♭8 雑炊と異変 (os-28)
閉じていた瞼に、明るい光が届く。それをどうにか防ごうとぎゅっとつぶって抵抗すると、今度は誰かの声がする。
「アキ、飯、食えるか?」
この声は、誰だ。コガさんじゃない。そう思っていると、頬にひんやりとしたものが触れる。この声の主はどうしても自分を起こしたいらしい。
しぶしぶ目を開けると、心配そうにこちらを覗き込んでいる章灯さんの顔があった。
ああ、そうだ。コガさんはもう起こしには来ないのだ。
「おはよ。飯」目を開けた自分を見て、章灯さんは言った。そうだった、この人は料理が出来ないのだ。自分が作らないと……。
彼は、違う違う、と大きく首を振って否定してから、コガさんが雑炊を作ってくれたのだと言った。
何だか身体がうまく動かないこととコガさんの雑炊という言葉で、自分が熱を出したのだということを思い出した。コガさんは自分が風邪を引いたりして熱を出すと、決まって雑炊を作ってくれた。そういう時っておかゆなんじゃないかと、ある程度大きくなってから聞いたことがある。するとコガさんは「こっちの方がいろいろ入ってるから、栄養あるんだよ」と言って笑った。
章灯さんに促され立ち上がりリビングに向かおうとするが、思うように身体が動かず、その場に座り込んでしまった。視界の隅で、オッさんが駆け寄ってくるのが見え、あっという間に持ち上げられてしまう。
その姿を見て、コガさんは「俺だってまだそれくらい出来るんだからな!」と叫び、章灯さんも「俺だってアキぐらい持ちあげられます!」と対抗した。どうでもいいから、早く降ろしてほしい。
雑炊は相変わらず美味しかった。ただ、それをにこにこと見守るコガさんの顔が近すぎる。この人はいつもこうだ。体調不良でも食欲があるのが嬉しいのだという。
案の定コガさんは、オッさんから、うぜぇ親父は嫌われるぞ、と言われていた。
うざいなんて思ったことはないし、嫌ったりなんかしないんだけど、と思いつつ黙々と食べていると、話はどんどん進んでいってしまう。
「音楽って共通の仕事してるし、アキは『嫌でも』縁切れねぇよなぁ」と、オッさんが煽り、
「俺に構ってくれるのは、仕事仲間だからなのか」と、コガさんが泣きそうな顔で見つめる。
何を言っているんだ、この人達は。
血の繋がらない自分達をここまで育ててくれたその感謝ももちろんある。自分は、一緒に仕事がしたくて楽器を始めたんだから、コガさんが嫌だと言うまで離れたりしない。
オッさんにしたってそうだ。コガさんが忙しい時はよく顔を出してくれたし、いつも相談に乗ってくれる。大事な『おじさん』だ。
そう言うと、2人は何やら口元を押さえてじっと見つめてきた。一体どうしたというのだろう。不思議に思ってしばらく見つめていると、今度は、章灯さんも自分の言葉を待っていると言われる。
章灯さんは、とてもいい声をしていて、自分の探していた理想の声にすごく近い。
その声を聞きたいがために、自分は曲を作っている。
いまでも、最初に聞いたBILLYの歌声が頭から離れない。
「章灯さんは……」
そこまで言ってから、頭に浮かんだ言葉がうまく出てこなくなった。
何かが、変だ。何かが引っかかる。
心臓がざわざわとして、落ち着かない。
どうして、続きをしゃべれないのだろう、と首を傾げる。
そうしているうちに、章灯さんはテーブルの上の食器を片付けてキッチンへ向かってしまった。
嫌な気持ちにさせてしまっただろうか。
自分はどうしてこうなんだろう。どうして、郁みたいにすらすらとしゃべれないのだろう。