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鬼畜SF系BL作家の帰還  作者: フジモリチカ
1/1

第1話 八大将軍

「ぬがあぁぁぁぁ!」


 誰もいない部屋に響き渡る女の怒号。

 女っていうか、ワタシの怒号、むしろ断末魔の声に近い気もする。

 でも本当に私の声? 完全に男の、むしろ『雄』の声じゃなかったかな?

 花も実もある栄光の三十代女子がこんな声を夜更けに出していていいんだろうか・・・。


 絶対に、田舎の両親には聞かせられないなぁ。

 無理やりにでも五十代の農家のおっさん(離婚経験あり)と夫婦にされそうだもの。


 ライティングデスクの上にある小ぶりな鏡の中には髪ボッサボサ、目が充血しきったワタシの姿が見えた。

 見てはいけないものを見た気がして、鏡をそっと裏返す。

 その瞬間、カーテンをひいていない窓ガラスにも自分の姿が大きく映っていることがわかり、

大きなため息をつく。


 なぜ、こんなに私は悩んでいるのか?

 そう、BL小説が完成していないからなんですけど。



 そう、はじまりは二週間前、

おしゃれな喫茶店に、大学時代の後輩(男)に呼び出されたことからだった。

 これはワタシ的には完全に事件、むしろ事故というべきなのか、

 その後輩がかなりの顔の良いキャラでなければ、絶対に休日での呼び出しなんかには応じなかったはず。


 ワタシがいくら友人が少ない三十代女子とはいえ、土日にやりたいことはたくさんある。

 とりあえず差し迫ったところで、トイレの洗剤を補充しなければいけないし、平日の間に溜まった洗濯物も洗いたい。

 クリーニング屋に出しっぱなしの冬物も取りにいかなきゃ。


 でもなぁ・・・、最近では二十代前半の頃には、あんなに誘いのあった合コンもなくなってくるし、

 そもそも会社の同僚の中での優良株は大体、お嬢様系の子に収穫され済み(そして彼女たちは二十代にして専業主婦に)。


 豆乳を多量に飲んでも、女性ホルモンが体を素通りしている感じがしてならない。

 しかし、そんなある日にかかってきたのだ、ナイスガイから電話が。

 いろんな心配があったとしても、いかないほうがどうかしている。


「もしもし、〇〇〇さん? ご無沙汰してます。大学時代、同じサークルの二つ下だった鈴木ですけど。」

 そのとき、寝起きのぼんやりした状態から、ほとんど目覚めていなかったワタシに雷撃が走った。


 鈴木キュン!!!(ビックリからトキメキに形状変化した結果、言葉が混じった状態) 


ワタシが三年のときにサークルに入会してきて、その端正なマスクと百八十センチを超える長身でサークル中の女子を夢中にさせた王子様。

 そのあまりのレアキャラさにサークル内で「鈴木君の貞操を守る会」が発足し(当時、ワタシは副会長だった)

その鉄の掟を破ろうとした後輩である一年女子をここでは書けないような、残酷なる完全犯罪でサークルから退会させたこともついでに思い出す。


『あのやりかたは今考えても、ひどすぎたな。あの子、学校辞めちゃったし。』

そんなこと、今さら思ってもしかたないけど。覆水盆に返らずというやつだし。


「あの・・・、〇〇〇さん、もしご都合が悪いようでしたら、あらためてご連絡させていただきますが。」

「違うの! ぜんっぜん、違うの! むしろ違うの!」

「それは何に対しての否定なんですか? 俺はまだ何も言ってないんですけど。」

「とにかく大丈夫。今、話そう。最低でも二時間くらいは話そうよ。」

「あの、内容も聞かずに、勝手に話す時間を区切らないでくださいよ。でも相変わらずのキャラですね、大学時代とあんまり変わってなくって、ちょっと安心しました」


鈴木君よ、無駄に女心をくすぐるのはやめておくんなまし。

なぜか、どこかの落語家口調になってしまうくらい、私は動転していた。


「でも、急に電話くれるなんて何? すっごい久々なんだけど。」

 無意味に髪を手櫛で整えながら尋ねてみる。

「そうですね。最後にお会いしたのは俺が学生だった頃ですもんね。それからはこっちも仕事が忙しくって、サークル仲間の結婚式とか、同窓会とかにもいけなくってすみません。」


 そういえば、鈴木君はどこに就職したんだっけ?

 仲間の結婚式の度に、ひょっとしたら彼に会えるかもって、着ていくドレスを毎回、新調したなぁ(遠い目)

 そしてそれは無駄な出費だったなぁ。鈴木君、来ないんだもん。


 鈴木君はまじめで優秀な子だから、どこの業界でも立派にやっていけてると思うけどさ。


「鈴木君ってさ、どこに就職したんだっけ?」

「ああ。出版業界ですよ。そういえば出版社の名前、言ってなかったでしたか? すみません。」


 出版業界? 出版社? ・・・嫌な予感がする。

 とてつもなく嫌な予感がするぞ。落ち着けよ、ワタシ。


「出版業界って、まさか、あっち系?」

「あっちってどっちですか? まぁ、学生の頃のサークルの方向性と一緒の業界ですね。」


ショック! やっぱりか、『三つ子の魂、百まで』というやつなのか!


「やっぱり、そこの会社でも・・・、その、女性向けの小説できつい作品を作ってるの?」

「ガッツリやってますよ。もう三百六十五日、休みなしのフル回転で作ってます! もはや、俺はただの社畜です!」

「ちなみに、ちなみにだけど、最近作った本のテーマは? 言える範囲でいいけど。」

「え~とですね、金髪碧眼の男子中学生(日本人)が未確認飛行物体に連れ込まれて、たくさんのチュパカブラ達に前から後ろからくんずほぐれつ。」

「日本人なのに、金髪碧眼なんだ・・・。」

「まあ、そこは詳しく考えないでください。」

「前から後ろからって、前から、どうやってやるのよ?」

「まあ、そこは詳しく考えないでください。」

「それしか答えられないの! だいたい、何で宇宙船に拉致られてるの? その子は?」

「今回はチュパカブラが、実はエイリアンの飼っているペットだという説を取り入れまして。いわゆるエイリアンアニマル説ですね」

「売れてるの? その本は。」

「すでに二十万部くらいは。」

「売れすぎでしょ! この出版不況の時代に何? その数字は!? 真面目な純文学者たちに謝って!」

「我々としても、実際にその本を買ってる人は見たことないんですけどね。電車内で気軽に読めるような表紙にもしてないですし。」

「何て言う題名なの?」

「『チュパチュパとカブられる素晴らしい日々』っていうタイトルです。」

「あのねぇ、そのチュパカブラまみれの生活のどこが素晴らしいのよ!?」

「・・・僕は〇〇〇さんと違って、チュパカブラと深い関係になったことがないから、よくわからないんですけど。」

「ワタシだってないわよ! 勝手に人の性遍歴をねつ造しないで!」


「それで鈴木君、何の用事で電話してきたの?」

「え~っと、実はですね。」

 急に歯切れ悪くなる鈴木君。

 これはひょっとして、ひょっとするかも。ワタシの中でホルモンが隆起するのがわかる。


「〇〇〇さん、小説を書いてみませんか?」

「・・・。」

「え~っとですね。」

「断る。断固として断る」

「『断』って字を使いすぎです! とにかく話だけは聞いてくださいよ。可愛い後輩が困ってるんですから。」

「やめて。ワタシをあの世界に引き戻さないで!」

「そんな黒歴史みたいに・・・。」

「ワタシ的には黒歴史なの! 私はフランフランの雑貨と大戸屋の定食を心から愛する平凡な三十代女子なんだから。」

「それって、実に典型的でわかりやすい生活してますね。でも他の人にはわからなくても、俺にはわかります。嘘なんでしょ?」 


 少し会話の間が開く。

「うちの同人小説サークルきっての鬼畜派だった人が、そんなに簡単に過去を捨てられるとは思いません。」

「あんたに、ワタシの何がわかんのよ。」

「俺、ずっと見てましたから。」


 鈴木君・・・。鈴木君、それって、それは告白なの?


「俺、〇〇〇さんの小説、大好きだったんですよ。」


 やっぱりそっちか。うん。だいたいわかってたよ。ははは。


「俺の、個人的に好きな作品第三位はですね。」

「やめて。勝手に批評しないで!」

「ジャジャ~ン。宇宙からの謎の光線によって突然変異したサボテン人間によって、黒人の少年が無理やり・・・。」

「やめて~!」

「少年が最初は嫌がりながらも、だんだんと針の痛みに目覚めていく描写が鮮烈で。」

「おい! やめろって言ってんだろ、さっきから。聞けよ!」

「でも、本当にもったいないですよ。『鬼畜系オリジナルBL小説 関東八大将軍』の一人に数えられたあなたが。」

「その異名、長くない? 実はその呼ばれ方もずっと嫌だったんだけど。」

「それには薄々、気づいてました。」

「気付いてたんだ。じゃあやめてよ。 第一、他の七人って誰なの?」

「結構、コロコロ変わってましたからね。○○○さん以外の七人は。」

「将軍って朝廷から任命された征夷大将軍のことだからその役職は普通、一人だけでしょうに。しかも関東地方だけで八人ってバランス悪くない?」

「言われてみれば、そうですね。当時は深く考えなかったな。」


 鈴木君が学生の頃と変わらないテンションなのを喜ぶべきか、どうなのか?

 とりあえず、私は彼と喫茶店で次の週末、会うことになった。

 それが地獄への扉だということに薄々 気付いていながらもだ。。。


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