No.000 始まりと召喚
※この回は終盤に不快に感じる描写が含まれているため、耐性のない方は読まない方がいいかもしれません。その部分は、次の話で軽く説明するつもりですので、ご心配なく。
※ユウの容姿を付け足しました。
春がそろそろ終わろうとしており、初夏の季節一歩手前といえる時期の夕暮れ時、今日も一人の若者がつらい労働から解放され、帰り道を自転車で走っていた。
「は~~~、今日もつかっちゃな~。」
誰もいないことを無意識に確認し、そう独り言をつぶやいたのは本作の主人公になる予定の"旭ユウ"である。
髪は基本を黒として、そこにほんの少しばかり赤みがかかっているような、正に"血"のような色をしていた。言うなれば、静脈血の色である。
目は、漆黒のように深い黒色で、二重まぶたになっている。鼻は日本人にしては少しばかり高い方で、他人を不快にさせるほどの顔の作りではないくらいに、そこそこな容姿をしていた。
しかし、髪はオシャレなど全く関心がないかのように軽く毛先を整えただけで、基本は伸ばしっぱなし。もし、一週間前に床屋に行かなかったら、バイト先から小言を言われていただろう。
そんなこともあり今のユウの髪は、少しだけ耳にかかる程度には短くなっている。
そんなユウは、基本目立つことが苦手な性格故か、独り言を言うときには大分注意を払うようにしている。この前など、鼻歌を歌っているときに、近くを窓が開いている車が通ったのだが、羞恥心で一時間ほど悶えていた(本人にとっては嫌な意味で)。
(そういえば、今週提出の課題があったっけ。いつもいつも前日にやってばっかだったし、こんかいもそうなるかもなぁ...ハァ、...面倒くさい...。)
そんな日常の些細な憂鬱を味わいながら、うっすらと汗が滲んでしまうほど湿っている空気を切り裂き、ペダルを踏みしめる。今登っている坂を越えたら、ユウの住むアパートの近くだ。
・
・
・
・
・
・
・
ガチャ。お決まりの玄関が開く音を合図に、ユウが帰宅してきた。
家賃二万五千円。ユウが通う学校からさほど離れていない所に建つアパート。それが今ユウが住んでいる建物である。
おかえりー、とかいう異性の声もなければ、"ニャー"とか"ワン"とかいった癒やしてくれそうな動物の声もせず、唯々無音だけが存在する空間で支配されている部屋は、実に寂しいものだ。
しかし、そんな空間も一年以上居続ければどうということはない。
いつものように手洗いうがいをして部屋着に着替える。実家に居たときに言われ続けたことが、既に習慣となっているせいか、おかげでユウの身体は健康そのものである。
一通りの動作を終えソファーへと腰掛けると、買ってきた夕食を取り出す。本日の食事は、す○やの牛丼、某コンビニのサラダ、インスタント味噌汁(わかめ入り)、シュークリーム(半額) 以上。
...............。
(いつも思うけど、いろんな意味で質素だよなぁ。まあ、うまいからいいけどねぇ......っと、それよりテレビなんかやってるかなぁ~。)
そんな少しばかりの悲しみと暢気なことを思いながら、リモコンを片手にテレビを点け、夕食は開始された...と思われたが、テレビの電源を押したのに中々音声が聞こえてこない。ユウが疑問に思い画面を見てみるとそこには、
『あなたは、今の生活に未練はありますか? Yes/No 』
という、白い背景に浮かぶ無機質な文章が表示されていた。
(んだ?これ?)
誰しもが思う疑問を、当然ユウも持った。が、
(ん~~、なんか不気味だなぁ。業者とかに頼んだ方がいいのか、これは?いやそれよりも、コンセントからコード抜いてみるか?...まあ、それは後回しにして飯食っとこう。万が一、そういった類いのCMの可能性もあり得るし。)
そうして、とりあえず食事を再開したユウであった。実際、ユウ自身は不気味に思う反面、非日常っぽい今の現状に少し興味が湧いていたのである。いつも代わり映えのしない日々、何か面白いことがあっても直ぐに訪れてくる現実。そんな生活は当然とは言え、ユウにとってはどこか退屈なものになっていたのだ。
==========
確かに今のご時世、日々を面白くしようと思えば大抵のことには挑戦して、一瞬一瞬を楽しく生きることが出来るようになっている。実際、そうして自身の退屈を紛らわせている人々はいくらでも居る。ユウだってそうしたことに憧れたことはあったが、
『別に今の生活に不満があるわけじゃないし、平凡な人間らしく平凡な人生を送れば、それでいいや』
と、どこか諦めていたのだ。寧ろ、今の生活で妥協しているといっても、過言ではない。それぐらいユウは、自分から変わっていくことに臆病...と言うよりも、怠惰になっていたのだ。
誰かから強制でもされない限り、動こうとしないのがユウの性分だった。本人としても、そんな自分に苛立つときがあったが、それでも今の平凡で刺激が無くとも、平和な生活を壊してまで自分の判断で動きたくなかったのだ。
まぁ、今回の事態によりユウのそんな後ろ向き、というか悪い方へ達観したような生活は、終わりを迎えることになったのだが...。
==========
しばらくして、食事と片付けを終えたユウが再びソファーに座り直した。そして流れるような動作で、未だに表示される画面を見ると、
(ん~、一番現実的なのは放送局の不手際だけど、リモコンが左右の選択ボタンしか起動しないんだよなぁ。それと、おそらく決定ボタンだけかな。さっき、コード抜いてみたけど画面変わんなかったし、業者呼ぶにしても、絶対面倒なことになりそうだし...。)
と、そんなことを考えていた。
(何より、こんな面白そうな展開やっておいて損はないだろ。正直どんな結果になるか分からないけど、やらないよりはやった方がいいかもしれないし......何より、ボタン一つでそのワクワクやドキドキが味わえるんだからお得なはず、だけど......う~ん、一先ずどうするかねぇ...。)
そしてユウは考えた。
『未練はあるか』
その文を見たとき、すぐ答えは出てきた。それは、『No』である。
なぜかと聞かれたら前述にも述べたように、現状に不満を感じるわけでも、満足しているわけでもないからである。 "これでいいや" と妥協した結果の生活であるのだから文句はない。....が、それでももう少し、諦めず捨てたりしなければ、もっと満たされた日常になっていたのではないかとたまに感じるのだ。
そんなこともあり、『未練はあるか』という問いかけに『No』という答えが出たのである。
(まあ、どっちが正解か現状わかんないし、どうせならちょっと冒険してみるか。もしかしたら、何も起こらないで終わるかも知れないし。そうなったら、業者でも何でも呼ぼう!)
そんな、一見考えなしの行動に見えるようなことをする陰に、わずかな期待と変化への渇望を秘めて、ユウは『No』を選択した。
すると、
『は~い、言質とりました!もう変更できないから。そんじゃ、君をこっちに連れてくるための方法、ちょ~っと強引なやり方になっちゃうけど、やっちゃうよ~。頑張って我慢してね~!』
そんな一方的に話し始める声が聞こえたのは、文字通り突然のことだった。
「...へぇ~、面白そうじゃん。」
いきなり部屋全体に響いた声に内心驚きながら、表面上は余裕を見せていたユウだったが、それは上から降ってきた"何か"によって、ただの絶望に染められていった。
「ん?なんだあの黒いの?」
突然天井から降ってきた物体に漸くユウが反応し、その"何か"に視線を動かすと、直後理解した。
そいつは、いつの間にか屋内へ侵入し水場に現れ、退治しようとして体を引きちぎっても、それぞれが蠢き続けるという、長いホォルムが特徴の多足類。更には、潰した瞬間に同士を呼ぶ臭いを出すと言われているかの有名な、"MU☆KA☆DE" であった。
「ム、ムカデっすか...。」
それを認識したユウはすぐさまに部屋を出ようとしたが、なぜかドアが開かない。そう、"ドアが開かない"のだ。
「いやいやいやいやいやいや、それはないってちょっと待ってや、おい。いやホント聞いてないよ、嫌だマジで勘弁してくださいお願いします出してここから出して、出して、出して、出して、おいこら出せーーーーーーーー!!」
そんなユウの叫びを聞きつけて、天井から新手が降ってきた。
「今度は何!?」
ユウのだいぶ悲痛さが窺える声も、新手を認識し止まる。
それは、"黒光りのG"。説明は省こう。言えば、大多数が不快感を味わいながら、その豊かな創造力できっとその全貌をイメージしてしまう。
「ノ、ノォオオオオオオオオォォォ!!」
響く絶叫。それは、ユウが人生で出すとは本人が一番思わなかったほどの声量を誇り、同時にとても虚しい響きであった。そして、それに追い打ちをかけるように、天井からあらゆる虫のベイビーたちが親子仲良くユウ目がけてダイブしてきたのである。
ベイビー虫「ねぇママ、僕たち何をすればいいの?」
ママ虫「それはね、あそこにいる人間さんと仲良くすることよ」
ベイビー虫「そっか、分かった!おーい、にんげんさ~ん、いっしょにあそぼ~!」
そんな幻聴が聞こえてくるほどにユウの感情の波は大時化状態であった。
「ひっ!?く、来るなっ、あっ...。」
「アッーーーーーーーーーー!!」
その悲しき声は誰にも届かず夕暮れ過ぎの空へと吸い込まれ、ユウの精神はこの日ご臨終(ブラックアウト)した。
まずは、最後まで読んでくださりありがとうございます。
投稿は早くて1~2日の感じでやろうと思います。けど、もしかしたらもっと遅くなるかも知れません。遅筆ですみません。
では、こうご期待ください。