだった。
しかし、安心したのもつかの間、その事がトラウマになってしまった彼は学校でも大会でも、もう二度と矢を射る事はなかった。
「愛斗くんから弓道がなくなってしまったんだ……」
もう二度と見る事のできない、彼な矢を射る美しい姿を想像し、虚しくなる。その時、不図、彼の書いた作文を思い出したのだ。
『弓道に出逢う前、俺の人生は灰色だった』
という言葉。もしかしたら、彼の人生は灰色に戻ってしまったのではないか、と。当たり前のようにその不安は的中した。愛斗は矢を射る事ができないと気付いたその日から人生に飽き飽きとしてしまっていた。彼の様子をみて、思ったのだ。不幸というのは幸せだと気付けないこと。彼はきっと弓道に出逢う前も恵まれていて、幸福だった筈なのだ。
──もし、普通に生活ができないという苦労を知ったらきっと……。
こうして、再び彼を此処に監禁し、誘拐する事を決心した。仕事が安定し始め、計画をたて終わった二年後、愛斗を誘拐したというのが今までの流れなのだ。