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第11話「夢の豪華客船ツアー 後編」

豪華客船ツアーを諦め切れない文は、夢の中で本当に豪華客船に来てしまう。クラスメイト達もいたが、なんだか船内の様子がおかしくて……?、

「おい、おい!」

 男の声に、目を覚ました文は仰天した。目の前にいたのは父でもなければ祖父でもなかったのだ。

浅黒く精悍な顔立ちは明らかに日本人じゃない。眉太く眼光鋭く、顎は割れている。波打つ髪は緑に染まっていて後ろでまとめられ、髪に隠れ気味の耳に金色のピアスがきらめいていた。黒いシャツは第二ボタンまで開いていて、胸元に金のネックレスが揺らめいている。

「あんた誰よ!?ここ私の部屋――」

 飛びすさった文の背中は固い物にぶつかった。振り向くとそれはピンクの敷布団ではなく白い椅子の背もたれだった。自分の肩と背中はあらわになっている。ヒラヒラした緑の襟ぐりがなければ素っ裸だと錯覚する所だった。自分の格好をあらためると、寝間着でなく裾が足首まであるエメラルドグリーンのドレスを纏っていた。大事なルビーのネックレスは首にかかったままだったので文は安堵した。

 緑の髪の男は文の前で手を振って苦笑した。

「相当飲んじまったようだな。ここは俺の船だぜ?」

 文は上体を起こして辺りを見回した。漆黒の空の下、大勢の鮮やかな格好をした人々が飲み食いしたり、会話したりしていた。彼女は白いデッキチェアに横たわっていて、潮風が頬を撫でた。

「私は未成年よ。それになんでこんな所に」

「おいおい、あれほど行きたがってたじゃねぇか?」

 この緑の髪の男は文の願いを知っていた。その理由を聞こうとした途端、聞き覚えのある少女の声がした。

「あれっ、ふみふみじゃん!」

 文の元に、彼女と同じようなデザインの黄色いドレスを着たリコリコがやってきた。慌てて文はルビーのネックレスを見られないようにドレスの中へ仕舞い込んだ。

「リコリコもどうしてここに?」

「アタシが聞きたいぐらいだよ。夢の中でもいいから豪華客船ツアーも行けたらなーって、思って寝てたのに」

「ほんとに来ちゃったのね」

「で、このダンディなおじさまは誰?」

 リコリコは内心警戒していたが、なかなかかっこいいのは事実だった。

「俺はこの船の持ち主、クドゥルーだ」

「くるぅ、るー?」

 変わった名前をリコリコが復唱しようとした所、「おーい」と男子の呼びかける声がした。乗客の間を縫って、スパンコールの縫い付けられたタキシードを来た二人組が近づいて来た。

「高槻君と小杉君じゃん、どしたのそのカッコ!」

 リコリコから見てもやっぱり中学生にしては変かもと思いそうになった彼らだが、背筋を伸ばして気取った表情を作ってみせた。

「偶然だね、僕も榊坂さんのことを思って眠っていたら」と同時に口にしたのを耳にするや否や、互いにキッとにらみ合った。

「まあまあ、折角俺が招待したんだ。君たちは希望者先客4名に入ったんだ」

クドゥルーと名乗った男が仲裁に入ると、スローテンポの曲と女の甘ったるい歌声が流れてきた。

「折角のパーティだ、楽しもうじゃないか」

 彼は文の手をとって立たせ、踊り始めた大衆の中へ彼女を連れて行った。

「ちょちょっと!ふみふみ!!」

 いくらイケメンとはいえ見知らぬ男が幼馴染を強引に連れて行くのを、リコリコは見過ごせなかった。しかし彼女はクラスメイトの男子二人に呼び止められた。

「じゃあ榊坂さん、僕たちも一緒に」とまたもや高槻と小杉は同時に口にしてしまったのだった。



 クドゥルーのたくましい左手は文の右手を掴み、もう片方の腕を彼女の左脇の下に差し込んで背中にあてがっているため、彼女は身動きが取れなくなった。文は彼のなすがままにステップを踏む以外なすすべがなかった。

酒か香水か甘ったるい香りの中に生臭い匂いが混じっていた。周りの乗客はやけに目が離れている気がする。ここが本当に自分の行きたかった場所だろうか。サイコースではない男の体と、体温を感じるほどに密着してしまっている。そうだ、ここには足りないものがあった。

 幸いさっきとは違うビーチチェアを見つけた為、文は思い切ってそちらへ足を向けた。

「踊り疲れたみたい」

 クドゥルーは彼女をそこに座らせ、飲み物を取りに行ってくると去って行った。人ごみに消えていく彼の後ろ姿を見て文は目を閉じた。夢を通じてヴルスームの空間に連れて行かれた時も、ソイツに花粉か鱗粉か分からない粉を浴びせかけられて急に眠気に襲われたと同時に現実世界に戻ったのだった。

しかし思いのほかクドゥルーはすぐに戻ってきた。

「どうしたんだいレディ?なぜそんなに不機嫌なんだ?」

 傍のテーブルに、グラスを置く音がした。まだ夢から覚める気配がしない。

「だって、ここに私が会いたい人がいないもの」

「その首飾りをくれた奴か?」

 図星だった。大きな手が首元に触れて、文はより強く目を閉じた。

「俺ならソイツよりずっといい物をやれるぜ。こんなルビーなんかじゃなく、最も濃い赤色のピジョンブラッドのルビーだ。」

 クドゥルーの手は文のルビーのネックレスをもてあそんでいた。

「それとも違う宝石がいいか?俺はもっとまばゆい光を放つ宝石をいくらでも持っているぞ。真珠でも金でもお前の指に飾り付けてやろう」

 彼の手は文の左腕をなぞり、薬指の付け根に触れた。

「そうだ、俺は海のいかなる宝も持っている。そんなにピンクが好きならサンゴか?コンクパールはどうだ?野性のコンク貝からしか採れない、珍しい真珠だ。可愛いお前の耳に、さぞ似合うことだろう」

 男に耳元でささやかれた刹那、文は彼をひっぱたいた。ごめんなさいと呟きながら、文はヒリヒリする右掌をさすった。

「悪いけど、私はもうここにいたくないの。サンゴも真珠もいらない。私が行きたかったのは、大好きな人がいる場所だから!」

 男は打たれた左頬に触れると、笑い出した。何が可笑しいのか分からなくて困惑する文の周りを、目の離れた乗客たちが見ていた。

「この俺を、海の旧支配者を拒むか!」

 パチンと男が指を鳴らすと、乗客たちは身に付けていた物を放り投げた。その中にカツラやゴムマスクも見られた。皆全身を鱗に覆われ、太い首にエラらしき穴が開いたり閉じたりしていた。湾曲した爪の生えた指の間に水かきがあり、体系はカエルを無理矢理立たせたかのようにずんぐりしている。半魚人、という言葉が文の脳裏に浮かんだ。

「ならばそいつらに遊んでもらうがいい!俺の気が済むまでな!」

 先程まで人間だった怪物たちに囲まれた文を勇気付けるように、右手が熱くなった。怖気付きそうになった彼女はとっさにルビーのネックレスを真上に投げた。

「開け、シャトルキー!」

 半魚人たちが襲い掛かるより先に、文は右手を掲げてビーチチェアを踏み台にして飛び上がった。



 文がチェリーピンクに変身した時をさかのぼること10分前。

「え~ホントにするの?お腹こわすよ?」

「榊坂さん止めないでくれ!」

「これは男の戦いだから!」

 リコリコとダンスする権利をめぐり、高槻と小杉は大食い対決をすることにしたのだ。三人は円形のテーブルを囲んでいた。

「だからってわさび大盛寿司なんて、舌がどうなっても知らないわよ!」

 かく言うリコリコは魚介類を使ったピザやスープをテーブルに持ってきていた。二人の他にも他の乗客にダンスを申し込まれているうちに、文を見失ってしまった。不快な匂いの魚みたいな顔の人ごみの中を探すのは流石に嫌だし彼らと踊る気にもなれないので、せめて美味しい料理でも食べて彼女を待つことにした。

「やぁやぁ楽しんでるかにゃ?」

 テーブルに割り込んできた者を見て、三人とも仰天した。タキシードのような白黒の猫が、二本足で手押しワゴンを押してきたのだった。

「君本物の猫?AI搭載ロボかな?」

 最近の技術は本物に近いの作れるようになったんだなぁ!と呟きながら小杉が不躾に顔を覗きこむので、猫は背をのけぞらせた。

「夢だから細かい事はいいじゃないか。それより珍しい飲み物はいかがかにゃ?」

 猫はワゴンに飛び乗って茶色い瓶を示した。

「いや流石にビールは」

「これはノンアルコールだよ。君達でも飲めるよ」

 器用にも猫は両前脚で瓶を持ち、3つのグラスに注いだ。その液体は琥珀色に光っていた。中身は何なのかリコリコが訊こうとしたのを高槻は制止した。

「原材料何なのか当てた方が勝ちな」

「望むところだ」

「本当に勝負好きだなぁ。折角だから乾杯しようよ」

 睨み合った高槻と小杉だが、愛しのリコリコからの提案なら飲み込まないわけにはいかなかった。音頭はリコリコが取ることになった。

「それじゃあ、夢の豪華客船パーティに」「「「カンパーイ!」」」

 3人は互いのグラスを打ち鳴らし、中身をあおった。飲み干した途端、彼らは一斉に床に倒れ込んだ。給仕した白黒猫は彼らが床に吸われたかのように消えていくのを見送った後、文がいるであろう方向に不安げな視線を向けた。

 海の旧支配者は感性が強い人間、それも一夜につきほんの僅かしかこの領域に連れて来れない。しかし水中が苦手な者が多いゆえに、ウルタール猫軍もほんの数匹しか来れない。いくらあの特殊な力を持った人間でも、ヴルスームの時のようにうまくは行かないだろう。



「まとめて黒山羊(ニグラッセ)の元に送ってやるわ!」

 自分に向かってくる半魚人たちを次々と燃え上がる大剣で薙ぎ払う文――チェリーピンクを見て、クドゥルーはほくそ笑んだ。

「なるほどな」

 彼のシャツの背中が内側から破れ、中から2メートル程もある蝙蝠の翼が生えた。

「これほどまでに強い情熱の持ち主か。だがそれもいつまで持つかな?」

 彼は船の屋上まで飛び上がった。

「待ちなさい!」

 追いかけようとする文だが、半魚人たちをいくら薙ぎ払っても次から次へと沸いてくる。らちが明かないので羽衣をバネにして伸ばして飛び上がった。ところがバネの長さの調整を誤り、目的の場所まで届かずに客室の窓に突っ込んだ。

 幸いにも誰もいなかったが、文に安堵する時間は無かった。窓が割れる音を聞きつけ、ドアの向こうから半魚人たちのざわざわする声が聞こえてきた。ドアを開け閉めする音がしたので文も今いる部屋の鍵を閉めた。ドアノブから手を離した直後、ガチャガチャとドアノブが激しく揺れた。

 内開きか外開きかわからないが、ドアを押さえられる物がないか文は室内を見回した。黒くて大きなトランクを見つけたのでその取っ手を掴んだ途端、背後でドンッと部屋全体が揺さぶられる程の大きな音がした。振り向けばドアに小さな穴ができていて、光がこちら側に漏れていた。そこへさらに鋭い物が突き刺さり、穴が広がった。ドアを破壊する気なんだと悟った文はトランクを横倒しにしてその前に置くと、窓に駆け寄った。

 窓から羽衣を伸ばして屋上に行こうとした文の頬を、下から三叉の矛がかすった。大勢の矛を持った半魚人たちが水かきの付いた足で壁にへばりついており、次々と矛で突いて来た。文が大剣でそれらを払うと、バランスを崩した三匹が粘つく水かきで張り付いていた壁から剥がれてしまい、下の仲間を巻き添えに落ちて行く。

 その間に部屋のドアを壊した半魚人が突入するも文が仕掛けたトランクにつまづいてしまい、おかげで文は妨害されることなく屋上の柵に羽衣を伸ばせられた。




 屋上の柵を乗り越えた文の目の前に、プールが広がっていた。

「ようやくたどり着いたか、チェリーピンク(おじょうちゃん)

 翼の生えたクドゥルーが、ウォータースライダーの上に降り立った。

「いい加減現実に返してもらうわよ!」

「残念だがそうはいかないぜ」

 潮風になびかせていたクドゥルーの髪が伸び広がって、吸盤の付いた触手となった。

「あんた、海の旧支配者だとか言ってたわよね。サイコースの居場所、吐いてもらうわ!」

 切っ先を向けた文に対し、クドゥルーは高笑いした。

「あんな奴より良い物をくれてやれるぞ?お前が体験したことない、極上の夢をなぁ!」

 クドゥルーは触手を文に向かって伸ばした。彼女は羽衣をバネにして飛び上がり、大剣を振り上げた。しかしその刃がクドゥルーに届く前に、触手が文の足を掴んだ。

「くっこのっ」

 それを斬り落とそうと体を曲げた所で、文はプールの水面に叩きつけられた。もう一本、もう二本と触手が文の体を押さえつけ、、彼女はプールの底に沈められた。

「ごぼぼっぼぼっ」

 大剣をやたらめっぽうに振り回すも触手はヴルスームの蔓よりも太く、表面に切り傷を付ける位しかできない。しかも水中なので大剣の炎で燃やすことすらできないのだ。

「がばっ」

 不意に文は触手に引っ張り上げられて、水面から頭だけ出された。

「頭が冷えたか、チェリーピンク?俺に許しを請う気になったか?」

 クドゥルーは水面に降り立ち、文を見下ろした。しゃがんで水で重くなった文の前髪をかき分け、頭を上向かせた。

「俺に生涯を捧げるというのなら、解放してやらんこともないぞ」

 クドゥルーに顎を掴まれながらも、文は首を横に振った。

「こんな力づくで人を従わせる奴なんて、お断りよ」

「そうか、残念だ」

 クドゥルーは触手で文を持ち上げると、船の外まで彼女を運んだ。浮遊感に襲われた文は足元を見て青ざめた。底の見えない暗い海面の上に、自分は吊るされていた。半魚人たちが船べりに身を乗り出し、文を見上げている。その顔に一切の表情を見せないが、これから起こることに期待しているのは明らかだ。

「安心しろ、殺すつもりはない。せいぜい楽しませてくれよ?」

 クドゥルーの触手が緩みかけた時だった。白黒の小さな物がその上に飛び乗ったのは。

「にゃっ」

 小さなその生物――白黒の猫は易々と吸盤だらけの触手の上を駆け、文に近付いてくる。

「このっウルタール猫軍か!」

 クドゥルーは別の触手を伸ばすが、白黒の猫は華麗にかわす。

「だが間に合うまい!」

 触手が解かれ、文の体は真っ逆さまに海面上に落ちて行った。そこへ白黒の猫も触手から飛び降りた。

「危ない!」

 文は片手に握っていた大剣を離し、猫を両手で受け止めようとした。彼女の胸に飛び込んだ猫は、小さな瓶の蓋を開けて文の口の中に突っ込んだ。

「あがっ!?」

 次の瞬間、文は背中に冷たい海水ではなく、柔らかく平らな物が当たるのを感じた。どこからか鳥のさえずる声と車の走る音が聞こえてきて、視界に見慣れた天井があった。伸ばした両腕の中には何もなかった。目覚まし時計の鳴る音がするまで、文はあんぐりと口を開けていた。

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