No.018 扉の先と騎士
「さぁ、ここから入れ」
そう言って兵士はユウを、まるで空中に扉が出来ているかのようなところへと促した。
「あ、はい...ちなみに貴方のお名前は?」
「は?そんなもの、今話すようなことでもないだろうが。いいから早く入れ。さっきも言ったが、別にこのまま引き返して貰ってもいいんだぞ。
寧ろその方が、こちらとしてもありがたいしな」
そんなことを言う兵士の声は、冗談など微塵も感じさせない様子であった。
「うっ...すみません。...では、失礼して...」
ユウはそう言って、開かれた扉の中へと入っていった。
ユウとしても、このまま別の集落を探してもいいのだが、久しぶりに普通の人(リンは考えないとして)に会ったため、こんな簡単に諦めたくはなかったのだ。それに一週間以上も森の中にいて、便利な日本に住んでいたユウとしては、どこかで身体を洗ったり、ベッドで寝たかったのだ。森の中でそんなこと出来るわけがないのだから...。
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部屋の中はレンガ造りになっており、奥の方には上へと登るため(に思われる)の階段がある。部屋の照明は、部屋の隅に四つある電気スタンドのようなものと、天井から吊されている地球で言うところの"白熱電球"がいくつかあり、それらがこの部屋の明かりの役目を果たしているようだ。
「おぉ~、なんか異世界じゃなくて、普通に日本みたいな感じだな」
「?何を見ている。こんなもの何処にでもあるだろうに」
「?そうなんですか?」
「...貴様、本当にシェール王国の元住人か?」
「!!あ、当たり前じゃないですか~、もぅ、やだな~」
兵士から突然の突っ込みを受け、ユウは盛大に焦りつつも、どうにか取り繕った。......ほぼ無意味だったが。
「まぁそのことや、先ほど言っていた"クルスの森からやって来た"ということも含めて、事情を聞いてから、村に入れるか判断しよう」
「はははっ......はい...」
「とりあえず、まずは隊長に会って貰う。この階段を上がっていくから、早く進め」
そう言って兵士は、ユウに先に行くように急かした。
「えっ?貴方が連れて行ってくれるんじゃないんですか?」
「ふざけるな。何処の誰が、素性が疑わしい者に背を向けてバカ丁寧に案内などするか。既にここは、一部とはいえミミ村の領域なのだ。
いいからさっさと行け。...それとも、引き返すか、あ゛?」
「す、すみませんでした...早く行きます...」
兵士の気迫(というか威圧)に気圧されてはいないが、それでも当然のことを言われ申し訳なく思い、少々弱腰になったユウであった。それもそのはず、今のユウは言ってみれば住所不定の不審者なのだ。誰でも警戒する。寧ろこれでも相手からしたら、好待遇なのだ。
そんな相手の親切心による行為を察していたユウは、兵士の言う通りに、目の前の階段を上っていった。
「...名前が分からないので、貴方のことは兵士さんと呼んでもいいですか?」
「別に構わないが...何だ、何か質問か?名前のこともそうだが、質問全般は隊長のいるところでして貰う。」
「うっ、....やっぱりそうでしたか」
兵士に先を言われ、少々落ち込んだユウだった。
「......ちなみに私は騎士だ。そこは間違えるな」
「そ、そうでしたか...では騎士さんとお呼びしますね」
「あぁ、そうしてくれ。...兵士などと一緒にされては困る」
そんなことを言って兵士改め騎士(女)は、だいぶ憤慨していた。
「えっと、理由を伺っても?」
「なんだ、そんなことも知らないのか?...ますますシェールの人間か、疑わしいところだな...」
「は、はははっ......すみません」
「まぁ、そのことは後で隊長にじっくり聞き出して貰うとして...まぁ、知らないなら向かうついでだ、教えてやる」
そう言って女騎士は、兵士と騎士の違いを簡単に話した。
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『兵士』
名称の一つ。国軍に所属している者ならば、全員が最初はこの名称を持つ。能力は"団体行動"で、同じ種類の名称持ちとは、戦場において簡単な指示が飛ばせる。...本当に、簡単なものだが。
『騎士』
名称の一つ。兵士の中でも、頭一つ上の者が名称を進化させなれるもの。能力は兵士の時のものに加えて"忠誠者"があり、これは守る対象を定めることで、思いの強さに比例し力を上げるものだ。
つまり、兵士の上位名称である。
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「なるほど...いや、これは本当に失礼な発言でした。申し訳ございません」
「あぁ、分かってくれたならそれでいい。......しかし貴様とは、話している内になんだか無害な気がしてくるな。それでも、私としては貴様のような不審者など、入れたくはないのだがな...」
「あ、あははは......」
女騎士からそんなことを言われ、なんとなく "自分の名称のせいなのかなぁ~" と感じているユウだった。実際、名称"猫かぶり"は常に発動している。これに至っては、一種の不可抗力である。......女騎士にはあまり効いていないようだが。
「...まぁ、いいか。...それより着いたぞ。そこの扉が隊長他数人の騎士がいる部屋だ」
女騎士が示した部屋は、他の部屋に比べそこそこ大きな扉が入り口となっていた。女騎士が、
「お待たせいたしました、ジルト隊長!先ほどお話しした、不審人物を連れてきました!」
と、扉に向かって声をかけた。すると中から、
"あぁ、さっさと入れ"
と、いかにもおっさんくさい声が聞こえてきた。
「失礼します。......おい、さっさと行け」
「えっ、僕が開けていいんですか?」
「お前に背は向けんと言っただろうが。い・い・か・ら!」
「分かった、分かりました!行きますから、そんなに怒らないでくださいよ...」
後ろの女騎士から、若干怒りを込められた言葉を背に受けながら、ユウは扉を開いた。
部屋へと入ると、照明は先ほどのものと同じ作りだが窓が開いており、日の光も取り入れて柔らかい光となっていた。
その部屋には、壁際に何人か女騎士と同じような格好をしている者達(ほぼ男)がいて、ユウとの間を長テーブルで挟んで向かい側に座っているのは、返答に応じた声の主、おっさんだった。しかもメチャクチャ強そうである。
しかし、
(うわ~、メッチャ怖そう。でもジョンさんの威圧に比べたら、そんなんでもないよなぁ。......ヤバい、感覚がおかしくなってる...)
と、目の前の人物に少々身構えたが、ジョンと比べてそこまで怖くないと分かると、特に気にしなかった。......比較対象が竜族というのは、かなり厳しいが。
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「では失礼して...」
「は?何座ろうとしている。今この場において、貴様は座れるような存在か?」
「...分かりましたよ。立っていればいいんでしょ?」
部屋に入ったユウは、今の今まで碌に落ち着いて座れた時間がなかったので、折角椅子があるのだから座りたかったのだが、それは女騎士が許さなかった。
「当たり前だ。そもそも、信用ならん奴相手にそこまで気遣うほど私たちはあまk」
「構わねぇよ。別にそいつが座りたいなら、座らせてもいいぞ」
「......隊長が許可したから、座りたいなら座れ...」
「えっと...では、改めて失礼します。...その、ありがとうございます、隊長さん」
ジルトと呼ばれた人物に女騎士が渋々と言った様子で、ユウに許可を出した。ユウはその言葉に甘え、椅子に腰掛ける前にジルト隊長にお礼を言ってから座った。
「なに、気にするな。あんな森を通ってきたんだから、疲れてるはずだろ?」
「えぇ、まぁ。一週間以上も彷徨っていたので、十分な睡眠は取れませんでしたね」
「...おいおい、一週間以上もあんな森にいたのかよ...。一応聞くが、一緒に入った奴は今どこにいるんだ?」
「え?一人で、ですけど?僕には他に、同行するような知り合いはいませんし...」
ユウは、ジルトの突然の問いかけにありのままを伝えた。実際には、リンのことやリモコンによって、ある程度の方向は知っていたことを隠していたが、今はそんなことをわざわざ伝えることもないと判断し、言わなかった。
しかし、ユウからの返答を聞いていた、女騎士も含めた周囲の人物達は、
「「「な!?」」」
と、ジルト隊長含め一部を除いて驚きに顔を染めていた。そんな周囲の反応にユウは "あ、ミスった..." と、やっちまった感が溢れた考えを浮かべ、どう取り繕うか必死になって脳を働かせていた。
たとえ、今更なことだとしても。
「ははっ、こりゃマジみてぇだな。...正直信じられねぇけど、今のお前を見てたら何か納得だわ」
「へ?...それは、どういうことですか?」
妙に納得した様子のジルトに、ユウは少々困惑しながらも理由を聞いた。周囲の反応を見る限り、先ほどのユウが言った "一週間以上も彷徨った" というのは、異常だったことが容易に予想がつく。よって、ジルトの言葉には、若干疑問を抱いたのだ。
「なに、さっきまでお前に威圧をぶつけていたんだが、一向に反応を見せないからな。普通の奴なら分かりやすい動揺を見せるか、酷い奴だと過呼吸気味になるんだがなぁ...」
「あ、あははは......過呼吸ですか」
「あぁ、そんな相手、俺と同程度の強さか俺より強い奴じゃないと説明つかないからな。そんなわけで、お前の言ってることが、ある程度は本当だと信じたんだよ。...まぁ、疑わしいことに変わりはないけどな」
「そ、そうですね...」
そんなことを言ってユウは、ジルトの言葉に苦笑いで返した。その理由としては、勿論もう取り繕うことが出来ないことに対してもあるが、 "初対面の奴に過呼吸になるようなもんぶつけるなよ!?" という、ツッコミの方が勝っていた。ユウは細かいところにうるさいのだ。
「というわけで...おい、ガキ」
「...えっと、僕のことですか?」
「?そうだが?」
「...失礼ですが、隊長さんの年齢はいくつですか?」
「あ?俺の歳?...三十五だが?」
突然おかしなことを聞いてきたユウに対し、ジルトは怪訝な表情で答えた。
「...僕のことはいくつに見えますか?」
「は?...一体何がしたいんd」
「いいですから、答えてください」
「...ったく、分かったよ。...そうだな、十五ってところか」
ユウの言葉に若干めんどくさそうにしながらも、渋々自身の考えをユウに伝えた。ユウはそれを聞いて、 "ズーーーン..." という音が聞こえてきそうなくらい落ち込んでいた。
「な、...どうしたんだ?」
「...いえ、ただ自分のこの外見が憎いだけです...」
「...何言ってんだ、お前」
そう言ってジルトは、ユウの発言に困惑していた。しかし、事実ユウにとってはその言葉は鋭く心に突き刺さってきたのだ。
日本にいたときも、自分は大学生なのに "君、高校生だよね?こんな時間に外出してたらだめだろう。早く家に帰りなさい" と、ガチの注意を受けてしまったのだ。その他にも、高校生に間違われることは多かったような気がする。それが、今回は、 "十五" である。そんなのもう中学生だ。若く見られるのは嬉しいことだが、
(いくらなんでも若すぎるわ!!)
と、ユウは心の中で嘆いていた。さらに、特訓のせいか身体が若返ったかのようであり、実質自身が高一の時と変わらない感覚であったのだ。そりゃ、嘆きもするわ。そんなわけで、
「あぁ、ちなみに僕の年齢は二十歳ですから。...流石にガキはちょっと...」
と、少しばかり元に戻ったユウは、そう言って訂正した。
「...それは流石に信じられんな。二十歳を名乗るならそこのガルシオ並でないと、ちょっとな...」
そう言ってジルトは、壁際にいた人物の一人に視線を送った。
「そうそう、ジルト隊長の言う通りだよ。お前の身長じゃ良くても十七くらいだし、お前の顔、メッチャ彫りが少ないからな。それじゃ、"ガキ"って言われても反論できねぇっての」
「......確かに、皆さんに比べたら幼く見えますが、それでも...」
「...まぁ、そのことを仮に信じたとして、そしたらお前のことなんて呼べばいいんだ?ガキは嫌なんだろ?」
自分の容姿に落ち込んでいるユウを見て、少し不憫に思ったガルシオは、ユウにそう問いかけた。
「...それなら、名前で呼んで貰ってもいいですか?」
「そっか、...そういえばお前の名前って "アサヒユウ" でいいんだよな?」
「はい、そうですよ」
「ん~、どれが名前だ?」
「旭が名字で、ユウが名前です」
「そっか、それじゃあこれからお前のことはユウって呼ぶわ!ちなみに俺は、ガルシオ・ゲートルトって名前だ。よろしくな!」
そんなことを言って、現在進行形で不審者扱いのユウに凄まじい勢いでなれなれしくなったガルシオに、ユウも含め、部屋の中にいた者のほとんどが唖然としていた。それはユウも例外ではなく、
「あ、あの~...こんな風に接していただけるのはとても嬉しいのですが、いくらなんでも軽すぎませんか?ほら僕、今は完全によそ者で不審者じゃないですか」
と、おそらく一番戸惑っていた。
「あ~、それな。さっきのお前の落ち込み具合見てたら、"何で俺こんな奴に警戒してるんだ?" って言う疑問が浮かんでさ。なんだか、警戒心が一気に緩んじまったんだよ」
「は、はぁ...ですが」
「それになんだかお前と話してると、なんとなくこいつは危険じゃない、っていう気持ちになってきてさ、ついな」
「あ、あはは...そう、ですか......」
そんな風に笑って答えてくれた人物改めガルシオに対し、ユウは、
(たぶんそれ、"猫かぶり"の影響です...ごめんなさい)
と、心の中で謝罪していた。それでも、ガルシオがここまで話しかけてくれるのは、彼自身の生来の性格とユウの徹底した気の配り方に好印象を抱いたからである。正直、クラスに必ずいる誰とでも話せる中心人物のような存在であった。しかし、それを良しとしない者も当然いて、
「ちょ、ちょっと兄さん!そんな不審者に、何親しげに話してるんですか!?」
と、先ほどの女騎士が割り込んできた。
「あ?別にいいだろ、このくらい」
「いいわけないでしょ!もしかしたら操られてる可能性だって...」
「はぁ?そしたら、こんなに流暢な受け答えなんか出来ねぇだろ。そもそも、"魔除け"で魔核を体内に持ってるものや魔法を行使されている者は、ここに入ることも出来ねぇっての」
「そ、それは...そうだけど...」
そんなことを言って女騎士は、あまり納得いっていないようだった。
「...ちなみに言うと、お前の口調普段の口調に戻ってるぞ。仕事中は名前で呼べって言ってるだろうが。忘れたのか、あ?」
「あっ!......申し訳ありません、ガルシオ殿。出過ぎた真似をしました」
「...まぁ、別にいいけどよ...」
若干呆れの見える表情をしながらガルシオは、女騎士のことはとりあえず考えないことにしたのか、ユウに話を始めた。そんなことをしている間にユウは、
(不審者...不審者か。...まぁ、その通りだからいいんだけどさ......何だかなぁ...)
と、プチ落ち込みをしていた。...頑張れ、"耐え忍ぶ者"!
「まぁ、それは置いといて、だ。今みたいに、俺一人の判断で収まるような場じゃないんだ。...悪いけど、もう少し我慢してくれよ」
「...いえ、こうして話してくれるだけでも十分すぎるくらい心強いです」
「ははっ、そうか。......というわけで、ジルト隊長。俺の考えは以上です。長々と失礼しました」
そう言ってガルシオは、ジルトに一礼し自身の姿勢を元に戻した。そこは流石というべきだろう。
「はぁ~...ったく、ホントに長すぎだっつーの。...まぁ俺としても、そいつの人となりについては、適当に会話しながら探るつもりだったからな。手間が省けたくらいだ。ってなわけで...おい、そこの不審者野郎!」
「ま、また不審者って言われた...。不審者野郎...名前言ったのに...不審者野郎......」(どことなく五・七・五みたい)
そんな、先ほどのユウとガルシオの会話を無視するような言い方でユウを呼んだジルトに対し、ユウはショックを受けていた。
「ククッ...お前、意外と面白いな。...悪かった、今のは冗談だ」
「ひ、酷いですよ、隊長さん...」
「すまんすまん...それより、俺のことはジルトでいいぞ。隊の連中でもない奴に"隊長"って言われるのは、気持ち悪いからな」
「...分かりました。では、ジルトさん、一体なんでしょうか?」
そう言ってユウは、先ほどジルトが自分のことを呼んでいたのを思い出し、そのことについて聞いた。
「あ~、そのことなんだが...そもそもユウは、シェール出身なんだよな?」
「そ、そうです、ね....」
「ふむ...その様子だと、何か隠してることでもあるのか?」
そう言ってジルトは、ユウに温和な態度で接した。実際、さきほどのユウを見ていた者達からすると、ユウの印象はそんなに悪くなかったのだ。これもガルシオが、ユウに気楽な対応で接してくれたお陰でもあるのだろう。そのことにユウは心の中で感謝しており、ジルトからの問いにできる限り事実を隠さないように伝えることを決めた。
......流石に召喚されたことや、リンのことなど色々と話すと面倒なことがあるので、自身についての簡単な情報と、なぜあの森にいたのかを話そうとした。だが、その前に、
「...正直に言います。...実は僕...いや、俺はシェール国の出身ではありません。出身はありますが、この場でお伝えするのは、どうしても出来ない理由があるのです。...どうか、ご理解ください!お願いします!」
と、頭を下げてユウはその場の全員に懇願した。話すことは簡単だが、それを話すことでどんな事態になるのか想像できないため、今の段階では話すわけにはいかなかったのだ。
そんなユウの意思をくみ取ったのか、代表してジルトは、
「...ったく、そんな風に頭下げられたら、こっちとしても無理矢理聞こうとしてるみたいで居心地悪いっての。...まぁ、実際そうなんだから仕方ねぇけどよ...。まぁ、言いたくねぇことがあったら遠慮なく言え。そのときはこっちで判断して、ユウの意思を出来るだけ尊重するように努めよう」
と、表情は少し苦々しげだが直ぐに諦めた表情となり、ユウについて深くまではなるべく聞かないように約束した。
出会って十分ほど。ジルトは、非常にお人好しな人物であった。
「ありがとうございます!」
「それでも、こっちが確認しておきたいことは結構あるんだからな。そこは理解しろよ」
「うっ...は、はい!...話せないこともありますけど、そこはそれとなくぼかします!」
「......おい、ふざけんな」
そして、ユウは少し溜め込む者の容量が溢れてきたのか、本音が漏れてしまっていた。そんなこんなで、ユウによる事情説明(という名の尋問)が始まった。
......あんな発言をしたユウに対しジルトは、少しユウへの対応を最初の方に戻すべきか真剣に考えていた。
ユウの名称が発揮されましたが......正直、ご都合主義にしか見えん...




