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第6話「美少年転校生と猫と 前編」

登校前、猫を探しに行った輝彦を追った文は、ランニング中の少年にけがをさせてしまう。さらにホームルームで彼と再会するが……?話数揃える多恵に今回前後編に分けました。前回もそうすればよかったかも。

 棚端(たなばた)(ふみ)が「チェリーピンク」として宝石泥棒を退治したその翌朝、彼女は涙で濡れた目を覚ました。それから首元で紅玉が輝いているのを確かめた。

「...嘘つき」

 最愛の人をなじる日が来ようとは思いもよらなかった。

 一昨日の夢で、サイコースは確かに教えてくれた。「チェリーピンクのネックレスと文の右掌に埋め込まれた銀の鍵があれば、夜中に会える」と。こんなにも一昨日の出来事をはっきり覚えているのに、昨夜の記憶がすっぽり消えていた。夢を見たのかはっきりと思い出せない。

「文ー、起きてるー?」

 何故サイコースに会えなかったのか考える時間はない。母の呼び声に文は仕方なくパジャマの袖で顔を拭い、制服の掛けてあるクローゼットに向かった。




「あっねこ!」

 朝食中、かすかに聞こえた高く短い声に、輝彦は窓の方を向いた。

「輝ちゃん内緒にしよって言うたやろ!」

 祖父の声にかぶせるように、今度ははっきり「ミャー」と聞こえた。

「野良猫?」

 文が箸を持ったまま立ち上がったので、祖母は白状することにした。

「昨日の夕方輝ちゃんとおじいちゃんとで見つけたんよ。アンタも絶対飼いたい言うやろと思ってね、秘密にしようなぁって輝ちゃんと決めたんよ。」

 祖母は猫が大嫌いなのである。

「どんな子?」

「茶トラのこねこ!」

 輝彦はシシャモを引っ掴んで椅子から飛び降りた。

「これあげてくる!」

「こら輝ちゃん!」

祖母の手をすり抜けて、「ぜったいおなかすいてる!」と叫んで彼はダイニングルームを飛び出した。

「もう輝ったら!」

 猫を捕まえる気満々なのを文は察し、弟の後を追った。姉としての義務感と言うより好奇心からであるが。




「ねこー!ねーこー!!」

 右手にシシャモを握っているので、輝彦は左手で鳴き声がした辺りの草むらを掻き分けた。

「もう行っちゃったんじゃない?早く戻ろう?」

 こんな事してたら学校に遅刻するんじゃないかと文は思い直し、輝彦の手を引いて草むらから出ようとした。が、ちょうどその時ジャージ姿のランニング中の少年が通りかかったので、その足をすぐに道路から引っ込めた。相手もこちらを避けようとして体勢を崩し、転んでしまった。

「あぁっ、ごめんなさい!」

「ううん、君こそ大丈夫?どこかぶつからなかった?」

起き上がろうとする少年に手を貸して初めて、文は彼の顔を間近に見た。クラスで人気の大部戸おおべど君が洋画の子役っぽくてかっこいいタイプなら、この子は小顔で目がクリッとして女の子みたいに綺麗だなと、文はそんな印象を抱いた。

「おにいちゃん血ぃ出てる!」

 輝彦が叫んだので文はやっと見惚れている場合じゃないと気付いた。少年は半ズボンを履いていた為に、右膝を擦りむいていた。

「洗わなきゃ!」

 文は少年を無理矢理家の外に取り付けてある蛇口まで引っ張っていった。

「いやいいよ」

「よくない!バイキンが入っちゃう!」

 彼の膝が蛇口の下に来るように座らせた。

「私のせいだもの、これぐらいさせて。」

 蛇口をひねり、膝に付いた砂粒や小石を洗い流した。

「バンソーコー、アニマレンジャーのあげるね。」

 輝彦も彼の為にしたいことを申し出た。

「気持ちだけ受け取っておくよ。そろそろ帰らなきゃ。」

 少年は立ち上がり、蛇口を締めた。

「それじゃ、ありがとう!」

 濡れた足跡を残しつつ、彼は走り去った。

「気を付けてねー!」

 手を振る輝彦の手を引いて、文は玄関ドアに向かった。

「私達もさっさとご飯片付けないと!」

 輝彦が握っていたシシャモはとっくに潰れていた。




「ってなことがあったの。」

「まんま“プリンセスローズ”の出だしじゃん!」

 文の身に起きた事を少女漫画にたとえたリコリコこと榊坂(さかきざか)里湖理子(りこりす)は「そういえばねー」とスマホを取り出した。

「昨日の宝石泥棒ね、続報出たって!」

 真犯人は地球を侵略しようと企む「旧支配者」の「落とし仔」の一種である人間大の昆虫。昨日の放課後、「チェリーピンク」に変身した文が倒してしまっていた。だからあの後進展するハズがなかった。

「なんとね...盗まれた宝石、全部戻ってきたんだって!」

「ウソ!?」

 リコリコが見せたのは大手ニュースサイトで、そこには確かに盗品が被害にあった宝石店に戻ってきたという記事が掲載されていた。

「あれ?宝石店に返ってきたってことは、御凪さんのラピスラズリも」

 文はボーイフレンドからの贈り物を失くしたままの御凪(みなぎ)佳世(かよ)に、どういった慰めの言葉を掛けようか一晩中悩んだ。

「よかったねぇ佳世ちゃん!」

 男子の嬉しそうな声がしてリコリコは文の肩を叩き、教室の隅で立っている御凪佳世とそのボーイフレンドの方へ顔を向かせた。

「もうビックリしたよ木村君!朝起きたらこれが枕元にあったんだもの!」

 御凪は木村どころか教室中の者に見えるように、小さなラピスラズリのマスコットを掲げた。

「オレのケガも大したことなくってさー、やっぱすごいねー!パワーストーンって!」

「お前らいちゃつくのはいいけど、そろそろ本鈴鳴るぞー。」

 騒ぎ声にウンザリした中畑のツッコミに我に返った木村は、そそくさと2年3組の教室を出て行った。もちろん御凪に手を振りながら。彼と入れ替わりに本鈴と共に坂本先生が入ってきた。

「今日はこのクラスに転校生が来る。お行儀よく迎えてやるんだぞ!」

「イケメンかなぁ。」

 文の隣でリコリコの目が期待に輝いた。

「入っていいぞ。」

「はい。」

 坂本先生に促されて入室した少年を目の当たりにして、女子数人が――リコリコも含む――黄色い声を上げた。教室中にそれが響く中、文は驚愕した。

「静かにせぇっ!お行儀よぉ言うたやろ!」

 怒鳴りながら坂本先生は右肩上がりの癖字で黒板に「漆原又三郎」と書いた。

「今日からこのクラスの仲間になる漆原君だ。仲良くするんだぞ。」

「漆原又三郎うるしはらまたさぶろうです。皆さん、よろしくお願いします。」

 男になりつつある高めの声が室内に通り、そこでやっと女子の声が止んだ。彼の声に聞き入るためである。そのおかげでやはり彼が今朝のランニング少年だと、文は確信した。

「漆原の席は...山之内の後ろに用意しといたからな。」

 よりによってアイツの真後ろかよ、カワイソー、なんであんな奴の...等々、教室のあちこちでヒソヒソ声が交わされた。

 山之内美穂は団壱中学二年の間で学年ボスとして認知されていた。

同じ小学校出身者が言うには、気に入らない同性を何人か登校拒否もしくは転校させたことがある位その気質は陰湿で、大体の動機も「自分の気に入った男子と仲良くなったから」という思い込みからである。

しかも肩幅のわりに頭が大きくて顔のそれぞれの部品が大きいくせに自分は結構可愛い方だと思い込み、常に可愛らしい声を作ってはいるものの、それが周囲の女子を余計いら立たせている。

 面食いな彼女の新たな犠牲となるであろう漆原に文は心底同情した。

そんな事は露知らず、彼は言われた席にまっすぐ向かっていく。その最中に文と目が合うと、微笑んで彼女に会釈した。クラスの女子はほとんどが自分に向けられたものだと信じ、それ以外は愛想良い振る舞いをするものだなと感じた。

文が赤面したことに気付いたのは、リコリコだけだった。




「ふみふみ、漆原君の事気になるの?」

 リコリコの問いかけに、文は音楽室へ向かう階段を危うく踏み外す所だった。

「なななななな何言ってんの!?」

「だって授業中もチラチラ見てたじゃん。」

「だって今朝話した男の子とまさかこんな形で再会するなんて思わなかったし...」

 文が恋しているのは人間なのかさえ疑わしい、夢の住人となったサイコースただ一人である。昨夜その彼と会えなかった寂しさが、同じ年頃の男子への興味を芽生えさせたのだろうか。

 その相手――漆原又三郎は甘ったるい声で山之内美穂にしきりに話しかけられていたので、近づくことすらできなかった。

「漆原君ってぇ、音楽好き?ミホね、クラシックが好きなのぉ。みんな流行りの歌しか聞かなくって、センス無いわよねぇ。」

山之内が自分の事を名前で呼ぶので、それが余計文の神経を逆撫でさせた。二人の会話に割って入ってでも漆原のケガを確認したかったが、彼女の邪魔をしたら間違いなく転校せざるを得ないような目に遭わされることだろう。

「あの子友達できるかな?」

 文とリコリコの背後で、委員長の長谷倉が大部戸に囁いた。

「男子も女子も山之内に近付きたくないからね。僕としては助かるけど。」

 ハンサムな大部戸も去年からクラスは違えど、山之内に付きまとわれていた。教室の外で待ち伏せされたり校内行事で絡まれたりしてきたが、そのたびに無視したり気のなさそうな相槌を打ったりしてかわしてきた。しかし山之内の悪評を知らない漆原の場合はそうはいかない。

「今日の午後体育あるからさ、二人組になれとか言われたらどうするんだろ?」

 体育と聞いて、文は一層不安になった。

「そもそも出席番号順に振り分けられるんじゃないかな。」

「それもそうか。でも昼休憩は」

「どうにか漆原君を誘ってみるよ。」

 大部戸がどうやって彼を山之内から引きはがそうか、僕と話が合うだろうか、オカルトは好きかと考えている一方で、文もまた頭を悩ませていた。果たして漆原はあの膝で、運動ができるのかと。

 階段を登り切った所に手洗い場があってその上の窓に映る自分と目線が合うようになっているのだが、そこでまたもや文は体のバランスを崩した。

「おおっと!」

 咄嗟に大部戸が受け止めてくれたので、文は階段を転げ落ちずに済んだ。

「ご、ごめん!」

「ふみふみ今日はなんかおかしいよ?」

 リコリコが上から引っ張り上げてくれたのに対し、文は「平気」と嘘をついた。窓の向こうから虫の羽音がやけに大きく聞こえたが、皆気付いてない様子だったので文は「気のせい」と思うことにした。窓の外に突起物で覆われた物体が見えたなんて、言わないことにした。




 文の心配は杞憂だった。漆原は右膝にガーゼを貼っていたが、赤髪を振り乱しつつ難なく体育館内を走り回っていた。

 3組と4組の体育はバスケのドリブルの練習だった。男女で分かれてそれぞれ二列ずつ、等間隔に置かれたカラーコーンの間をボールを衝きながら進むのである。

「漆原君の脚よかったねー、何ともなさそうで。」

 山之内とその取り巻きに聞こえないように、リコリコは文に耳打ちした。

「それどころか結構早くない?」

 漆原はボールが外れることなく、同時にスタートしたバスケ部で四組の戸山が半分ほどの地点に来たのと同時にゴールした。

「すげー!」

「次陸上部の奴、アイツとやれよ!」

 男女共々、漆原の身のこなしと素早さに興奮していた。彼に敗れた戸山はその中に意中のリコリコまでいるのに気付き、ますます悔しさを募らせた。

「今日の音楽も漆原君の歌よかったよね!」

 合唱の練習だったが、彼の声がひときわ目立ってよく通っていた。

「授業の受け答えもテキパキできてたよね。」

 初めての授業にも関わらず、漆原は自分から積極的に挙手して回答してみせた。

「もうあっという間に漆原君人気者じゃん!あんなに万能とか絶対芸能人かスポーツ選手の子供かなんかだって!本物の王子様だよ!」

 リコリコの脳裏に「玉の輿」という単語が浮かんだが、近くに文がいるのを思い出して「狙ってないからね?」と言いたげに彼女に諸手を振った。そんな気遣いなんて必要ないのに、と文は思った。しかし漆原の方に向ける視線は自然と熱がこもってしまう。彼は同級生たちに囲まれて、明日一緒にお昼食べよう、ぜひウチの部活に、後で連絡先交換しよう、等とせがまれていた。

「でもよかったね、漆原君友達できて」

 と文が安堵した途端、自分の出番が終わった山之内が同級生たちの群れにその巨体を突っ込ませてきた。

「んもーダメじゃない、漆原君困らせちゃあ!」

 彼のマネージャーか学級委員長を気取るかのように、山之内は皆を追い払おうとした。

「んだよ、お前女子だからあっち行けよ!」

 野球部の木辺が五分刈りの頭を振りながらシッシッと彼女を追い払う仕草をした。粗野な彼が嫌いな文も、この時ばかりは拍手喝采を送りたくなった。

「何よ、漆原君ケガしてるから心配なの!せっかく歌上手いんだし合唱部に入らない?男声パートが少なくって困ってるの!」

 山之内は媚びたが、同じ部活のリコリコとしては入部してもらいたくなかった。男子が少ないのは事実だが、山之内のお陰で部員が増えるというのも癪にさわる。後輩の女子部員をいびっているくせに。

「男のクセに体育会系入らねーとかダッセーじゃん!」

「バカにしたな!?文芸部の僕を!!」

 木辺の言い草に文と同じ部活の沼尾が掴みかかった。

「うっせぇ外野は引っ込んでろ!」

 木辺に突き飛ばされて沼尾は大きな尻を床に打ちつけそうになる。が、すんでのところで漆原が受け止めた。

「大丈夫かい?」

 沼尾は感謝の言葉がのどから出そうになるも、自分は今漫画だったら女性キャラがなっているであろう状況にいることに気付き、赤面した。

「で、結局お前は誰の味方なんだよ?」

「勿論合唱部に入ってくれるわよね?」

 ところが漆原はどちらにも首を振った。

「僕、文芸部に入るよ。」

 きっぱり宣言した漆原の眼差しと、文は一瞬目が合ったような気がした。

一方漆原に抱えられていた文芸部唯一の男子部員沼尾は内心焦っていた。気分だけのハーレム状態を楽しんでいたのに、そこへ本当にモテる男子が来てしまうとは、おお神よ!

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