No.053 初顔合わせとメリッサという少女
『お父様、メリッサです。入ってもよろしいですか?』
「?...おぉ、待たせたな。構わん、入れ」
ガチャッ。
そんな音を立てて、その扉は開かれた。開かれた扉の先は、ディランの自室...と言うよりも、領主としての作業場といったところである。自室となる彼のプライベートの部屋はさらに奥に備え付けてある扉の向こうに存在し、今しがた見えている場所は、三つほどのタイプが違う机、複数のソファー、そしてディランが腰掛けている机とセットの椅子。たったそれだけしか存在せず、その他は書類の束が所狭しと敷き詰められている棚が、二つほどあるだけだった。
そんな部屋の主であるディランはと言うと、今しがた扉を開けて入ってきた人物...もといメリッサを見ると、その表情へ微笑みを浮かべ、彼女にソファーへ座るよう促した。その後に続く形で入ってきたのは、メイド服に身を包み自らの長髪を後ろ手に括った、リーリエだった。
さて、そんな二人が入ってきたディランの部屋。その場所にはディランを除いて、既に二人の先客がいた。一人は、
「おはよう、メリッサちゃん」
「あっ、...これは、おはようございますネイサン様」
と言った具合にメリッサと挨拶を交わす、陽気なくせに何処か人を小馬鹿にした表情が見え隠れする青年、ネイサン・カトラー国認魔導士である。
普段であれば白地の緩い肌着の上に淡い色のシャツをボタン全開で羽織り、下は裾がよれよれになった紐で括るタイプのズボンという服装のネイサンであるが、今着ているものは非常に清潔感があり、素材からして高級感のあるものだった。加えて、少しばかりの装飾も施されたものであり、彼自身の立場を明確にさせる雰囲気を纏っている。
ではもう1人の人物に関してだが、
「さて、...貴方、名前は?」
「はい。私の名前は、......グリ・アンダーソンと言います。ご存じだとは思いますが...」
と答えた、肩までの白髪と凜とした表情が印象的な、グリという名の少女であった......もとい、少年(心は青年)であった。つまり、ユウであった。
だがその姿は、普段中性的な顔立ちをしているユウよりも若干女性寄りの容貌をしており、本人特有の線が細い体つきとディランの持つ使用人の数人による化粧(改造)が相まって、その姿は直接触らない限り男だとは判別しにくい。寧ろ、男だと言われたとしても信じがたい姿を、今のユウはしていた。
だがユウとて、姿形をどれだけ女性に近づけたところで声は野太い男声である。だがまぁその点に関しては、昨日の一件において不思議能力(リモコンの能力)を披露した事もあり得に心配はされておらず、ユウもなりふり構わず現時進行形で発動させている。だから現在、ユウの偽っている姿"グリ・アンダーソン"は、女声な女性に見えたのだ。
「えぇ、知っているわ。新しい護衛の人でしょ?短期らしいからあまり一緒にはいられないみたいだけど、よろしくね?」
「はい。以後よろしくお願い致します...」
柔らかな笑顔で挨拶をしてきたメリッサに、ユウは短く返事をすると、そのまま彼女の次の行動に神経をとがらせていた。と言うのも事前にディランから指示されていた内容の一つとして、今回護衛をしているのが"男"である事はメリッサへ絶対バレることは許されない、というものだったからだ。
さらに付け加えると、メリッサは重度の女性好きである事を聞かされていたユウとしては、仮に自身へメリッサが触れようとしてきた場合、実際にユウへ触れた際の感触の違和感から、『グリが男である』ことがバレると危惧していた。
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ユウの身体はこの世界へと転移してきた際、無理な転移をしてしまったため、かなりボロボロであった。そこで召喚主であるリーズ本人が、ユウのボロボロになってしまった身体を強化魔法と回復魔法の一つ"結合"の最高位に位置する"絶対結合"によって、常人でしかなかったユウの筋組織や骨格、内臓の各所に至るまで高密度かつ強固なものへと作り替えていた。
しかし、そのままではただの頑丈な肉の塊でしかなく、それらを鍛え加重を加えなければ、無理矢理な強化を行った筋組織や骨格はその密度、働きが崩れ、下のボロボロな身体になっていたことだろう。手術後に患者がリハビリを行う事に近いかもしれない。
とまぁそんなわけで、それらをユウの身体へと定着させ、時には何度も破壊させることにより、以前以上に強固な身体になるだけではなく、機動性も向上する事に繋がるのだ。鉄だってそのままでも十分固いが、叩くことで不純物となる過度な炭素を吹き飛ばしている事と同じく、手術などで人工的に接合した筋肉や骨格よりも、その接合を自身の身体に馴染むものへと徐々に作り替えた方が、強固でしっくりいくものになるはずだ。
つまり、ただ強くなった身体性能に任せるだけではなく、それを壊して自身にしっくりいく形でその接合性を高め、より強固なものへと作り替える事が重要だという話。
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とまぁそんな話を突然出したのには理由があり、現在のユウの容姿は端から見ると、とても男とは思えないほどに細かった。だがそれは、ユウの筋組織と骨格の密度が異常なまでに高いことが由来している。
元々人間の身体は単純に "皮" "肉" "骨" の三種類に分けられる。そしてその中には当然として"脂肪"や"水分"も含まれるのだが、現在のユウの身体には......言ってみれば、殆ど隙間が存在しない。皮膚と筋肉の間には余分な脂肪は少なく、骨においてもその内部には産毛一本も通ることが出来ないほど骨細胞が充実している。
加えてユウの筋肉は、非常に機能性に優れている。と言うのも、平常時はそれほど目立つところはないが、一度力を込めるとその肥大加減は一.二倍に膨れ上がる部分がある程だ。とは言っても、平常時でも触れば明らかに女性の筋肉の硬さとは思えないほどに弾力というか、反発力が高い。
それ故ユウは、絶対にメリッサからも自身からも接触を回避しなければならないため、その危険性を考慮した結果、彼女が近くにいるときは常にその点においての警戒はしようと決意したのである。だが...
「それで?これで用事は終わりですか、お父様?特に他に無ければ、早速昼刻の活動に移りたいのですが...」
と、当の本人であるメリッサは、ユウのことはまるでどうでも良いかのように振る舞うと、そのまま視線を移動させ、自らの父であるディランへと何か確認を取っていた(ちなみに"昼刻"とは、日が昇っている間の事を意味する。反対に日が沈んだ後を"夜刻"という)。
そんな様子を見せたメリッサにユウは、
「...(...あ、あれっ?なんか、思ってた展開と微妙に違うんだけど......えっ?)」
と、すました顔をしながらも、内心では混乱の渦にダイビングしていた。しかし、そんなユウを余所に話は進んでいく...。
「ああ、そうだな.....一応もう一つだけ。外出時のことだが、その際はリーリエとグリの他に、このネイサンも同伴させるが、構わないか?」
「?ええ、別に問題はありませんが...」
「そうか。...では私からはこれで終わりだ。済まなかったな、こんな朝早く呼び出してしまって......では、下がっていいぞ」
「...分かりました。では...」
手短に会話を進めていたディランとメリッサだったが、唐突にその話は終了しディランがメリッサに退室を許可すると、彼女は静かに立ち上がりディランへと軽く会釈をした。そしてそのまま退出しようとしながら、
「それでは、行きますよリーリエ。...っと、グリ?」
「!?は、はいっ!な、何でしょう?」
と、同時にユウの名前(偽)を呼んだのだ。メリッサからのそんな急すぎる呼びかけに焦ったユウは、一体何のことか分からない様子で彼女に問い返しており、その様子は "見た目だけの凜々しさ" が、完全に崩れた瞬間でもあった。
「 "何でしょう" ではありません。貴方は今この瞬間から私の護衛となったのですから、一緒に付いてくるのは当たり前でしょう?...ほら、早くしなさい」
「か、畏まりました...!」
ユウに呆れた様子でそう返したメリッサに対し、少々慌ただしい感じで立ち上がったユウは、ディランへと一礼してメリッサ、リーリエに続く形でディランの部屋を後にしたのだった。
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ディランの部屋から退出したメリッサを先頭にリーリエ、ユウの三人は暫くの間屋敷内の廊下を進んでいたが、メリッサが少しずつ歩調を緩めていく。そしてそのまま廊下沿いにある一つの扉の前に立つと、扉を開けその内部へと消えていった......と言うほどでもないが、取りあえずそんな彼女の行動と何も言わないリーリエの様子から察するに、おそらくその扉の向こうがメリッサの一室であるのだろう。
メリッサに続いてリーリエも入っていき、残すところはユウただ一人のみだが...
「あの、リーリエさん?私はどちらに待機していればいいのでしょうか...」
と、部屋の前で頭を抱え悶絶しているかのような熟考の陥っていたユウは、仕方なくメリッサの後ろに付いていたリーリエに問いかけた。と言うのも、この部屋に至るまでの間、全く会話が行われず、ただの護衛であるユウが何故ここまで連れてこられたのかが分かっていなかったのだ。
まぁ護衛であるから、部屋の前にいて警護でもしているもんだと思っていたユウだったが、メリッサ自身から何も指示されなくては行動に移せない。だからこそ一度、この仕事における先輩のリーリエに話を伺い、彼女伝えでメリッサから指示を仰ごうとしていた。
ちなみに、リーリエは目の前にいる変態女装野郎がユウである事を、既にディラン伝いで把握している。
「待機?...特にそう言った仕事は、護衛任務には含まれていませんが......取りあえず、中に入ってください」
「そ、そうですよね!ア、アハハハ...」
ユウの問いかけに対し、一瞬何を言っているのか理解できなかったリーリエは結局、ユウの言った意味を最後まで理解できず、随分とストレートに返答すると、扉付近で立ち止まっているユウに入室を促した。それを受けたユウは、先ほど自分が言った言葉を思い返し『確かに、これは流石に意味が分からんわな』と、脳内で一人ツッコミをしつつ、リーリエに向け誤魔化し笑いを浮かべていた。
実を言うと今回の護衛の話、ユウはディラン本人から特にこれと言って指示を受けていなかったりする。まぁ基本はメリッサから指示を仰ぎ、時にはリーリエから仕事を割り振って貰うという指示を受けているが、本当にそれくらいだけで、他には性別がバレないこととメリッサへの必要以上の接触はしないこと、この二つが条件であった。
そのため、この場に至るまで全く会話が無かった上に、メリッサとリーリエのどちらからも指示を受けていないユウは、完全に置いてけぼり状態に陥っていたのだ。まぁそこで、何も言われずとも相手の望む行動を選択し、実行できるのが 『出来る人間』 という人種なのだ......が今のユウを見て分かるように、彼はそんな人種ではなく、寧ろ何か指示を出して貰えないと何も出来ない方の人種であったようで......今後が不安である...。
とまぁそんなユウだが、今後の成長に期待をすると言うことで、今は頑張って護衛という義務をこなしていってほしいものだ。
さてリーリエから部屋への入室を促されたユウは、ディランの作業部屋よりは若干広さは劣るものの、人が一人で過ごすには少々広い印象を与えるメリッサの自室へと足を踏み入れた。
これから二週間、ユウはメリッサの護衛という任務にあたる事となったわけだが、それはディランから対等な要求として命じられたものであった。が今のユウにとっては既に、自己の中で果たすべき義務の一つとなっており、最後まで精一杯成し遂げようと決意していた。だからこそ最初の一歩は大事だと考え、
(よしっ、最初が肝心だし、しっかりと挨拶をしていこうじゃないか、俺。...オーケー、大丈夫だ。今の俺は非常にクールなはず......ではっ!)
と、気持ちを切り替えるとともに、言葉を紡いだ...
「失礼致しま"ヒック(←しゃっくりの音)"す!」
「「?ヒック......ス?」」
「...ア、アハハハハ~~~...(大角膜ーーー!!貴様ぁーーー!!)」
...とまぁ......いやはや、流石は"ユウクオリティ"と言うべきか。まさかの決めるべきところで決めきれず、大事なところで盛大にしゃっくり。まるで笑いの神が突如として降臨したかと錯覚させる程、それはそれは綺麗なクリティカルヒットをぶちかましていた。
対して、そんなユウの事情を理解し切れていないメリッサとリーリエは、一体何が起きたかよく分かっておらず、今しがたのユウの言葉に首を傾げていた。が、その状態もそう長くは続かず、リーリエの方が先に察し、
「ま、まぁ~...タイミング、とか?そ、そういうのが悪いときもありますしね、ええ。...だからその~...そ、そこまで気にしない方がいいですよ、グリさん」
とユウへ向け、励ましの言葉を送っていた。具体的に『な・に・が』という点を避けて言ってきたところを見るに流石、『人を立てることにおいては相応の技術が必要とされるメイドの内の一人だな』、と感じさせるリーリエの咄嗟の発言であった。
そんなリーリエの言葉は、自身の失態により鬱モードへまっしぐらだったユウの心に人の温かみを注ぎ込み、崩れそうなユウの豆腐メンタルをどうにか安定させることに成功させたのだ。
「~~~ッ!!リーリエさんっ!」
「は、はい?」
「お気遣いっ!痛み入ります!」
「...はい、どう致しまして......フフッ」
どうにか鬱モードへ突入せずに済んだユウは、恩人の名を呼び彼女の手を自然と掴むと、深く...それはもう深く感謝の言葉を述べていた。
そんなユウの行動は、端から見ると少々やり過ぎな印象を受けるものかもしれないが、一応言っておくと行っている本人は至って真剣である。加えて受けているリーリエに関しては、彼女自身特に嫌がる素振りは見せず、しかとユウから送られる感謝の念を受け止め、寧ろそんなユウの様子に口元を緩ませていたのだ。なんだかユウがこの世界に来てからずっと、ユウより年上の女性全てが女神と同レベルくらいに慈愛が...それはもう溢れんばかりに充ち満ちているような気が...しないでもない。
とまぁそんな感じの二人であったが、反対にそんな二人の様子を面白く無さそうに見つめている人物が一人いた。その人物とは...
「...二人とも?そろそろ私だって怒るわよ...」
「っ!...申し訳ございません、お嬢様...」
「!あ、いや、そのっ!も、申し訳ございませんっ!」
ユウとリーリエの二人から少し離れた位置より聞こえてきた声。その声は比較的落ち着いた雰囲気を纏っており、極自然な会話における声量と聞き間違うほどであった。だがそれは、発言した人物の表情を見ればすぐにでも勘違いだと気づくほど、その人物...メリッサの表情には、あの基本人の感情の機微に疎いユウでさえも直ぐさま『怒り』という感情だと判断できる、そんな不機嫌な気持ちが全体的に表現されていたのだ。
しかしそれは、メリッサが抱いて当然と言えるものであり、ユウとリーリエが直ぐさま謝罪するのは、至極当然の結果であった。と言うのも、自分を差し置いて話を進めていること自体、彼女からすると言語道断な
「二人だけで見つめ合ったまま手まで取り合って......リーリエばっかりズルい!私だって新しい護衛の子とイチャイチャしたいのにっ!!」
「「.........えっ?」」
行為であって...って、......あ、あれっ?
「お、お嬢様?わ、私達は別にそういうつもりでやっていたわけでは...」
「全くもう、リーリエったら!確かにグリは、見た目の凜々しい感じと行動の可愛さにギャップがあってとてもそそるわよ?オドオドした感じが思いっきり小動物を連想させるし、母性とか保護欲とかがびんびんに反応しているもの。だから、リーリエが独り占めしたくなる気持ちも分からなくはないわ......だけどっ!私だってグリとお話ししたいのよ!触れ合いたいのよ!イチャイチャ、ラブラブしたいのよ!」
「い、いえ...そういうことではなくてですね...?」
「本当だったら出会った瞬間すぐにでも抱きしめたかったけれど、さっきは父様の前だったからどうにか我慢してたわ。その時のグリの様子、貴方も見たでしょう?自分のことなんかどうでも良いかのように振る舞われて、ここに着く間も全然会話してこなかったんだもの。でも、仕方ないじゃない!あんまりがっつき過ぎたらグリだって怖がるだろうし、それでなくても私の性癖は大っぴらに出来ることではないし......でもっ!そんなの、自室に連れ込んでしまえばこっちのものだわ!さぁ、リーリエ!グリ!早速この私も交えて、より濃密な親睦(意味深)を深めましょう!!」
「「......」」
...え、え~~~っと...............取りあえず、だ。...どうやらメリッサは、先ほどのリーリエとユウによるやり取りを、その...なんだ......まぁ、あれだ。...!そ、そう!親睦!彼女の言う通り二人のその様子は、親睦を深めているように見えていたようだ(無理矢理)!
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〈(この人...いえっ!)...あの、主!〉
〈...出来れば聞きたくないんだが...どうした?〉
〈ボク、この方となら仲良くなれる気がします!〉
〈...その心は?〉
〈主の良さが分かる人に悪人はいないからです!〉
〈...言っておくけど今の俺、『女』で認識されているんだが?〉
〈そんな小さいこと関係ありません!彼女が、主を、どう思っているかが大事なのです!〉
〈(関係無くねぇだろ...)そういうもんか...〉
〈そういうもんですとも!〉
〈...なるほどねぇ(...類は友を呼ぶ、か)〉
これにて今月分は終了となります。次の投稿は来年となりますので、一応この場にて申し上げたいと思います。
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皆様、本年はこの小説をお読みくださり、誠にありがとうございます。来年は本年よりも文章力、発想力、そして文章愛を磨いて精進していきますので、どうか今後とも継続してお読みくださればとても嬉しいです。読者の皆様方におけましては年末年始お忙しいと思いますが、どうか安全と飲み過ぎには十分に気を付けて、のんびりとした年明けを迎えられるようにしましょう。ではこれにて、本年における『異常なリモコン片手に放浪旅 ~主人公は主観的で感情的~』の投稿を終了させて頂きます。それでは皆様、よいお年を...。




