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上から目線

作者: バルサン


彼女はいつも上から目線で物を言う。

「あれやっといて」「コレ持ってきてー?」「何で私の

言うこと聞けないの?」って強制的に僕の座を下に

する。


僕の方が彼女より年上なのに。僕は彼女の上司なのに。

5年分のキャリアの差があって、いつも会社では敬語を

使うのに、家ではこの有様だ。


「お、コピーは用意してくれたか?」


「はい!これです!」


「ありがt____多いな!?君これ…何部

 コピーした!?」


「え?先輩に言われたとおり200枚…」


「40枚だよ俺が言ったのは!何で勝手に5倍に

 してるんだよ!」


「かけ算は昔から得意なんです!」


「関係ないだろ!」


なんてことがあっても、彼女は一回も謝らなかった。

多い分に越したことはないけど、流石に紙の無駄だ。

結局僕が部長に謝り、僕が小言を言われる羽目に

なった。


家に帰ってきた彼女に「あの後俺が怒られたんだぞ。

謝ってくれよ」と言うと、「プライベートに仕事は

持ち出さない約束でしょ?気の遣えない男は

モテないぞ〜」なんて言ってきた。


そんな王女様の彼女に呆れて早5年。彼女の誕生日前日。

前日になるとあからさまにソワソワしだす彼女は、

いつもと違い幼子のように見えて妙に可愛い。目が

合うといちいち丸くして目を逸らす。小動物になって

しまう彼女の誕生日を祝うのも、明日で7回目。


今回は、指輪をプレゼントしようと思ってる。どこか

僕も緊張してしまっていて、異様に時計を気にして

いた。


彼女の誕生日まで10分を切った。


「ねぇ」


「なに?」


「今回は何くれるの?」


「秘密」


「あと10分でわかるんだから言ってよー」


「あと10分でわかるんだから我慢しろよ」


「え〜、前々回はグリフィンドールのローブ。前回は

 お揃いの下着でしょ?あ!あと前前前回はほしかった

 官能小説3冊!」


「君の名はかよ」なんて王道のツッコミはせずにスルー

した。それにしても、相変わらずとんでもないものを

プレゼントしているな。でも、これを始めたのは彼女

からだったんだ。


3回目のプレゼントからおかしくなった。彼女は僕に

セミの抜け殻10個を渡してきた。「財布に入れておくと

お金持ちになれるっておばあちゃん言ってた」と

言いながら財布に突っ込んできた。僕の財布の中は

カッサカサになった。今でもたまにカケラが出てくる。


4回目のプレゼントは『反応しない練習』という本

だった。「すーぐ怒るじゃん。仏の力を感じて

見せてよ!」と言いながら頭を叩いてきたので

やり返した。ほっぺをグイッと引っ張ったら、彼女の

頬はりんごみたいに赤くなっていた。


5回目のプレゼントはハグリッドのコスプレ衣装だった。

「将来はこれくらい大きく育ってくれよ。ハゲリッド」

と言いながらカツラを投げつけてきたので、カツラを

頭につけて振り回してやった。ひとしきり暴れて頭を

上げたら「氣志團みたいだよ」って言われて2人して

腹を抱えて笑った。


6回目のプレゼントはメイド服とセーラー服だった。

「180cm台っていう大男の女装が不意に見たく

なってさ」と言いながらカミソリを渡してきたので、

パッと受け取って足や腕ではなくもみあげを剃り

落とした。おかげで僕の左もみあげはかまいたちが

通ったみたいに一直線に切れていた。今ではもう

生え揃っている。


…と、僕のプレゼントは彼女に比べれば相当マシなもの

ということがわかるだろう。彼女は何をあげても

喜ぶから、逆に普通のものをあげてみようと思って、

今回は真剣なプレゼントにしたんだ。


彼女なら、僕が隣にいても笑ってくれると思ったし、

僕が隣にいたいと思った。彼女の意地悪そうな笑顔を

ずっと隣で見ていたいと思ったんだ。


「うーんこの流れから導き出されるものかぁ…ゼクシィ

 とか?」


「どう流れを読んだんだお前は」


「えっへへ、冗談だよ。じゃあ残り1分になったら私が

 欲しいもの教えてあげる。あ、それまで喋っちゃ

 ダメだよ?考えといて」


そうやって思いつきで話すから、こんなに気まずい

空気になってしまったじゃないか。彼女が命令をする

ときはいつも空回る。そうやって人を見下していると、

いつの間にか自分の立場が下がっていることに

気付かないから気をつけろよ。


あと3分。あと2分…。あと1分で聞けるのに、

とてつもなく長く感じる。もうとっくに60秒経った

だろ。早く59分になれ、馬鹿時計。


「よし!じゃあ教えてあげる」


彼女はあぐらをかいている僕の足の隙間に仰向きに

頭を乗せて、僕の顔をジっと見つめた。なんでだろう。

どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。彼女が

可愛いのは重々承知だ。でもどうしてだろう。

こんなにも愛おしく感じたのは今までで初めてだ。


今すぐにでも抱きしめたくなるほど可愛い顔を

しながら、彼女はちょっとだけ溜めて、息を吸った。


「私が欲しいのは…」


クーラーはガンガンに効いてて、先程まで肌寒いとすら

感じていたのに、今は暑くて暑くて仕方がない。汗が

滲み出て止まらない。


そんな濡れた瞳、見たことがない。体を重ねたことが

ないからかもしれないけど、きっと重ねたとしても

こんな瞳はしないと思う。上目遣いで物を言う君が、

こんなにも可愛いだなんて、今まで知らなかった。

上という文字が付くにしては、随分とこちらのほうが

可愛らしいし、言うことを聞きたくなる。


彼女の口が再び開こうとしている。君は一体僕に何を

望むんだ。心臓の音がうるさくて、君の声がかき消され

ないかだけが不安だ。いつもの悪戯っ子のような顔では

なく、珍しく真っ直ぐな顔で言った。


「君の苗字」


左手に忍ばせておいた指輪のケースがポッと落ちた。

彼女は見透かしていたのか、それとも今日

勘付いたのか、それとも、相思相愛だったのか。

わからないけど、彼女と離れることはないんだろうなぁ

と思った。


彼女が23から少しだけ大人になった時だった。


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