第1話 ホントなんです!僕は騙されただけなんですぅぅ!
「誓いを2日と7時間31分22秒で放棄した貴方にはペナルティが与えられます」
どこからともなく不思議な声が聞こえてくる。ただでさえ見知らぬ風景に困惑していたのに、これ以上俺を困らせないでくれ。と心の中で悪態をつきながら声の主を探す。しかし、辺りを探せど探せど、声の主は見つからない。
「田場浩矢さん、ここです。」
その声と同時に足元から強烈な風が吹いてくる。その風につられるように思わず空を見上げた俺は再び絶句した。そこには大きな大きな月がふわふわと浮かんでいた。さらにその月には人間のような目・鼻・口が備わっており、それはそれは非常に奇妙な光景だった。
しかし何故月が俺に語りかけてくるのか。そもそもペナルティとは一体何のことなのか。そんな事を考えていると再びあの月が喋りだす。
「一体何のことなのか理解できていない様子ですね。」
「ああその通り。ひとまずお前の奇妙な姿は置いといて・・・。一体ここはどこなんだ?俺は死んだのか?ここはあの世なのか?」
「いえ、違います。」
「じゃあ一体どこだって言うんだ。すまんが非常に混乱している。わかりやすく説明してくれ。」
「では説明いたします。田場浩矢さん。憶えていますでしょうか。貴方は私に誓ったはずです。”絶対にタバコをやめる”と。」
「確かそうだ。俺は女に臭いと罵倒され、持ち前のワキガの匂いをタバコのせいにした。愛煙家として恥ずべき行為だった。だが、それとこれにどういう関係がある?」
「人間の誓いなんてゴミ同然である。いやゴミよりも価値のないクソッタレであると、父から教わってきました。しかしどうでしょう。あの日の貴方の決意は相当に堅かった。この人の誓いなら聞き入れてあげたい。そう思ったんです。」
「・・・」
「しかし、貴方のあれほど堅く、強く感じた決意も結局は父の言う通りゴミのようなものでした。結果、わずか2日と7時間31分22秒でいとも簡単に私との約束を破ってしまうんですから。」
「その節は本当に・・・」
「貴方達人間と私達月の間では、約束を交わす際にペナルティを用意します。もちろん私との約束を最低な形で破ってしまった貴方にも、例外なくペナルティが科せられます。」
「ははーん、なるほど。それでこんな片田舎に飛ばされてしまったのか。なんとも突飛な話ではあるが今は信用する他ない。んで、ここは一体どこなんだ?茨城?群馬?いや、長野辺りか。この感じだと北海道もあり得るな。」
「今現在貴方がいる場所は惑星モクモック。地球から102億8774万406光年離れています。」
「・・・え゛?」
「今現在貴方がいる場所は惑星モクモック。地球から102億8774万406光年離れています。」
「あの・・・」
「また、ペナルティはもう1つございます。この星には貴方の大好きなタバコは一切存在していません。貴方はタバコを辞めなくちゃならない。この世界で貴方が1年間、禁煙することができれば元の世界に戻してあげましょう」
「一年~~~~~~!?」
「これで以上の説明は終了です。何か質問はございますか?」
「え、ちょ、まっ
「ないみたいなので私はそろそろ帰りますね。では、良い禁煙ライフを(^o^)」
・・・
・・
・
「あ、それとこれ貴方が禁煙失敗したときの顔です。あまりにも間抜けだったので写真撮っておきました。は~~きんえんごのおたばこはおいしかったでしゅか~~~??」
「それではさようなら。」
──────────
・・・こうして俺の異世界ライフは幕を開けた。信じられるかい。信じられないだろう。たった一度の禁煙に失敗しただけでどうしてこんな目に合わなきゃならないんだ。世の中には俺以上に禁煙に失敗している人間がいるはずなのに、なんで俺だけがこういう目に合うんだ。
女には振られ、嘘みたいな話に巻き込まれ、人面月にさえバカにされる始末。お前のほうがよっぽど間抜けで気持ち悪い顔してるっつーの。そもそも惑星モクモックってなんだよ。今どき小学生でもそんな安直な名前つけねーぞ。
「・・・とりあえずまぁ、こういう場合は人を探すのが鉄則だろう・・・。」
悪態をついている場合ではない。こういう時こそ冷静になれとおばあちゃんも言っていた。幸いにも稚拙ではあるが道は舗装されてある。ここを辿っていけば人里に辿り着くことが出来るだろう。
しかし、態度とは裏腹につい数時間前まで冴えないサラリーマンとして代わり映えしない平凡な日常を生きていた俺はこの状況に妙に興奮していた。
東京ではまずお目にかかれないこの大自然。頬を撫でるそよ風、小鳥のファンファーレ、しかも妙に空気が美味しい。毎朝満員電車に揺られ憂鬱な気分で出社し、上司の機嫌を取り繕っていたあの日々から開放されたのだ。よくよく冷静に考えてみれば、これってものすごくチャンスなのでは!?
タバコが吸えないのが玉に瑕だけど、この世界ならストレスも少なそうだしなんだか俺行けそうな気がする!そう考えると途端にエネルギーに満ち溢れてきた。これは神様からのプレゼントだ!忙しない日常を頑張って生き抜いた俺への1年間のバカンスだ!!
「ひゃっほ~~~い!!お~~い!聞いてるか~?田中(部長)~~!山田(課長)~~!!俺はここにいるぞーーー!」
「見つけた!!」
「びゃ!?」
あまりの開放感に我を忘れ全身で喜びを表現していた俺の目の前に、一人の幼女が立っていた。おそらく年齢は8歳~10歳だろう。愛くるしいパチクリとしたお目々、クルンと跳ねたくせっ毛、そして尖った耳・・・。エルフだ!童話やアニメでしか見たことがなかったエルフが俺の目の前に・・・!
「見つけたって、どういうことだい?」
途切れ途切れの呼吸を整えながら、冷静に、紳士的に声をかける。
「あのねー、ばっちゃが、このお山で妙な気配?をかんじるってー。だから確かめにきたの!」
ふむふむ。ばっちゃが妙な気配をこの山で感じ取ったのか。
え、妙な気配?
「おいお前!そこを動くな!」
エルフの幼女を中心に、脇の草むらから屈強な男たちがぞろぞろと出てくる。人数は8人ほどいるだろうか。皆それぞれ武器を片手に持っており、敵意をビンビンに剥き出している。何やら早くも命の危機が迫っていることだけはわかった。
「捕らえろ!!」
先程まで愛くるしい表情をしていた幼女エルフが鬼のような形相で号令をかける。コワイ。オンナ、コワイ。
「ちょ、ちょ、ちょ!!待ってください!俺は怪しいものじゃないんです!!」
俺は何も悪いことはしていない!意地悪なお月さまに何もわからずこの星に連れてこられただけの被害者だ!
「うるせえ!黙って捕まりやがれ!」
「ホントなんです!ホントなんです!悪いお月さまに騙されたんです!」
そう叫びながら俺はその場から逃走を図る。泣きべそをかきながら稚拙に舗装された道を勢いよく走り出す。パニックで走り方もままならない。
「じゃあ逃げるな!怪しくないなら逃げるなよ!」
嘘だッ!これは冤罪を正当化するための常套句だ!だってこの前もテレビでやってた。痴漢冤罪にかけられたら逃げる以外で助かる道はないって!!
「ホントなんですぅ!!ホントなんですぅぅぅ!!ぼくはわるいおつきひゃまに騙されてここに連れてこられたんですぅぅ!!ひがいしゃなんでしゅうう!!」
恥も外聞もない、ただただ本当の事をありのままに叫んだ。だって本当だもん。このまま殺されるよりマシだ!無様でも走れ!走れ!走れ!走れ!走れ!
「ぶはぁぁぁあ!」
逃げるために川に飛び込んだ。
「あがぁっっええ!!」
イノシシのような動物にもぶつかった。
なんてしつこい連中なんだ!まだ追いかけてくる。俺はもう既に血だらけだ。でも捕まる訳にはいかない。俺は逃げ切るんだ!!
「わ、わ、わかった!信じるから!信じるから!!!信じるから止まってくれ!!!」
「ホントなんですううう!ぼくはわるくないんですううううう!!!!・・・え!?」
まるで天使の囁きのようにも聞こえた。やった・・・!俺は勝ったんだ。この得体の知れない幼女エルフと屈強な男たちとの根比べに勝ったんだ!嗚呼、人間必死に訴えかければこうやって信用してもらえるんだ。また1つ人生の心得が増えた瞬間だった。
「はぁ・・・はぁ・・・ほんとに・・・ほんとになにもしてないんです・・・」
息も絶え絶えに声を絞り出す。全身びしょ濡れ。血だるま。服のあちこちが破れ、顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。惨めだ。惨めだろう。
「わかったから・・・。」
一行は何やら物凄く汚らわしいものを見るような目で僕のことを見ていた。いい、いいんだ。あのまま殺されるよりマシだ。
「ところで一体、俺のことを捕まえて何をするつもりだったんですか?」
「いや・・・。すまん。さっきも言ったとおりばっちゃがこの山で妙な気配を感じると言うもんでな・・・。見慣れない服装に顔だし、てっきり隣国からの刺客かと思ったんだ。」
確かによくよく見てみれば彼女たちの服装は明らかに俺がいた世界のものとは違った。絵に描いたような中世ヨーロッパと言えばよいだろうか。男たちは甲冑を身に纏い、幼女エルフは小さなマントを羽織っていた。
「なるほど。ですが僕も自分の今の状況がよくわかっていないんです。長くなると思うので、どこかゆっくり出来る場所に行きませんか」
とりあえずこの人達の村に案内してもらおう。この人達の村で、ゆっくりコーヒーでも飲みながら自分の置かれた境遇やこの世界のことについて詳しく教えてもらおう。
「自分の状況がわからないとはどういうことだ?」
おい!こいつはアスペか!?ゆっくりその話をするためにお前の村に案内しろっつってんだよ!
「ですから、ゆっくりお話がしたいのであなた方の村に案内していただけませんか?」
「わかった。ただお前のことはまだ信用したわけではない。申し訳ないが腕だけ拘束させてくれ」
どっちだよ。まあ良い。
幼女エルフはそう言うと、仄かに紫色に光るロープで俺の腕を縛り上げた。それほど強く縛られた気はしなかったが、筋肉が弛緩していくような、不思議な脱力感で抵抗する気力も起きない。
しばらく歩くこと1時間。ついに村に到着した。