初めての戦闘
ダンジョンの中は、天井のあちこちがぼんやりと光っており、完全な暗闇というわけではなかった。
もっとも明かりがあるとは言っても、ダンジョンの明かりだけでは、かろうじで物の輪郭がわかる程度でしかなく、ヘッドライトとカンテラの明かりが頼りといっても過言ではない。
門を超えたダンジョンの入り口で、一行は一旦立ち止まり、周囲を観察する。
「しかし、LEDランプがきちんと動作して助かったわね」
「そんなこと、あたりまえじゃろ」
「いやいや、ネット小説なんかじゃ、ダンジョン内では電子機器が一切動作しないという設定もよくあるのよ」
「やれやれ。ゲームのことといい、いい歳して何を言っとるんじゃ」
「私は、昔からSFとかファンタジーとかが好きだったからね。歳をとったからといって、そう変わるののでもないわよ」
清美は胸を張りながら、堂々と宣言する。
「まあ、高校、大学とSF研究会に入っていた経歴は、伊達じゃないわよ。今でこそ、お婆ちゃんだけど、私にも若い時はあったんだから」
それを聞いた伊吹は、意外そうな顔で聞き直す。
「薙刀部じゃないのか?」
「掛け持ちよ!」
二人のやり取りを聞いていた水沢は、ふと思いついてスマートフォンを取り出してみた。
その様子に気づいた伊吹が、水沢に話しかける。
「こんなところに来てまでスマホか? 周囲に注意しとかんと危ないからやめとけ」
「そうでは、ありません。清美さんが電子機器の話をしたので、スマートフォンはどうかなと思って確認してみたのですよ」
「それでどうなの?」
「スマホ単体としての動作は正常のようです。写真や動画の撮影も問題なさそうです」
「ただ、電波については圏外になっています。電話やネットは使用不可ですね」
そう言いながら、ダンジョンと外との境界を往復し、電波の状況を確認する。
「やはり、ダンジョンの境界で電波が途切れているようですね。次の探索の時には、トランシーバーを持ち込んで、ダンジョン内部で使えるかどうか確認してみた方がよさそうです」
「それで、動画でも撮りながら進むの?」
そう言いながらも、清美は撮影することにはあまり気が進まないようだ。
「いえ。私たちの目的は探検ですからね。安全確認をおろそかにする訳にはいきません」
「これが、動画サイトでのアクセス数稼ぎが目的なら、一刻も早く動画をアップするのもありかもしれませんが……」
「私たちの目的からすれば、資料としての動画や写真は、安全が確保されてからで十分でしょう」
その言葉を聞いて、清美は楽しそうに同意する。
「まあ、そうだよね。動画よりも探検。先に進むのが優先だよね」
伊吹が周囲を見回しながら、二人に話しかける・
「それにしても、思ったよりも中は広いな。天井まで10メートルはありそうじゃし、道幅も5メートルはある」
「奥行きも相当ね。向こうの分かれ道らしきところまで、数十メートルはありそう……」
「まあ、私の薙刀が自由に振れる広さがある分には、特に問題はないんだけれど……」
「少し待っていてください」
そう言ってから、水沢は壁にマーカーペンで矢印と出口と書き込む。
それを見て、清美が首をかしげながら、
「書いた字が、勝手に消えたりしないかしら?」
「それを含めての実験ですよ」
水沢はそう答えながら、こぶし大の石を10個ほどリュックから取り出し、地面に置いて行く。
「この石も、消えるかどうかの実験です」
「それじゃあ、準備もできたようだし進みましょう」
◇◇◇
最初の分かれ道まで後10メートルほどの場所で、それは襲ってきた。
不幸にして、清美や伊吹は武道の達人ではあっても、ダンジョン探索については素人同然であったため、それの存在に気づくことができなかった。
それは、天井から落下してくると、水沢の肩に飛び乗り、彼が反応する前に首筋に相当な力で噛み付いた。
水沢は悲鳴を上げようとしたが、喉が圧迫されて上手く声がでない。
彼はパニックを起こしながらも、それを喉から引きはがし、地面に叩きつける。
清美が地面に落ちたそれに止めを刺している間も、水沢はぜえぜえと息をするだけで精一杯であった。
「おい、大丈夫か?」
伊吹の問いに、水沢は青い顔をしながらも答える。
「何とか生きているようです。もっとも、ネックガードが無かったら危なかったかもしれません……」
清美が、死体の口元を覗き込み思わず呟く。
「うわあ、牙がネックガードに食い込んでる。これは、本当に危なかったわね……」
「いったい何が襲って来たんじゃ?」
伊吹の問いに、清美は全長50センチ程のトカゲの死体を見せる。
そのトカゲの胴体には皮膜が付いており、それを使って滑空することができるようだ。
「トビトカゲの仲間かしら?」
「確かに似ていますね。もっとも、地球のトビトカゲは虫を食べるため、大きな牙などないはずです。まして、人間のような自分より大きな相手に、襲い掛かる事はないでしょう」
「と言うことは、こいつも立派なモンスターという訳ね」
「ええ、なりは小さくとも、油断すれば人間の命を奪えるモンスターです」
そう言いながら、水沢はトカゲと一緒に地面に叩きつけたネックガードを、再度装備する。
トカゲの死体をしばらく眺めていた清美だが、ふといいことを思いついたという風に楽しそうに、他の二人に話しかける。
「ねえ、こいつ食べられるかしら?」
「はあ?」
伊吹が、あきれたような声を出す。
「ほら、ゲームでも『おいしく焼けました~』とか言って、モンスターを食べてるじゃない」
「ゲームと現実を一緒にするなって、言うだけ無駄かのう……」
「無駄よ」
「まあ、食べるかどうかはともかく、調査のために資料を持ち帰るのは賛成です。もっとも、ダンジョンを出た瞬間に死体が消える可能性もありますが」
「それも、ゲームの知識か?」
「そんなところです」
「じゃあ、早速血抜きしとくわね」
懐中電灯をリュックサックから取り出しながら、水沢が呟く。
「これからは、天井や壁、ついでに床にも、さらに注意を払いながら進むことにしましょう」
「死にかけたのに、まだ懲りんのかい……」