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たとえ"愛"だと呼ばれなくとも  作者: 朽葉千歳
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簡単に壊れてしまう壁 (5)

「愛斗くん、いってきます……」


 以前の事もあり、彼から離れたくない理久はしょんぼりとしながらマンションを出た。しかし、気分がよくないのはそれ以外にも理由があったのだ。そう、それは職場の紗代に"ゲイばれ"してしまったということ。うっかり口を滑らせ訂正するのを忘れてしまっていた理久だが、大丈夫だろうか。


 ***


「おはようございます」


 登校して直ぐにいつも通り職員室に入ると、周りが段々とざわめき始めた。


 ──嗚呼、田中先生、僕がゲイってこと周りに話したんだな……。


 と心の中で勝手に幻滅してしまっている。すると、理久の様子を見た教頭がまるでリーダーを気取るように話しかけてきた。


「あ、あのさぁ……人の恋愛に文句は言わないけどうちの教員と生徒に手は出さないでね?」


 誰が手を出すかよ、と理久は思った。そもそも、そんな事を直接自身に対して不満そうに言ってくるのが文句だ。手を出さないでね、ってどれだけ自分に自信があるんだよ、と教頭に怒鳴りながら言いたくなる。


「如何言うことでしょうか……? 何を聞いてそう思ったのかは分かりませんが、好みでも性格も対していい人がいる訳では無いですし、手なんて出しませんよ」


 カッとなってしまったのか、早口で思っている事を全て口に出してしまった。目上の人への言葉なので多少言葉遣いはきちんとしているけれど……。理久は言い過ぎたと思い、慌てて訂正する。


「少し言い過ぎました。すみません」


 持ち前の営業スマイルで軽くあしらったが、それが逆に傷口に塩を塗ったのかもしれない。


「はぁ?? こっちは気にかけて言ってあげてるのに、そんな言い方はないだろう」


 そう言って地団駄を踏みながら教頭は職員室を出て行ってしまった。でしたら話しかけなくても、と思う。教頭がそれを善意だと思っているなら小さな問題でもある。


 けれども、理久は教頭が何を言っているのか全く理解ができなかった。何故、自分が責められなくてはならないのだと。自分の言った事は正しいと信じて疑わなかったのだ。

 

 理久はその時、たまたま紗代と目があった。今は彼女に嫌な印象を抱いているけれど、目が合っているのにも関わらず、挨拶しないのは良くないので


「おはようございます、田中先生」


 と一言話しかけてみる。彼女は理久が怒っていると思っているのか、さっと目を逸らし無視をして慌てて去ってしまった。まあ、プライベートな事をバラされて怒るのは当たり前だが……。生徒には広まっていないのが不幸中の幸いである。しかし、楽しかった職場が少し窮屈に感じるようになってしまったのだ。


 ***


「東京都で男子高校生が行方不明になってお(・)よ(・)そ(・)半(・)年(・)この事について男子高校生のご家族はどう思っているのか、インタビューさせてい……」


 途中だったが、理久はリモコンでテレビの電源を切る。この事件の話題の波が落ち着くまで、まだ少し掛かりそうだ。


 いつも通り平然としている理久の隣には、身体中痣だらけで床に倒れている彼がいた。手足を震わせながら仰向けで苦しそうに呻いている。加えて目は虚ろで焦点があっていない。


 彼を誘拐した大まかな目的は、自分の日常が恵まれていたのだとしっかり認識させること。それは既に誘拐した時点で愛斗は少し認識していた思うが、今の状態でこのまま彼を逃しても元の生活に戻ればまた元通りになってしまうと理久は考えた。結果的に長い間、ここに監禁する事になってしまったのだ。


 本人は後悔なんて微塵もないであろう。この生活を終えた後、彼が灰色の人生だという考えを改め、幸せに感じるようになればそれでいいのだ。一種の修行みたいな物だと理久は考えているらしい。


「そういえば、俺受験生なんだけど……このままだと大学いけないよ」


 痛みが落ち着いたのか、自身が怪我をした所をじーっと見ながら彼は言う。その様子を見て心の中でぽつりと呟いた。


 ──こういう時まで受験の事を考えられるなんて真面目だなぁ……。


 受験生は受験の事で頭がいっぱいの人が大半なのにも関わらず、精神的に幼すぎる理久にとっては彼が真面目に見えるようだ。学校の授業で「え、受験勉強なんかするの!? めっちゃ偉い!!」とでも言って生徒を怠けさせそうで心配になってしまう。


「大学なんて行かなくていいよ、ここに居れば僕がずっと養ってあげるけど」


 どれだけ理久が彼を好きで好きで仕方が無くても、これは誘拐だ。けれども、いつか愛斗がここを出て行ってしまうのを考えるのは嫌らしい。


「流石にずっと暴力ばかりな生活は嫌かな」


 彼は出来るだけ犯人を刺激しないような台詞を考えた挙句、こう苦笑いしながら答えた。その答えを聞いた理久は、逆にとてもポジティブに考える。


 ──もし、愛斗くんが逃げ出そうとしたら、明日からは殴ったり蹴ったりしないから出て行かないで、と泣き付けばいいんだ……!


 それによって、機嫌が良くなったらしく、いきなり彼を強く抱きしめた。


 ──僕と一緒に住みたいと遠回しに伝えるなんて愛斗くんは可愛いなぁ……。


 と理久は思ったらしい。これは多分とんだ思い違いだけれど。

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