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extra edition side 晶  作者: 宇部松清
9/20

♭9 客観的高揚 (os-35~36)

 熱が下がっても、年が明けても、心臓のざわざわは治らない。

 それどころか最近では、そのざわざわがちくちくとした痛みを伴ったりしている。

 家でじっとしている時は、そうでもない。

 家でギターを弾いている時も、そうでもない。

 

 例えば、あの時。


 『ORANGE ROD』が企画モノの一発屋で終わるかどうかのテスト、『アニメのオープニングタイアップ争奪オーディション』の日だった。

 新曲『POWER VOCAL』をSTAR FLASH スタジオで演奏していた時のことである。

 演奏中は、自分でも驚くほど感情が素直に出ていると思う。

 それに気付いたのは、サポートで入っているバンドのライブ映像を見た時だった。

 ギターを弾いている自分は、余程楽しいのだろう、とても自然に笑っている。口角を上げているだけではなく、口を大きく開けて歯を見せることさえあった。ああ、自分って、こうやって笑うのか、とその時思った。

 だから、初めて自分達のユニットで自分達の曲を演奏するとなれば、それ以上だろうとは思っていた。

 しかも、この演奏には自分達の未来がかかっている。先輩だか何だか知らないが、あんな演奏をするやつらに負けるわけにいかない。あんな声のやつに章灯さんが負けるわけがない。

 演奏が始まると、自分でもはっきりと気持ちが高揚しているのがわかった。ああ、きっといま、自分は笑っているんだろうな、とやけに冷静な部分もあった。でも、その冷静な自分でも、この高揚は抑えられない。

 3人の演奏に章灯さんの声が重なる。そうだ、やっぱりこの声だ。

 章灯さんの視線を感じて隣を見る。おそらく、自分は笑ったと思う。楽しくて、嬉しくて。

 すると彼は、すぐに視線を逸らしてしまった。

 そういえばいま、メンバーは全員おかしなメイクをしているのだ。こんな顔で笑いかけられても気味が悪いだけだろう、と思った。

 でも、その時、一際鋭い痛みが心臓を襲った。

 何だよ。何でこんな時に。大事なところなんだから、黙ってろよ。


 それでも演奏は無事に終わり、アニメのタイアップも獲得することが出来た。

 

 そこまでは良かった。

 メイクを落とし、衣装を着替えるという段になって、自分はとても気が重かった。

 

 夜中に、しかも酔った状態で翌日の仕度をするのは自殺行為だと思った。

 年末に、自分の誕生日プレゼントということで、男性陣から、女物の洋服や下着を買ってもらった。

 家の中ではもうさらしを巻かないことにしたので、下着までは良かった。しかし、洋服は計算外だった。それでも、自分のために選んでくれたんだし、と思ったのが良くなかった。せっかくだから、少しだけ女らしくしてみようか、と思ったのがさらに良くなかった。

 鞄の中には、女物の洋服しか入っていない。しかも、化粧道具まで入っている。

 来る時は衣装を着てきたので、これしか着替えはなく、まさかまた衣装を着るわけにもいかない。

 俺らしかいないし、いつもみたいに男子トイレ使うか? と尋ねるオッさんに、女物持って来たので、と言って女子トイレに籠り、メイクを綺麗に落とした顔を鏡に映す。

 観念して女物の服を身に纏い、ファンデーションを塗って、申し訳程度に唇にも色のついたリップを塗ってみる。

 恐る恐るドアを開けて、廊下に出る。

 とてもじゃないが、顔を上げることは出来なかった。


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