No.046 般若と交渉
ほぼ一ヶ月ぶりの投稿ですが、今後ともよろしくおねがいします。
「では、以上が今回の件に関する詳細な報告となります。よろしかったでしょうか?」
「あぁ。こちらとしても、事前に聞いていた内容とそこまで変わらなかったからな。特に問題は無い」
現在位置は、ディランの屋敷にある大きめの一室『臨時会議室』。その部屋は、中央に長方形のテーブルがあり縦長の形をしている。
そしてそんなテーブルを挟み、窓際には四人、扉のある席には七人。そして、テーブルの頂点側に一席だけ設けられている所には、屋敷の主であるディラン・リュート・レイモンドが座っていた。
そして先ほど話をしていた二人の人物は、前者がドーマであり、後者が王都からの調査団に一人 "ヴァイス・ロンギヌス" という人物である。
その二人は先ほどまで件の報告に関して話しており、今さっき一区切りがついたと言ったところだ。
二人の会話が一度切れたところを見計らって、今の今まで聞き手に徹していたディランはヴァイスに向かって、
「して、ヴァイス殿?本日来られた目的は別のことでしょう?早く済ませてはどうですかな?」
と言って、早く先に進むように促す。
何故ディランがそんなことを言うのかというと、今回の飢餓狼の件に関しては本来送受箱越しでも何ら問題は無かったことなのだ。しかし、今回に至っては、とある事柄によりこうしてわざわざ王都から調査団が来たのである。
その理由は今さっきディランが言ったように、別件が関係しているのだった。
「ハハハッ、そんなことはありませんよ。実際、こうして直接確認を取ることも私たち国防省の大事な仕事ですからね」
「...それにしては、貴方のように上部の人間が来るのはいくらなんでも珍しいのでは?しかも一緒に相当腕の立つ者を連れてきて......どういう事でしょうなぁ~?」
ヴァイスがディランの言葉に微笑を浮かべながら返答すると、ディランはそんなヴァイスの隣にいる人物に視線を向けながら、僅かに口調を強めて問いかける。
ディランの言うように、本来であれば王都から調査団が来るというのは滅多にないのだ。それこそ、村での騒動などで一々国から使者が来ることは稀で、加えてヴァイスのような上部の人間はまず出てくることはない。
ちなみにヴァイスの役職は、防衛省の中にある『現場監督所』というところの所長であり、仕事内容は国内に散らばっている国軍関係者との直接的なやり取りなどが含まれている。
さてそんなヴァイスだが、決して暇とは言えない人物がどうしてこんなことをしているのか。それはある人物に関して国が興味を持ったからであった。
「まぁ、そのことは置いておいて......それで?どなたが『グリ』殿ですか」
「グリ?......あ、あぁ~、グリ殿か!グ、グリ殿なら...そちらにいる者だ」
ディランからの問いかけに軽く流す感じで答えたヴァイスは、今回王都からやって来た理由の大本である人物を訪ねた。
そんなヴァイスからの問いかけに一瞬何を言っているのかよく分からなかったディランであったが、若干慌てたようにすると、扉側に座っているとある人物のことを指し示す。
ディランから紹介された人物はゆっくりと立ち上がり、
「ご紹介にあずかりました。私の名前は"グリ・アンブリッジ"です。
この度は私の提案の受け入れて頂き、誠にありがとうございます。このような姿で申し訳ありませんが、どうかご了承頂ければ幸いです」
と、ヴァイスに向かって頭を下げた。
ヴァイスはその人物を凝視する。
その人物は声からして女性であった。加えて、小柄で線が細い体格がそれを確かなものにしている。
髪は銀とまではいかないが、真っ白...というよりも若干灰色に近い色をしていた。そしてそんな髪は腰の辺りまで伸びており、頭を下げた動作により大きく揺れている。
服装は白のコートを羽織っており、中には紺色のシャツを着込み、下はスカートではなく脚の線が分かるような伸縮性のあるパンツを穿いていた。
パッと見て何らおかしな点がないように思えるが、ヴァイスはその女性が頭をあげた瞬間、目線を上へともっていくことで、彼の背筋に一粒の汗が流れる。
何故彼がそんな事態に陥ったかというと...
「そ、そうですか。いえ、こちらとしてはグリ殿に大変興味がありましたので、こうしてお会いできるだけで嬉しいですよ。......しかし、その......随分と変わった面を被っているのですね」
「フフッ、驚かせてしまいましたか?実はこれ、私の故郷に伝わる大変歴史の古い面でして、私のお気に入りなんですよ」
「な、なるほど......いや、これは失敬。なにぶん初めて見るものでして、少々驚いてしまいました」
そんな風に言ったヴァイスは、もう一度その面を見る。
それはまさに化け物を彷彿とさせる面であった。
全て剃られている眉。こちらを呪い殺そうと見つめてくる目。笑っているのに、今にも食いかかってきそうな程むき出しな歯。まるで死人のように蒼白な肌。
そして......額より上から生えている、二本の角。
加えて、そんな面のつけた人物からは想像もつかないほど綺麗な声が聞こえてくるので、余計不気味に感じさせてくる。
「それで、ヴァイス様。早速で悪いのですが、例のお話について始めてもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ、構いませんよ。では...」
グリからの言葉によって我に返ったヴァイスは、彼女が望んでいたことについて話を進めることにしたようだ。それでも、若干怯え気味なのは仕方の無いことなのだろう...。
「クックック...(し、しかし、あのいつも作り笑顔が絶えないヴァイス殿が、ここまで引きつった笑顔をするとは......中々やるな、ユウ)」
グリとヴァイスのやり取りを眺めていた一人であるディランは、現在目の前で行われている茶番について内心笑いを堪えるのに必死であった。
そして同時に、目の前にいるグリ・アンブリッジの正体 『旭ユウ』 がここに来るまでの間話していた内容を思い出していたのだ...。
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「というわけで、僕は向こうの方々に『グリ』という女性で通してあるので、皆さん話を合わせて頂けますか?」
会議室に向かう廊下を歩いていた一行に、ユウが簡単に事情を説明し、全員にある提案をした。その内容とは、ユウがミミ村にて王都の人物とやり取りをした際に取った行動が原因で発生したことに対する、一種の帳尻あわせである。
「そういえば、確かアサヒはあのとき別人のような声で会話をしていたな......それか?」
「はい、その通りです」
ユウからの提案に最初に口を開いたのは、ドーマであった。
彼はユウが王都の人間と話をする際に、本来の声ではなく女性の声になり会話をしていたことを知っていたのだ。しかし、その時は何故そんなことをするのかよく分かっていなかったが、なんとなく察しはついていたようで...
「...そこまでして、何故正体を隠したがる?...そういえば、ミミ村に来た際も最初は本当のことは殆ど話そうとしなかったな」
「ぅぐっ!ま、まぁ、色々事情があるんですよ。それに、あまり僕は目立つのが好きじゃないので、出来れば今回僕が関わったってこと自体無しにして欲しいくらいなんですよね...」
ドーマから問い詰められて焦ったユウだったが、殆ど誤魔化し切れていない言い訳を言うと、さりげなく自分の願望を伝えるという行為に出ていた。
当然そんなこと出来るはずはないので儚い願いであるため、ユウは「それはともかく...」といって話を戻すことにしたようだ。
「それに、僕が女だと思っていれば向こう側もおそらく油断するでしょうし、その時この面で詰め寄れば少しはこちらの流れで話を進められるかもしれません」
「......そんなもんかねぇ...」
ユウが自身の考えを話すと、それに疑念を抱く者がいた。それは、フードを被ったままのザルバである。
「?何かまずいですか、ザルバさん?」
「いや、まずいってわけじゃないが......それ、わざわざそんな面を被ってまでやることか?確かに俺の弁護をしてくれるためってのは分かっているけど......なんだか、お前自身の正体をあやふやにするのに利用されているような感じがするんだが...」
「.........そんなわけ無いじゃないですかぁ~、いやだなぁ、ザルバさんは~...」
「...おい、最初の間はなんだ。誤魔化すならもっと堂々と誤魔化せ。無理なら、もう少しまともな言い訳考えろよ...」
ザルバからの言い分に、完璧な図星をつかれたユウは誤魔化しきれなかったようだ。
というのも、ユウは今回の件で自分が目立ったことは重々承知しており、そんな中ザルバのためと思って王都から来る調査団と話し合いをしようと決心した......までは良かったのだが、実際の所殆ど妙案や対策が出ないまま引き受けたので、本人は非常に焦っていた。
それでも必死になってユウが考えた末、寧ろこの機会を利用して正体を誤魔化そうと計画したのだ。そして今回のように、女声を使いかつインパクトのある格好で臨めばいけると踏んで、こんな結果になったのだった。......まぁいつものように、決定的なところで何処かずれているのはユウの性分なので致し方ないのかもしれない...。
「それでも今回は...ユウ。俺はお前に頭を下げる立場だからな、約束するさ。もちろん、これからもお前のことは安易に話さない、っていうこともな?」
「アハハハ......はい、お願いします。そして...任せてください」
ユウの反応を見て自身の考えがほぼほぼ的中していることを察したザルバであったが、今回ユウが携わることで自分の未来を変えてくれるのを期待し、ユウの提案を呑むことにしたようだ。
そんなザルバからの言葉を受けユウは、ザルバに礼を言うと共に己の決意を新たにし、これから待ち受ける出来事に気合いを入れたのだった。
そんな二人の様子を見ていた一行の内、
「まぁ、俺もユウには助けて貰った恩があるし、黙ってるのは当然だな...」
「そうですね......実際ユウ君がいてくれなかったら、こうして皆さんと一緒にいられなかったかもしれませんからね」
「...俺としては別に話す意味も無いし、本人が嫌がってんのに話す必要も無いからな。構わないぞ」
と、グラン、アリザ、ディスパーの順で同意していく。
そして最初に懐疑的な眼差しを向けていたドーマや、話を話半分で聞いていたゼブは、
「......まぁ、どうせお前のことを話すのであればジルト隊長が既に話しているからな。そうしていないと言うことは......そういうことなんだろう...」
「ったく、ドーマ副隊長はホントに素直じゃないですね......そういう俺も、ガルシオやセリアが信用しているからっていう理由だけどな」
と言って、両方ともユウの話に関しては承諾してくれるようだった。
そんな一行の反応を見てユウは"ホッ"としたが、そんな安心も前方を歩いている人物からの指摘により、すぐさま冷や汗をかく事態へ変わっていく。
「...気づいていることを承知で言うが、それは私にも望んでいることなのかな、ユウ・アサヒ?」
「.........あっ」
本当にユウ馬鹿である。いや、言うなれば『暗視スコープを準備しておいて、普通のロープに引っかかる奴』と言ったところか......。
ユウが前方を見ると、その穏やかな顔に薄く開いた目と口がまさに『さあ、どうする?』と、問いかけてくるような表情を浮かべている...ディランがいたのだ。
そしてそんなユウへ追い打ちを掛けるように、
「差し出がましいとは思いますが、発言させて頂きます。念のため、私もその当事者として認識して頂いた方がよろしいかと...」
と言ってきたのは、ディランの隣にいたリーリエという名のメイドであった。確かに"この場"にいる者の中には当然としてリーリエも含まれるため、彼女からの承諾も必要なことである。
それを瞬時に理解したユウは、すぐさまディランに
「あの~、ディラン様?......どうすれば、お聞き入れ願えますか?」
と、かなりおそるおそると言った様子で掛け合う。
そんなユウの様子はまさに、悪さをした子供がもはや言い逃れが出来ない状況でも、どうにか回避しようと放つ交渉にもなっていない『お願い』であった。
そんなユウの話を聞きディランは逆にユウに問いかける。
「ユウ。お前、他人との交渉は初めてか?」
「え、えぇ......初めて、というほどではありませんが、殆ど経験が無いのは確かですね...」
ディランからの問いかけにユウは正直に話す。それというのも、ユウは元々普通の大学生である。それこそ、ゲームなどでの駆け引きや他人との会話でそうして場面に出くわすことも、人生の中で少ないが経験はある方だ。
それでもディランが言っている『交渉』とは、また別のものであることくらいユウでも理解できた。
そんなユウにディランは、
「まぁだろうな......まさか、こんな考え無しが王都の調査団と交渉しようとしていたとは......無謀だな」
と、冷たく言い放った。その言葉は、ディランの表情が笑みで染まっていることで余計その温度を下げ、向けられたユウは一瞬のうちにその顔を辛さに変える。
ディランの言っていることは至極当然のことであった。
本来であれば、事前...少なくとも目の前にいるディランに会う前から正体を隠さなければいけなかったのだが......ユウはいつものように、その場で作戦を立て実行するという癖のまま今回も考え無しに行動してしまい、結果このようなことになったのだ。
「...確かに僕は、今回受けた交渉の類いなんて経験が一切ありませんし、自分でもその点は理解しているつもりでした。そして今回の件、本来であればやらなくてもいいことであったはずなのに参加したのは、それこそ過度の自信やその場に感情で動いた、自身の浅慮の致すところです。
だからこそ、この度僕がディラン様に対し優位に立てるとは思っていません...」
「...まぁ、一応自分の今の立場は分かっているようだし、別に頭が悪いわけでは無いようだが......では一体どうする?」
ディランに向けたその言葉は、ユウが自身の考えの浅はかさを漸く理解し、自分が実質追い詰められていることを認めたものであった。ディランもそんなユウの言葉を受け、彼が自分の状況くらいは判断できるくらいに馬鹿ではないことを感じ取っていたが、それはそれである。
実際ディランにとってはミミ村での一件を体験したわけでは無いので、ユウに感謝こそすれど別段ユウの頼みを聞くほど優しくする義理は無いのだ。
ディランから見れば、ユウという存在はただの一般人と大差が無い。それ故ディラン自身、ユウが普通の国民や冒険者だったらここまでユウに構うことは無かったのだ。しかしミミ村での一件を聞いた際、ユウが見せたという非常に興味深い実力の数々は、一つの領地を任されているような実力者の目に留まると、中々に魅力的な事柄であった。
それは単に興味本位ということもあるが、領地や果てには国力そのものに取り込める可能性を考慮すると、確かな力を持つ存在は貴重で、加えて危険な存在とも言えるのだ。
そんなユウだからこそディランは、通常であれば構うほどの事柄でも無いはずが、こうしてユウの行動の脆いところを突き、そこから自身の有利な方向へと変えようとしているのだった。
「...では、どうすれば僕の頼みを聞き入れて頂けますか?」
「......おい、ちょっと待て。...もしかして、お前にはこう、自分の有利になるよう切る『カード』のようなものは無いのか?初手から相手の独壇場を作り上げたら、滅多なことが無い限り自分の思い通りに事は運ばんぞ?」
ユウの唐突な質問に対し、一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたディランであったが、すぐさまユウの言葉を把握しそのどうしようもなさにディランの方が愕然としていた。なぜならユウの言った言葉は、交渉の場では初手からぶっ込むにはあまりに無謀で、それこそその無謀な行為を含めた上で成り立つ、何か特別な戦略でも無ければそうそう打てない手だからである。
というのも、こうして交渉の場では本来初手で、何かしら相手の弱みをこちらが持っているように臭わせるか、もしくは相手の望むモノを持っているように演じるかが重要なことが多い。まぁ例外として、交渉相手が自分と同じ土俵に上がってこないこともあるが、ここでは省こう。
と言うわけで、本来であれば情報戦や利益のやり取り、相手の弱いところを突き合う、言い方は悪いが『足の引っ張り合い』などが、交渉をしていく内にどんどん発展していき、最終的に双方の妥協点が上手い具合に重なることで交渉は成立することが比較的多い(←個人の意見)。それなのに...
「そうは言いましても、今の僕にディラン様と対抗し合えるようなカードなんてありませんよ...。材料と言っても、お金も土地、地位やこねなんかは持っていませんし、何よりディラン様と僕とではあまりにも差がありすぎて、こちらからの要求なんて言えるわけないです...」
「...ま、まぁ、それも一理はあるが...」
ユウのそんな発言に、追い詰めていたはずのディランは何も言えなくなってしまった。確かに今のユウは、この世界にきて実質二週間も過ぎていないという事実に加え、知り合いなどミミ村以外ではディランが初めてなのだ。
いくらリーズやジョンにこの世界で生きていくための力を鍛えて貰ったからといっても、ユウの持つ話し合いの場における武器など今回の一件で得た報酬と、話せないこと前提になってしまうが、自身が居た元の世界の情報くらいしかない......と言うか、それらはあってないようなものなので...
(あれっ?もしかしなくても、今の俺って武力封じられたら詰んでね?)
と言う、ユウの心の言葉が真実であった。今のユウを一言で表すと、まさに『ぼっちな脳筋』である。
「...それでも、嘘で誤魔化しながら相手の出方を窺って、攻勢に出ようとは思わなかったのか?確かに今のユウには交渉材料が無い故、戦力的には厳しいところだとは思うが、それでも先ほどの発言よりはまだ有利に動けただろうに...」
「まぁ、そうなんですが......ここで嘘を言ってもどちらにせよ上手く立ち回れそうにありませんでしたし、何より自分の失態が招いたことに対しそんな悪あがきをしてまで優位に立ちたいと思いません」
「......そうか(何だそれは?そんなことを気にしていては、自分が不利になってしまって結局貧乏くじを引く結果になるだろうに......こいつ、いくらなんでも考えが誠実すぎるな...)」
ユウがディランの問いかけに自分の意思を伝えると、ディランは心の中でそんなことを考えていた。と言うのも、ユウの考え方は世間的に言うところの『馬鹿正直』であり、常識的に考えれば良い方向へと持って行けない者が多い性格と言える。実際ユウも日本にいたときは、嘘で会話を成り立たせると言うことが出来なかった。
その理由として、ユウは嘘をついてもすぐに顔に出るという欠点があり、加えて如何なる場合においても嘘をつくことはユウの中で一種のストレスとなってしまうのだ。それ故ユウは嘘や誇張など、自身を偽るという行為そのものが非常に苦手なのである。
まぁ本人の考えとしては、つくべき嘘とついてはいけない嘘、またはつかざるを得ない嘘と使い分けているようだが、そこは今後の彼に注目しよう。
さてそんなやり取りをしていたユウとディランだったが、不意にディランが『...そうだ!』と言っているかのような、まるで何か思いついた顔をするとユウへ向かって、
「なぁ、ユウよ。その条件、お前があることを引き受けてくれたら考えてやっても良いぞ?」
と言ってきたのだ。ディランが言っているのはつまり、ユウが何かしらディランに対し利益になることをして、それが先ほどのユウが頼んできた内容と折り合いを付けられるであろう妥協点であると踏んだのだろう。
ユウはそんなディランの言葉に、頭の中で様々な考えを巡らせていた。
("条件"、か...。普通に考えたら直接的なモノとして労働を強いられるか、もしくは......最悪なケースとして出自や俺の持っている称号やリンのことを調べるため、尋問とか拷問でもやらされるか、だな。まぁ、あのジルトさんの叔父って言っていたから、そこまで非人道的なことを平気で実行するような人では無いと思うけど......さっき色々と説教みたいなことをされたし、不安だな...)
ユウは目の前で自身の返事を待っているディランを見ながら、そんなことを考えていた。他者から見れば、ディラン本人にその条件というものの内容を聞けば済む話だと思われるが、今のユウはそんな容易にことが進むとは考えていない。と言うのも、先ほどディランが言っていた、『ユウの考え方は甘い』というものだ。
それというのは、仮にユウがこの時点でディランに条件の内容を聞いたとしても、ディランにはそれに答える義理は無いという理由からきている。つまり、今現在切れるカードを持っていないユウからすると、既にディランへ『何をすればいいか』と聞いた時点で、既に手詰まりであり、自分の望みを叶える唯一の道となっていたのだ。
そんな考えに至ったであろうユウを見透かしたかのように、目の前にいるディランは先ほどのような冷たい笑顔...ではなく、
「クックック......まぁそこまで身構えるな。私とてお前の活躍には感謝しているんだ。実際甥っ子のジルトやここにいるドーマ、ゼブ、それに私が抱えている領地の一部であるミミ村を守ってくれたのだからな」
と、ユウに向けて話してきたのだった。それは本来領主が一冒険者に言うような台詞ではないのだが、ユウがいたことによって自身が抱える領地内の平和が保たれたのだから、ディランの中では言うべきであると判断したのだろう。...まぁ彼の中では、それだけが理由と言うわけでは無さそうだが...。
そんなことを言われたユウは、今まで散々自分のことを...言い方は悪いが、けなしてきた人物から言われ内心嬉しく感じていた。単純ではあるが、ユウの性格上人の役に立っていると感じられる瞬間は、非常に嬉しいもののようで、彼の中ではその言葉がユウの思考経路に浸食していることに気づく余裕は無かったようだ...。
「い、いえ!僕としてはたまたま居合わせただけで、殆どその場の流れに乗っていたら結果的に助ける形になっていたというか...」
「まぁ仮にそうだとしても、ユウが今回の一件において活躍してくれたのは事実であるし、何より私自らが言っているのだから受け取っておけ」
「...はい、ありがとうございます」
ディランから突然の感謝の言葉を向けられると、ユウは反射的に謙遜する形を取っていた。やはりユウの中では、目立つ行為や注目される行動など、大衆の目に晒される事態に慣れていないこともあって、そんな態度を取ったのだが、言った本人であるディランはそんなことは気にせず、ユウの活躍を褒めたのだ。
言われてユウもそこまで言われたことによって心の中にある恥ずかしいという気持ちは薄れ、ディランからの言葉を真摯に受け止め、静かに頷いていた。
「だからというわけでは無いが、どうか私の頼みも聞いてはくれないか?なに、別に国のために働けというわけでは無い。あくまで私個人の頼み事だ」
「......そうですね。ディラン様には先ほど色んなことを教えて頂きましたし、僕としても話していてとても勉強になりました。
ではその条件、呑ませて頂きます」
「おぉ~、そうかそうか!では後ほど、王都からの調査団との話が終ったら頼むことにしよう」
ディランは、ユウが自身の言葉に頷いたタイミングでここぞとばかりに相手が安心する、『個人的な頼みだから、気にするな』と言うワードを出すことによって、ユウの警戒心を和らげようとしていた。その結果はご覧の通りで、ユウが条件を呑むというものに終り、ディラン自身とても喜んでいるようだ。
最初に相手からの印象を下げておくと、相手はその下げた場所を基準として自分のことを見てくる。そして暫くやり取りを続け、徐々に好印象を抱いてもらうような言葉を並べていくと、相手はいつの間にか普通のことを言っているのに、まるで褒められているかのような錯覚に陥る。
結果普通なら『100』で好印象なのに対し、最初の印象を下げることによって『50』で好印象を持たせやすい状況を作り上げ、その効果を用いることで交渉を有利にすることが可能となるのだ。
そんな原理を理解していた上で使ったディランと、全く知らず、見事に嵌まっていたユウでは既に勝敗は見えていたのだろう。
結局ユウはディランが提示してきた条件の内容が、果たしてどれほどの規模なのか知らないまま了承することとなり、また別の件へと首をつっこむことになりそうであるのだが......まぁ、大丈夫だろう。
そんな二人を眺めながら、
「「(あいつ、あんなに単純でこれから生きていけるのか?)」」
と内心心配するとともに、ユウの頭の出来に対し呆れている年長組のドーマとディスパーがいたが、それすらもユウは気づくことが無かった...。
こうして一行は調査団のいる部屋に来る間、ユウとディランの交渉(ディランの圧勝)を眺めながら、部屋の前まで来たのである。




