影の王3
伝説は後世に伝えられることで、美化されたり脚色されたりします。実際伝説を生きた人と話を聞いている人の違いが面白いだろうなと思って書きました。
「それでは、こちらの弓矢をご覧ください」
黒く緩いウェーブの髪を肩の上あたりで切り揃えた女性は、目の前にいる十人ほどの男女に緑の瞳を向けました。
杖をついた白髪の男性と女性が嬉しそうに互いの腕を叩きあって女性が話始めるのを待っています。一人の青年がまわりの人の邪魔にならないよう、少し体を引きます。赤茶の髪が揺れて目にかかるのを左手で乱暴に振り払いました。
「この弓矢の伝説をご存じの方もいらっしゃるようですね」
にこりと笑う女性に青年はどきりとして、誤魔化すように軽く咳払いをしました。
「この弓矢は…」
「また弓の練習をしているのか?懲りないな」
突然現れた自分と同じ年の黒髪の青年に、金にゆるくウェーブがかった髪の青年が手に持っていた弓矢を取り落としそうになりました。
「あ、危ないじゃないか」
「君が弓矢を持っているだけで、俺は怖いよ」
黒髪に浅黒い肌、黒い瞳がきらりと光り、諌めるような口調で歩み寄ります。
「弓は使わない約束だろう?」
「練習はしたいんだよ。続けていれば上手くなるかもしれないし」
練習場から離れた森の中に開けた空き地があります。木々が円を描くようにぐるりと生え、その中でも大きな木の真ん中に、金髪の青年が自ら作った的が置いてありました。
「得意なことやった方が良いと思うけどなぁ」
「いいじゃないか。弓の練習が嫌なわけじゃないんだ」
「じゃあやってみろ」
からかうような口調で金髪の青年から遠く離れ腕組みをして近くの木に寄りかかりました。
「見られてると緊張するじゃないか」
ぶつくさ言いながら、すっと表情を改めて矢をかまえます。弓の持ち方、立ち姿、視線すら完璧でまわりの者がほれぼれとするほどですが、それも矢を放つまで。
放った矢は、短くひゅっと音をたてて的を外れ、木立の中に吸い込まれるようにして飛んでいきます。それから小さく、ぐぇっと嫌な音がしてどさりと何かが倒れる音がしました。
「何か当たったみたいだぞ」
「また、的から外れた」
しょんぼりと肩を落とす金髪の青年に一緒に来いと目配せをしてから、あたりに気を配りながら矢が飛んでいって方へと歩いていきます。
茂みの中から片足が突き出ているのを見つけて、ぎょっとしたものの慣れた手つきで、茂みから一人の男を引きずり出し眉間にまっすぐ刺さった矢を見て顔をしかめました。
「さっきは、毒蛇に当たったんだよ。何だってこんな所に人がいるんだろ」
兵士の装いをしていますが、顔に見覚えがありません。二人はそろそろと鎧を外し、身元がわからないかと衣服や持ち物を調べ始めました。
「仲間の兵士だったらどうしよう」
「安心しろ。お前の矢は、仲間や一般人には当たらない」
「そんなこと、わからないだろう。何事も例外はある」
金髪の青年は兵士の身元を調べるのを黒髪の青年に任せ、まわりに誰か潜んでいないか素早く視線で探ります。この時、弓を左手に持ち、右手にナイフを持ちました。
「こいつは、うちの兵士だ」
「え?」
自分の仲間を矢で死なせてしまったのかと顔をひきつらせました。
「確かに、こいつはうちの兵士だが間者だ」
「どこの国かわかるかい?」
「今、交戦中の国の友好国。近々、こちらに迫ってくるのではないかと情報が入ってた」
鎧を脱がし、さらに肌着を脱がせ左腕の上にある小さな刺青を指さして、黒髪の青年は笑いました。
「お手柄じゃないか」
「お手柄なものか。味方を死なせてしまったのかと肝を冷やしたよ」
「これに懲りたら、弓はやめるんだな」
金髪の青年は大きくため息をついて肩を落としました。それから右手に持ったナイフをひと振りします。ナイフは真っ直ぐ木のそばの茂みに飛んでいき、人のうめく声がしました。
「間者の仲間かな」
黒髪の青年は腰元の剣を抜いてうめき声がした方へと体を向けます。金髪の青年は短刀を手にして叫びました。
「早く出てこい!さっきは外したが今度は外さない」
しばらくしてから一人の男が右腕をおさえて茂みの中から出てきました。鎧を身につけておらず、見た限りでは町の人のようでした。黒髪の青年が嬉しそうに笑います。
「詳しい話が聞けるかな?」
右腕をおさえた男は降参というように手をあげます。それからその鎧を来た男とは別の国の間者で、青年たちに味方するかどうかど意見がわかれていることを簡単に話しました。
「つまり、どの国を味方したら有利か調べているということだな?」
「私は、あなた方の国につくよう進言している」
「では、その話を他の我々の仲間にも話してもらいたい」
手をあげていた男は肩をすくめて右足のかかとをとんとんと叩くとにやりと笑いました。
「断る」
突然煙幕が張られ、二人が一瞬腕で煙から顔をかばったすきに男はいなくなっていました。男のいた所には、金髪の青年が投げたナイフが落ちています。
「気配が…」
「わからないな」
黒髪の青年は剣を鞘におさめて笑いました。
「お前の弓で捕まえられるかな」
「冗談じゃない」
金髪の青年は黒髪の青年をにらみつけてから、そばに転がっている鎧の男を見おろします。
「心臓にでも刺さったらどうする」
「そこが難儀なところだな」
金髪の青年は弓を自分の思い通りにコントロールすることができません。不思議と狙った的には当たらず、犯罪者やスパイ、毒蛇や人を困らせる大猿を一発で仕留めてしまうのです。
最初は狙っているのだとまわりの者は思っていましたが、射ろと言われた場所に射ることができないので、戦場では決して金髪の青年に弓を使わせないようにと厳命されています。
「腕は良いのに、まったく役にたたないな」
「弓じゃなきゃコントロールできるんだ」
金髪の青年はナイフを拾ってベルトにはさんである古い布で血を拭き取りました。
「まあ、剣の腕を磨くんだな」
大きくため息をつく金髪の青年の肩を叩いて、間者の存在を仲間に知らせるため鎧を着ていた男の方へと歩いて行きました。
「仲間や善意の人間には当たらず、不思議と罪人や敵を射抜くので、王がこの弓を手にしただけで、震え上がる者もいたそうです」
緑の瞳がきらめいて、ガラスケースの中に置かれた古い弓と矢を手のひらでツアー客へと示します。
「裁きの場では、自らの罪をすぐさま白状したそうです」
ほぉと感嘆の息をもらす者、うんうんと嬉しそうにうなずく者、それぞれの反応を満足そうに見てから、声も高らかに黒髪のウェーブを軽くふって叫びました。
「王の奇跡と人々は喜んで讃えました」
肩までの赤茶色の髪を揺らして一人の青年が楽しそうにメモをとります。この国を建国した王の衣服や王宮の建物の一部、当時使われていた食器や道具が飾られている博物館では、1日に数回ボランティアのスタッフが観光客に向けて案内や講座を行っています。この国に興味のある人にとってとても楽しいひとときとなっていました。
「ガイドのお姉さん!」
12歳ほどの少年が嬉しそうに笑いました。
「悪い人にしか当たらないだなんて、まるで神様みたいだね」
ガイドの女性は少年に向かってにっこりと笑いました。
「そうね、私たちにはわからない特別な力があったのかもしれないわね」
がやがやと話す観光客をぐるりと見回してから、ガイドの女性は黒いウェーブの髪を右手で耳にかけるしぐさをしてから、次の展示物を見に行きましょうと促しました。赤茶の髪の青年は名残惜しそうな視線を弓矢に投げかけてから皆のあとを追って歩調を早めました。
「なあ。」
「ん?なんだい?」
黒髪の青年の呼びかけに金髪の青年が振り向きました。黒髪の青年は頭をがしがしかいてから面白そうに笑います。
「お前の弓矢には、神が乗り移っているんじゃないかって噂があること知ってるか?」
「はあ?」
金の髪が揺れて、射抜くような視線が宙に向けられると、まわりの人間が身震いします。金髪の青年が弓をかまえる時、必ず悪事が暴かれ真実が明るみになりました。金髪の青年以外の人が弓をかまえても決してそんなことはありませんでした。
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