婚約者が友人たちと婚約破棄を企んでいたので交ざってみた
思いつきで書いた一日クオリティ。設定ふわふわしてます。
貴族たちが通う魔法学園の、サロンの一室。
「――……よし。これで証拠は揃ったな」
薄く開いた扉の向こうから漏れ聞こえてきたそんな声に、わたしはピタリと足を止めた。
(この声は……)
扉の隙間からそっと覗き見る。
「……ようやく。ようやくだ――――これでようやく、婚約破棄ができるっ!!」
ぐっと拳を握りしめ、しみじみと言ったのは、第四王子のジェラルド様。
赤みがかった金髪と、深い赤紫の瞳。繊細で中性的な顔立ちは、まるで物語に出てくる理想の王子様だ。
(婚約破棄……ふうん?)
わたしはそのままそっと聞き耳を立てる。
「落ち着いてください、殿下。喜ぶにはまだはやいです」
「そうだな。相手はあのマティーノ公爵家だ。油断しては簡単に足をすくわれる」
「まあまあ、二人とも。殿下はこれまであの我儘三昧の令嬢に耐えてきたんだからさ」
順に、ジェラルドの側近のヴァルフレード、乳兄弟として育った子爵家次男のバルトロ、学園に入学してできた友人で伯爵家嫡男のティベリオの発言だ。
サロンの中にはその四人だけがいるようだった。
「ティベリオの言う通りだ。僕は散々耐えてきた……あの女はいつも実家を盾に僕を脅してくるんだ。何かにつけプレゼントを欲しがる強欲だし、夜会では僕のことを装飾品のように扱い、他の男にも見境なく色目を使う。最悪な女だ、あれは」
(……。誰が聞いているかも分からないところで言っていい悪口じゃないわねぇ……)
わたしはわざと靴音を鳴らし、まるで今ここに来たかのように扉を押し開けた。
「あれ、ここの扉少し開いて――」
隙間が開いている扉が気になったかのような台詞を唱えながら。
「誰だ!」
と、飛び出てきたのは予想通り、ジェラルドの側近ヴァルフレード。
短く刈り込まれたくすんだ金髪と、青の瞳。長身で引き締まった体つきの彼が目の前に現れ、予想はしていても普通にびっくりしてしまいわたしは一歩足を引いた。
「ご、ごめんなさ――って、皆さん? お揃いで何をしているんですか?」
「ああ……なんだ、レツィオか」
わたしの姿を見てほっと息を吐いたのは、子爵家次男のバルトロだ。
濃紺の髪と瞳を持ち、無表情でいることが多い。今も表情の変化は見られなかった。にこりともしないクールなところが一定の女子人気を誇る。
「あれ? レツィオくんったら好奇心旺盛だなー。こーんなところに首を突っ込んで来ちゃうなんて」
軽い調子でそう言うのは、伯爵家嫡男のティベリオ。長く伸びた若草色の癖毛をひとまとめに首の後ろでくくっていて、同じ色の瞳は猫のように細められている。彼はバルトロとは対照的に、いつもへらりとした笑みを浮かべていた。
ちなみに、“レツィオ”はこの姿でのわたしの偽名。
この姿というのは、変装技術と印象操作の魔法を駆使して作った純朴な少年の姿だ。
ありふれた茶色い髪は肩よりも短く切りそろえ、顔は印象操作で平凡に思わせ、胸は潰し、男物の制服を身に着けている。
常にこの姿でいるわけではないが、婚約者の学友と接するときや、令嬢としてあるまじき無茶をしたいときはこちらの姿で動く。もちろん他にもいくつか変装レパートリーはあるが。
「おい、誰だ。扉をきちんと閉めなかったのは? レツィオだったから良かったものの、他の者に聞かれたら危うかったぞ」
「あー、オレかも。ごめん、殿下!」
へらりと笑いながらやけに軽い謝罪をするティベリオに、ジェラルドの側近ヴァルフレードが眉をひそめた。
「ティベリオ殿……確認しなかった私も悪いですが、もう少し慎重になられてください」
「ごめんって。それより、こうなったらレツィオくんも仲間にいれてあげよっか」
「仲間って……何の仲間ですか?」
きょとんとして言えば、ジェラルドが立ち上がった。
つかつかと歩み寄り、未だ開いていた扉を閉める。
そうしてからわたしの目を見て小声で言う。
「アリアンナ・マティーノとの婚約を破棄するための、仲間だ」
「アリアンナ様との婚約破棄って……えぇ!?」
ことさらに、驚いた表情をしてみせる。
「とにかく座れ。レツィオ」
ジェラルドは足早に席に戻り、わたしも言われるままそのあとをついていく。
「レッツィオくんー、オレの隣あいてるよー」
軽薄な笑みを携えて、ティベリオが手をひらひらと振ってくる。
少し迷ったけれど、そこに座ることにした。レツィオのキャラでは誘われたことを大した理由もなく断るのはおかしい。
「それで、あの……婚約破棄って、大丈夫なんですか。そんなことして……」
おずおずとわたしは訊ねる。
「普通であれば、ただじゃすまないな」
答えたのはバルトロだ。
彼は冷静に言う。
「だが、マティーノ公爵家ごと潰してしまえば問題はない」
「公爵家を潰すって、そんなこと、いったいどうやって……」
「これを見ろ」
ジェラルドがばさりと紙束を押し付けてきた。
言われたままに目を通す。
(マティーノ公爵家の不正の記録……ふうん、まあよく調べてあるわねぇ。脱税に収賄、あとは、そうよね。人身売買。ここまでの証拠集めには相当苦労したでしょうに、それが婚約破棄のためなんて……よっぽど婚約破棄したかったのね)
そんな大層なものをわたしに見せる迂闊さはいかがなものかと思うが。仕方ない。彼らはわたしの正体に何にも気づいていないのだから。
そう思いながら、わたしは発言する。
「……これを公表したら、確かに公爵家は危ういでしょうが……あの家ならば、逃げ道ぐらい考えてあるのではないでしょうか」
「逃げ道かー。あー……たとえば、スケープゴートを作り上げるとか?」
ティベリオが面白そうに笑って言う。
相変わらずこの男はふざけているようで、鋭い。
スケープゴートとは、要は身代わりだ。悪事の全てを公爵家ではなく別の人間が勝手にやっていたことにして罪を押し付ける。
「はい……たとえば、マティーノ家の傍系にあたるロレンツィ家とか」
すっとロレンツィ子爵家の次男であるバルトロに視線を送る。
彼は表情を硬くして、小さく頷いた。
「……気をつけておこう」
「他には何かあるか、レツィオ?」
ジェラルドが聞いてくる。印象操作の力もあるのだろうが、わたしは彼らに頼りにされているようだ。
少し考えて、口を開く。
「……これは、噂なんですが」
「不確実なことなのですか」
ヴァルフレードが噂程度を殿下の耳に入れるなと言わんばかりの顔で口を挟んできた。
(確実なことだけど、仕方ないじゃない。“レツィオ”が知っていておかしいことは、噂の体で言うしかないんだもの)
「それがお気に召されないようでしたら、口を閉じます」
「ヴァルフレード、いい。レツィオ、話してくれ」
「分かりました。公爵夫人のことですが、最近、異国の楽士をたびたび屋敷に招いていると聞きました。そちらも洗い出してみると、もしかしたら、何か見つかるかもしれません」
「異国の楽士か。それは盲点だったな」
公爵夫人の異国趣味は、嫁ぐよりも前からのことだ。公爵家の悪巧みと絡んでいるとはあまり考えなかったのだろう。感心したようにジェラルドが頷いた。
(……実はこれがいっちばん大きい謀だったりするんだけどね)
公爵家は他国と通じている。いずれ、戦を起こし王権を奪い取ろうとしているのだ。
「ありがとう、レツィオ。では、今話したことは今後調査を詰めていくとして……」
ジェラルドはふう、と一息つき。
「――もう一つ、相談に乗ってくれないか」
*
わたし以外の人たちもそれは聞かされていなかったのか、目を丸くする。
「もちろん、問題ありません」
真っ先に答えたのはやはり側近のヴァルフレード。
「ああ。何でも話してくれ」
その次は、乳兄弟のバルトロ。
「ん~~……なんっか、いやーな予感するんだよね~」
意外にも、いつもノリのいいティベリオが即答を渋った。
「けど、仲間外れは嫌だからおっけー」
と思ったらやっぱり軽いノリで頷いた。
わたしはそれを見届けてから、「僕なんかでよろしければ」と頷いた。
ジェラルドは真剣な顔をして、「実は」と話し始める。
「実は、気になる女性がいるんだ」
(ああ、それで婚約破棄?)
と、わたしは納得した一方で。
「はいー、やっぱり嫌な予感当たったよ! はー……もー……なんで殿下ってば惚れっぽいのかなー……」
ティベリオがだらしなく背もたれに寄りかかって、自棄気味に嘆いた。
「気づいてたのか、ティベリオ」
「ええまあ、はい。見てれば分かりますよ、ティーナ・パリージでしょ?」
深々と、これみよがしに、ティベリオは息を吐き出した。
「ティーナ嬢ですか。たしか家は商家だとか……」
「ああ、しとやかでありながら剛胆なところのある、彼女か」
「……おまえたち、知り合いなのか」
ジェラルドの問いに、ヴァルフレードとバルトロの二人は頷いた。「面識がある程度ですが」「ああ、たまに話す」
ジェラルドの顔がパッと喜色に輝いた。
「それなら話は早い。僕に彼女を紹介して欲しいんだ。もちろん、婚約破棄が終わったあとで」
「ああ、それぐらい――」
「だめ、だめ、だめでーす」
バルトロが頷きかけたところに、ティベリオの殊更に明るい声が割り込む。
「殿下。申し訳ないけど、彼女はだめ」
「何がだめなんだ? 平民だから、という話か? おまえらしくもない」
ティベリオのいきなりの拒否に、ジェラルドが不服そうに眉根を寄せる。
「ええ? それ聞きます? そんなの、オレも彼女のことが好きだからに決まってるじゃないですか~」
「は?」
「え?」
「……」
――場が、凍りついた。
ティベリオがジェラルドの思い人に恋心を抱いたことが問題なのではなかった。
「おまえ……あれだけ素晴らしい婚約者がいて浮気しているのか!」
ジェラルドが心底恨めしげな顔で低く唸る。
「……ルクレツィア嬢の名誉を守るためにもはやく縁を切るべきですね。そして速やかに彼女のことは殿下に口説いてもらいましょう。殿下の初恋相手ですし、身分の問題もないですし、名案です」
ヴァルフレードが軽蔑を隠さずに、早口で言う。
ジェラルド殿下の初恋がさらっと明かされたけれどいいのだろうか。
「ティベリオ、お前……今この瞬間、この国の男共を敵に回した自覚はあるか」
バルトロは無表情のまま不穏なことを言う。抑揚のない声音が余計に恐怖を誘った。
「……婚約者がいるのに、他の女性に現を抜かすなんて最低ですね」
最後はわたしだ。本心である。
「待って、他のやつらはともかく、レツィオくんにまで詰られると心が病む!」
「最低ですね」
「ごめんなさい!」
じとりとした視線と共に追い討ちをかけると、ティベリオは机に突っ伏した。
彼は突っ伏しながら、それでも反論した。
「そりゃね、ルツィは世界一の女性だよ。もう何人何十人が横恋慕して来やがった最高の婚約者だよ。世界一愛してる。でも、でもさ。オレはティーナのことも好きなんだ。あとレツィオくんのことも」
「……なんでレツィオを並べた?」
ジェラルドが実に複雑そうな顔で突っ込んだ。
皆がまたティベリオの下手な冗談かと呆れ顔をする中で、わたしだけは俯いて肩をぷるぷるさせていた。冗談で済ますには、あまりにも的確すぎるからだ。
(う、ううう嘘でしょう……!? なんで、なんで……――)
きっと今わたしの顔は赤い。そう思って俯いていると、すぐ横――斜め下から視線を感じた。
両腕の中に頭を半分埋めたティベリオがにやけた顔で、こちらを見あげていた。そして、口をぱくぱくと動かす。
――ルツィ、愛してる
と。
*
伯爵令嬢ルクレツィア・ドロエット。それがわたしの名前だ。
他にも、ティーナ・パリージとか、レツィオ・アルディーニとか、いくつか名前はあるけれど、“ルクレツィア”が生まれた時からの本当の名前。
特技の印象操作の魔法と変装を使って、情報収集することがわたしの趣味であり仕事だ。
そう、ドロエット伯爵家は、代々王家の裏でこそこそと動く情報部隊の一族。
表向きはまったく普通の伯爵家だけれど、裏では結構あれこれと動いている。今回の第四王子の婚約破棄や公爵家の取り潰し計画のサポートなんかも、その一環。
……だったのだけれど。
「い……いつから、気づいていたの……」
こんなことになるとは、まったく予想していなかった。
わたしは少し顔を赤くしながら、自分の部屋で、向かい合った婚約者に問いかける。
「え、いつからっていうか、一目見れば分かるけど。ほら、オレ、ルツィ大好きだからさ」
ティベリオはいつもの調子で、へらりと笑って言う。
「い、今まで家族以外の誰にもバレたことないと思ってた……」
わたしはがっくりと項垂れた。
ティベリオの動物的勘の良さは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
変装だけで顔は変えられない。でも、そこは印象操作の魔法で相手に“ルクレツィア”とはまったく違う新たな印象を植え付けることで別人として認識される。はずなのに。
「ねぇ、ルツィ。浮気してごめんね?」
「……」
最低ですね、とはとても言えなかった。ティベリオは、“ティーナ”がわたしだと知っていたから、ジェラルドの前でわざわざあんなことを言ったのだろう。
わたしもジェラルドがティーナの話を持ち出したとき、内心どうしようかと慌てたが、ティベリオのおかげで話が逸らされ、その話は有耶無耶なまま解散となった。
「もしかして、ずっと気づかないふりしていた方が良かった? 誤解させたままだと嫌われるかと思ってバラしちゃったけど……」
「……ティベリオ……」
わたしは唸るような声を出す。
怒られるとでも思ったのか、ティベリオはびくりと姿勢を正した。
「……どうしてあなたそんな格好良いの……!」
わたしは両手で顔を覆って、吐き出した。
「わたしのために浮気者の嫌われ者になるなんて、身体張りすぎよ……格好良すぎ。好き……!」
「そ? オレ、格好良かった?」
「いつだって、格好良いと思ってるわ」
「ええ~照れちゃうな」
本気なのか冗談なのか、ティベリオは頭をかいて笑う。
そんな姿も可愛くて、好き。
この話をしたら、大多数の人が――何故かティベリオまでもが――嘘だと言うのだが、好きになったのはわたしの方が先だ。
わたしが彼を好きになって、結婚したいと両親にねだったのだ。
「ルツィも、いつも可愛いよ。どんな姿をしてても、可愛らしさがにじみ出てる。ティーナのときも、レツィオくんのときも」
同じ伯爵家の嫡男である彼との婚約には何の障害もなかった。
あるとすればいつも大げさで冗談めいているティベリオの本心が分かりにくいことだが、嘘でも冗談でも「愛してる」とか「好き」とか「可愛い」とか、そういう言葉をくれるのは嬉しかったので気にしなかった。
「まあでも、あんまり可愛いのも困りものかなー。まさかまた殿下に目をつけられるとは思わなかった」
(また……あ、そういえばわたしが初恋とかなんとかヴァルフレードが言ってたわね)
あのときは、ティベリオがティーナを別人として認識していると思っていたから、彼女を好きという発言に結構打ちのめされていたおかげでさらりと流してしまったが。
「わたし……知らなかったわ。ジェラルド殿下の初恋相手だったなんて。いくつのころかしら?」
「え~オレの前で他の男の話するの? でもオレの居ないところでされるよりマシだから答えちゃう。殿下はね~、十二歳の頃だよ。ほら、一緒に王宮のお茶会に行ったじゃん? そのとき」
「じゃあ、婚約した後なのね。前だったら危うかったわね……」
ティベリオと婚約する前だったら、わたしがジェラルドの婚約者に収まっていた可能性がある。
先にティベリオと出会って、即両親にねだったのは正解だった。幼いわたしの即断即決力に感謝しよう。
「いやいや、今も危ういって。殿下はティーナ狙ってるんだから。しばらくは……例のアレが終わるまでは接触してこないと思うけどさ~。どうしよ、オレ、殿下がルツィ口説いてる姿なんて見たら嫉妬して殴りかかりそう」
「え……それは真面目にやめて」
「はい」
王子様に手をあげるのは如何な理由があろうとも不敬罪だ。
わたしが真剣な顔をすると、ティベリオも真面目な顔で頷いた。
「……まあ、わたしもティベリオ以外に口説かれるのはごめんだから、ティーナはもうやめることにするわ」
「え、オレのためにじゃなくて?」
「もちろんあなたが不敬罪で捕まらないようにって理由もそうだけど。わたしも……ほら……耐えきれなくなったら、殴りかかりそうだから……」
しどろもどろに言えば、ティベリオは「ああ!」と明るい声をあげた。
「ルツィは外面完璧なお転婆さんだもんねー」
そう、ルクレツィア・ドロエットは完璧な淑女だ。ティベリオの横に並んだときに見劣りしないように外面も内面も磨き上げ、ほんの少し印象操作の魔法を駆使して作り上げた役。
でも、あくまで役。
わたしがわたしでいられるのは、家族の前と「ルツィ」とわたしを呼ぶティベリオの前でだけ。
彼がわたしをお転婆と呼ぶように、わたしは世の評判通りのおしとやかで心優しい深窓の令嬢なんかではない。
怒りが抑えきれなくなれば普通に手が出ることもある。ティベリオ以外の男に強引に迫られた日には、幼い頃から教え込まれたとっておきの護身術を披露してしまう自信がある。
(――あら、でも、思い返せば、婚約者もいない上、身分が低い“ティーナ”がそんな目に遭いそうなことってなかったかも)
男装しているレツィオはともかく。
危ないところはあったものの、護身術を披露するよりも前に、いつも――……
(いつも、ティベリオがさりげなく助けてくれてたわ……!?)
何故気づかなかったのか。自分でも分からない。それだけティベリオの助け舟はさり気なかった。
知らぬ間に守られていた事実に、顔が赤くなった。
急に顔を赤くしたわたしを見て、ティベリオが「どうしたの、ルツィ!?」と驚いた声をあげる。
(あ、思い返せばレツィオのときも……結構、助けられてた……)
男子生徒の間に紛れていたのだ。話題が下世話なものになったときや、悪ふざけがすぎて押しつぶされそうになったときなど、いつもティベリオが助けてくれていた。
「……ティベリオ。わたし、絶対あなたと結婚するわ」
顔を両手で隠しながら、幼い頃から数えてもう何度目か分からない求婚をする。
「え~、ルツィもルクレツィアもティーナもレツィオくんも大好きな浮気者だけど、いいの?」
からかいまじりの声と、いつも通りのへらりとした笑み。
軽薄な態度だけれど、まったくそんなことはないわたしの大好きな人。
わたしは赤い顔で、笑った。
「だから、いいのよ」
*
――その後。
無事にマティーノ公爵家の悪事は暴かれ、ジェラルド王子とアリアンナ公爵令嬢の婚約は消滅した。
公爵家は取りつぶされることはなく、今回の件で活躍したバルトロが時期を見てその名を継ぐことになった。
ジェラルドは忽然と姿を消したティーナを躍起になって探していたが、しばらくするとわたしがティーナの代わりに作った“カーラ”のことが気になると言い出した。(ティベリオは何も言ってないのにやっぱりすぐにカーラ=わたしであることに気がついた)
わたしは、ティベリオにわりと真面目な顔で、もう“ルクレツィア”以外の女の子の役を作るのをやめてくれと頼まれた。
じゃないと浮気者と呼ぶと言われては、頷かざるを得なかった。
*おまけ*
「まあ、浮気者でも、愛しちゃうけどね。オレ、ルツィに盲目だから」
「浮気なんてしないわ。こんなに格好良くて素敵な婚約者がいるのに……!」
「オレだってルツィにしか浮気しないし」
「なんかそれって、わたしの全部を愛してくれてるみたいで幸せ……」
「え~、オレはルツィにいつもそう言ってるつもりだったんだけど~?」
――なんて会話があったとかなかったとか。