交渉
とある町の住宅街にあるファミリーレストランで、水沢たちと2人の男女が会っていた。
相手の男女は、30代半ばだが、何やら心痛があるようで疲れた表情をしている。
飲み物が、運ばれてきたところで、水沢が話を切り出した。
「今日はお忙しいところを申し訳ありませんでした。私がダンジョンズギルド株式会社社長の水沢健司と申します。こちらが弊社役員の橋口清美と申します」
水沢の紹介を受けて、清美が頭を下げる。
「本日、お二人にお会いしたのは、ご自宅に現れたというダンジョンの活用方法についてです。ご自宅に不気味な建造物が現れたということで、お二人ともさぞ心細い思いをされていることと思われます」
それに対して女性の方が答える。
「主人がネットでダンジョンに対価を払う方がいらっしゃるとの記事を見つけたと言っていましたが、本当のことだったんですね」
「はい、その通りです。弊社ではダンジョンの借り受けを行っております」
「幸いなことに、弊社ではダンジョンの活用方法を発見することができました。もし、ご自宅とダンジョンを弊社にお貸し頂けるのでしたら、月30万円をお支払いする用意があります」
「月額30万の収入があれば、新しい住居の家賃と、賃貸する今の住居の住宅ローンに加えて、余分な収入まで入ることになると思います。決して悪い話ではないと思いますがいかがでしょう」
その言葉を聞いて、相手の女性の顔色が明るくなる。
「ねえ、あなた。いい話だと思うけどどうかしら? 今のままだと住む場所を移ろうにも資金が無かったのが、何とかなりそうじゃない」
だが、男の方は不信感を隠そうともしない。
「俺たちを騙して、自分たちで利益を独占するつもりなんじゃないのか」
「独占などとんでもありません。皆様にも、適切な賃貸料をきちんとお支払いします。契約に不信があるようでしたら、地元の信用のおける不動産業者に仲介を頼むことをお勧めします」
「それから、先に述べておくべきだったかもしれませんが、事業が軌道に乗りダンジョンの資産価値が上昇した場合、次年度以降の賃貸料の増額交渉もお受けいたします。これも不安でしたら、契約書に明記しておいて構いません」
「ダンジョンの活用方法って何なんだ?」
「他に情報を漏らさないという、こちらの誓約書にサインをいただけますか? そうすれば、事業内容をお教えしても構いません」
男はイライラしている様子を隠そうともせず、水沢たちを怒鳴りつける。
「おまえら、チート持ちだろう。ダンジョンがあんなにショボいなんて、おかしいと思ったんだ」
「確かに、ダンジョンはショボくはありませんよ。それだからこそ、私たちが事業を始めようとしているのですから。ただ、あなたが考えている内容とは少し異なると思います」
「まずは、落ち着いて話を聞いていただけませんか」
だが、自分よりも年下に見える水沢の言葉は、男を苛立たせるだけだった。
「そうか、お前ら鑑定持ちだな。スキルなど存在しないと嘘をつきやがって。大方、ステータスボードの隅にでも、見えない文字で書かれているに違いない」
そう言って、男はファミリーレストランから飛び出していった。
「あなた⁉」
「あの主人が申し訳ありません」
頭を下げる女性に、水沢は静かに声をかける。
「いえ、構いませんよ。異常な出来事が起きたせいで、心労がたまっていたのでしょう」
「それに、いくつになっても冒険心を忘れられない大人もいます。ご主人が、ご自分でダンジョンの調査を行いたいという気持ちも分かります。そう言う私も、同じように冒険心を抑えられなかったおかげで、ダンジョンの事業化方法に気づけたのですからね」
「ただし、ダンジョンに潜るのであれば、防具を始めとした準備は万全にした上で潜るように伝えてください。政府発表では比較的無害な小動物と伝えられていますが、油断すれば命の危険がない訳でもありませんので……」
その言葉を聞いて女性は、はっとしたような顔をした。
「あの、私、主人を追いかけます。あわただしくてすみません」
そう言って、彼女は急ぎ足でファミリーレストランを出て行った。
彼女が出て行ったあと、清美がポツリと呟く。
「結局交渉は失敗かあ」
「そうですね。時間を置かないと、交渉は難しそうです」




