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たとえ"愛"だと呼ばれなくとも  作者: 朽葉千歳
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簡単に壊れてしまう壁 (1)

 目を覚ますと、久しぶりに暖かいふわふわのベッドで寝ている事に気が付いた。昨夜の熱は本当にあったのかと思うくらいにすっかりとよくなり、彼は隣でスヤスヤと寝ている。目の下には酷い隈があり、夜通し自分のことを看病してくれていた事が分かった。瞼を瞑っている事で睫毛の長さや肌の綺麗さが際立たれ、少しだけ嫉妬心を覚える。


 ──あ、手足の縄が付いてない……。


 これは此処から逃げ出す大きなチャンスである。彼を起こさないように、そっとベッドから起き上がると足音を立てぬよう部屋から出た。この部屋から出た後はもう簡単だ。玄関の扉を開けるだけ。愛斗は思い切りドアノブを掴んだ。


 しかし、ドアノブはきちんと動いても玄関の扉はぴくりとも動かなかった。


 ──ん? 開かない……普通、鍵は中からなら開けたり閉めたり出来る筈だが……。


 何か扉に鍵などの仕掛けでもあるのではないか、と思ったようだ。実際はドアが外開きか内開きかの簡単な違いだったのだけれど……。すると、後ろから背筋が凍るかと錯覚してしまう程に恐ろしいぺたぺたという足音が聞こえてくる。


「あれ、愛斗くん起きたの? お粥作るから一緒に食べようか」


 その声を聞き、恐る恐る振り向くと彼は欠伸をしながら目元を擦っていた。彼は愛斗が扉を開けようとしていたのにも関わらず、その様子を気にも止めずにご飯を作り始める。少し疑問を抱いたが、取り敢えずリビングの椅子に座る事にした。


「今回の事もあったし、手足の縄を違う物に変えようと思うんだよね。ほら前さ、愛斗くんトイレ間に合わなかった事も……」


「作り話するなよ。確かにトイレは我慢しないといけないけど、漏らす程ではないよ」


 直ぐ様、ツッコミをいれる。トイレに行く時はズボンを下ろすときに手を使う必要があるので、彼が部屋に居る時でないとならない。普通の人だと何時間もトイレに行かないなんて我慢出来ないだろうが、愛斗は元々頻繁にトイレ行く方ではないし水分もあまり摂っていない。その為、実はトイレに間に合わなかった事は無いのである。


「んー、部屋の中なら自由に行動出来るようにしたいよね」


 眠そうに独り言を呟いた。彼の一人語りを聞いている間に鍋の方から良い香りがしてくる。彼が新鮮な卵を二つ割り、お粥に入れる。またコトコトと鍋をかき混ぜ始めた。


「はい、できたよ」


 そう言って美味しそうなお粥を机の上に置く。お粥から湯気が立ち込めていて、まだ少し熱そうだ。彼はスプーンでお粥を掬い、ふーふーと息を吹きかけながら此方の口元に近づける。


「愛斗くん、あーん」


 ニヤニヤとしながら悪戯をする彼。けれども愛斗は断ったら殺されるかもしれない、そう危機を感じたのか普通ならやんわりと断りを入れる場面で「いただきます」と一言伝え、お粥を口に入れた。


「えっ」


 そう言ったのは愛斗ではなく理久だった。まさか本当に食べてくれるとは思っていなかったのか、彼の頬は青春真っ只中の少年のようにかすかに赤い。動揺しながらも自分の分をお皿によそい、手元を震わせながら食べ始める。


「残りはあーんってしてくれないんだな」


 鼻で笑いながら馬鹿にするように理久に声を掛ける。彼は色付いた頬をぷくりと膨らませながら、「だって自分で食べられるでしょ」と言っている。この返答には特に言い返す事はなく


「はいはい」


 と幼児を相手するように彼を肯定した。愛斗は今までの様子からも見て分かるように同年代の青年よりも驚くくらいに落ち着いていて精神年齢は高い方だ。だが彼は違う。周りの同い年の男性と違って、どこかふわふわしていて常識知らずというか、世間知らずというか、精神的にはきっと愛斗よりも幼い。


 にも関わらず、何故ここから出られないのかというと彼の用心深さが凄まじいからである。手足だけでなく口、指までも動かせない様に固定して警察が入って来ないよう、鍵は毎度しっかり掛ける。流石の愛斗もここまでやられてしまえば太刀打ちできない。


「そういえば、仕事に行かなくていいのかよ」


 無言の空気が嫌で突如さり気なく発した質問を彼は聞いて吹き出す。ツボにハマったのか、数十秒間は笑っていたと思う。


「今日は土曜日だよ、部活も休みだしね」


 そこまで笑わなくても良いだろう。愛斗は全く持って曜日感覚が無いのだ。誘拐されてからの日付しか頼りが無い上に、ニュースや新聞も全く見ていない。そうこうしている内に、お粥を全て食べ切り「ごちそうさまでした」と発した。


「はーい、お粗末さまでした」


 ここだけ見ていると、とても誘拐犯とその被害者とは思えない会話だが、勿論彼等には見えない壁があった。愛斗は変に緊張していて心を開いていないし、彼はというと中々適切な距離感が掴めずに何処かハラハラとしている。


 けれども、この後の会話は彼等の距離を少し縮めてしまう原因となるのだ。決して近づいてはならない、その壁はもう既に少しずつ()()()()()()()()


「ねぇ、なんで俺を誘拐したの?」


 この愛斗の言葉によって。

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