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たとえ"愛"だと呼ばれなくとも  作者: 朽葉千歳
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女性教師と誘拐犯の恋愛頭脳戦 (2)

「遅くなってごめんね。愛斗くん」


 疲れ果てた身体を精一杯動かしながら、玄関のドアを開けて呟く。愛斗不足で爆発しそうだったが、彼はもう部屋のドアを開ければ目の前だ。然しドアノブに手を掛けた時、普段とは違う部屋の雰囲気に何故か違和感を覚えた。


 ──あれ? なんか今朝、忘れていたような……。


 焦って部屋に入ると、その部屋では熱気が悶々としていて苦しそうな顔をした彼が大量の汗を流しながら床に這いつくばっている。


「愛斗くん!!!!」


 急いで口元のテープを音を立てて剥がし、手足のロープを取り始める。その時、不図、手に触れた彼の肌は熱したフライパンのように熱くなっていた。


「はぁ……はぁ……」


 彼は息を切らしながら、自身の手をぎゅっと握ってくる。そう、理久は外出する際に部屋のエアコンを付け忘れていたのだ。真夏の昼に閉め切った部屋で口を塞がれた事で水分補給も出来ないのに加え、日々の栄養不足で風邪に掛かりやすくなっている。自身のミスのせいで体調不良になった彼を見て焦って如何すればいいのか分からず、ただじっと彼を見つめている事しか出来ない。


「え、えっとお水と氷持ってくるね……!」

 

 彼を畳に寝かせると急いで台所に向かってコップに水を汲み冷凍庫を開ける。運が悪いことに、冷凍庫は空だった。氷一つない。


 ──どうしよう、どうしよう……。


 取り敢えず水の入ったコップを彼の口元にあてる。彼はゆっくりと小さく口を開き水を飲んでいく。


「ゆっくり、ゆっくりね」


 声を掛ける事しか出来ないのが辛いからか、自分の唇を強く噛んだ。彼が水を全部飲み切った事にひと安心する。


「コンビニで氷と薬買ってくるね……!」


 急いで部屋の鍵を掛けると、せっせとコンビニへ駆け出すのだった。


 ***


「部屋の電気つかないな……」


 理久が部屋に入り、十分程たったが未だに部屋の電気はつかないでいた。彼女はその光景を見て何か合ったのではないかと自身はストーカー行為をしているのにも関わらず心配している。理久よりも自分の心配をするべきでは無いだろうか。


 すると、部屋のドアが凄い勢いで開いた。急いで部屋に鍵を掛けると走ってエレベーターに向かっている。


 ──何かあったのかな……?


 数分程経つと、理久がマンションからでてきたので彼女は近くの電柱に身を隠した。


 ──向かってる方向には確かコンビニが……。


 妙に記憶力の良い彼女はラーメンを食べに行く際、きちんとコンビニの場所を確認していたのでこの推理は確実だった。


 ──よし、先回りしてコンビニで話を聞こう。


 彼女もコンビニに向かって、急いで駆け出した。自分のしているストーカー行為の事も忘れて。


 ***


 走っている間、彼の事で頭の中が混乱していた。焦り過ぎてコンビニへの道を何度も間違えたが、いつも行っていたコンビニだったので時間は掛かってもここへ辿り着く事ができた。他のお客さんに対して言っている


「お弁当は温めますか?」


 という店員さんの声が、より一層頭を混乱させる。まずは氷を手に取り薬を探す。しかし、普段はコンビニで買う事のない風邪薬な為、一体どれを買ったらいいのか分からなくなった。


「あれ、七瀬先生ですか?」


 聞き覚えのある声で思考が一時停止する。そう、紗代がいきなり声を掛けてきたのだ。偶然出会ったかのように、あれ、と言っているがそれは彼女の計画の内に過ぎない。


「た、田中先生……。まだ帰ってなかったんですね」


 ラーメン屋での突拍子に吐いた嘘の話だと今頃、自身はタクシーか何かで実家に向かっている筈だ。どう言い訳をしようか、と無意識に彼女から目を逸らす。


「えっと、ご実家に向かっていらしたのではないんですか?」


 彼女が当然のように痛いところをつく。恐怖から一瞬肩を震わせたが、深呼吸をして心を落ち着かせるとゆっくりと口を開いた。


「それが……先程ルームメイトが熱を出したと連絡があって、私は後回しでいいからと母に言われたので薬を買いに来たんです」


 半分は嘘だが、半分は真実だ。嘘に本当の事を織り交ぜて話すのが良いとよく言われるが、本当にその通りかもしれないと思った。一方、彼女は不自然なところが何一つ無いその答えに納得している。


「なら、この薬が効きますよ。良かったら、私も看病しましょうか? 同性の私の方ができる事もありますし」


 彼女に言われた薬を手に取り、安心からか先程まで動きを加速させていた心臓も落ち着きを取り戻した。


「同性? ふふっ、違いますよ。僕のルームメイトは()なので。では、病人を待たせているので僕は帰りますね。おやすみなさい」


 にこりと微笑んでせっせとレジに向かった。安心し過ぎて思わず口を滑らせてしまったのかもしれない。おやすみなさい、と彼女は口に出して返した筈だったが声になっていなかった。薬が並んでいる棚を前に彼女はずっと立ち止まっている。


 ──え? でも、さっき僕の片想いって……。もしかして、ゲイってことなの??


 それならどう頑張っても七瀬先生は振り向かせられないじゃない、と勘付いてしまう。彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ、止まらない。鼻水を啜りながら、彼女は一旦諦めてタクシーを呼ぶ事にした。


 ***


 こうして困難を乗り越えて薬を買い、部屋に帰ると彼の風邪は何故か悪化していて、先程よりも苦しそうだ。


「愛斗くん苦しいかもしれないけど、頑張ってあーんして」


 頑張って小さな口をぷるぷると震わせながら開く。その小さな口の中に丁寧に薬を入れて、コップの水を彼の口元にあてる。すると彼は薬を一生懸命に飲み込んだ。この光景を見て、はっとする。


 ──口移しすれば良かった……。


 病人を前に酷いクズ思考だ。薬は即効性の物では無い為、彼は一生懸命に喘ぎながら苦しそうにしている。如何やったら病気が悪化せずに済むか少しだけ考えると、愛斗に話しかけた。


「今日はお風呂入らないでいいから、僕のベッドで寝ようか。涼しいから」


 彼はこくり、と頷く。同意を得た理久は背中に背負えば良いだけの話なのに態々お姫様抱っこをして、部屋のベッドに寝かせた。今回の事に反省をした理久は彼が寝てからも今日の事を思い出しながら、ずっと看病している。そして漸く自分の失言に気付いたのだ。


 ──もしや、田中先生にゲイってバレたんじゃ……。


 確かに同性愛者というのは本当の事だけれど、職場で噂になったら大変だとその夜ベッドの側で泣き喚くのだった。

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