No.049 貴族と責任
「オォ~、これ旨いッスねぇ...」
「おいこら、ゼブ。もう少し言葉遣いを正せ。騎士ともあろう者が、礼儀くらい正しく使え。...申し訳ございません、ロンド様...」
「いや、いいんですよ別に。この食事は特に畏まった席のものではないのですから、最低限食べ方さえ出来ていればその他のことには一々口出ししません」
「そ、そう言われましても...」
会議が終わった夜。ユウたち一行はディランの申し出により、彼の屋敷に一泊させて貰えることになった。さらには夕食まで摂らせて貰えることになったのだが、肝心のディランはヴァイス達と共に夕食を摂っており、この場にはいない。
と言うのも、ユウたちは来客とは言えヴァイス達よりも扱いは下、よって今は、普段使用人が使う大広間にて夕食を摂らせて貰っているのだが、
「それに、僕のことを気にしているのでしたら、それはあまり必要ないですよ。僕は父ディランの息子の中でも一番下の三男ですし、役職だってまだ貰っていないボンボンです。ですので、やることと言えば自室に籠って勉学に勤しむか、身体を鍛えるか...こうして、来客の方々に挨拶をして話題を提供するしかないですからね」
「ハ、ハァ...」
と、ドーマが畏まっているにも関わらず、ロンドと呼ばれる青年はどうにも腰が低いように感じられた。
今しがたロンドが言ったように、彼はディランを父に持つ立派な中級貴族の一人である...が、長男や次男のように立場が上の存在でなければ、年齢も十六歳というまだまだ子供に類される位置づけなのだ。
この世界の貴族とは以前述べたように、家柄による本来の地位に加え、自身が身につけた能力、名称、コネ。そういった、後天的に得たものも加味した上で、どういった役職を与えられるか、はたまたただの貴族というお飾りを持つだけの、不必要な出来損ないに成り果てるのかが決まってくる。
よって、貴族であろうとなかろうとこの世界の人々(人間族だけでなくその他の種族も同様)は、自身の能力を鍛え地位や名誉を自らの手でつかみ取るべし、と言う考えの下で生活しているのだ。
ちなみにこの貴族制度、人間族領内で存在しているのは南側の大陸のみで、中央は若干の名残があるものの殆ど機能しておらず、北側に至っては完全に消滅し、歴史上のものと化している。
そんな貴族制度だが、今まで中級や下級と表してきたが、実際にはもう少し細かい貴族の爵位が存在する。その爵位は、一番上に王族がおり、その下に公爵、伯爵。この二つが、一般的に上級貴族と呼ばれる存在だ。
次に司爵と子爵。この二つが中級貴族と呼ばれる存在で、レイモンド家はこの内司爵にあたる。付け加えるとヴァイスも同様なのだが、そのあたりは司爵同士でも権力の違いがあるようで、一概に同等とは言い難いらしい。
最後に士爵と扈爵の二つ。これらは所謂下級貴族と呼ばれる存在で、貴族の中でも権力や地位共に低い者達である。特に扈爵は古い時代、王族の従者に与えられた貴族の爵位であったため、貴族と言うよりも、王族の小間使いのような立ち位置だったらしい。時が経つと共にそういった位置づけは薄くなっていったのだが、現在でもその名残故か貴族の間では非常に軽く扱われている。
そんな貴族制度とは別に、今まで何度も出てきた"国認の名称持ち"と貴族制度の関わりだが、この存在は貴族などの上位の者達と対等、もしくはそれより上に立つことが許された者達のことで、人間族領内では全ての国々で重宝されている。
国認制度がどのような仕組みになっているのか。それについて話すと非常に長くなってしまうので、またの機会にて触れることにしよう。
さて、そんな司爵の三男であるロンドがドーマと話をしている中、ユウは目の前に並べられた豪勢な料理の数々を見つめていた。そこには、まるでフランス料理のように"見て楽しむ"を体現している料理が鎮座しており、食べるのがもったいないと感じてしまうほどである。
白身魚のムニエルにきらめくようなソースをかけ、周囲には植物の葉に見立てて細工を施した野菜、そして最後には芳醇な匂いを漂わせる白いスライス上のものが皿全体に降り注いでいる。それは匂いからして、トリュフと同類のものであることが分かるだろう。
そんな高級感溢れる食事を前にして、ユウが抱いた感想は...
(...量、少ない...)
だった。
一応これにはわけがある。
ユウは基本、『食事というものは腹を満たしてなんぼ』 と言う考えの下、質より量、食えればなんでもいい、と言うスタイルで食事を今の今まで取っていた。だからというわけではないが、フランス料理や和食に似た食事よりも、アメリカンや中華のように、一度の食事が大量かつ豪勢なものの方がユウ個人としては好みなのだ。
つまり、見た目や香りという『五感で楽しもう!』のような発想に対し完全なアウトオブ眼中のユウにとってこの食事は、本人は全く悪意がないにも関わらず若干不満に感じているらしい。
レイモンド家の顔も名前も知らない料理人に対して作ってくれた感謝の念と、それでもこの量はいくらなんでも少なくないかという不平不満、そんな相反する気持ちで板挟み状態のユウに、
「ユウ、ちょっといいか?」
と言って話しかけてくる者がいた。ユウがその人物に視線を向けると、そこに居たのはザルバであった。
先刻の話し合いによってこのウィースの兵士となったザルバであったが、実を言うとすぐに兵士として雇われるわけではない。
国軍における兵士は基本志願制で、現代で言うところの面接に実技が伴う形で審査される。そして、数日の審議を通過した者が兵士として各支部へと配属されるのだ(基本は中心部から)。
そんな中ザルバが国軍になる方法としては、以前閑話でガルシオが話していたやり方が取られた。それが、罪人に対する特例措置の一つである。
そんなわけでザルバは、一般の採用とは別に精神検査や道徳心の審査など、幾つかの特例専用審査が設けられており、それらを加味した上で『採用』という形が取られる手筈となっているのだ。ヴァイスやディランの判断で国軍に入ることになってはいるが、やはり何事にも"形式"というものはあるので、そう易々と簡略化は出来ないのである。...嗚呼、悲しきかな、管理社会。
とまぁそんなこともあって、現在はディランの屋敷にて"書類上"軟禁状態のザルバは、こうしてユウたちと共に夕食を頂いているわけだ。
ザルバに声を掛けられたユウは、今まで眺めていた料理はそっちのけでザルバの方に向き直った。というのも、話しかけてきたザルバの表情は、どうでも良いことを考えながら片手間に聞いて良いものではない、そうユウが判断したからであったのだ。
加えて、今この場で堂々とやるようなものではないことを感じ取ったユウは、ザルバの言葉に頷くと
「それじゃあ夕食後時間があるので、その時にお聞きします」
と、短く伝えた。流石にこの場で部屋から出て行ったら目立ってしまうし、だからといってザルバの様子から考えるに、この場で堂々とやるようなことではないことを感じ取ったユウは、そう提案したのだった。
ザルバもユウの言葉に賛成らしく、その場は頷くだけに留め、今は静かに食事を取ることにしたらしい。
こうして、夕食の席は少しずつ終わりを迎えていた...。
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「それじゃあここらで俺は自分の部屋に戻ろうかな。...時間取らせて、済まなかった...」
「いえいえ、僕としてもこうしてお礼を言われるのは嫌いではないので、嬉しいですよ」
ディランの屋敷にて、今夜一晩のみ個別に与えられた部屋。その内、ユウが泊まらせて貰っている部屋で、ユウとザルバが話をしていた。といっても、時間としてはほんの十分ほどで、内容も先ほどの話し合いにおいてユウが弁明をしてくれたことに対する、ザルバからの感謝の言葉であったが...。
実際数刻前の時点でユウ本人から、『これ以上の感謝の言葉は要らない』と言われたザルバであったが、それでも伝えたいとあって、こうしてユウの部屋にて話をしていたのだ。
しかしザルバ自身、ユウが感謝や謝罪を必要以上にされるのを嫌う節があると当然気づいていたので、肝心の感謝の言葉は手短に済まし、殆どは世間話をするだけに留めていた。加えて、それすらも長くならないようにこの十分という時間で切り上げることにしたのだろう。
ザルバから最後謝罪の言葉を受け取ったユウは、できる限りザルバが負担に思わないよう敢えて否定はせず、素直に言葉を受け入れた。それでも、果たしてザルバがユウのその言葉を、一体どのように感じ取ったか、その真相は誰も知る由は無いのだが...。
さて、そんなザルバとの話が終わったユウは、部屋に備え付けてあるベッドへ横になると、
「...ハァ~~~~~...」
と、深いため息をついた。
「どうしたんですか、主?そんなにザルバさんとの会話が大変だったのですか?」
「ん?...あぁ、リンか。...いや、別にさっきのことは特に関係ない。......まぁ、それが原因って言うのは少しあるけどな」
自分に話しかけてくる相手を声だけで認識し、視線だけは天井に向けた状態でユウはそんなことを呟いた。
今この部屋は(一晩だけだが)ユウしかおらず、別段リンが出てきても問題はない。よって、今の今までユウと同化していたリンが、ユウが一人になったタイミングでこうして出てきたのだった。だが、そんなユウが自分の存在に気づいていながらもため息を吐いていたのでだいぶ気になったらしく、いつものように唐突な飛び込みをせずこうして心配しているのだ。
リンがそんな様子なのでユウ自身どうにも落ち着かず、
「まぁ話すと長くなるんだけどな...」
と短く呟くと、暫く間を開けた。それはまるで、『話長くなるし、聞いていて面白くもないけど...それでも聞きたいか?』と、言外にファイナルアンサーをかけている、そんな前置きとも取れる言葉であった。
聞く人が聞けば、『なんだこいつ、面倒くせぇ...』と感じられる言い方だが、そこはそれ...
「何を仰いますか!ボクは主のモノ、主専用の魔具精霊ですよ!例え万人が主の話を退屈だと思おうとも、ボクは決して断りません。寧ろその万人に対して主がどれだけ素晴らしいお人か、数時間、数日話し...いや、説き伏せることが出来ます。
仮にその話が本当につまらないものだったとしても、主が話すものでしたらボクは全然無問題、ノープロブレムです!」
と、我らがリンは熱く語っていた。
無問題とノープロブレムが類語を通り過ぎて同語であることと、少し言い過ぎな点を除けば、ユウにとって非常に嬉しい言葉だろう。やはりリンは、何処まで行ってもユウのことを嫌いになることはないのか、とても甲斐甲斐しい精霊であり、精霊が感情が希薄な種族とは思えないほど、その心は確かな熱を持っている。
そんなリンの反応にユウは自然と表情を和らげると、
「それじゃあ少しだけ...俺の愚痴に付き合って貰おうかな...」
と言うと、上体を起こしてベッドに腰掛ける体勢になった。そしてリンに自身の隣へ座るよう促すと、ゆっくりと話し始めた。ユウが発した第一声、それは...
「俺は本当は、人から評価されるような奴じゃないんだよ...」
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「ハァ~、...どうしようかなぁ...」
そんなことを呟きながら、一人の女性...いや、少女がウィースの街にある宿の一室にて、ボーッと虚空を眺めていた。実際には部屋の天井にあるシミの数を数えていたのだが......まぁ言ってみれば、やることがないのだ。彼女の名前はサーシャ。この街へユウ一行と同じ定期便に乗り、ユウやベイジとずっと行動を共にしていた人物である。
彼女は特に今回の話し合いの場に呼ばれていたわけではないので、屋敷へ向かう魔動車とは別にウィースの街をぶらついていた。と言うのもサーシャはユウと、話し合いが終わったらある話をすることを約束しており、それまで暇つぶしに街の様子を見つつ、彼女が現在泊まっている宿の予約や消耗品の調達などをして時間を潰していたのだ。
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ユウと別れた後のサーシャは自身が泊まる宿にて宿代を支払うと、その後ウィースの街を特になんの目的も無しに歩きながら時間を潰していた。
ユウとの約束は具体的に何時頃になるか分からないので、一応夕方くらいの時間に街の中心にある広場で集合することを別れる前に決めており、サーシャは日が傾きつつある現在、周辺の露店を見ながらユウの到着を待っているのだ。
そろそろ日が落ちそうな時間帯にさしかかった頃、広場に繋がる一つの通りの向こうから見覚えのある人物の顔が見え、サーシャは思わず駆け出していた。
「ユウ君!漸く終わったんですね。それで、話し合いの方は?」
「ちょ、ちょっと、サーシャ!...そんなに慌てなくても、ちゃんと重要なことは話すからさ...」
そんな到着を待っていたと言わんばかりの様子で話し始めるサーシャに対し、若干周りの視線を気にしている待たせた相手のユウが、なんとなく対照的な反応に見える。そして同時に二人の様子を、まるで待ち合わせのカップルのように見つめる視線が少なからずあるのは......まぁ、仕方のないことなのかもしれない。
とまぁそれは置いておいて、...当初の時間より遅くなってしまったが、ユウとサーシャは件のことについて話すことにしたようだ...。
「っと、...流石に話すのは人の少ないところにしようか」
「そ、そうですね。内密に話された内容ですし、本来私も聞いちゃダメな立場ですもんね...」
「まぁ、そこは大丈夫でしょ。サーシャも実際関係者の一人だしね。...取りあえず、一旦広場から出ようか」
とユウが話すように、一応ユウが参加した話し合いの内容は...まぁ公の場でそう易々と話していいものではなく、場所を考えるべき事柄であった。そのためユウとサーシャは、人の出入りが多い広場や店は避け、比較的人通りが少なく、かつ座るところがない水路沿いを歩きながら話すことに決めたようだ。
何故歩きながらなのかというと、立ち止まっては無意味に注目を集めるし、『座るところがない所=人との遭遇が少ない』とユウが考えた結果、水路沿いを歩くことになったのだった。
水路とは言っても用水路のように狭くなく、小さなボート程度ならすれ違っても衝突しないくらい幅が広い場所であり、通りの脇にはそれなりに店が出ている。だがその殆どが現在閉まっており、空いているのは所謂『酒場』か『ナニとは言わないがナニの店』くらいのものであった。
ユウは出来るだけ水路側に寄り、客引きに捕まらないよう歩こうとしているため、自然とサーシャとの距離が狭まっていた。だがユウはその事実よりも話を邪魔されないことを優先し、あまり意識しないよう努め、サーシャもそのことを理解した上で黙って隣を歩いていた。...端から見たら完全に恋人である。
とまぁそんな感じでユウとサーシャの二人は、歩きながら件の話を続け、ユウがザルバの処遇について話し終えると、
「そうですか...まぁ私が言うのもなんですけど、...良かったですね...」
と、静かに喜んでいた。彼女が言うように、本来喜ぶべき人間はザルバであり、その他の人が過剰に喜んだところで滑稽に見えてしまう。サーシャはそのあたりのことを理解していたのか、必要以上に反応するわけでもなく、かといって関心がないかのように振る舞うわけでもない、そんな反応を示したのだ。
ユウはそんなサーシャを横目に見ると、彼女は真剣な表情のままジッと前を見つめ......不意に何かを決意したような、そんな大げさすぎるほどの深呼吸をした。
「では、ユウ君。自分勝手で悪いとは思ってますが......ユウ君は昨日話した私のお願い、覚えていますか?」
「...あぁ、もちろん。俺自身、サーシャとそれについて話しに来たつもりだからさ...」
サーシャがそう話し始めると、ユウもサーシャと同じく先ほど以上に真剣な表情となり、自分も同じ考えだったことを伝える。ユウ自身、サーシャがもしその話題を切り出してこなかったら、最悪自分から話の流れに沿って言ってしまおうと考えていた。...が、実際はサーシャが改まって聞いてきたため、もうそんな手段は使えないことを既に理解し、真摯に答えようと決意したのだ。
結果、
「...立ち止まって、良かったんですか?」
「...別に。そっちだって、殆ど同じタイミングだったじゃん」
と、互いに水路へ架かる橋の上。その中央で立ち止まっていた。それはどちらとも、軽い気持ちで答えてはいけないことであると理解しているからだ。と言うのも、サーシャがユウに頼み込んだこととは、
『妹を袋猿から助け出して欲しい』
というものだったから...。
それを言われた際、ユウは
『自分は袋猿についてよく知らない。領主(=ディラン)に聞いて仮にダメなら考える』
と答えており、それはユウの中であまり乗り気ではないことを示していた。ユウがそのように思う理由にはいくつか理由が存在していた。
まずは、『よく知らないものに関わりたくない』。
次に、『責任が取れない』。
最後に、『自分以上に頼れる存在へ助けを求めれば良いはず』。
この三つがユウの中で、サーシャからの頼みを了承出来かねる原因になっているのだ。この理由、客観的に考えれば賛同しかねる人々の割合が多いかもしれない。だが、ユウ個人の見解では非常に重要な事柄なのだ。
だからこそ、
「それでは、ユウ君。...貴方の答え、聞かせてください...」
というサーシャからの言葉にユウは、
「...ゴメン。俺は君を助けることは"しない"」
と言い放った。




