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第7話「美少年転校生と猫と 後編」

文のクラスにやってきた転校生漆原又三郎は、彼女と同じ部活に入ると言い出す。しかし部室である図書館に向かおうとしたところ、先日の宝石泥棒と同じ怪物たちが……

「本当にいいの、漆原君?」

「又三郎でいいよ。」

 文と漆原又三郎、それから二人に付き従うように沼尾は、図書館に向かって廊下を歩いていた。

「文芸部ってあまり聞いたことないから入ってみようかなって思ったんだ。どういった事をしてるの?」

「図書館のスペース借りて文学作品読んで感想言い合ったり、小説書いたりしてるの。そんで月一で部誌にまとめて各クラスに配布してるの。私は主に童話。みんなも漫画みたいなお話書いてるんだけどね。だから又三郎君でも気楽にできるよ。」

「面白そうだね。」

 楽しそうに話し合っている文と漆原を見ている内に、沼尾のくせっ毛頭に「ある策」が浮かんだ。

「棚端さん、今日のところはバックナンバーを見せてあげたらいいんじゃないかな?いきなり皆と部活動させたら混乱するだろうし。」

「いいかも、その方が何してるか分かりやすいもんね。」

 文が賛同したのを見て、沼尾は内心ほくそ笑んだ。彼女と漆原をできるだけ二人で行動させる。そして他の部員が彼に興味を向けないようにする。これで沼尾は文芸部の中でハーレム気分のままでいられる。仲が良いさまを山之内とその仲間たちに知られたら文が加害される可能性があるが、漆原又三郎は頼りがいのある男だからきっと大丈夫だ。

「あそこの渡り廊下ね、体育館に行く時通ったからもう知ってるだろうけど、図書館と分岐してて...」

 もうすぐ渡り廊下が見えてくるという所で、一人の男子生徒が漆原にぶつかった。

「邪魔だどけ!」

「何あれ!そっちが廊下を走んないでよ!!」

文が怒鳴った後から大勢の生徒達がバタバタと駆けて来た。その中で文芸部の後輩である片瀬瑞穂が文に駆け寄ってきた。

「棚端先輩!今渡り廊下に来ちゃダメです!」

「え?」

 状況が飲み込めない一行に対し、瑞穂は窓の外を指差した。文にとっては信じられない光景が広がっており、沼尾は特撮の撮影現場かと一瞬思った。

「虫...あんなに!?」

 昨日文と生徒数人が体育館裏で見つけ、放課後退治したはずの頭がイボだらけ、両手が鋏となっている人間大の昆虫――「旧支配者の落とし仔」たちが渡り廊下に大勢集まっていた。

「逃げよう!」

 文は漆原に腕を引かれ、沼尾や瑞穂もそれに続いた。漆原に引っ張られつつも、文は何故奴らが学校に押し寄せたのか、仲間の復讐が目的なのか、いやそれより変身しなければと考えを巡らせた。

「先生呼んで来る!」

「棚端さんちょっと!」

 漆原の腕を振りほどき、他の逃げてくる生徒たちの中を逆流して文は女子トイレに向かった。個室に入ると彼女は制服の中から紅く光るネックレスを取り出して放り投げ、銀の鍵を掲げた。

「開け、シャトルキー!」




「どいてどいてー!」

 渡り廊下に大量発生した人間大の昆虫から逃走中の団壱中学校の生徒達は、今度は走ってくるピンク色の華美なドレスの少女に驚かされた。

 彼女は刃が生徒たちに当たらないように大剣を振り回したりせずに抱え、張り上げた声のみで皆を蹴散らした。その異様な風体に皆は彼女に道を譲るものの、スマホで彼女の写真を撮る者までいた。

 昆虫騒ぎを聞きつけた新聞部の中畑も彼女――渡り廊下に向かうチェリーピンクに追い越された。

「あれ、不審者でしょうか!?」

 中畑に付いてきていた後輩もスマホを取り出した。

「分かんねぇ、とりあえず気付かれないように付いていくぞ。」

 中畑は後輩のスマホを持ってない方の手を引っ張った。

「中畑先輩、やけに落ち着いてません?」

「これで三度目だからな。」




 体育館二階の会議室は、体育の授業を受ける女子とバスケ部の女子に更衣室として使われている。

 不幸にもそこに忘れ物をして取りに来ていたテニス部の御凪佳世は、またもや人間大の昆虫に邂逅する羽目になった。

 しかも体育館入り口で取り囲まれる形で。

 彼らの狙いは恐らく彼女がボーイフレンドから貰った「ラピスラズリ」。昨夜のうちに彼女の元に戻ってきたというのに、奴らはそれを奪い返しに来たのだ。

「こここここ来ないでよ!!なんで私なのよ!?」

 ラケットが手元にあったらこいつらのイボだらけの頭をかち割ってやれるが、テニス部女子の更衣室がある棟はここからまだ遠い。

 奴らの両手はハサミであり、このままでは昨日のボーイフレンドと同じようにひどい目に遭わされるだろう。

 先にテニス部に行かせてしまった彼の名を呼び、助けを叫ぼうとした時だった。空から猫が降ってきたのは。

「シャーーーーーーーーーッ!!」

 茶トラ、キジトラ、サバトラ、黒、白、様々な柄の猫が御凪を取り巻いている昆虫たちに頭上から襲い掛かった。

「へ?」

 普段愛らしい動物たちは老いも若きも般若の形相となり、昆虫の頭の突起物をライオン程大きくもない牙で食い千切り、幼子が小さい生き物でやるように易々と硬い脚をもいだ。

 昆虫たちは彼らを振りほどこうとするものの、その攻撃のことごとくを小さく身軽な猫たちはかわし、ある者はハサミで仲間を殴り、ある者はハサミから光線を発して味方に誤射してしまった。

 ようやく渡り廊下に辿り着いたドレスの少女――「チェリーピンク」に変身した文は、この小さな生き物たちによる虐殺現場に呆気にとられた。

「何が起こってるの?」

 この猫たちは「普通の猫」なのか「魔女の使い魔」なのか、敵か味方か文は判断しかねた。

 折角行き交う人々に当たらないように抱えていた大剣は昆虫たちに切りかかれば猫ごと斬りかねない為に振るうわけにもいかず、突っ立って見ているしかなかった。

 やがてほとんどの昆虫たちが倒れ伏し、あるいは残骸となり果てると、猫たちは食らい始めた。その中でようやく耳の形が整ったぐらいの茶トラの仔猫が文に近付いた。

「ここはもう僕らに任せたまえ」

「はぁ?」

 猫が喋ったことに驚くよりも、その尊大な物言いに文はカチンと来たが、茶トラ猫の背後に倒れていた昆虫が鋏の間を光らせているのを見て顔色を変えた。

「危ない!」

 咄嗟に文は彼を抱え上げて飛びすさった。その刹那、茶トラ猫がいた場所に光線が当たり、焦げ目がついた。

 発射した昆虫に他の猫たちが群がるが、彼は今ので最後の力を振り絞ったらしく、とどめを刺すまでもなくこと切れていた。

「ウルル二等兵!油断するでない!」

 右目に古傷のある年老いて痩せた黒猫が文の足元に駆け寄った。

「申し訳ありません、ひいじい・・・いえウルソール将軍。」

 当たりを見渡すともはや昆虫たちが全滅したと見られ、文が安堵した途端、小さなざわめきが耳に入った。

「おいなんだ、あのコスプレ女!」

「演劇部の宣伝かな!?」

「猫もいるー♪」

 騒ぎが収まったので様子を見に来た数人の生徒が渡り廊下に集まり、写真を撮り始めていた。

「いかん!引き上げるぞ!」

 ウルトール将軍と呼ばれた老猫が猫とは思えない程高く飛び上がると、他の猫たちも続いた。

「君も早く!」

「え、えぇ」

 いつの間にか肩に乗った茶トラの仔猫に促され、文もその身にまとっている羽衣を螺旋状にして地面に伸ばし、飛び上がった。




 急に姿を消した猫とピンク衣装の少女を探す人々を、文と猫たちは屋上の柵ごしに見下ろした。

「はー危なかったぁ!」

 文に変身能力――銀の鍵を与えた魔女・ニグラッセは「悪い魔女として狩られないように気を付けよ」と言っていた。彼らの様子じゃ「魔女狩り」なんてしそうにないが、あまり目立たないようにしなければならない。

「お初にお目にかかる。」

 先程ジャンプした猫たちは空のかなたに消え去ったので誰もいないと思っていたが、黒い老猫が文の足元に座っていて、お辞儀するように頭を下げた。

「我々は『夢の世界』の住人『ウルタール猫軍』。人間を旧支配者から守るために参った。吾輩は総指揮官ウルソール、以後お見知りおきを。」

「はあ」

 唐突に「夢の世界」から来ただの「ウルタール猫軍」だの言われても、文にはちんぷんかんぷんだった。

「先程は我が曾孫、ウルル二等兵を救っていただき、誠に感謝申し上げる。ウルル二等兵!」

 ウルソール将軍に呼ばれてさっきからずっと文の肩に乗っていた茶トラの仔猫が飛び降りると、ウルソール将軍は仔猫の頭を前足で下げさせた。仔猫は納得できないかのような上目遣いになっていた。

「いや礼を言われるほど」と文が言おうとしたところで、白黒ブチの猫がウルソール将軍の傍にやってきた。

「将軍閣下、例の宝石店の方も作戦完了しました。」

「ふむ、ご苦労。まさか取り戻したものを再び狙いに来るとはな。」

 それを聞いて文は、件の昆虫の被害に遭い、また盗品を返してもらったのが御凪だけではないことを思い出した。

「だが全滅させられてよかった。ではこれにて失礼させていただく。」

 ウルソール将軍と白黒ブチは飛び上がると同時に姿を消してしまった。

「もうヒーローごっこはやめることだね。」

 ウルル二等兵と呼ばれた茶トラの猫はそう言うと、先の二匹に続いて飛び立った。

「は?」

 さっきまでしゃべる猫たちに困惑していた文に、怒りが沸き上がった。

 別に彼女は遊びで戦っていたわけではない。「愛する人」を捕えた化け物共を打ち倒す為のこの格好である。

 たかが仔猫に「ヒーローごっこ」呼ばわりされるいわれはない。




「もう何なのアイツ!」

 棚端文は自室のベッドに身を投げ出した。学校から帰ってきても、夕飯を食べ終えても、風呂から上がっても、胸のモヤモヤは取れなかった。

 放課後に大量発生した頭がイボだらけの昆虫――「旧支配者の落とし仔」たち。文は愛する人を「旧支配者」から取り戻すために、「落とし仔」たちと戦っていた。ところが今日は戦う前に「ドリームランド」とかいう所からやってきた猫たち「ウルタール猫軍」に先を越された上に、彼らの一員から「ヒーローごっこはもうやめろ」と言われた。それも茶トラの仔猫に。なんだか釈然としない。

 彼女に戦う力を与えた魔女「ニグラッセ」に相談しようと思ったが、疲れているので自宅の裏山に行く気が起きなかった。ニグラッセは森の中ならどこにでもいる。

「とりあえず、もう寝よ。」

 たった今半分潰してしまった「ルリちゃん」――青いリボンを尻尾に巻いたアザラシのぬいぐるみを抱きしめて、文は目を閉じた。このモヤモヤは昨夜「彼」に会えなかったというのもあるかもしれない。

 ルリちゃんは文の「彼」の髪色と同じく白くて、七年前に「彼」と出会った青い屋敷「瑠璃夢館」が彼女の名前とリボンの色の由縁である。今夜こそ「彼」と会えますようにと、文は願った。

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