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ウィリミアナ王国は、四方を緑の山に囲まれた、大陸の中でも小さく平和な国だ。

春になれば国中に花々が咲き乱れ、夏には太陽が燦々と。秋になれば紅葉が山肌を覆い、短い冬は時折雪が降る。

穏やかな気候と、それに見合った穏やかな国は、特にこれといった争いが起こることなく、実に平穏な日々が続いている。


そのウィリミナ王国の国王は、齢六十を過ぎてから、長男で跡継ぎであるローランドに政務を移譲していた。

ローランドは、リリーの実の兄であり、年は十ほど離れている。

年若い王太子であったが、人を引き付ける容姿と、天性の強かさで、今や国王然とした風格を備えつつあった。

そして、ローランドは末の姫であるリリーをよく可愛がった。

リリーを小さい頃から何かにつけて気遣っていたし、よく居眠りしては周りを困らせるリリーを「仕方がないね」と笑って許してくれた。

だから、リリーは兄が大好きだったし、今もそうなのだが。



侍女たちが止める間もなく、ローランドの執務室の前までやってきたリリーは、はしたなくもドレスの裾をまくりあげて、重厚なオークのドアを開け放った。


「お兄様、失礼します!」

「おや、リリー。すごい汗とすごい格好だね。どうかしたのかい」


兄は驚いた顔をしながら、羽ペンを揺らして、「水を」と近くの侍女に言いつけた。

汗だくで髪も振り乱したリリーとは打って変わって、優雅なローランドは、そつのない所作で彼女を近くのソファに座らせる。

運ばれた水を一気飲みして、リリーは兄に向かい合った。


「お、お兄様、さっき、私の部屋に、まっくろな、アレが!」

「落ち着きなさい。姫君らしくゆっくりと、ほら深呼吸」


背中をさすられて、小さく深呼吸をすると、さすがに少し落ち着く。

ローランドは、柔らかな金の髪を揺らし、ダークブルーの瞳でリリーの顔を覗き込んだ。我が兄ながら、視線を合わせるのに戸惑うほどの美しさだ。


「例の黒い虫かな?慣れるとあれはあれで愛着が湧かなくもないんだよ。なにせ古代から生息しているらしくて、昔は煎じて薬にしていたりする、実はいい虫だったそうだし」

「慣れ、ってお兄様、慣れたの?・・・って、違う!例の虫じゃなくて!」


首をかしげる兄に、もう一度深呼吸をして、続けた。


「・・・ローランドお兄様。さっき私のところに、パース様という方がきたの。ローランドお兄様が決めた、私の家庭教師だって。本当なの?」


ああ、と納得したようにローランドが頷く。


「ああパースのことか。・・・相変わらず仕事が早いな」

「ほ、ほんとうなの」


信じられないと、目をしばたたかせるリリーに、ローランドは少ししてにっこり微笑んだ。


「パースは、とても有能な人物だよ。リリーの教育を任せれば、きっと素敵な淑女にしてくれるだろうと思ってね」


例のアレのように真っ黒だけど、と兄は目を細めて付け加えた。

リリーはこぶしを握り締めて、大好きな兄に詰め寄った。


「ど、どどど、どうして家庭教師なんか!私、ちゃんと今まで授業にはちゃんと出て」

「授業には出ていても、勉強はしていないよね」

「ぐっ」

「お前、今までいろいろな家庭教師を、クビにしてきたね。授業もろくに受けずに居眠りばかり、と何度家庭教師たちに泣きつかれたか。それどころか、昼寝して授業に遅れたり、来なかったり。とにかく昼寝ばかり」


それはその通りだ。

リリーは、小さい頃から「睡眠命」「昼寝大好き」「特技はどこでも三秒で居眠り」を肩書代わりに生きてきた、少々変わった姫君だった。

ウィリミアナ王国の正当な姫でありながら、その一風変わった姫君についたあだ名は「居眠り姫」。大変不名誉な二つ名の、ウィリミアナ王国の変わり者の姫として、リリーの両親である国王夫妻はもとより、城の者たちは皆姫の将来を真剣に憂えていた。

リリー自身も成長するに従ってちょっとはましになるかと思っていたが、十七になった今でも居眠り癖は全く治っていない。むしろ、昼寝って素敵!と毎日幸せに、城のいたるところで居眠りしている。

それこそ、ローランドの言うように最近は勉強の合間にも、うとうとと。


「可愛いリリー。私だって、今までのように好きに昼寝をさせてやりたいんだよ。でも、お前、来月には十八になるんだ。姫君として、いろいろ出ていかないといけない場所も増えるんだから、そろそろちゃんと教養と品性をつけないとね。だから私も心を鬼にして言うんだよ」


ローランドは、こめかみを長い指先で揉んだ。


「それは、そうだけど、でも」

「それにね、私は、リリーの誕生日に、ほかのどの姫よりも美しい姿が見たいんだよ。お前は今でもとても可愛らしいけれど、教養を重ねればきっと、誰もが驚く美しい姫になるよ」


にっこり、と物語の王子様のように微笑まれると、そこからはもう反論は許されない。

兄は、物腰柔らかに相手を威圧する天性の才能があった。


「ドレスは、お前の茶褐色の髪に映えるように、花のように可憐な黄色がいいね」と兄は付け加えて、目線を手元の書類に戻し、羽ペンを走らせ仕事の続きを始めた。

もうここからは、兄は仕事の世界だ。リリーの相手などしてくれないだろう。


がっくりとうなだれて、兄を論破できなかったリリーは、すごすごと執務室を後にした。


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