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たとえ"愛"だと呼ばれなくとも  作者: 朽葉千歳
39/57

?????

 ……。小さな少年がアパートのベランダで化粧の濃い母親に怒鳴られている。どことなく面影があるので、きっとこの少年は紛れもない幼少期の理久なのであろう。年齢は目を凝らすと三、四歳程に見えた。という事は理久があの青年に出逢う前の出来事と分かる。父親の気配は感じない。仕事に行っているのか、否……そもそもいないのだろうか? 只、怒られているだけなら子供が我儘を言っているだけの一般的な普通の家庭に見えるがそうではない。何故なら理久の身体はヤンチャという一言では済まない程に痣や傷だらけで虐待を受けていると分かるのだ。それはもう思わず、目を逸らしてしまうくらいに痛々しい。


 その様子をひっそり外の電柱の側から見ている青年がいた。あの時、理久を助ける為に川の勢いに流されてしまった男だ。川に落ちた時よりも過去の話だからか、青年は若々しく至って顔色も良くて好青年のようなイメージを持てる。


「……」


 青年は何も発さずに独りでその様子を見つめていた。何を考えているのか分からない……。どんな感情なのかすら読み取れず、簡単に言えば成仏しきれなかった幽霊と勘違いされそうなくらいの無気力感なのだ。不図、柵越しに青年と理久の目が合うと彼は思いっ切り目を逸らした。助けを求めているであろう理久の苦しそうな表情が見ていて辛かったのかもしれない。


 ***


 しかし、その数時間後の話だった。理久が彼に誘(・)拐(・)されてしまったのは……。そう、真夜中になっても一人でベランダに放置され続けている理久を見ていたたまれず、彼は近所の人に聞こえないくらいの声量で叫んだのだ。


「……受け止めるから、飛び降りろ」


 と。理久の住んでいるアパートの部屋は二階。勢い良く飛び降りたら軽く怪我をする高さだ……。けれども迷いもせずに理久は彼に向かって勢い良く飛び降りた。飛び降りたというより事故で落ちたと言った方が正しいだろう。青年の顔を見る為にベランダにあった椅子によじ登り、柵から試しに顔を出して見てみたところ、落ちてしまったのだ。当然、綺麗でロマンチックに受け止めることのできる高さでもなく、青年は硬いコンクリートの上に思い切り尻餅をつく。


「うっ、いってぇ……」


 若干痛みから涙目になりながらも、青年はそう口を開く。親から食べ物をあまり与えられ無かったせいで同年代の子よりは細いにしても十数キロあるのだ。上手に受け止めきれなくて当たり前であろう。見たところ出血はしていない。理久は大きな瞳を潤ませてぽかんとしながら青年を見つめている。


「怪我はないね、良かった。……なあ、少年。おにーさんと一緒に暮らさない?」


 まるで悪魔のような笑みで青年が問いかけると、理久は考える間もなくゆっくりと頷いた。勿論、彼の言うとおり理久に目立った怪我は無いようだ。一緒に暮らす事を肯定された青年は理久の手をゆっくりと取り、青年の家へと歩き始める。


 途中、彼は目を見開いてハッとしてしまう。その時、掴んだ理久の腕と手は同年代の子と比べて悲しくなるくらいに細くて小さかったことに気付いてしまったから。


 真夜中の住宅街は驚く程に静寂で夜空には星一つ無い。大きい月も綺麗な丸ではなく、中途半端で違和感の持てる形だ。加えて裸足で歩く冷たい痛いコンクリートの床も悪くないと思えるほどに理久は内心、ホッとしている。


 ──おにいさんの手、あったかい……。


 理久は心の中でそっと小さな声で呟いた。表情は今に見られる目立った笑顔こそは無いが、雰囲気は明るく彼に対して恐怖心を抱いていない事が分かる。これからはきっと理不尽極まりない理由で暴力も振るわれない、大嫌いな母親もいない。そう考えると何だかワクワクしてきたようだ。


 その後、青年は我慢していた身体の痛みが段々と酷くなり一人で病院に行くと、骨折していた事が判明したのだった。

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