No.054 "見る"名称と舞台の準備
ごめんなさい...本っ当にっ!...ごめんなさい。
と言うわけで、新年一発目投稿します。
先ほどユウが変装した姿である"グリ"とメリッサが初めて顔を合わせた後、リーリエを伴って女三人(一名女装男子)がディランの作業部屋から退出した。よって今この部屋にいる人物は、
「そういえば...ねぇ、ディラン様~?」
「?どうしたネイサン。」
というやり取りをしているディランとネイサンの二人だけであった。まぁ普段であればネイサンではなく、ディランに続く形で領地内の行政を取り仕切っている者達が何人か居るのだが、先ほどまではディランの私情で使っていたことと、メリッサの性癖をできる限り外部へ漏れないようにするために人払いをしていたこともあり、今この場においては彼ら二人のみであったのだ。
先ほどまでのキッチリしていたネイサンの姿は既に崩れ去っており、窮屈そうにしていた襟ホックの部分と第一ボタンを外すと、そのままソファに身体を預ける形で腰掛けている。
「って、お前なぁ...まぁ別にいいが。...それで?一体何が聞きたい?」
「うん、それなんだけどさ。......どうして、あの子をお嬢様の護衛に付けたの?」
尋ね返してきたディランにネイサンは、少し真剣な面持ちで問いかけてきた。それは、ユウがディランの娘"メリッサ"の護衛に付くことに対して、彼自身が今に至るまでずっと抱いていた素直な疑問であった。
確かにディランがユウへ護衛の仕事を要求したことには、ユウ自身からもかなり疑念を抱かれたのは記憶に新しいだろう。しかしディランは、その理由を既にユウには話しており、
「いやなに、今回は少しイレギュラーな事態が起きたせいもあって、護衛に回す人員が足りなかったのだ。そこに表れたのがユウであった。あいつのことは別に信用していないが、人格や奴自身が持つ能力は少しばかり頼ってもいいと思ったのだ。加えてあいつの容姿ならば、メリッサの恋愛観も少しは変わるかと思ってな...。」
と、未だ詳しく聞いていなかったネイサンには、改めて説明をしたのだった。
ディランはユウのことをよく知らない、それは事実である。しかし、ユウの持つ能力と時折見せたユウ自身の性格を加味した上で、ディランはユウの持つ利用価値を見出していた。それでもディランは、ユウのことを完全に頼れる存在とは思っていないため、それなりに監視は付けて経過を見るつもりでいた。
だが、
「ディラン様。本当に、"それで"いいと思っているのですか?」
と、ネイサンは、ディランの方に向き直り語気を強めた言い方をしていた。その様子はおよそ、今までのネイサンからは想像がつかないほど真剣で、怒りの感情が見え隠れしている...そんな雰囲気を感じさせていた。
「...どういう事だ、ネイサン。お前、私の判断が間違っていると言いたいのか?」
「理解が早くて助かります。ええ、そうですとも。」
怒りの感情を露にしたままのネイサンに、ディランは表面上静かにその真意を問いただした。ディランの言葉に対し、雰囲気はそのまま、顔だけは笑ったままのネイサンが答える。
「確かにあのユウとか言う少年は人との約束を破る、そんな恩知らずな性格はしていないでしょう。それに能力を考慮しても、一般的な戦闘力や魔力堆積量はそれなりに持っているみたいです、が...。」
「...まぁ、『ユウ以外にも任せられる人材は居たはずだ』...そう言いたいのだろう、ネイサン?」
ユウのことを認めるような発言をするネイサン。だが最後に、それを考慮して上でディランに進言しようとして、口をつぐんでしまった。ネイサン自身ディランの判断を否定したいのだが、彼自身ディランの考えを全て聞き出していない今は、自信を持って否定できないでいたのだ。だからこそ最後まで言い切ることが出来なかったのだ...が、その様子を見ていたディラン自身から、ネイサンの言いたかった言葉が発せられたのだった。
「...その通りです。いくら彼が能力を持っていようと、性格的に任せられるからと言っても、そもそも彼とディラン様は昨日会ったばかり。加えて彼の振る舞いはお世辞にも頼りに出来る印象は感じず、それならばいくらか戦闘や護衛の経験を持つ者達を採用すれば良いはずです。」
「うむ、全く以てその通りだな。」
ネイサンの言い分から、その言葉に続きを察したディランがネイサンの意見を最後まで言い切ると、ネイサンはその言葉に同意した。その内容は、ユウがいない今だからこそ話せるものであったのだろう。
ディランとネイサン。この二人は、ユウの性格上自分たちからユウに近づいていかなければ、彼は確実にこちらと二度と関わりを持たないであろうことを理解していた。だからこそ、先ほどのように表面上はユウへ好感を持って貰えるように接していたわけなのだが、実際の様子は......まぁ見ての通りである。
「その通りって......あのですね、ディラン様?僕だって単なる戦闘員や兵士と同じような扱いで雇うとかなら、別に何も言わないですよ。でも、今回は違う。...あんた、自分の娘が大事なんじゃないのか?」
「う~ん...まぁ、そう来るのも当然と言えば当然だな...。」
ディランから同意を得たネイサンであったが、彼はディランの発した言葉に若干苛立ちを抱いていた。それは今しがたネイサンが言ったように、ディランの娘"メリッサ"を、出所不明かつ地味に高い戦闘力と言った不安要素の塊みたいな人間に護衛させること。その意味が到底理解できなかったからである。
その上そんな危険な状態にしておきながら、今自分の目の前に居るメリッサの父親は、その状態に危機感を抱いている様子が見受けられないのだ。
ネイサンは国認魔導士として国に仕え始めてから一年ほど経過している。その一年は専らこのウィースで過ごしており、それもあってこのレイモンド家とはそれなりに仲良くなっていた。それは当然目の前居るディランやその娘メリッサも同様である。
ネイサンからするとメリッサは年の離れた妹と変わらない年齢であり、ディランほどではないにしろ、若干過保護に近いくらいの感情を抱いていた。
だから、と言うわけではないが、それでもネイサンにとってメリッサは、自分がお世話になっている家族の一員であり、自身が守るべき対象の一人でもあったのだ。
「~っ!...分かっているなら、なんであの子に頼んだのさ。もし僕が納得できない理由だったら、あの子の代わりに僕がお嬢様の護衛につくからね?」
「なるほど......まぁ、その点に関しては心配するな。一応外に行く際にはお前にも一緒について行って貰うつもりだったからな。その際お前があいつをどうするかは、知らんがな...。」
「...そっか。まったく...そんなに心配なら、あの子じゃなくてディラン様の知り合いや、そうじゃなくても僕の知り合いの誰かに頼めばよかったのに......それで?その理由ってのは何?」
ディランの言葉からなんとなく自分がすべきことを察したネイサンは、少々興奮状態だった頭を冷やし、当初疑問に感じていた事柄について改めて問いかけた。
ユウの行動はディラン単独はもちろん、その他の者でも監視に限界がある。そのためある程度会話もしており、かつ信頼の置けるネイサンならば、ユウを身近で監視できる存在と判断し、彼の行動に関しては自分は目を瞑ると言外にディランは伝えていたようだ。
さて、そんな面倒なことをしてまでディランがユウに身内の仕事を任せたのには、それなりの理由があった。
「ネイサンよ。仮の話だが、お前が明日から王都の国認魔導士になり、同時に王都とここ"ウィース"が大量の魔物に襲われたとしよう。...お前はどちらの街を守る?」
「...もちろん、王都の方でしょ。だって僕は王都の管轄なんだから。」
突然意味不明なことを言いだしたディラン。そしてそんなディランの言動に困惑しつつも、しっかりと内容を受け止め自身の考えを伝えたネイサン。
「そうかそうか。うむ、...やはりお前は実に忠実な人間だ。」
そういうディランの表情は、ネイサンからの返答に何処か満足した様子を感じさせており、彼がネイサンに対しより信頼を強めたことが分かった。しかし、そんなディランの表情は少しずつ変化し最終的には、まるで今から尋問を始めるのではないかと思わせるほどの威圧感と視線をネイサンに向けてきた。
その視線を向けられた本人は、少々肩を竦めるものの、その言葉からディランがどれほど真剣なのが伝わってきており、怯えの感情は徐々に収まっていた。
「ではさらに、お前が"国認魔導士"や"スローム王国の国民"という縛りを受けていなければ、どちらを助けに行きたい?」
「...なるほど。そういうことだったんだね...。」
ディランが放った言葉。その言葉に中には、これといって深い内容は含まれていなかった。それどころか、ネイサンを納得させるような理由すらも入っておらず、酷くお粗末な内容とも言えるだろう。だが、そんな言葉に対しネイサンは、直ぐさま納得のいった表情を見せ、それ以上はディランに対し問い詰めることはなかった。
ネイサンが納得した理由。それはとても単純で、だが決して軽んじてはいけない知性を持ってしまった生物特有のモノ 『情』 である。
「けどさ、ユウ君が他の国の住民だったらどうするの?あんまり重要視するほどのことでもないけどさ、万が一ってことがあるかもしれないじゃん?」
「あぁ、その点に関しては特に問題は無い。ミミ村から聞いた話だと、あいつの身分は流れ者のようだし、実際に会ってみて間違いはなかったぞ。」
「...前にも思ったんだけどさ。ディラン様や他の年配の貴族様方って、どうして初対面の相手の情報知ってるの?特に若い人と会った後とかは、その人の名称まで知ってるときもあったよね?」
ディランの考えに一応納得の意思を示したネイサンであったが、一つ心残りがあったようでその事柄に関しディランに問いかけていた。その問いに対し平然と答えたディランであったが、その様子を見てネイサンはさらに聞き返してきたのだ。彼のその様子から察するに、長い間疑問に感じていた事でもあったのだろう。
不意にネイサンから放たれた質問に対しディランは、『あぁ、それは...な...。』と、突然言い淀むような話し方になっていた。それはこれまで見てきたディランの、何処か年上の余裕を感じさせる振る舞いから考えると、直接話しているネイサンには必然的に違和感を抱かせてしまう結果となっていた。
「ムムッ!...ねぇねぇねぇねぇっ!何、その間?それはもしかして、あれ?ほら、何か...そう、何かレアな名称(?)とか?それか貴族の間でも、ほんの一部の人間しか身につけられない秘密の魔具(?)とか?それともそれともっ!」
「ダァー!鬱陶しいわ!少し落ち着け...。」
「えぇ~.........チラッ?」
「(...クソ、油断したな。これは、ちゃんと説明しないと解放してくれ無さそうだな...)ハァ~...。」
自身の失態により面倒くさい状況に陥ってしまったディランは、目の前で瞳を爛々と輝かせるネイサンとは対照的に、一人だけ頭を抱えていた。
それというのも、今期待の眼差しでディランを見ているネイサンという人物は、二十五歳という若さで国認の職に就くような人間であり、それは単に努力したからと言って成れるような職業ではない。そこには彼自身が持つ天賦の才と、彼が魔導士のような知識が重要な役割を果たす名称を獲得できるほど、知的好奇心が旺盛なことが遠因でもあったのだ。
その点を理解していたディランだからこそ、ネイサンが自分自身が見せた普段とは違う様子から想像し、こうなることを危惧していたのだった...が、まぁ結果はご覧の通りである。
「いいか、ネイサン。お前が知りたがっていることだが、正直なところ私自身もよく分かっていない。普段通りに生活していたら、いつの間にか身についていたからな。」
「ふむふむ...、突然と言うことは魔具じゃなくて名称か魔法の一種ってところか...。」
「...(こ、こいつは~っ!人が折角説明している最中に、勝手に考察しおってからに!...ハァ...)その通りだ。」
「あ、やっぱり?まぁそうじゃなかったら、その能力が使える人のタイプや年齢が偏るわけ無いもんね。もし見ただけで対象の情報が簡単に入手できる魔具があったら、それこそ『鑑定士』なんて名称必要無くなっちゃうし......それで?その名称の名前って、何?」
真剣に話していたディランをおちょくるかのように、普段と変わらず自分のペースで話し始めたネイサンへふつふつと憤りを高めていたディランであったが、そんなことに一々気を立ててはネイサンの思うつぼである事にすぐ気づき、
「まったく...まぁ、名称の名前くらいは教えても支障は無いし、今回は特別に教えてやる。だが、例え教えたところで名称を得られる保証はないし、私や他の名称持ちのためにその具体的な能力を教えるつもりはないからな?」
と小さくため息をつきながら言うと、その先の言葉を告げた。その瞬間、おちゃらけた様子だったネイサンも静かになり、ディランが言わんとする名称の名前を聞くことに集中しており、その場の空気は一瞬のうちに静寂へと移り変わっていた。
「それでもいいよ。僕自身、なんとなくその名称が得られる条件は予想がつくからね。それまでは我慢するよ。」
「ふむ...まぁ、これだけ話せば勘の鋭いお前は、私"達"が思いつく名称獲得の条件くらい察しはつくか。ではその名称の名前だが...。」
二人の間だけで分かり合ったような雰囲気を醸し出したと思ったら、ディランはこれ以上は無しを長引かせたくないのか、はたまたネイサンに対し墓穴を掘りたくないのか、本題へと移ったのだった。
そんなディランが告げた名称の名前とは、
「『洞察者』という名称だ。」
「『ドウサツシャ』...ふ~ん...。」
ディランから発せられた言葉を自身の心の中で反復するように押し黙ったネイサン。その様子を見ていたディランは一人内心で、ある事を考えていた。
(まぁこの名称は、鑑定士の名称に比べると殆どその下位互換でしか無いし、取ろうと努力するほどのものではないと思うがな...。)
"洞察者"と"鑑定士"。この二つの名称は今後、ユウがこの世界の人間ではないことが露見してしまう恐れを持った、少々危険な名称となるだろう。
・
・
・
・
・
・
場所と時間が移動して、ここはメリッサの自室前の廊下。そこにはメイド姿の女性と女装した男がおり、何やら話し込んでいた。だがその会話もどうやら終わりを迎えるようで、
「...と言うわけで、ユ...もといグリさん。貴方にはこれから二週間、メリッサお嬢様と触れ合っていただき、お嬢様へ"異性の魅力"を感じさせることが主な任務です。この度はその任務が不自然にならないよう、便宜上は『護衛』と言う形で働いて貰います。これはディラン様直々の命令です。...よろしいですね?」
「...(最初、誰がそんなアッタマ悪い方法思いついたのかと思ったら、ディランさんだったんか......やっぱ頭いい人ってのは、何考えているか想像できねぇなぁ...とは、この人の前で絶対に言えねぇですねぇ...)はい、分かりました。」
「そうですか...それは、理解が早くて助かります。」
という、メイド姿の女性が発した言葉によって、その会話は終了したのだった。
さてこの二人の名前だが、特に隠す必要も意味も無いのでざっくりと...女性がリーリエで、女装系男子がグリ(と言う名を被ったユウ)であり、彼らは今の今まで今回の仕事内容の確認と、此度の主目的をユウに伝えていたのだった。
「ちなみに護衛をして頂くにあたっての給料ですが...今回はこの屋敷に住み込みで護衛して貰うので、その分を差し引いた千トルとなっています。ただしこれは、二週間分の給料をまとめたものですので、今回の任務が終わってからの支給となりますので、ご理解ください。」
「...了解です。(...あれ?千トルって、銅貨いくらぐらいだっけ......ま、渡されたときに考えればいいか。)」
リーリエの話に対し外面では真面目に受け答えをしつつ、内心では何処か気の抜けたことを考えていたユウ。...というか、お金の計算が今の段階で出来ないと、この先苦労することは必然なのだから、もう少し彼には危機感を抱いて貰いたいところである。
さて、そんな感じで早々に業務連絡は終わり、二人は再び部屋の中に入ろうとしていた。と言うのも、
"ガチャ"
「あっ!やっと戻ってきた...いくら仕事の確認だからって、私をのけ者にして二人で話さなくてもいいじゃないのよ~。待ってる間、ちょっと寂しかったんだけど...。」
「申し訳ございません、お嬢様。何分グリは、貴族の方と交流したことが一度も無いので、ある程度礼儀やきまりを覚えさせなければならないのです。いくら期間が短いとは言え護衛の任務に就いたからには、その任に見合った働きをして貰いたいと考えています。」
と、部屋の中で待ちぼうけを食らっていたメリッサが、そのことに対し不満を抱えていたからであり、対するリーリエもメリッサのことを考え、他の連絡事項は追々伝えていくつもりであったのだ。
少々ご機嫌斜めなメリッサであったが、リーリエが
「それに、予めお嬢様の性格はグリに伝えていたつもりでしたが、先ほどの状況でグリ本人が若干混乱してしまったようでしたので、それも踏まえて落ち着かせようと思い、一度退室させて頂いたのです。」
と述べると、「ま、まぁ、それもそうね...。」と言いながら、先ほど自身が見せたはしたない姿を思い出し顔を赤く染めていた。どうやら先ほどの言動に関しては、所々無意識にやっていた節があるようで、そのことに対し少しばかり羞恥心をしだいているようだ。
「取りあえず...ほら、グリ。」
「?何ですか?」
羞恥心で顔を俯かせているメリッサを眺めていたリーリエだったが、不意にユウの(仮)名を呼び、何かを指示するような仕草を見せた。しかし、当の本人であるユウはその意味がまったく理解できず、リーリエの顔を見つめながら不思議そうに首を傾げている。その仕草はどことなく幼く見えた。
「...寧ろこちらが"何ですか?"と聞きたいです。目の前に落ち込んでいる女性が居るのに、そのまま放置するのは正しいことですか?」
「...っ!あぁ、なるほど...。」
「よろしい。では、分かったのなら早速行動に移してくださいね?」
リーリエから指摘を受けたユウは一瞬思考に耽ったかと思ったら、直後リーリエの言葉の意味に気がついたのか、何やら納得した表情を見せたのだった。対するリーリエもユウのその様子に満足したのか、そのままユウをメリッサの方へと促した。
未だに羞恥心により赤い顔を両手で覆っているメリッサに近づいたユウは、メリッサと目線が合う高さにかがみ込んで、
「メリッサ様。先ほどは私の心構えが足り無いばかりに、不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。ですが今は、当初合った困惑もなくなり問題ありません。ですので、どうかお顔をお見せください。私もメリッサ様が思っているのと同じように、貴方とお話がしたいのです。お願い致します。」
と、目の前に居る少女へ伝えた。すると、今まで顔を両手で覆っていたメリッサが、自身の指の隙間から瞳を覗かせ、ユウの方を見つめながら口を開いたのだ。
「グリ...あなた、こんな性癖の私を気味悪がらないの?」
「ま、まぁ、正直受け入れがたい事実ではあると思いますが、...私はその感情を卑下せず受け入れているメリッサ様の人柄を尊重していますし、尊敬もしています。...先ほどはあのように取り乱してしまいましたが、今後は私もメリッサ様の抱える感情を一緒に共有していきたいのです。ですから...」
そう言ってユウは、僅かに覗くメリッサの瞳から視線を逸らさずに、言葉を紡いだのだった。
「私とお話ししましょう?もう、大丈夫ですから...。」
「~ッ!」
ユウがそう伝えると同時に、メリッサは覆っていた手を外しその顔を見せた。そこに浮かんでいたのは、
「~っ最高よ、グリ!私の気持ちをここまで掴むなんて、中々に見所があるわ。そこまで言うんだったら遠慮無用ね。何だったら短い間とは言わずに、ずっとここに居てもいいわよ!」
と、言葉から分かるように、満面の笑みであった。ユウはそんなメリッサからの言葉に、「アハハ...」と笑うだけで返し、それ以上具体的に話すことはなかった。ユウ自身、あまり一カ所に長期間留まる方ではなく、様々なところを転々としたい性格をしていたし、何より
(これ以上貴族とか国とか、お偉い人達と関わってたら絶対いいように使われるに決まってる!今回は失敗を帳消しにするために引き受けたから仕方ないけど......今度からは気を付けよう。)
と言うように、危機感を抱いていた。と言うのもユウが日本にいた際、『社会』とか『国』のような"集団"へ半強制的に縛られていたこともあり、その状態が非常に煩わしかったのだ。
例えそれが個人を守るために必要なものであったとしても、その内側にいる限り規律を遵守することが絶対であり、そのルールは明確にされていないのに、人の行動の細部まで縛り付けるものまであった。ユウはそんな社会の構造が苦手であった。だからこの、"自分という存在に縛りがない世界"で、自分の思い描いた、自分だけのルールで生きていきたいと考えていたのだ。
メリッサに口先で綺麗事を並べ立てていたユウは、ご覧の通り内心この状況を面倒に思っており、決して褒められたものではない。だがそれがユウであり、人前では一丁前に優男を見せつける猫かぶりなのである。
「...ねぇ、グリ。」
「(ハァ...、早く二週間経たねぇかなぁ...)っと、...何でしょうか、お嬢様。」
ユウが、今この状況に対し内心で憂鬱な感情を垂れ流しにしていると、不意にメリッサから声をかけられた。ユウが何事かと思いメリッサの方を向くと彼女は、ユウよりも低い自身の身長も相まって、下からのぞき込む形でユウと視線を合わせてきた。
「ちょっとだけ、貴方のこと本気になってもいいと思ったわ。...覚悟しておきなさい、ね?」
「へ?それは、どういう...」
「フフフッ。言葉の通りよ、バ~カ。」
そう言うとメリッサは、どことなく軽い足取りで部屋から出て行ってしまった。ユウはそんなメリッサを見ながら唯々困惑の表情をしていたが、直ぐさま通常の思考状態に戻り、暫く考える素振りを見せると、
(ちょっとは役に立てた、のか?...あんな風に年相応の笑顔も見せるんだな...。)
と、先ほど見せられたメリッサの表情に一瞬だが心を奪われていた。
最初は『こうすることも仕事の内だ』という、とても無機質な感情が多くを占めていたユウの内心であったが、今はその感情の中に少しだけメリッサのことを大事に思う気持ちが表れつつあった。その原因は、ユウの心の奥底にある"認められたい"と言う気持ちに、メリッサが自然と応えてきたからであった。
自分に自信がないユウは、自分を頼って欲しくないという願いを抱きながらも、誰かに認めて貰いたいという気持ちを合わせて持っていた。この両者は本来、同時に叶えられるようなものではないはずなのだが、そんな相反する気持ちを持つ『面倒くさい人間』。それが、『旭ユウ』という男なのである。
とまぁそんなこともあり、当初はあまり乗り気ではなかった今回の護衛任務に向け、ユウは本当の意味で心を新たに励むのであった。それは、あのとき彼を頼ってきた少女に決して抱くことのなかった、温かい感情であった。
(フフッ。...どうやら、ディラン様の仰っていたとおり、彼に情を抱かせることには成功したようですね。正直お嬢様の性格を利用したことはあまり納得いきませんでしたが、この状況をきっかけにお嬢様が殿方を恋愛の対象と見ることが出来るようになれば、これ以上無いほど喜ばしいですし、ユウ殿もこちら側に引き込めれば願ったり叶ったし、ですしね。...頑張ってください、お二人様...。)
はい、これにて今月分は終了です。
次回から舞台はメリッサとユウとの物語が主になってきます。何とか来月は二本...いや、三本は投稿できるように頑張りますので、よろしくお願いします。(あっ、新年明けましておめでとうございます!)




