会社設立3
清美がふと思いついたように話し出す。
「そういえば、若返りサービスの値段ってどのくらいに設定するの?」
「そうですね。初回はレベル2まで上げるとして、このくらいでいかがでしょう」
「ふむ。税抜き48万か……。高いといえば高いが、一生の問題と考えればそうでもないのか」
「保険なしの差額ベッド何か月と考えれば、それほど無茶な値段でもないと見積もっています」
「それに、いずれは健康保険や介護保険の対象になると考えれば、大した値段でもありません」
その言葉に清美が疑問を挟む。
「健康保険や介護保険の対象って、政府がそこまでしてくれるかしら?」
「『してくれる』ではなく、『認めさせる』ですよ。いずれダンジョンを用いたサービスは、我が社だけでなく全国で始まります。その時に、業界団体として、あるいは、高齢者団体として、政府にロビー活動を行い、保険適用を政府に認めさせるのです」
「それに、ダンジョンサービスの保険適用は、政府にとっても利益があります」
「まず、高齢者の健康回復により、保険料の支出が結果的に減少します」
「第二に、高齢者が若返ることにより、労働人口が増加。その結果、税収の増加が見込めます」
「第三は、最初に述べたように予算をかけず、高齢者優遇政策を実施できれば、政府支持率のアップがみこめます」
「以上のような点から、適切なタイミングでロビー活動を行えば、それが成功する可能性は小さくありません」
清美はあきれたように呟く。
「まだ、会社もできてないのに、業界団体やロビー活動まで考えているの……」
「むしろ、若返りという事業の影響力を考えれば、当然だと思いますが」
「とはいっても、さすがに最初の顧客に、この値段を直接提示するのは無理がありますね」
「最初の10組は、48万のところを会社設立記念で、4.8万でどうでしょうか?」
「割引を示すことで、お買い得感も出せますし、初期の顧客から若返りサービスが事実であることが口コミで広まれば、次以降の顧客獲得の勢いにつながると思います」
「また、急に安くなったわね」
「最初の10組だけですよ。あまり不当に安い値段を広めると、私たちだけでなく、後発の会社も立ちいかなくなる可能性もありますから。値下げは競合が激しくなってからでも十分です」
「問題は最初の顧客ですが、お二人は顧客になってくれそうな方に心当たりはありませんか?」
「何とか探してみるわ」
「お願いします。私の方では、タイミングを見てマスコミにニュースリリースを発表する準備をしておきます」
「そこまでやるんだ……」
「そうそう、このダンジョンは会社のものになるの?」
「ダンジョンそのもの不動産としての価値は不明です。しかし、この家の価格を考えても、資本金700万円では購入する余裕はないでしょうね。家そのものを、会社の資産に組み込むにしても、手続きの時間がありません。当面は私から、事務所としての自宅と同時に借り上げる形になります。もちろん、経理上賃貸料も発生します」
「賃貸料は当面、事務所費用分のみとしましょう。もっとも、事業が軌道に乗った場合、ダンジョン自体に、固定資産税が発生する可能性もあります。その場合は、ダンジョン自体の賃貸料を別途いただく必要が出てきます」
「健司さんは、この家に住めるの?」
「会社の借りている資産を個人で使う訳に行きませんから、この家からは出ることになるでしょうね。早急にアパートを見つけて、家は空けるつもりです」
「大変じゃな」
「役員報酬の額はいくらになるの?」
「役員報酬は会社設立後3か月以内に決定すると会社法で定められています。最初の2か月が終わった時点で、事業状況をもとに決めることにしましょう」
「分かったわ」
◇◇◇
●夜 橋口清美宅
清美は、数年前に亡くした夫の遺影に手を合わせながら報告する。
「あなた……。どうやら、あなたのところに行くのは少し遅くなりそうですよ」
「長生きはするものですね……。色々と思いがけないことが、この年になっても起こるなんて……。まだまだ、隠居はさせてもらえそうにありませんよ」
「本当に、この年になってまたひと花咲かせられるとは、思ってもみませんでしたよ」
「さて、狩ってきた獲物の処理でもしてきますか。血抜きはもう終わっているから、後は内臓を抜くんでしたね」
「その後は冷蔵庫で何日か熟成させると……。確か、熟成が進まなくなるから、冷凍庫で凍らせるのは厳禁ということでしたね」
「昨日は、少し失敗でしたが、次こそはおいしい肉をみんなにご馳走しなければなりませんね」
●夜 伊吹吾郎宅
家族が揃った夕食の席で、伊吹は話を切り出した。
「おう、そういえば今度会社を始めることになったぞ」
「おやじ、いきなり何を言い出すんだ。また、変な詐欺にでも引っかかったんじゃないのか?」
「そんなんじゃないわい。水沢のやつと、橋口さんちの清美さんの3人で事業を始めるんじゃ」
「いったい何をやるのか知らんが、大丈夫なのか?」
「まあ、成功の目算はそれなりに高いと見込んどるわい」
「それで、事業の内容は何なんだ?」
「若返りサービスじゃ」
「何だそれ……。胡散臭いにもほどがあるぞ」
「ええい、だからお前には言いたくなかったんじゃ。会社が大成功してから、うちのサービスを使いたいといっても、お前だけには使わせんからな」
「はいはい」
二人のやり取りを聞いていた息子の嫁が口を挟む。
「まあまあ、あなたもそう意地悪を言わないで……。あなたに、道場の師範の座を譲ってから元気がなかったお義父さんが、元気になっただけでもいいじゃないですか」
「そうは言っても、おやじもいい歳だからな。張り切りすぎると、ぶっ倒れるんじゃないか?」
「心配せんでも、若返ったから大丈夫じゃ」
「ああ、はいはい」
「そうじゃ。春さんや」
伊吹は、自分の妻に話かける。
「新しい会社の経理を頼めんか」
「ええ、警備会社の経理は嫁に譲りましたから、構いませんよ」
「よし、それなら春さんもうちの会社のサービスを受けてもらおうか」
●夜 水沢健司宅
水沢は、会社設立のための計画書を見つめながら、検討を続けていた。
さて、会社設立のためにすることは他に何がありますかね?
ああ、そういえばこの家を、事務所として使えるよう整理する必要がありましたね。
リビングの応接セットとパソコンは会社でも使うとして、それ以外の私物はすべて移動する必要がありますね。大至急清掃業者を入れて作業をやらせましょう。
それと、定款に電子公告先を記載する必要がありますから、ドメインとレンタルサーバーの契約が必要ですね。これは今すぐ済ませてしまいましょう。
会社のホームページは、昔取った杵柄で自分で作成しておきましょう。
会社登記のための起業支援会社との面会。これは、明後日に会社印ができる予定ですから、その次の日でネットから予約を入れておきますか。
あとは、ニュースリリースの作成ですか。これも明日中に準備が必要ですかね。
事務机等の搬入は、清掃業者の作業完了後ですね。最悪会社設立後でもいいでしょうが、業者への連絡だけでも明日中に済ませておきますか。
体の不自由な高齢者対応も必要でしたね。とりあえず、車椅子だけでもリースしておきましょうか。
それから、自宅以外のダンジョンも可能なら押さえておきたいですね。
とりあえず、掲示板にでもダンジョンの情報を求む記事でも載せておきますか。まあ、あまり期待はできませんが、1件か2件でも情報が集まれば儲けものでしょう。
「やれやれ、当分睡眠時間を削る必要がありそうですね……」




