No.038 大胆なサーシャと素敵な贈り物の真実
前回の答え『竜のレリーフが彫られた銀のネックレス』
ミミ村を出発してから、暫くして......現在ユウは、座席に座り流れゆく景色と降り続く雨を眺めていた。
そして隣には......
「ねぇ、ユウ君?どうしてもダメですか?」
「......いや、どうしてもって訳じゃないですけど...」
といった具合に、ユウに若干顔を近づけたサーシャがそう問いかけ、それにユウは若干緊張しながらも明確な否定はしなかった。
それは、先ほどのサーシャからの頼みに対するユウの答えが原因であった。
「!!...だ、だったら」
「だから、言ったはずですよ?僕は、その"袋猿"と言う存在についてよく知りませんし、万が一ウィースの領主さんに聞いてみてもダメだったら、少しだけ考える、と」
そう言ったユウは、少しだけ口調を強めてサーシャに言い放った。サーシャはその言葉に少しばかり肩を"ビクッ!"とさせたが、これでもユウが悩んだ末の決断であったため、ユウ個人としてはそれで納得して欲しかった。
「確かに、そうですけど...」
「......まぁ、取りあえずは街に着いてからにしましょう?どうせ今決断を急いでも、今すぐ行動を起こせるわけでもありませんしね...」
ユウは若干落ち込み気味のサーシャに向かってそう言うと、再び先ほどのように流れていく風景を眺め始めた。
そう。今現在ユウたちは、ウィースまでの定期便である前方の"魔動車"に引かれた、車輪のみが付けられた車内にいた。もちろん屋根は付いているし、雨よけ用の庇によって窓はなくとも水が入らないようになっているため、若干の揺れを気にしなければそれなりに過ごしやすい。
ちなみに魔動車とは、魔力を流すことで稼働する車輪が付いた車全般を指し、随分と環境に優しい車である。
さて、そんなユウたちが乗っている方の車内は......言ってみれば、平日の午前10時頃のバス内と酷似した感じにガラガラであった。
というのも、騎士やザルバ、同伴の冒険者二人は前方の引いている魔動車に乗っているのだが、ユウは本来同伴する事にはなっていないため、こうして通常の利用者と一緒にこの別車両にいるのだ。
「....ベイジさんも、やっぱり....」
「ん?......あぁ、悪いが俺はパスだ。いくらなんでもあんなのに手ぇ出したら、こっちが狙われちまうからな...」
そう言ったベイジは、現在ある生き物に乗ってユウたちに付いてきている。(ちなみに、ちゃんと雨具らしき服は着ている)
ベイジが乗っている生き物は、全身を羽毛で覆いながらも、顔を見れば嘴にビッシリと鋭利な歯が生え、噛まれたら痛そうである。
そして足に視線を動かすとまるで恐竜のような形をしており、先端に行くほど羽毛の量が減ったと思ったら、今度は鱗が表面を覆っていくのが分かった。
「にしても、その...えっと~......」
「鱗駝鳥な」
「そうそう。その鱗駝鳥なんですが...この雨の中、羽毛が濡れたら重くならないんですか?」
ユウはベイジが乗っている生き物の特徴である"羽毛"の、吸水性を指摘した。確かにユウの考えは正だしいのだが、ベイジ曰く "羽毛はすぐに乾く" と言うことだそうで、そこまで重要視することでもないようだった。
「ちなみにこいつは、基本的に鱗が表面を覆ってるから、この見えている羽毛ははっきり言ってそこまで重要じゃないだよ」
「あ、そういう......」
ベイジから衝撃の真実を伝えられたユウは、何となくその鳥?恐竜?を見ると、その生き物が此方を睨んだように見えたので、視線を今度は自身の手元に移した。......若干恐かったことは、バレていないと本人は思っている様子だ...。
とまぁそれはともかく、ユウが見ているそこには、出発前にセリアから貰った袋が握られていた。その中身は、
(セリア、いつ連絡くれるかな?......いや、ここは友達なんだし、俺から連絡した方がいいのか!?)
というユウからの言葉から、何となく察しはつく......いや、若干無理があるが...。
実はユウは出発する直前、セリアからこの携帯送受箱を貰った。なんでも、
『ゆ、友人なら!こうしてお互いに連絡できる手段を持っていた方が、その......いいだろう?』
という、セリアからの必死に顔がニヤけるのを耐える表情から出てきた言葉と共に、これをユウは受け取ったのだ。これでユウとセリアはいつでも連絡を取れるのだが......
(本音を言うと、リモコンでミミ村を転移先に登録してあるから、会おうと思えばいつでも会えるのは......うん、そん時言うか!)
というユウの説明通りに、リモコンの"入力切替"の内入力1には、行き先を登録することでボタン一つで転移が可能な能力が存在する。
正直この能力は距離の制限が無いため、たとえこの星の反対側にいたとしても転移が可能なのである。
......ここだけの話、セリアが渡した携帯送受箱は本家より安いとは言っても、そう何度も用意できるものではないのだが...。
ユウはセリアに、転移能力で会うことを盛大に悩んでいた。.........まぁ、自業自得である。
「ユウ君?どうかしたんですか?」
「......へ?」
ユウが自身の手に持っている袋を眺めたまま、まるで刑が有罪になるか無罪になるかという瀬戸際で、裁判官の表情から"あ、これ有罪だわ..."と悟った被告人のような表情をしていると、隣に座っているサーシャから声がかけられた。
どうやら、先ほどまで普通だったのに急に袋を見つめた瞬間、先ほど説明したような表情を取ったユウを心配し、話しかけてくれたようだ。
「いえ、別になんでもないですよ。気を遣わせてしまって、すみません...」
「うん、それは全然構わないんですけどね......う~ん...」
ユウがサーシャに向かって答えると、サーシャも納得したようだった。
が、その後少しばかり考え込んでいると、サーシャが唐突にある提案をする。
「ユウ君。試しに私のことを"サーシャ"って呼んでみてください」
「えっ?......サーシャさん?」
「だから、"サーシャ"って呼び捨てで!」
ユウからの返しにサーシャが訂正を入れると、"ほら、もう一回!" とでも言うかのようにユウに詰め寄ってきた。
......若干ユウの右腕に触れている、サーシャであってサーシャではない.....いや結局サーシャであるのだが.......そう、それはまるで
(......なるほど。女性は皆、こんなにも豊満なスライムを飼っているのか....)
と、ユウに "まるでアホ" な思考をさせるサイズ感の......単刀直入に言うと、 "巨乳" が存在していたのだった。
ユウはそんな無言の圧力に負けて、
「サーシャ...」
と言葉にしていた。
それを聞くとサーシャは一人納得し、
「うん!やっぱりそっちの方がしっくりきます!それじゃあ、今度から私のことはサーシャって呼んでくださいね、ユウ君?
あっ、ちなみに敬語もやめてください。...いいですね?」
と捲し立てると、さらにユウへと接近しその身体の暴力を、まるで無意識にやっているかのようにユウへと押しつけてきた。
そんな圧力に負けユウは、
「......分かったから......もう許して...」
と、真っ赤になった顔を外に向けて、絶対にサーシャに感づかれないように死守していた。......流石腐っても純情系男子はひと味違う。こうした場面でもユウは己の本能と戦い、さらには優勢を保っているのだ!
......だがそれも、
「ホントですか!?これで私にも同年代のお友達が出来ました!!」
と言って、ユウの右腕を抱きしめてきたサーシャの行動によって、
(あっ......た、たまりません...!)
と、若干脳内でこの状態が幸せであると認識した理性は、本能との戦に敗れ軍門に降った。......やはりユウも以下同列であったらしい...。
もちろんそんな様子のユウとサーシャを見てリンが黙っているはずもなく、だがジルト達の時のこともあるため安易に出てくる訳にもいかず......
(フッフッフッフッフッ。......主を拐かすなんて......サーシャ、どうやら貴方は敵のようですねぇ...)
といった感じに、リンはサーシャを敵認定するだけに留めた。
......どうやらユウの周りは、随分と修羅場になりやすい環境のようである。(←※ほぼほぼリンが原因)
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そんなこんなでユウがサーシャの提案を呑み、漸くユウがサーシャに対する態度を変えていった(サーシャに何度も直されたが...)結果...
「?...ねぇ、サーシャ。あの石って、ずっと道の脇に置いてあるけど、何か意味があるの?」
といった具合に、もう完全に慣れていた。その理由としてユウは、
『べ、別にコミュ障じゃないぞ!?ただ初対面の女の子には必然的に敬語になるだけだ!』
と自信満々に答えるだけあって(悲しいなぁ...)、一度向こうが許してくれれば砕けた口調になれようなのだ。...とまぁそれはともかく...
そんな先ほどのユウの問いかけに対しサーシャは、
「ん~?......あぁ、あれはですね。周囲に魔物や魔獣といった、種族以外の存在が接近していることを知らせる "魔核反応碑" です。この大陸における街道じゃ、結構当たり前のものですよ?」
と、現在進行形でユウの隣を陣取ったままそう答えた。
ちなみにユウがサーシャに聞いたのは、道の脇にある等間隔に置かれた石碑のような物体についてである。
サーシャが言うようにこの石碑は、魔物や魔獣が多いこの大陸特有のもので、被害を抑えるための対策の一環として設置されているのだ。
(意外としっかりしてるんだな......よく知らんが...)
ユウがそんな風にサーシャからの説明を適当に整理していると、サーシャはその石碑以外にもう一つ付け加えた。
「まぁそれも、この道に沿って植えられている花があるお陰で、そこまで必要ないんですけどね...」
「ん?もしかして、あのオレンジや黄色の花のこと?」
ユウがサーシャの言葉に首を傾げながらも、今まで特に気にしなかったその花々に視線を移し、彼女にそう問いかけた。サーシャはその言葉に頷きながら、
「はい、その通りです。
あの花は、嗅覚が優れた生き物の嫌う臭いを放っている "魔嫌寿菊" と呼ばれる花で、雑草みたいに生命力が強いんですよ?
ですが、何故かそれ以外の生き物、特に人間族にとっては一体何の臭いがするのかも分からない、結構謎の多い花らしいですよ?」
と説明した。
ユウが見たところ、地球の畑における線虫よけの花 "マリーゴールド" に非常に酷似しており、人間が臭いを感じないという部分を除けば、確実に勘違いするレベルであった。
実際この花は本来、自らの身を守るために、野生動物や魔物・魔獣に食べられないようこの臭いを出すようになったのだ。だがそれに目を付けた人間族が魔人族側に交渉して、こうして人間族が通る道には花を植えるようになったらしい。
ユウがサーシャから話を聞き終わると、なにやらサーシャがユウの胸元をマジマジと見ていた。当然その対象であるユウは、彼女からの視線に気づいており、
「どうかしたの、サーシャ?」
と問いかけた。
そんなユウの問いかけにサーシャは顔を上げると、実に意外な言葉を口にした。その内容とは、
「ユウ君が首からぶら下げている"それ"は、一体なんですか?...何だか、竜族の形をしているように見えるのですが...」
という、ユウが自身の首に付けているネックレスのことであった。
これは、ユウが出発の前日にジョンから貰ったもので、ユウがジョンに聞いたところ "ただのネックレスだが?" と返事が返ってきたものだ。つまり、特別な力など無いものであり、付ける必要など無いのだが...
「あぁ、これはね。俺が凄くお世話になった人で、同時に俺の師匠でもある人から貰った......大事な贈り物なんだ...」
と話したユウから分かるように、ユウ自身があの場で過ごした日々を確かなものにさせるリモコンに続いて、とても思い出深い代物であったのだ。
だからこそユウは、このネックレスをできる限り肌身離さず身につけているのだ。
それでも流石に、風呂や寝るときなどは一度リモコンの収納空間に閉まっているのだが、その際に何だか付けていないせいか心がふわふわした気持ちになり、身体に違和感を感じるのだ。
そのためユウは、こうして特別なとき以外は常に首からぶら下げているのだ。
「...ちょっとだけ、付けてみてもいいですか?」
「えっ?......まぁ別にいいけど、特に何の変哲もない普通のネックレスだよ?」
ユウから事情を聞いたサーシャは、少しだけ考える素振りを見せると、ユウにそう聞いてきた。ユウはその意図がよく分からなかったが、特に壊そうとか言うつもりも無さそうだったので、首から外しサーシャに渡そうとした。
すると、いつものように身体がふわふわする感覚が来たと思ったら、外の景色が若干早くなったような気がした。
「あれ?この魔動車ってこんなに速かったっけ?なんか、さっきまでと若干進むスピード違うような気がするんだけど?」
「へ?......確かにだいぶペース増した感じがするけど、よくよく考えてみればさっきまでが遅すぎたんだよ。
普段だったら、もう少し速いはずなんだけどね」
ユウの言葉にサーシャがそう返すと、彼女はユウから手渡されたネックレスを受け取り、自身の首に取り付けた。そして、
"ゴズッ!!"
「にゃあ!!??」
という、若干人から鳴ってはいけないような音を出しながら、サーシャは自身の身体を車内の床に打ち付けた。......正直、悲鳴が可愛かっただけに、その光景はあまりにもミスマッチであった...。
「んなっ!?ど、どうしたの、サーシャ!?」
「い、いや!な、何か!身体、が!!...重いん...です...けど......うぅ...」
ユウからの問いかけに、なにやら悲痛そうな声を出しながら答えているサーシャは、今にも気を失いそうであった。
同時に車の方も、サーシャが床にぶち当たった衝撃で揺れたかと思うと、徐々にその速さをユウがネックレスを渡す前と同じに戻していった。
ユウは瞬時にその状況を把握し、
「...サーシャ。試しにそのネックレス、外してみてくれる?」
と、辛そうに床に潰れているサーシャにそう提案した。そのときサーシャは、一体ユウは何を言っているのか今ひとつ理解できなかったが、とにかくその提案を聞くことにしたようだ。
そしてサーシャがネックレスを外すと、
「???あ、あれ?急に身体がもとの重さに......凄い。私って、こんなに軽かったんですね...」
と、床との強制ハグから解放され、若干意味の分からないことを言っていた。
だがユウは、サーシャのそんな発言から何となく......というよりも、確信を持ってある結論に至った。
そしてユウがその結論を確かめるために、再び自身にネックレスを付けると、
(やっぱり......。
あの感覚は、こういうことだったのか......やってくれたね、ジョンさん......まったく、もう...)
と内心でジョンに少しだけ不満を言うと共に、随分としっくりくる"重力10倍状態"を感じると、魔動車はその速さを再び遅くさせた。
どうやらジョンはただのネックレスと言いつつ、ユウへ知らない間に特訓をつけていたようだ。ジョンの性格からして、随分とお茶目な事をしたものである。
とまぁ、ユウはそんなジョンから渡された贈り物の意外すぎる結果に驚き呆れながらも、ネックレスを渡したジョンの真意に気づいていた。
(もしあのまま重力10倍のところから出たら、暫くは身体が軽く感じるとは思うけど、そのうち通常の重力に慣れてただろな...。
きっとそこの所をジョンさんは気づいていて、こうして俺に気づかれないように渡してきたのか...。たぶん、これ作ったのリーズだろうなぁ......)
そんなことを考えていたユウは、ジョンとリーズからのイカしたプレゼントに若干頬が緩みながらも、先ほど見事に被害を受けたであろう被害者さんに向き直って、
「...取りあえず......大丈夫だった、サーシャ?」
と言って、未だに先ほどの現象が理解不能状態のサーシャに声をかけた。
そんなサーシャは、漸く理由を説明して貰えることを察知し、ユウへと詰め寄った。
「大丈夫に見えました?というか、そんなことはどうでもいいんですから、さっきのネックレスや何でユウ君がそんなの付けてるのに平然としているか、説明を求めます...」
「ア、アハハハ...。
...まぁ正直俺自身も、まさかこんなことになるとは思ってなかったから別にいいよ。.......出来ればもう少しだけ離れてくれると...その......嬉しいかな?」
サーシャからの気持ち強めの申し立てに、ユウが若干怖じ気づきながらも了承した。が、流石にサーシャが詰め寄ることで発生する "幸せ&気まずいZE☆アタック" が、非常に気持ちいいはずなのに受け入れられないため、最後にそう提案した。
だが、サーシャ曰く
「......いいえ、嫌です...。
さっきの醜態を晒させた責任は取ってください......ね?」
とのことで、ユウはどうやらこの状態で話さなければならないらしい。どうもこのサーシャはどっかの召喚主様に似ているところがあるみたいだ。
そんなこんながあり、取りあえずの所は、サーシャにユウがネックレスの効果を説明するという結果に終った。......若干サーシャが不機嫌な事に関しては、ユウはジョンのことを恨んでいた...。
※ちなみにネックレスは首にかけることで、個人限定に重力がかかりそのまま体感重力が増える仕組みとなっている
というわけで、素敵な贈り物(酷)なネックレス。ユウはいままで気にしていませんでしたが、このせいでゲートルト兄妹の家は若干床に亀裂が入る寸前でした。
そんなわけで、移動シーンはまだまだ続きます。




