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たとえ"愛"だと呼ばれなくとも  作者: 朽葉千歳
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簡単に壊れてしまう壁 (2)

「ねぇ、なんで俺を誘拐したの?」


 その言葉によって理久の顔が強張る。食器を洗っていた手はロボットの電源を落としたようにぴたりと止まり、彼は振り向く。この様子を例えるのは難解だも言える。だが、光が全く見えない目は、まるで両親を殺害した犯人が無罪になった時の息子の表情のようだったと思う。


 愛斗は自分の心臓が一瞬止まったかのような衝撃を受けた。聞いてはいけない事だったかもしれない、と直ぐ様その言葉を訂正しようとする。確かに始めから彼のことを刺激してはいけないと感じていたのだ。しかし、彼の口からは予想外の返事が帰ってきた。


「気になる? 僕が愛斗くんを誘拐した理由」


 先程とは違い、目元もきちんと笑っている。それは、誰がどう見ても()()()に向けられている朗らかな表情だった。彼の言葉に戸惑いながらも、首を縦に動かして頷く。正直に言えば、頷いたのは好奇心でしかない。けれども、もし、自分が誘拐された時に、犯人から誘拐された理由を聞く事が出来るなら聞く人が大半であろう。


「はじめは嫌いだったんだよ、君のこと」


 俯きながら、ボソッと彼が呟く。蟻にでも問い掛けているかのような小さな声で。それにより、愛斗は呟かれた言葉を聞き逃してしまい、一文字も聞き取る事ができなかった。何て言ったのかは分からなかったけれど、意図して小さい声で言うのならば、どうせ大したことはないだろう、と思ったみたいである。


「はじめて君を見たのは、僕が教師になりたての頃だったよ」


 一人で唖然としてしまう。驚いたのは彼が自分を初めて見た時が想像よりも昔だったからではない。職業が教師だったからだ。何故なら、誘拐されて日も浅い為、彼の勤めている職業など事細かな彼のプロフィールは全く知らなかった。確かに外出している時間は朝早くから夜遅くまでだったけれど、これだけで職業が教師だなんて当てられる筈がない。


 それだけではなく、なんと教師が高校生を誘拐しているのだ。勿論、誰でも誘拐なんてやってはならない事だけれど、教師は生徒から見本となる行動をする立場である。加えて、教師という仕事をかなり尊敬していた事もあり、かなりショックが大きかった。ショックからか……それとも驚きからか……思わず開いた口が塞がらない。


「そんなに驚かないでよ、ちょっとショックだなぁ」


 子供を誘拐した挙句に暴力まで自分の快楽の為に振るっている人間が、言う台詞ではないだろう。そして、彼は一方的な愛斗との他愛もない出逢いについて語り始めるのだった。


 ***


 中学校教師になりたての頃、はじめて理久は部活動の顧問を任される事となった。部活動は弓道部。彼の勤務している中学は私立な為、弓道や和太鼓など一般の中学にはない様な珍しい部活動がある。しかしながら、弓道は大学の時にサークルで少し噛じった程度で生徒に教えられる程の立場でも無かった。


 その時、高校生の弓道の大会を見て勉強をしようと決めたのだ。元々顧問を担当していた教師に全国大会のビデオを貸してもらい、ビデオを再生するとその中に一際目立つ生徒がいた。


 それが愛斗だった。一年生にも関わらず全国大会に出場しているのも凄いが、それよりも圧倒的に周りの子より良い意味で大人びいている。凛とした表情に、程よくついた身体の筋肉。愛斗が矢を射る瞬間、不思議な事に周りから勢い良く気持ちの良い風が吹いたような感覚がした。窓は締め切っているので本来なら()()()()()筈がない。それは、愛斗の弦音の美しさに圧倒された彼が錯覚したものだったのだ。


「凄い、綺麗だ……」


 無意識に職員室でぽつりと独り言を呟いた。彼以外に人気のない室内では、声が小さくもよく通り、寂しげで儚げなムードにもなる。そうしてしまう程に、ビデオで見た一連の弓道は凛としていて美しかったから。これを見て、彼は愛斗が弓道をしている姿をもっと見てみたいと思った。


 直ぐにネットで名前を調べて、全国大会に出場した愛斗へのインタビューが書かれたスポーツ雑誌がある事を知った。それからは、弓道をやっている知り合いを駆け回り、やっとの思いで雑誌を見る事に成功する。この生徒はどんな思いで弓道をやっているのだろうと胸に期待を膨らませながらも、理久はページをおもむろに捲ったのだった。

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