序章 これまでの生活
ヒスイを飼育を始めて1ヶ月が経とうとしている。
ヒスイもかなり俺に懐いている。
それどころか園にいる同僚とも打ち解けたようで、初めてこの園に来た時よりも、別人いや別狼のようになっていた。
「それじゃ、明日お休みいただきます。」
「ああ、ここ1ヶ月ヒスイの飼育で疲れただろう?。休みの日も遊び来たって言って園に来て、ヒスイに餌やって話して帰って、それじゃあ休みにならんだろう?」
「いや好きでやってることなので。」
「それなら良いんだが、一応労働者基準法ってのがあるのだから休んでもらわないとな。」
「はい明日は完全にお休みもらいます。」
とは言うものの、俺には趣味という趣味もない。
洗濯機回して、ウマのアプリで育成をして、フラっとペットショップを覗きに行くくらいだ。
動物の飼育も好きでやっているし、趣味の延長みたいなものなのだ。
俺には色恋沙汰なんてものもない。
別に女性に興味が無いわけではないのだが、多少は自分の身体的コンプレックスもあって、なかなかそういうことにもならない。
ちなみに猫っぽい子がタイプである。
とりあえず散髪にでも行くか。
もう一年以上髪の毛も切っていないからずいぶん伸びている。
髪をまとめ後ろで縛っている。動物好きだからポニーテールにしているわけではない。
髭も無精髭を通りすぎて、ヒッチハイクで世界中旅してますって言っても初見の人には信じてしまうかもしれない。
そうこうしていると、閉園時間がすぎた。
さてヒスイの檻に行って片付けして帰るか。
明日は餌やりや掃除などは同僚がやってくれるから問題ない。
散歩もさせてあげれないので、日中は外の檻に出しているヒスイを屋内に移動させる。
内檻に入ったヒスイは俺の所に寄ってきた。
ヒスイの綺麗な毛を撫でると寛ぎ始めた。
「なあヒスイ、俺、明日は休みなんだ。だから明日はいないけど、誰かは来るからな。」
そう言ったとたんにヒスイはこっち顔を見た。
めちゃ寂しそう。
「ああ、わかったよ。用事が済んだら会いにいくよ。」
カップルかよ、ラブラブして。
まあヒスイは雄なんだがな。
園長に一声かけて、動物園を後にする。
車の鍵をあけ乗り込み鍵を回すとラジオが流れた。
この動物園の給料はさほど高くはない。しかし生活は地味だし、趣味にお金を使うということもない、そこそこ貯金もある。
車くらいは大きなサンルーフの付いてる車に乗りたくて、中古のワゴン車を買った。
まあ家族がいるわけでもないので、そんな大きな車じゃなくてもいいのだが、たまに車中泊することがあって、その時に星を観たいと思って購入したのだ。
動物も好きだが、自然も好きなのだ。
機会があればソロキャンプなども行ってみたい。
アクセルを踏み、ポツポツと電灯が灯る薄暗い園を後にする。園は山の上にあり、山の側面に沿うように螺旋状に道路が巻かれている。カーブが続くのでそこまで速度は出せない。
山を降りると町に入る。町と言っても畑が広がりポツポツと家があり、スーパーやコンビニ、薬局とかがあるだけだ、もう少し進むと駅がありスナックや居酒屋、喫茶店など建ち並ぶ所もある。
別段、今の生活に不自由してるということもない。俺は都会の方から来たがむしろ何もかも揃い過ぎている。
物欲もない俺は、体調悪けりゃ薬局行くし、お腹が減ればスーパーの値引きの惣菜を買えばいいし、動物に触れ合えるならそれくらいでよかった。
山を降りてすぐのコンビニに立ち寄り、チューハイとアテのちくわを買い自宅に帰って来た。
1LDKの1人で住むには十分過ぎるハイツ。
家賃も田舎なだけあって3万8000円。
都会では到底住めない家賃だ。
リビングの電気をつけ、リクライニングチェアーに腰を落とし、テレビをつけた。
テレビでは紅葉スポットの特集をしている。
ああもう秋か、確かに園の周りの木々も色づいてきたな。
9度チューハイをぐいっと飲み干すと風呂場に向かい、軽くシャワーを浴びベットに潜り込む。
明日は休みにだから夜更かしでもしたらいいのだが、体が仕事のある日の5時起床で体がインプットしていて、どんなに疲れてようが寝る時間が遅かろうが目が覚めてしまう。結局、寝不足で日中疲れてしまうのだ。
翌朝、部屋の片付けをし、洗濯物を干し、砂埃だらけの愛車をホースで軽く洗う。
車内は運転席と助手席以外は後ろの椅子は全て倒している。仮眠を取る為だ。まあ乗せる相手もいないのもある。
洗車した車に乗り、近くの理髪店に寄る。
ああさっぱりした。伸ばしっぱなしの髪と髭、刈ってしまうとこんなにも頭が軽くなるのか。
肩こりの原因はこれなのかもしれないな。
そうこうしていると、日が落ちてきている。
もう五時か、そろそろ園に行くか。
ヒスイは大人しくしてただろうか?。やっぱりなんだかんだ心配している。
駐車場に車を止め、職員室に寄る。
「なんだ、今日も結局来たのか。」
「ええ、出掛けてついでで、ヒスイの様子が気になったので。」
「本当好きだな、動物が。まあ君の動物の世話好きは俺にはありがたいがね。さて私は帰るとするよ。鍵しめ頼めるかね?」
「わかりました。お気をつけて。」
園長を見送ると俺はヒスイのいる小屋に移動した。
俺が檻に入ると俺の顔をじっと見て、気づくと尻尾を振って近寄ってくる。
「ああ、そうか散髪行ったからから、一瞬わかんなったか。」
「ウォ!。」
こういうところは3メートルの青緑色の珍獣ではなく、犬だよな。
俺は一方的にヒスイに今日の出来事を話した。
ヒスイはじっと俺の話を聞いている。ほんと、聞き上手な親友だ。
気がつけば夜の22時、もうそろそろ帰るとするか。
「んじゃ、そろそろ帰るとするよ。また明日な。」
そう言って、俺は園の戸締りと警備会社のセキュリティのスイッチを入れ再び愛車に乗り込んだ。
車が行った後、隅に隠れるように駐車していた黒塗りのハイエースのライトがついた。
「兄貴、行ったみたいです。」
「あまり長くは居れない、ちゃっちゃと終わらすぞ。」
「へい。」
黒ずくめの二組は車を降り、動物園の門の前に立った。