♭6 スーパーマンって誰だ (os-16)
「お前、いままで彼女とか、いた?」
その日の夕食時、章灯さんはこんなことを質問してきた。
もちろん、いるわけがない。だって、自分は『女』なのだから。
ただ、これまでに同性から告白されたことは何度もある。いまのように性別を隠していない学生時代から。しかし、自分にはそういう趣味がない。恋愛自体にあまり興味がないと言っても、だからといって同性でも良いというわけではない。
いないというと、彼は「よっしゃ! 勝った!」と嬉しそうな顔をした後で、もう一つの可能性に気付いたのだろう、「そっちの趣味はないよな?」とも聞いてきた。
やはりこの年で恋人がいないとなると、同性愛の疑惑を持たれてしまうのだろうか……。
それを否定し、本当に理解に苦しむ思考回路をしているなぁと呆れた顔をしていると、章灯さんはなぜか安心した表情を浮かべた。
「いや、お前がスーパーマンすぎるから、ちょっと弱いとこ探ってやろうと思ってさ」
この人は何を言っているんだろう。自分はスーパーマンなんかじゃない。取り得なんてギターを弾くことくらいしかない。いまだに人との付き合い方もわからないし、世間知らずの欠陥人間だ。
章灯さんの方が、自分よりも数倍『スーパーマン』のくせに。
そう思って、その通りに言う。自分は欠陥人間です、と。
「そう言うなって、俺今日お前にさんざん打ちのめされてたんだからな。あーうまかったぁ、御馳走さまでした! ビールビールっと」
驚いたことにこのスーパーマンは自分に打ちのめされたのだと言う。
そんなの、そっくりそのまま返してやりたい。
あんな歌声を聞かされて、打ちのめされたのはこっちの方だ。
「なぁ、単刀直入に聞いちゃうけどさ、俺って必要なのか? 俺で大丈夫なのか?」
何を言っているんだ、この人は。
頭がぐらぐらする。
必要じゃない人のために曲なんか作るか!
こんなにすんなりと曲が下りてくるほどの声を持っているくせに!
少しは自覚しろ! あなたの声はすごいんだ! あなたの声こそがスーパーマンなんだ!
自分がどんな言葉を浴びせたのかはいまいち覚えていない。
気付くとオレンジジュースを持って、部屋のベッドに座っていた。
ぐいっと一気に飲み干すと、デスクの上にグラスを置いて、ベッドにごろりと転がった。
寝ようかと思って瞼を閉じてから、息苦しさを感じ、胸のさらしを外す。
コガさんがいたら、自分が酔って寝てしまっても外してくれるんだけどなぁ。
外し終えたさらしを折りたたむ。これは章灯さんに見つからないように午前中のうちに洗濯をする。
「こんなん巻いてたら胸でっかくなんねぇぞ」
コガさんはさらしを外す時、決まってこう言う。
胸なんて、大きくならなくたって構わない。何なら、いますぐなくなってくれても構わない。
そう、いっそまな板のようだったら楽だったのに。
いっちょ前にそれなりの大きさのある乳房をにらんでから上着を被った。