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目を開ければ、そこはリリーの私室だった。

チュンチュンと、窓辺でさえずる小鳥の声も聞こえる。


「あれ?」


起き上がってみると、いつものリリーの部屋の、ふかふかしたベッドの上にいた。

バルコニーからは早朝の爽やかな陽光も降り注ぎ、知らないうちに夜着も着込んでいる。

ぐっすり寝たのか、身体も軽い。連日の疲れもさっぱり消えていた。


「おはようございます、リリー様」


控えめなノックとともに、寝室の扉が開いて侍女のナンシーがやってくる。

朝の支度を始めたナンシーに、混乱した頭で尋ねた。


「ねえ、なんで私、いつの間に、ベッドで寝てるんだっけ?」


確か、あまりの眠さに廊下で気絶同然に眠りこけたはずだ。

それが、まるでタイムスリップしたみたいに気づけば朝になっている。頭の中はわからないことだらけだ。


(夢だったの?あれは・・・)


パースが、薄暗い路地裏で、誰かと話していた。おそらく、リリーの知っている誰かだろうが、誰なのかは瞳にもやがかかったように、わからなかった。

見たことのないパースの姿は、リリーの知っている家庭教師のものではなかった。


「何だったのかしら、あれ」


一人呟くと、リリーの横で、ナンシーが「パース様ですよ」とにっこりと答えた。


「は?」

「ですから、リリー様をここにお運びしたのはパース様です。昨日、勉強でお疲れになって居眠りなさったリリー様を、パース様が抱えていらっしゃいました」


リリーはベッドから飛び出した。


「なにそれ?!」

「私たちもびっくりしたんですよ!あまり力仕事とかなさらないイメージだったので、軽々とリリー様を横抱きにされて。ちょっとカッコよかったんです!」

「お姫様抱っこ?」


お姫様を抱っこでお姫様抱っこ。うまいこと言った。ってそこじゃない。

リリーのセルフ突っ込みはナンシーには聞こえない。うっとりと両手を組み合わせていた。


「おまけに、疲れてるだろうから起こさないでほしい、と。なんてお優しいのかしら」

「だれ?それ。私の知ってるパースじゃないけど。影武者でも使ったんじゃないの?」


リリーの知るパースは、口を開けば罵詈雑言、リリーのことをお姫様とも思わない傍若無人な失礼な男だ。

疲れているリリーを鼻で笑いこそすれ、労わるなんてとんでもない。ありえない。

ナンシーは「まあ、姫さまったら!」と口を尖らせているが、夢の中で見たパースといい、リリーの知らない彼ばかりだ。


(何なのかしら、あの男)


とても家庭教師には見えない家庭教師。

王宮とは縁もゆかりもなさそうな、男。

なのに、夢の中の彼はーーーと対等に話をしていて・・・


(・・・誰と?)


リリーは頭を押さえた。脳の奥の方で、またあの鐘の音がなった気がした。

すると、リリーの頭の中を読んだように、ナンシーが朝の紅茶を淹れる手を止めた。


「リリー様。そういえば頼まれていたパース様のことなんですが・・・」

「・・・え?あっ、何かわかった?」


頼んでいたパースの経歴を調べてほしいという件だ。

何かわかったのかと、食い入るようにナンシーを見つめたが、彼女は複雑そうに眉を顰めた。


「それが、その。私も友人にも頼んで、採用の時に提出されるはずの経歴書や、入城記録なども調べてみたのですが、・・・まったく何も見つからなかったのです」

「・・・なにも、ないの?」

「はい、何も・・・」


そんなことはあり得なかった。

平和ボケしている国であろうと、腐っても王宮だ。王宮勤めの者の経歴は、信頼のある者からの推薦が普通で、推薦状や経歴書などその者の詳細な情報が必ず保管されている。

また、入城記録も東西ある門で、毎日必ず記載されているはずだから、その両方がないというのはおかしな状態だった。


「それに、不思議なんですが、パース様がいらっしゃることは、私を含め城の誰一人として当日まで知らなかったのです。おそらくご存じだったのはローランド殿下だけじゃないでしょうか」

「それは、つまり、お兄様の独断でパースが家庭教師に決まって、故意に入城の足跡が残らないようになさったということかしら」


何のために?

リリーの頭の中は、疑問符だけが浮かんでいた。




・ ・ ・




ウィリミアナ王宮は、大動脈になる回廊が城の真ん中に一本通っており、比較的わかりやすい造りをしている。

それは、ウィリミアナ王国の建国者である初代ウィリミアナ王が、民草に開かれた王宮であるようにと願いを込めて建築されたとも言われている。

王宮に入城する門は、東と西に二つ。正門である東門は、主に貴族階級の者たちの通用門であり、裏門にあたる西門は、下級役人や使用人などの王宮勤めの者たちや、外からやってくる商人たちの搬入口になっていた。


(その二つの記録が消されているのは、理由があるのかしら?)


リリーは回廊を歩きながら、唸っていた。


(それともほかに入城経路があるとか)


例えば、真っ黒な翼を広げて空でも飛んで。パースならできそうだ。いや、まさか。リリーのセルフ突っ込みは喉の奥に飲み込んでおいた。


パースがただ者ではないことはわかったが、そうまでして記録を消す理由がわからない。まるで最初から存在しない人にしたいみたいだ。

でも、実際パースはリリーの家庭教師として今も彼女のそばにいる。


(お兄様に聞けば、全部わかるんだろうけど・・・)


頭の中で、王子様然とした兄を思い描いてみたが、やがてそれを打ち消すように首を振った。

なぜか、聞いてはいけない気がした。それに、ローランドはきっと答えてくれないだろうことも。


多分、リリーは今まで居眠りしすぎて、いろいろなものを見落として生きてきたのだ。

パースのことは、そのうちの欠片だ。


(私は本当に欠陥だらけの姫なのね)


見かけも、見事な容姿を持つ兄姉には程遠く、中身は姫君にあるまじき居眠りの姫。

そういえば昔はこんな居眠り癖はなかった。ところかまわず眠たくなって、居眠りせずにいられなくなったのは、ここ数年。

しかも、3秒で居眠りできてしまうようになったのは、ここ半年ほどのことだ。

病気かと思ったこともあるが、眠気以外は身体に不調はないので、違うのだろう。


(せめてこの居眠りが、何かの役に立てばいいのに)


3秒で居眠りできるのは、なかなかない特技だと思うけど、と付け加える。


考えているうちに、約束の図書室までやってきた。朝の授業の始まりだ。

リリーはため息を一つついて、それから淑女らしく扉を軽やかにノックした。


「おはようパース・・・」


返事を待たずに、足を踏み入れて、「?」と首をひねった。

そこには誰もいなかったからだ。


「あれ?部屋を間違えたっけ?」


今日は違う部屋で授業だっただろうか。でも、たしかナンシーが今日も図書室だと言っていたから、あっているはず。なのに、パースどころか、いつも控えているはずの侍女もいなかった。

リリーは、自分で椅子を引いて、座って待ってみた。

けれど、やがて太陽が高くなってリリーの足元に濃い影が差し始めても、図書室に誰も来ることはなかった。



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