No.052 目覚めの少女と要求内容
序盤は翌日の話からスタートです。
「...リーリエ。今、何時?」
「はい、お嬢様。只今の時刻は...七時と三刻ですね」
静かな朝。だが徐々にその静かさも、人々の活気による喧噪で失われるであろうそんな朝の時間、ディラン・リュート・レイモンドの屋敷にて、その中にある一室。そこで今現在、ある会話が二人の女性達によって交わされていた。時間を気にしている女性、というより少女はベッドへ横になっている。おそらく、今の時間まで寝ていたのであろう、その言葉には何処か寝惚けた様子が見受けられる。
対してリーリエと呼ばれた方の女性は、そんな少女の様子を遠目に見つつ、彼女からの問いかけに答えていた。このリーリエという女性、ご存じの通り彼女は既にユウと出会っており、ディランの屋敷にてメイドとして雇われている人物ということもあって、今は絶賛仕事中である。
彼女が口にした時刻、"七時と三刻"。これは地球における午前七時十五分と同じ時間のことであり、この世界において一日は二十四、一時間は十二分割となっているらしい。というのも、この世界にも昼と夜という感覚が存在し、それぞれの時間を十二で分割したからこのような表示になったとされる。
だがそれには理由があり、自然魔法には四つの属性が存在し、その四つと同じくらい古い属性に無属魔法の光と闇が存在している。そして、それらを合わせた数(自然なら四、光と闇も合わせたら六)ならば、どちらでも割り切れる数の最小が十二だったからだ。
時代と共に時間はさらに細かく分割されていき、二十四で割った一つを時。その時を十二で割った一つを刻と呼ぶようになった。加えて、その刻すらも十二で割った一つを間と呼んで使用するようになったのだ。
さてそんなことはさて置いて......先ほどリーリエが"お嬢様"と呼んだ少女についてである。...まぁ流石に『ディランの屋敷』『そこに仕えるメイドがお嬢様と呼ぶ』『ディランは子供がいるぐらいの年齢』という要所要所を引き抜き考えれば、"お嬢様"なる人物の立場が分かるようなものであるが......一応明言しておこう。
彼女の名前はメリッサ・ミスト・レイモンド。親にディラン・リュート・レイモンドを持つ、歴とした司爵と呼ばれる貴族の娘である。
「そう......ところで、リーリエ。こっちに来て私と同衾しない?」
「フフッ、...いえ、ご遠慮致します。だってお嬢様、どうせ新人の者に逃げられたから私にお願いしているんですよね?私もお嬢様のことは嫌いではありませんが、そういったことは異性の方とやるのをおすすめ致します」
「ムゥ~、...私は女の子の柔らかい身体だから良いのであって、男なんかの固いだけで何の温かみもない身体なんて嫌よ。......ハァ~、仕方ないわね...」
そんなやり取りをしつつメリッサは、自身が今の今まで横になっていたベッドから抜け出すと、現在着ている寝間着からリーリエが用意してきた服へと着替え始めた。流石に着替えを誰かに手伝って貰うほど子供でもないし、そんなことをいつまでもして貰っていては自身の品格に関わってしまう。
そんなわけで一人黙々着替えをしている中、リーリエが唐突に
「そういえば、お嬢様。本日から短期ですが、お嬢様の護衛として雇うことになった者がいます。朝食が済みましたらディラン様よりご紹介がございますので、少々お時間を頂きますが...よろしいですか?」
と言ってきた。
「護衛?それならいつものように、リーリエと誰かもう1人がすれば良いじゃない。私としては、もうそこまで気を使わなくてもいいと思っているんだけど...」
「アハハハッ...そう言わないであげてください。これもディラン様からお嬢様に対する愛情の表れなのですから」
「愛情って......ただの過保護で心配性な親心ってだけでしょう?」
リーリエの言葉にそう言って返したメリッサだったが、ディランからの愛情だとリーリエが言うと彼女自身明らかにげんなりするものの、少しだけ口元に笑みを浮かべていた。それは、自身への少し過激とも取れる親心にうんざりする中、その思いが純粋に嬉しいというメリッサなりの感情表現なのかもしれない。
というのもディランの子供は、息子が三人、娘が一人。つまり、娘はメリッサ一人だけなのである。加えてメリッサが子供達の中だと一番年下でもあるのだ。
だからというわけではないが、ディランだって貴族であろうと一人の父親。たった一人の娘にはどうしたって過保護になってしまうもの。そしてそのことを娘のメリッサも十分理解しており、自分の父親がやることに一々文句を言うことは年々減っていった。これでも昔は過保護すぎるディランの行いに対して文句を度々言っていたが、
『メリッサが...私のメリッサが......アァアアアアアア!!!セーラ!私はどうすれば良いんだ!?』
『取りあえず、叫ぶのをお止めになれば良いのでは?』
とディランが泣き叫び、そのままセーラ(ディランの妻、メリッサの母親)に泣き付いていたのだ。それを見ていたメリッサは、ディランではなくて、父親の対応に回っていた母親のことを思い、それからディランのする自身への過保護な行為に目を瞑るようになったのだった。
「まぁ、それはいいとして......その護衛って言うのは、当然...」
「はい、女性ですよ。それも、お嬢様と殆ど同じ年齢の女の子です」
自分の父親のことを"それ"扱いしたメリッサは、随分と真剣な表情で先ほどの護衛についてリーリエに問いかける。するとリーリエは "もちろんです" と、さも当然と言わんばかりの顔で件の護衛の性別を告げた。そのことに対してメリッサは、
「でかした、父様!!」
と、およそ気品のある女性がやってはいけないようなガッツポーズをしながら、天に向かって拳を突き上げていた。
......おそらくここに至るまで殆どの人が察したと思うが、彼女...メリッサは、非常に女性が大好きである。それは、単に可愛いものとしてではなく、その姿に興奮するレベルに、である。これに関しては父親であるディランも母親であるセーラもかなり頭を悩ませており、他の兄達もどう対処すれば良いか迷っている始末であった。
そんな彼女であるが、別に男が嫌いとかではなく、男は普通に接する分には良い人間関係を築ける存在であるが、全くと言っていいほど恋愛対象にはならない。それほどに彼女の恋愛対象は、もっぱら女性限定であったのだ。
そんな突拍子過ぎる事実を言われたところで反応に困るのは当然だと思うが、許して欲しい。なぜならば、このお嬢様の護衛にあたる人物、それが今回重要なのだから...。
さて、そんな彼女の護衛となる人物とは一体誰なのか。それではその護衛さんが送る、今から少し時間が経った後の風景を見て頂こう。
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「あの...ディラン様?これはどういった意味で...」
「ん?..."今後数日の間お前には娘の護衛を頼みたい"...確かそう、交換条件として伝えたはずだが...?」
そんなことを話ながら二人の人物は鏡を通し、片や座りながら、もう片方は立ちながら目を合わせていた。片方の人物は話の内容と鏡に映った立ち姿からディランだと判明したが、もう片方の人物...つまり座った状態で鏡に映っている人物は、今まで見たことが無い人物であったのだ。
座っているせいで全体像は判別できないが、長い白髪、真っ黒な瞳、化粧によるものなのか真っ白い肌と艶のある唇。そして何より、少しだけ幼さを見せる顔のはずが、くっきりとした二重瞼と少しだけ高い鼻、威圧感のあるつり上がった眉毛、シャ-プな顎。それらがパッと見の印象で非常に凜々しく感じられる。
「いえ、それに関しては全く異論はない...わけでもないですが......一応把握はしました。...ですが」
そう言って、今まで座っていた椅子から立ち上がると、その人物はディランと向き直った。立ち上がったことで全体像がはっきりしたが、その人物は身体のラインが非常に細く、首筋など今にも折れてしまうのではないかと思わせるほどに、華奢であった。
長い手足、細い胴体。なのに全く不安定さを見せないほどその佇まいはしっかりしていて、安心感を醸し出している。
そう、その人物はまさに、到底男には見えるはずもない程に綺麗な女性の姿をした、
「ユウ。お前は私に頼み事をした。そして私はそれを受託し、代わりにお前へ頼み事をする。...その結果がこれなのだから、理解できずとも受け入れるべきではあるはずだが?」
「で、ですが!いくらなんでもこれは無しでしょう!!許容範囲外だと思うのですが!?」
......とまぁ、ユウというばりばりの男であった。ユウからの猛抗議に対し冷静に受け答えをするディランと、そんなディランとは逆に冷静さを失っているユウ。そんな二人の反応はとても対照的で、どちらに余裕があるのかがはっきりと分かるほどであった。
何故ユウが護衛の任に就くことになったのか。どうしてユウは簡単に引き受けたのか。そして何より、
〈あ、主!〉
〈?どうした、リン?〉
〈とっても綺麗です!!いえ!綺麗というか、お美しい!!もうこれは、世の中の全てを差し置いて主が一番ですよ!!〉
〈...いや、......いやいやいやいや!!全然嬉しくねぇし!そもそも俺、この事に全く納得いってねぇんだけど!?〉
と、こんな感じに脳内でリンと会話をしているユウ自身が、どうして女装することになったのか。そんな様々なことが起きた経緯を、ユウが昨日ディランと交わした会話まで遡り、説明していこう。
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昨日ユウがネイサンと連絡先を交換し終えた後、既に他の者達は用意された部屋へと案内され、会議室にはユウとディランしか残っていなかった。そんな二人の内、ディランが
「ではユウ。今度は私の番だが...構わないな?」
と、ネイサンに先を越されたことに対し、若干不満げな様子でユウに話しかけてきた。この部分だけ切り取ると、なんだかディランがユウを取られて
『キー!何なのだ、ネイサンの奴!私とユウとの話に横入りしおってからに!!』
と、苛立っているかのように見受けられるが、一応ディランの尊厳を保つためにもこの場で否定しておこう。
とは言っても、実際ディランが先程の状況を快く思っていないのは事実であり、その原因はユウにあった。
ユウとしては、早めに終わりそうなネイサンと長くなりそうなディランとで秤にかけ、前者のネイサンを優先させ、ディランの話は時間をかけて聞こうとしただけだった。しかし、それに対するディラン自身は、自分へと要求をしてきたくせに、それ以降に恩を与えたネイサンを優先させたことに少しばかり憤慨していたのだ。
ユウはディランを思い、だがそれはディランには届いていない。そんな行き違いによって、僅かばかりだがディランの気を損ねてしまったのは、ユウの客観的な判断不足が原因であり、加えてネイサンの登場が想定外のことだったのだろう。
さて、そうは言ってもディランは、そんなことで癇癪を起こすほど器の小さい人間ではないし、自身の用事を忘れられなければ別に動と言うほどでもない。が、ディランが抱いてしまった不満はユウに要求する物事に、少なからず影響を与えてしまったのは、無意識によるものなのか、もしくは故意なのか、判断が難しいところだったが...。
「あっ!...申し訳ございません、ディラン様...。それでは、先ほどの件に関することですが......"護衛"、でよろしかったのですよね?」
「ああ、その通りだ。ちなみに期間だが......二週間ほどになるが、良いか?」
「二週間、ですか?(...確か一週間が六日間だから...まぁ、別にセリアからの渡された手紙は期限とかないし)......はい、問題は無いです。」
「そうか、...では具体的な内容だが......」
話し合いが始まる前に大雑把な内容の一端を聞いていたユウは、改めてディランへそのことを確認すると、聞かれたディランはそのことに関し承知の意を示していた。それに続く形で今度はディランが、ユウへと内容...つまり護衛に関してだが、どれほどの期間になるのか、そしてそれが可能なのかを確認し、ユウから了承を得たのだった。
さて、ここからが本題である。
「今回お前に要求することは、護衛...とは言っても、そこまで危険なことではない」
「...と、言いますと?」
「実は今回お前に任せたい護衛なのだが、普段そこまで要らない人数を、今回は少々事情があって少しばかり人数を増やそうと思ったのだ。だが、そんな時期に限ってその担当の者の内二人ほど連絡が取れなくてな?今更募集をしても碌な人間は集まらんし、何より必要なのが明日以降からだ。そこで...」
「僕に任せる、と...」
「...あぁ、その通りだ」
そう締めくくったディランに、ユウは若干疑問を抱いていた。というのもあまりに単純なのだが、護衛というものはもう少し信頼、ないしは信用のおける者に依頼するのが妥当であるからだ。加えて、ディランほどの権力を持った貴族であれば、そこそこ実力と人格が伴った人材を確保することなど可能なはず。それを、ほんの数時間前にであったばかりの、それもこんな人生経験ペーペーな人間に頼むなど、明らかにおかしい。
確かにユウはディランの要求を断ることは出来ないし、恩を仇で返す気もないと本人は心に決めてはいるが、ディランのユウに対する信頼度は "疑念" と言うよりも "疑惑" とも言えるほど、真意が読み取れないものであった。
「お言葉ですが、ディラン様。具体的な内容をお聞きする前に、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」
「ん?ああ、構わない。言ってみろ」
「では...」
ディランの真意を聞くためにもユウは、彼自身へと直に聞いた。
『本当に、自分以外に頼める人材はいなかったのか』、『何故、今しがた出会ったばかりの自分に託すほど、自分を信頼しているのか』、『仮に受けたとして、自分に務まることなのか』
そのような内容をユウは、ディランの気を損ねないよう慎重に問いかけ、時には自分の提案も交えながら話し、対するディランはその内容を黙って聞いていた。そう、何の反論も同意もせず、ただ黙って聞いていたのだ。
「...と言うわけで、件の護衛に関して、出来ればもう一度考え直してみた方がよろしいのではないかと...。僕個人としては、ディラン様の要求を断るつもりはないのですが...」
「あぁ、その点に関して別に心配していない。...まぁ、実際お前が感じる違和感の方が当然ではあるな。だが...」
ユウがディランへと発言の本意と、例えそれが無視されたとしても自分はディランの決定に従う意思を示していた。それを聞いたディランは、ユウの性格上他人からの行為や好意、厚意と言った『三つの"コウイ"』を受けた場合、それ相応の対価を支払う人間だと認識しているため、ユウの意思は心配していないようだ。だが一方で、ユウの発言に関する本意については...
「私は、お前のことを信用はしていない。信頼は...少しはしているがな」
と返したのだった。
「信頼はしていて信用はしていない...ですか...」
「ああ。...その意味は分かるな?」
「え、えぇ、まぁ...」
ディランからの返事に暫し固まったユウだったが、ディランからの問いかけによって直ぐさま思考を元に戻した。
『信頼』と『信用』
この二つは似ているようで、少し違う。信頼とは、信じて頼ること......などと、単純には説明できない。
信頼とは相手の実績、能力、経験といった"過去の部分"と、その人物の持つ性格、特徴、立ち振る舞いなど人間性など"未来に期待できる部分"を吟味した上で抱くことを指す。
今回の場合だと、ユウは過去の実績となる『武力』の部分と、時折見せる一般的な実力とはほど遠い力(←リモコンの能力)が実績と能力であり、ディランが自身の要求に期待するユウの常識のある行動、真摯な性格が立ち振る舞いと性格にあたる。
そして特徴だが......これは、ユウの"容姿"である。...一応言っておくが、あくまで護衛の任において必要不可欠だからであって、ディランの趣味ではない。
さて、次に信用だが...信じて用いること.....などと、信頼同様説明は用意ではない。とは言っても、信頼と同じく相手の実績や経験、能力を見極めた上で得られるものであることは変わらない...が、信頼はそれに加えて人間性を付け加えることに対し、信用は前者のみであることが重要なのだ。
今のユウは、過去の実績やディランに見せている能力は僅かであることに加え、ユウ自身の持つ世の中への経験が非常に少ない。いや、この世界における経験としては殆ど皆無と言っても良いだろう。
これは、信頼を得るための必需品が過去の部分"五割"、未来に期待する部分"五割"で判断するのに対し、信用は過去の部分"十割"という点が一番大きい。そしてそれは、ディランがユウに抱く気持ちと=で繋がっていた。
ユウのことを信用していないディランと、ユウのことを僅かばかり信頼しているディラン。この二つの感情、一見同居してはいけないように思えるが、微妙に違っていることが特徴的なのだ。それは"怒る"と"叱る"が違うように、"助ける"と"支える"が違うように、人が抱く感情の方向性、目的、意味の違いが生み出す"誤差"が原因である。
つまり何が言いたいのかというと、
「"信頼を得ているなど、思い上がりも甚だしい"...という意味ですかね...」
「それだけではないのだが......まぁそのことも含めて、だな」
と言うわけである。
ユウの過去の部分が殆ど開示されていない今、ディランはユウのことを信用に値する人間では無い考えていた。だが、ユウの見せてきた"外面的"な印象は、仮にディランがその事実を知っていたとしても、少しは評価していたことも事実である。というのも、ユウのようなまだまだ若い人間が、百パーセント自己を押し殺し、外面を偽りきることなど不可能だからだ。
ユウの年齢は既に二十歳を迎えている。そこを見ると、十分に大人の仲間入りを果たしているかに思えるが、対するディランはその倍を遙かに超えている年齢だ。
別に年齢で差別するわけではないが、それでも人生における人を"見る"ことや物事を考えることに関しては、ユウよりも長く経験してきているのがディランという中年男性であり、子を持つ親である。
そんなディランであるからこそ、ユウが自身を偽ったつもりで微妙に本心が見え隠れしていることや、その見え隠れしている部分から推察し、ユウの本質を予測することが可能であったのだ。
しかし、ディラン自身その推察があたっているなどと過信するはずもなく、不確かな部分が多いユウを信じ切ることなど出来なかった。だからこそ、
「私個人、お前に護衛を任せて安心、などと短絡的な考えなどしていない。お前に任せるよりも他に頼れる者はいるし、何よりお前へ高望みするほど傲慢でもない」
「ア、アハハ...そこまで明言されると、反論どころか物申すことも出来ないですね。まぁ、するつもりはありませんでしたが...」
といった具合に、ディランはユウにち忠告したのだった。まぁ普通の人間ならば、別にわざわざ言うようなことでも無いのだが、そこは子供を持つディラン。少しばかり危なっかしいユウの今後を危惧し、普段ならば他人に向けない優しさをユウに与えていたのかもしれない。
ディランからの言葉に苦笑いを浮かべたユウであったが、そもそもディランの言った内容はユウ本人が認めている部分が非常に大きかったのだ。それもそうだろう。誰が会って数時間しか経っていない人間を信じるというのだろうか。仮にそんな信用や信頼関係を持ってくれたとしても、ちょっとしたことで崩れ去るのが目に見えている。ユウとディランの間にある信用とか信頼と言った関係性はどの立場から見ても、浅く、細く、薄いものであり、そこを理解している二人だからこそ、互いが互いにそんな関係性を安易に信じることはなかったのだ。
とは言っても、
「まぁこちらとしては、お前自身に頼む以上それなりの理由と根拠があってのことだ。私だって自信を持ってこの案が良いとは思っていないが、もしかしたら何か進展があると思ってこうしているわけで...」
「?進展、ですか?」
「っ!...いや、なんでもない。...それよりも、どうだ?内容くらいは聞く気になったか?」
微妙に漏らしてしまった自らの発言に少々焦りを見せたが、そこは直ぐさま軌道修正し、その後ユウに問いかける形で確認を取った。ディランが漏らしてしまった言葉の真意はなんとなく予想は付くが、今はそのことではない。
さて、内容を聞くかどうかでユウは悩んでいた。とは言っても、ユウ自身ディランの決定に背く意思は持ち合わせていないため、内容を聞くことに不満や嫌悪などの感情はそれほど抱いていない(まぁ、面倒くさいという感情は、ユウも人間なので持っていると言うことで...)。それでもユウが悩む理由として、護衛の内容を聞いた瞬間、後戻りは出来ないからである。
『んなの、当たり前だろうが』
...確かにその通りだろう。知ってしまったことは、知らなかったことには出来ない。知ったからには、知ったなりの誠意を示すのが普通であり、知らないままでいられるはずがない。それならば最初から、"知る"と言うことから逃げていれば良かったし、知る危険性のある所へ踏み込まなければ良かったのだ。
だが今のユウは、知ることから逃げられない。"知る"という危険性のある場所に、無計画に入り込んでしまったがために、運命は知らなかったことへ方向転換が効かなくなってしまった。だからこそユウは、
(悩んだところで仕方が無いし、こうなった結果は自分の不手際が成したところだから...)
と言った具合に、半ば諦めムードで
「えぇ、...ここまでディラン様がお話しくださったのに、それらを無碍にして断ることなど出来ませんし、出来るはずもございません。差し支えなければ件のお話、詳しくお聞かせください...」
と口に出していた。ユウのその言葉の裏側には、あまり乗り気ではない本心と、それでも自分の招いた結果の後始末は自分でやらなければという、自身の作った決め事を守ろうという意思が込められており、少々形が歪であった。
だがそれはユウ自身が決めたことであり、彼が絶対に投げ出さない己が己に課した"義務"であったのだ。
「ふむ、そうか......まぁ、そこまで気負うな。お前だけに任せるわけではなく、あくまでお前は護衛の一人。他に二、三人は付けるつもりだから、そこまで心配するほどではない」
「そうですか......では、早速...」
「おぉ、そうだったな。...では」
ユウからの返答を聞き終えたディランは、ユウの気持ちを柔ら挙げるためにもそんな気遣いを見せ、それを受けたユウ自身そのことに少しばかり安堵していた。だがそれも数瞬の内に振り払い、ディランへ早速内容の具体的な部分を聞くことにしたようだ。聞かれたディランも待ちかねたように表情を切り替えると、その口をゆっくりと開いた。
.........さて、ここからお送り致しますのは、ディランからの衝撃発言&ユウの表情筋大運動会&冒頭の真相である。
それでは......始め!
「今回の護衛だが、護衛対象は私の娘のメリッサだ」
「む、娘?」
「実はそのメリッサが重度の女好きで、将来が非常に心配でな...」
「娘で...女好き...?」
「そこで考えたのだ。女が好きならば、徐々に慣らしていけば良い。そのためには女で、かつ男でなければならない!」
「ハ、ハァ...?」
「そこで今回護衛の任に当たるユウには、女装をしてメリッサのそばにいて欲しいのだ」
「ハァ...........ん?」
「そうすれば、女好きも少しは軽減されて将来も安心というものだ。そう思うだろう、ユウも」
「......えっ」
「まぁ、色々疑問はあると思うが、取りあえず明日の朝から頼んだぞ?」
「は、はぁ........えっ、いや、あの...」
そんなこんなで、ディランから一方的に話を進められたユウは、その話の内容の殆どを疑った。それはもう、盛大に。何なら、ディランが今すぐにでも『内容を話すと言ったな。...アレは嘘だ』などと言ってくるものとだと期待しているほどなのだが、ディランは全くそんな素振りは見せず、
「ではまた明日、使いの者を寄越すから遅くとも七時には起きておけ。分かったな?」
とだけ言い残すと、そのまま会議室から出て行った。後に残されたユウは、一人
「...もしかして、からかわれた?」
と呟いていた。そして同時に、"明日具体的に仕事内容でも言われるのかな?"と勝手に想像し、結局その件に関しては考えないことにしたようだ。
まぁ人間、突拍子もないことを突然言われると、信じられない気持ちと疑う気持ちで素直に受け取れないことが時々あるが、ユウの場合正しくそれであった。しかし今回の場合は悲しいことに、全てが真実で、疑うことなく全てを素直に受け取るべき事柄であったことは......言うまでも無いだろう。
ディランの言ったことが真実である事を受け止めきれないユウは、そのまま思考を保留にすると指定された部屋へと向かい、その道中この後に迫ったサーシャとの話に思考を切り替えていた。
そんなユウが、ディランの言ったことの全てが真実である事を理解するのは、その日の翌朝のことであった...。




