No.048 終った会議と恩着せ
約一ヶ月ぶりの投稿です。それではどうぞ。
「それでは、ディラン殿。その男の処分はそちらにお任せ致します...が、くれぐれも...」
「分かっている。経過報告は忘れんし、こちらでも事情はどうであれ好待遇にするつもりはない。私の領地に住む兵士達と同じように訓練させ、必ずや我が国に尽くせる人材にして見せよう」
そんな言葉を交わしつつヴァイスとディランの双方は、互いが互いの感情を見透かすような視線を向けていた。そこには、疑惑、信念、もしかしたら僅かばかりの優越感を含んでいたのかもしれない。
だがそんなことを突き詰めるよりも、今この場で最も重要なことが告げられていた。それは...
「それでは、ザルバ・マグナンティ。お前の身柄は一応解放と言うことになるが、条件としてスローム王国軍への入隊を命ずる。以降、自らが犯した罪を背負い国のためにその身を捧げることを、今、ここで誓え」
「...はい!このザルバ・マグナンティ、ヴァイス様から許されたこの命、我が国のために使わせて頂きます!」
そんなヴァイスとザルバのやり取りから分かるように、ザルバはこの度の騒動に関して国から直々の慈悲を貰い、条件付きではあるが解放という形が取られたのだった。
当初は、ヴァイスが王都まで連れ帰りそちらの方で国軍に入隊するはずだったのだが、ディランがヴァイスの言葉を遮り、自身の領地で引き取ると進言してきたのだ。もちろんヴァイスが、その言葉を素直に聞き入れるわけがなかったのだが、
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「だから、国民の安全を考えると王都に連れ帰った方g」
「この街には僕が居るんだから、心配要らないですよ~、ヴァイス様」
そんなヴァイスの言葉を遮る声がどこからか響き、部屋の天井の一部が人の形を取ったかと思うとそこに、一人の男が現れた。
ネイサン・カトラー。スローム王国における八人の国認魔導士の一人にして、このウィースにいる唯一の魔導士である。その権限は中級貴族と同等かそれ以上とされており、この場にいるディランや、実を言うと中級貴族の中でもそれなりに立場が上のヴァイスと、殆ど同じ立場の人物なのだ。
そんな人物が、何故この場にいて、どうして今の今まで天井なんかに隠れていたのか。そんな疑問をヴァイスが投げかけると、
「ん~?...まぁ、ちょっと、ね...」
と、まるで茶化しているかのような反応を返すネイサンにヴァイスは、これ以上話しても無駄だと思ったのかその件については触れず、今度はネイサンが遮ってきた話の真相について問いかけた。
「そうは言っても、ネイサン殿?仮にも我が国の領地の一部である村を、一時は危機的状況に陥れようとしていた者の一人。加えて噂によると、今のウィースでは袋猿共が進入して犯行に及んでいると聞いています。そんな多忙を極める中、要注意の人物の管理までとなると...」
「だ・か・ら、...っていうか、そっちだって"狗爪"の被害が先月あったばかりじゃないですか。それに、元々ウチの領地で起きたことなんだから、処理はこっちで受け持つのが当然でしょ?なのに、わざわざ調査団までよこして、その上後は任せろって......いくら王政制度だからって、横暴では?」
「...」
「ま、そんなに難しく考えないでくださいって。この男の件に関しては先ほどディラン様が言ったように、定期的な報告はこっちからしますし、仮に問題が生じればそちら側の指示に従います。ですから、今暫くは経過を見ると言うことで納得してくれませんか?」
ヴァイスの言い分に対し、今までののんびりとしたものから若干強い意志を見せる表情になったネイサンは、"自分はディランの考えに賛同している"という旨を伝えるとともに、ヴァイスの考えに自分は気づいていることを言外に示していた。というのも、ヴァイスがザルバを王都へ連れて行ってしまうと、もしかしたらここで決められた処分とは違う処分を王都側で勝手に決められてしまう恐れがあるからだ。
ネイサン自身、自分の住んでいる王国のトップがそんな判断をするわけがないと信じたいが、今回は犯人が逃げ出しているせいもあってまた同じことが起きないとも限らない状況であり、ザルバはその手がかりになる存在。いくらユウが弁明したところで現場を見ていない者からすれば、ザルバが本当に安全な人物であるかどうか判断が難しいところなのだ。
そんな事情を加味した上でネイサンは、できる限り自身が監視下におけるウィースでザルバを引き取ろうと考えたのだった。
まぁ、ザルバに対して特になんの思い入れもないネイサンが、どうしてそこまで気を使ったのかというと...
(正直、このユウっていう子に恩を売っておいて損はないしね。見たところそこまで頭が切れるタイプじゃないけど、疑り深い上にそこそこ腕は立つから人材としては優良物件かもしれないし...。
なによりこの子が使っている魔具......使っているところはあまり見てないけど、かなりの掘り出し物だ。いざという時のために、友好関係は築いておきたいところだな...)
という思惑の下、ザルバにではなく、主にユウとユウの持つ魔具に興味を示していたからだ。
ユウと初めて会った際、ユウの実力をある程度見破っていたネイサンは、ユウに対し勝負をしようと提案した。ネイサンとしては普通自分の名前を聞いた瞬間、多くの人がそれなりに驚きつつも自分に好奇の視線を向けるのに対し、ユウは唯々自身に対し困惑の表情を向けていたことが気になったのだ。
ただそれも、いきなり自分と会って驚きが勝っていたのだと思っていたネイサンは、ユウほどの力の持ち主なら自分と戦えることに幾ばくか喜びやら感動を覚えるだろうと考え、ユウに勝負を提案した。だが、ユウの表情は困惑から、深い疑念と怯えの色に変わったのだ。
ネイサンはその時悟った、
『あぁ、この子は"単純じゃない"な』
と。
普通なら目の前に餌があるとき、人は喜んで飛びつくか疑いながらも確認をするため取りあえず近づいていく。それはおそらく、生物としての本能であるからなのだろう。
しかしユウは、その餌の存在へ疑いを抱くと同時に、怯えの感情を示した。おそらくそれは、彼自身の心がそう易々と開くものではなく、開けたと思ったそれは扉の前にいる偽りの心であり、ただの幻なのだ。
故に、ユウから信頼や信用を貰うには、その扉を彼自身によって開いて貰うしかない。少なくともネイサンは、ユウはこの場にいる誰一人にも、その心を開いていないことを見破っていた。だからこそ、
(こう言うタイプの子は、無理にこっちから仕掛けても寄りつかないからね。こりゃ場の流れに従いつつ、かつ気づかれないように近づくしかないかなぁ...)
と結論づけていた。
こうしてネイサンは、若干面倒ではあるが、それに見合った報酬を見越してユウとの信頼を得るための第一歩、『恩着せ』をすることにしたのだ。
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「...さて、今日はもう日が暮れますし、ヴァイス殿やその他の者達もこの屋敷に泊まられてはいかがですか?これでもスロームでは三番目に規模が大きい領地を任されている身、屋敷の規模は無駄に大きい故、部屋数は十分にございます」
「あぁ、こちらとしてもそうして頂けると有り難い。...まぁ、最初からディラン殿の屋敷に泊めて貰うつもりでしたから、願ったり叶ったりと言ったところです。それに、こちらに一晩泊めて貰った後は、その足でミミ村まで行こうと考えていますから」
ディランからの申し出にそう答えたヴァイスは、ほんの一瞬だけ酷くうんざりとした様子を自身の表情に浮かべた。というのも、今回ここまで王都側が足を運んだ理由は、ザルバや逃げ出したレビアの件もあるが、グリ...まぁユウのことがそれなりに大きかったのだ。
ユウが見せた飢餓狼達の一掃や、明らかに魔術士の名称持ちの中でもトップレベルである力量は、王国としても是非戦力として取り入れたい人材だった。だからこそ、ユウの存在をこうして確認しに来て、出来れば国認魔術士へと勧誘しようと考えていたが...
「ちなみにグリ殿?先ほど提案しました国認魔術師に関してですが...」
「...確かに私は魔術士の名称持ちではありますが、国認というものにあまり興味はありませんし、私自身ご期待に添えられる自信がございません...。折角お誘い頂いたというのに、私の勝手な都合によってヴァイス様の提案を無碍にする、この行為がヴァイス様にとって納得のいくことではないと理解してはいるのですが......申し訳ございません、この度のお誘いはご遠慮させていただきます...」
「そうですか、...いや、こちらとしても無理にとは言いません。こちらからの一方的なお誘いに対し少しでも熟考して頂けた、これだけでも私としては有り難く思います。しかし、次に会う機会がありましたら、その時またお聞き致しますが......よろしいですかな?」
「ええ、その時が来ましたら改めてお返事をさせて頂きましょう」
そう言ってユウが頭を下げると、誰もが内心を読み取れるくらいに感情が現れている苦笑いを浮かべ、ヴァイスは静かに、「はい、よろしくおねがいしますよ...」と言うと、共に連れてきた者達を引き連れ、部屋から出ていった。その苦笑いには、ここまで来てなんの成果も得られなかったことの悔しさを押し殺した、そんなヴァイスの内心が出ていたのかもしれない。
だがそんなヴァイスの気持ちなど知らないユウは、一人
(...敬語って、あんな感じで良いのかな...)
と、一人敬語の反省会を開いていた。...どうやら、何かが一段落した瞬間に一気に気持ちのネジが緩むのは、ユウの特徴らしい。
さて、ヴァイス達が出て行った会議室。そんな部屋の中でそれぞれが動き出すタイミングを見計らっていると、一人...いや、二人ユウへ近づいてくる者達がいた。...それは、
「ではユウ、早速で悪いg「やあユウ君、また会ったね。取りあえず、さっき僕が仲介した恩、忘れないでね?」...おい、ネイサン。少しは謙虚の心を学べ、話しかけるにしても順番を守れ」
「ん?...あぁ~、ごめんねディラン様。だけどさ、どうせディラン様の話は後でも出来るじゃん。それよりも、ユウ君が僕の活躍を鮮明に覚えているときに、ちゃんと釘を刺しておいた方が良いと思ってさ、ちょっと横入りさせて貰ったんですよ」
と、互いに主張を言い合うディランとネイサンであった。ネイサンが言っていたディランの話というのは、ディランがこの会議室へ向かう道すがら、ユウの正体を秘密にすることと引き替えに提示した条件についてである。
話しかけられたユウは、どちらのことを優先すれば良いか若干悩んだが、
「一先ず...ネイサン様に助けて頂いたご厚意は、必ず何らかの形でお返しします。それでよろしいですか?」
「うんうん、それで構わないよ。ちなみに言うと、僕が、いつ、どんなことをお願いするか分からないからさ。出来ればいつでも連絡できるように、何か通信手段とかないかな?」
「...では、僕が持っている携帯送受箱の番号をお教えしますので、もし御用のある場合はそちらにおかけください。基本深夜でなければ出られると思うので...」
「うん、それでいいよ。それじゃあ、僕の方も教えておくね」
と、比較的すぐに済ませられそうなネイサンの用事から片付けることにしたようだ。
ユウは、自身の懐からセリアに貰った箱を取りだし、箱の底に付いている蓋を外すと、少しばかりの空洞の中に箱の識別番号が書かれていた。ユウがそれを確認すると、いつの間にかメイドのリーリエが持ってきていたペンと紙を受け取り、そこに先ほどの番号を記入する。それと同時に、ネイサンも自分の持つ箱の番号を、おそらく記憶しているのだろう。何も見ずに紙へ数字を羅列させていった。
そうしてお互いに番号を書き終えて、『ネイサンからユウへ』と『ユウからネイサンへ』という確認作業をする。ユウはあまりノリ気ではなかったが、ネイサンがどうしてもと言うので互いに電話を掛け合うと、ユウからネイサンは間違いなく通じた。...しかし、
「...ユウ君?」
「......ワー、マチガエテシマイマシター。スミマセン、イマカキナオシマスネー」
と、ネイサンからユウの番号(と本人は思っていた)にかけると、全く通じなかった。つまり、ネイサンは自身の番号を正直に書いたにも関わらず、ユウは(本人曰く)間違った番号を書いて渡してしまったらしい。......確信犯、御用である。
とまぁそんなユウの姑息で幼稚でマヌケな作戦は看破され、自分の正式な番号を書くと改めてネイサンに手渡した。...もちろん、確認は再度行われたが。
「うん、今度こそ本物みたいだね。...全く、こんなことで僕が騙せるとか思ってたの?クククッ、残念だったね、ユ・ウ・君」
「...」
黙りこくっているユウをネイサンは、見事な見下す笑みを浮かべ文字通り"嘲笑う"と、用は済んだのか軽い足取りで部屋から出ていった。その様子を見ていたディランは、
「まぁ、なんだ。お前はまだまだ頭が子供だからな。ネイサンからしたら、可愛い行為に見えたのだろう。だから、そんなにむくれるな」
「...大丈夫です。別に何とも思っていません...」
「...はぁ、...まぁユウがそう言うならばこちらも特に構わないが...。取りあえず、先刻伝えた条件についてだが...」
と、ネイサンに笑われたユウを慰めようとして不満げな表情のユウを宥めたが、それを持ってしてもユウは非常に不機嫌だった(←年齢二十歳のそこそこいい大人)。
そんなユウを見て (まだまだ子供だなぁ) と、呆れた表情のディランだったが、寧ろこれくらい考え方が幼稚ならば都合が良いと考え直し、ユウへ条件に関しての話を進めることにしたようだ。
(というかあいつ、いったい、いつ、どこから私達の様子を見ていたんだ?......今後屋敷内を自由にさせるの禁止にしてやろうか、あいつめ...)
※ネイサンはユウ一行と別れた後ずっと部屋の外におり、ディランと共に出てきた際ずっと隠れて見ていました。
明日と明後日も投稿する予定です。




