プロローグ
●某年12月 ストックホルム大学 ノーベル生理学・医学賞 記念講演
記念講演前の演壇の影には、三人の日本人が集まっていた。
一人は、ドレスを身にまとったった10代なかばの少女。
そして、20代半ばの紋付羽織袴を着た長髪の男性。
最後の一人は、燕尾服を身にまとった20代前半の男性。
長髪の男がガチガチに強張った面持ちで、燕尾服の男に話しかける。
「おい、大丈夫か? 緊張しとらんか?」
それを聞いて、ドレスの少女があきれた風に、長髪の男に答える。
「緊張しているのは、あなたの方でしょうが」
「わしは、こういう堅苦しい場は苦手なんじゃ」
「だからといって、授賞式まで逃げ出そうとしたのはやりすぎですよ」
「第一、本当なら一人ひとりが講演を行う必要があるのに、自分だけ嫌だと言って講演を行わないなんて……」
二人のやりとりを微笑ましそうに聞いていた燕尾服の男性が呟く。
「やれやれ、二人ともこういう場所でもちっとも変りませんね」
「それでは、時間なので行ってきます」
◇◇◇
多くのマスコミや学生が見守る中、20代に見える一人の日本人が演壇に上がる。
彼の名は水沢健司。
最初のダンジョン発生は、今年の5月。
そのダンジョンという超常現象を利用した医学的応用技術を、世界に先駆けて発表したのが水沢たち三人であった。
その発表は、全世界に衝撃をもたらした。
わずかな期間で、水沢たちの技術を利用した医療機関が世界各国につくられることになった。
そして、発表からわずか5か月足らずの10月、本年度のノーベル生理学・医学賞が、水沢たちに送られることが発表された。
これは、バラク・オバマ大統領のノーベル平和賞受賞の記録を更新する、短期間での受賞であった。
聴衆が見守る中、彼は一礼したのち、静かに話し始める。
「みなさん、初めまして。私が、本年度のノーベル生理学・医学賞を受賞することなりました水沢健司です。みなさん、ご存知のように世界にダンジョンが現れるようになって、約半年が過ぎました」
「ダンジョン、それをこの世界にもたらした者が、どのような意図を持っているのかは、いまだ分かってはいません。ですが、それが私たち人類の技術を超越していることは、間違いありません」
「幸いにも、私はその技術の一端を発見することができました。そう、あくまでも一端です。応用方法こそ発見されたものの、その原理すら不明です」
「しかし、その一端ですら、人類にもたらした影響がいかにい大きいかは、今私がこの場に立っている事から明らかでしょう」
「みなさん、ダンジョンは未知なるフロンティアです。それは、単なる物理的な意味に留まりません」
「もちろん、物理的な意味での調査も必要でしょう。おそらく、それもダンジョンをもたらした者の意図の一つと予想されるからです」
「しかし、その一方でダンジョンのもたらす知識や情報も、また、挑戦者を待つフロンティアなのです」
「それでは、あのダンジョンが現れた最初の日の話をしたいと思います……」