隠しきれない過ち (1)
人の秘密を偶然……偶然知ってしまったとしたら、秘密は隠して他の人には話さないべきだろう。何故なら、秘密は人に知られて嬉しい物ではない。知れ渡る側の人間は、必ずしもそうではないのかもしれないけれど。
彼女、田中紗代は重大な罪を犯した。人の秘密を、否、愛している人の秘密を職場の人間全員に話したのだ。口が緩い訳では無かった……そう、紗代は悪意をもって理久の秘密をばら撒いたのだ。それは何故か。彼を愛していたからだ……彼のことを如何しようもなく愛してしまっていたから。彼がゲイだとバラしたら、顔が良いだけでひょいひょいと寄ってくる変な虫がつかないと考えたのである。彼からしたら紗代もそれらの人たちと同類なのかもしれないが……。
決して一線を越えぬよう、寸前のところで保たれていたその心は打ち破ってはいけない殻を打ち破り、紗代の心を段々と黒く染めていく。それは異常な程に深く、そして濃く。
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「あんたさ、流石にやりすぎよ」
紗代は水戸有沙という女性と宅飲みをしていた。彼女とは中学時代からの親友で、昔から恋愛相談に乗ってもらっていたのである。いつもは「辛かったよね、苦しかったよね」といって紗代の頭を優しく撫でながら慰めてくれる彼女。しかし、その日は違った。
「あんたが大切だから見過ごしてきたけど、今まで付き合ってきた男全員に浮気されてフラレてるのはあんたにも原因があるわよ……」
今まで付き合ってきた相手に対して向けていた紗代の愛は彼等には重かったのか、全く持って受け止めて貰えなかった。ある元カレには一時間におよそ百通ものメールを送り、五分以内に連絡が取れなかったら無断で家に行き、待ち伏せするのは当たり前。それだけではない……浮気相手や元カレと少しでも仲の良い女性が居ると知ったら対象者の精神を底の底まで堕としてきたのだ。
ストーカー行為、嫌がらせ、デマの拡散。今でも、元カレの浮気相手の女性や仲の良かった女性の殆どが精神科に通っている。中には極限まで追い詰められて自ら命を絶ってしまった人まで。ここまで異常な行動を繰り返す紗代に対して彼女は一瞬でも連絡を絶ったり、見捨てたりしたことなんて一度も無かった……それなのに否定されてしまった。
紗代の中で何かが壊れる音がした。それはガラスが割れるような音でも硬い物が潰される音でもない。只、鈍くて、タワーマンションから人が落ちたような汚い音だった。
「それにさ、そんな奴じゃなくて……もう私にしちゃいなよ」
ほんのりと頬を赤らめさせながら彼女は言う。有沙は同性愛者だった。中学時代、彼女は紗代を一目見て好きになった。所謂、一目惚れ。だからこそ彼女は紗代の到底許されるとは思えない行為を受け止めてきた。こんなところも私が好きな紗代の一部なのだ、と。まあ、時にはきちんと本音を言うのも大切だろう……そう思ったのだ。けれども紗代には伝わらなかった。善意でありふれた彼女の気持ちは間違った形で届いてしまう。
というのも、紗代は有沙を殺してしまったのだ──。
酒で酔っている所を丈夫な縄で後ろから締めた。抵抗する事もなく、自身も酒で酔っぱらっていてあまり理性を保てていなかったからか、直ぐに彼女はぴくりとも動かなくなる。ついカッとなって殺ってしまったが、後悔なんて浅はかなものなど微塵も感じる事はない。だって、彼女は自身の"愛"を否定したのだから。
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朝早い時間に車に亡骸を乗せ、二十四時間営業の花屋に寄ってから遠くの山に埋めた。勿論、女性の力では限りがあるが、バレないようにできるだけ深くに。仮に見つかって逮捕されたら理久に会えなくなってしまうのだから、それだけは避けたかった。
「……今度は七瀬先生のルームメイトの番ね」
一度ストッパーを外して過ちを犯してしまえば、二度目の悪事に対して何の恐怖も自制心も沸かないのであろう。そして、これは決して間違った行為ではない。だって、そうだろう? 愛の形は人それぞれなのだから。
異性愛も、家族愛も、友愛も、敬愛も、偏愛も、れっきとした愛だと認められるのならば……少しばかり"狂愛"だっていいじゃない、と紗代は一滴の透明な雫を土の上に溢す。
たとえ、"愛"だと呼ばれなくとも──。
紗代にとってはれっきとした愛なのだから──。




