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三話くらいの短い連載を書きます。
その花は、ある小さな町の路地で咲くらしい。
僕がそんな情報を耳にしたのはつい最近のことだ。秋がはじまり、頬を冷やす微風に冬の匂いが混じっていると気づいたとき、僕は二十代最後の誕生日を迎えたばかりだった。その数日後、自宅で聞いていたラジオ番組の中に、その花の情報はあった。最初にその花の存在を知ったとき、僕は関心を示すことはなかった。だって花には昔から興味がなかったし、それに何より、その花はどこにでも咲くような普通のものだと思っていたからだ。
その花が顔を覗かせるのは、ひとけが少なくなった早朝の路地だという。太陽の目覚めと共につぼみを広げた一輪の花は、まるで人の目から逃れるようにして路地の片隅で雑草と共に咲いているのだった。
人々が活発に動き回る日中の間、その花は人間の真似をするように目一杯陽の光を浴びようと背筋を伸ばす。そして、また人通りが少なくなる夜が訪れる前に、その花は太陽に別れを告げ、明日の精力のためにゆっくりと花びらを閉じて眠りにつく。翌日、花はまた開いて昨日と同じような一日を過ごす。そんな風にして、その花の生活サイクルは寿命を迎えるまで毎日続くらしい。それは早朝につぼみを開かせることから、まるで朝顔みたいな花だな、と僕はラジオを聞き終わった後に感じていた。
だけど、その花は朝顔ではなかったし、皆が知っているような有名な花でもなかった。僕は図書館へ行ったついでに花図鑑を開いて調べてみたけれど、その花はどこにも載っていなかった。念のため、花屋に勤めている友人に電話をかけて確かめてみたけれど、やはりその花の存在は知らないという。どうやらその花はラジオで言っていた通り、まだどの国でも発見されていなかった新種の花のようだ。
ラジオでとり上げられるくらいその花が話題になっていたのは、他の花とは決定的に違う特徴が一つあったからだ。それは、見る者によって花びらの色を『変化させる』ということだった。
例えば、交際三ヶ月になる若いカップルがいたとする。そのカップルの二人が仲良く手を繋いで、路地の片隅に咲く花の姿を眺めたとき、その花びらは可憐な印象を受ける薄いピンク色に見えるのだという。
しかし、それと同じ日の同時刻、会社をリストラされたばかりの男がその路地にきてみると、花びらは真っ黒に染まっているのだという。まるでこの世の終わりを告げにきたと錯覚させてしまうような漆黒で、男はその花を見て絶望を感じたというのだ。
つまりその花は、見る者の心の色をそのまま映す鏡のような特徴を持っていたのである。
そんなドラマチックな噂が、その頃、その町の住人たちのほとんどに知られるようになっていた。町の人口は決して多い方ではなかったけれど、その花の周りには、連日のように人だかりができるようになっていた。その花は新種だというし、その町の路地に一輪だけしか咲いていないということもあって、一目見ようとわざわざ遠方からやってくる人も多かったのだ。中には、飛行機に乗ってやってくる見物客もいたほどだった。
そして僕も、その見物客の一人になる。その町には縁もゆかりもなかったけれど、僕は花を見るためだけに飛行機のチケットを予約していたのだった。といっても僕一人で行きたかったわけじゃない。本当は、そのとき交際していた彼女と一緒にその花を見に行く予定だったのだけれど、飛行機に乗る前日になって、ある小さなトラブルが起きてしまったのだった。