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「ぎぃやぁぁぁああ助けてーーーーーーーー!!!」


夢の中のお花畑を、姫君らしからぬ大股で花々を蹴散らしながら疾走するリリーと、そんな彼女を追いかけ回す謎の黒い塊。

リリーの平穏な夢の世界は、今阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。

必死で黒い何かから逃げながら、リリーは心の中で叫ぶ。


(なんでこうなった?!っていうか、あれなに?!返して私の平和な夢ーーーーー!!!)


そして、ごーんごーんと荘厳でけたたましい鐘の音が、お花畑に響き渡り、





「わあーーーっ!」

「うるさい」


ぱかん、と筒にした羊皮紙で殴られた。

目が覚めれば、ウィリミアナ王城の見慣れた廊下。出窓の庇から、リリーは転げ落ちていた。


「毎度毎度、どこでもかしこでも居眠りできる根性の太さには、呆れを通り越して尊敬すらする」


厭味ったらしい口調と、リリーを見下ろす軽蔑の眼差しは、末姫リリー付きの家庭教師・パースのもの。

そうだ、リリーは今日も朝からこの頭の先からつま先まで黒に覆われた、陰気な家庭教師と膝詰めの勉強をさせられていた。

だが、あまりの眠さに、「お花を摘みに行きたいんだけど」と言い訳し、その途中の廊下、穏やかな陽光降り注ぐ出窓の庇で我慢できず少し休憩したのだった。


「で、お花は摘めたか?お姫様」

「・・・嫌味な男ね、摘めたわよ摘めました売るほどあるわよ」


パースがリリーの家庭教師になって今日で1週間。

毎日の積み重ねで、リリーはすっかり彼に対して敬語を使うという考えはなくなっている。

王宮勤めの末姫付きだというのに、傍若無人な振舞いこの上ない彼と一緒にいると、リリーもだんだん地が出てきた。

元々、兄のローランドが嘆く通り、リリーはお姫様らしく淑やかではないし、勉強より走る方が得意で、行儀作法はからっきしダメな、庶民的な姫だ。

兄や、ウィリミアナ一の美しさと謳われる姉のように華やかな人たちと一緒にいるよりは、陰気で全身真っ黒な口の悪いパースの方が、自分らしく自然体でいられることは事実かもしれない。嫌味の応酬の毎日ではあるのだが。


そしてパースは、いつものように分厚い前髪の奥の、闇色の瞳を細めて意地悪く笑った。


「摘んだんじゃなくて蹴散らしたの間違いでは?」

「は?」


ぽかんと廊下に座り込むリリーの腕を引き、立たせる。

パースが腰をかがめて覗き込んだ。

前髪の奥に隠れた、アーモンドの形の瞳がリリーを見据え、そのまっすぐな視線にリリーは思わずどきっとした。


「・・・しかし、売る前にどうせなら、その花の種類と数、食用か観賞用か、それから花言葉と、毒の有無、市場価値を調べてから売れ。では、午後の課題はそれで」

「ちょっと待って!まさか夢の中に出てきた花のことを調べろと?!」

「その通り。これ以上の質問は却下。では、午後は図書室で」


颯爽とビロードの絨毯を引き返す男に、リリーは(どうか彼が絨毯に足を引っかけてすっ転んでズボンが下がって白いパンツがチラ見したところを侍女に目撃されて「パースさまったらパンツだけは白なのね!」と城中の失笑を買えばいいのに)、とささやかに呪った。

・・・パンツが白かはしらないけど。



・ ・ ・



パースという男が家庭教師になって一週間。

大変不本意ながら、リリーのお姫様としての評価が急上昇している。

理由は簡単。居眠りをしなくなったから、だ。

正確にはしないというのではなく、誰かに見られる前に悪夢にうなされて飛び起きているので、傍目からは「リリー姫が今日も居眠りをなさらず、まじめに勉学に励まれている」と映っているらしい。

おまけに、居眠りできず眠気でフラフラになっているものだから、それが楚々として見えるらしく、「あのリリー姫が、突然お姫様らしく淑やかになられた!」と城中がざわめいている。

感動にむせぶ者がいれば、怪談のように語る者もいて、今やリリーは、本人の意に反して城中から注目を浴びる存在になった。

そして、もう一人。

どうにも料理できないダメ姫のリリーを、見事なレディに仕立てたと、パースの評価はすさまじい。

最初は見た目の胡散臭さから、あからさまな避け方をされていた彼だったが、今では敏腕教師として城勤めの者たちの尊敬を集めている。


本当は違うのよ!とリリーは城の中心で叫びたかった。

居眠りしないのではなくできないのだし、淑やかに見える前にこの目の下のクマを見てくれと言いたい。

パースは姫の頭をぱかぱか殴り、毒舌で性格最悪、無礼千万の真っ黒家庭教師だ。

そして、居眠りや朝寝坊をしては、謎の黒い物体に追いかけられる夢を見て、強烈な頭痛とともに目覚めるのを、どうにかしてほしかった。

現実でも黒い男につけまわされ、夢の中でも真っ黒なものに追いかけられ。

(私、なんでこんなに真っ黒にご縁があるのかしら?)

今月のラッキーカラーが黒なのか。もう占いに縋りそうになっている自分の精神状態が心配だ。

ーーーーーそう、とにかく今は。



「居眠りがしたいのよーーーー!!!」



リリーは自室のベッドに突っ伏した。


「あ、あの、リリーさま」


リリーが枕をぼすぼす殴っていると、ナンシーが控えめに声をかけた。


「そろそろ午後の授業のお時間です。お仕度なさいませんと」

「ナンシー・・・お願い、三十分、いや、十分でいいのよ、眠らせて!」

「でも、あの、パース様がお待ちですし」


リリーは、据わった眼で飛び起きて、ナンシーの肩をがしりと掴んだ。


「私とあの男とどっちが大事なの?!」

「姫様、そんな浮気された妻みたいなセリフ言われましても」


ナンシーはほうっと息を吐いた。どこかうっとりして見える。


「パース様がいらしてから、姫様は本当に立派になられましたわ。もう私、別人を見ているかのよう。パース様って本当に素晴らしい家庭教師でいらっしゃるんですね」

「ナンシーもか・・・」


舌打ちはナンシーには届かなかった。相変わらずにこにことリリーの髪を梳いている。


「見た目胡散臭いし、家庭教師というか魔法使いみたいな怪しい感じだしで、口悪すぎるので、正直信用できなかったんですが。人は見た目で判断したらダメですね!」

「・・・あの男、周りを味方につける魔法でもかけたんじゃないの?」


彼ならできそうな気がする。リリーは続けた。


「大体、課題だってよくわからないし、質問しても無視されるし、できなかったら本で頭殴るのよ?!体罰よ!暴力教師なのよー!」

「まあ、そんな、まさか」

「おまけに、人の失敗をあざ笑う性格の悪さなのよ。みんな騙されてるわ!ローランドお兄様もお兄様よ、なんであんなのを私の家庭教師にしたのかしら?!」


はあ、と生返事をするナンシーだったが、リリーのあまりの必死さに、少し考えた。


「そうは言われましても、私を含めて今は城中がパース様偉大!一色ですよ。たぶんローランド殿下のお耳にも入っているでしょうけれど・・・。何か証拠でもあれば、皆もリリー様を信じて、殿下も心変わりなさるかもしれませんけれど」

「証拠なんて言われてもね・・・」


出された紅茶を一口飲んで、ふと閃いた。


「ねえ、ナンシー。お願いがあるんだけど。皆にはナイショで」

「え?」


あの真っ黒家庭教師だって、身体に真っ赤な血が流れる人間だ。・・・おそらく。

それなら、弱点の一つや二つ、どこかにあるんじゃないか。

それさえ握ってしまえば、もうリリーをアホだのマヌケだのバカ姫だの言えないどころか、逆にリリーがパースを陰険極悪非道胡散臭い陰気教師と高らかに足蹴にできるかもしれない。

ーーーまずは、敵を知り、彼の弱点を探ること、だ。



「あの男のこと、できるだけ詳しく調べてちょうだい!」



リリーは爛々とした目で、ナンシーの両手を握った。

1週間に1回更新するのが目標なんですが・・・。ゆっくりやっていきます。よろしくお願いします。

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