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extra edition side 晶  作者: 宇部松清
4/20

♭4 地下室の衝撃 (os-6)

 ユニットが結成されたその翌日、業務を終えた章灯(しょうと)さんが最低限の荷物を持って三軒茶屋の家へやって来た。オッさんはてきぱきとそれを手伝い、コガさんは家中をうろうろと歩き回っていた。自分は黙々とギターを弾いていた。本当は部屋で弾いていたかったが、少しは親睦を深めろ、というコガさんの指示だった。

 やがて、荷物を運び終えた章灯さんがリビングに入ってきた。コガさんは章灯さんにだらりともたれかかり何やら話をしていたようだったが、しばらくして彼から離れると張りのある声で「アキ! オッさん! 集合!」と言った。エレキを持ってこいという指示に従って、自分の部屋からエレキを取ってくる。どうやら地下で演奏するようだ。

 たしかに、相棒となる人がどれだけのモノを持っているのかは興味があった。でも所詮「歌がうまい」というだけのアナウンサーなんだろう。果たして、ヴォーカリストとしての力はあるのだろうか。

 曲は『BILLY THE COWBOY』の『BREAK OUT』をやることになった。どうやら、昨日2人はテープでこれを歌っているところを聞いたらしい。結構癖のある曲なんだけど、大丈夫なんだろうか……。そう思いながら弾き始める。

 ちらりと章灯さんを見ると、演奏に圧倒されているようだった。コピーバンドは経験しているとのことだったが、それと比べているのだろうか。

 絶対に負けない。そのバンドがどれほどのものかは知らないが、母以上であるわけがないのだから。

 たしかに圧倒されていたはずなのに、彼は出だしを間違えることもなく、その演奏に食らいつくように歌った。

 

 驚いた。こんなに歌えるとは思っていなかった。完全に見くびっていた、この人を。

 この声なんだろうか、探していた声は。違うような、でも、そうかもしれないとも思う。

 もっと聞きたい。この声を。

 この曲が終わらなければいいのに。

 

 呆気なく、4分弱の曲は終わってしまった。

 ダメだ、これだけではまだ判断できない。

「アキ、昨日とは別人みたいだったなぁ。びっくりしたよ」

 章灯さんは晴れやかな笑顔でこちらを見た。

「こりゃぁアキ、曲作りも燃えるな」

 声の聞こえ方からして、コガさんもおそらく自分を見ている。しかし、それどころではない。

 この人にバラードを歌わせたらどうなるんだろうか。

 そう思うともう居ても立っても居られなかった。

「章灯さん! BILLYの『凪の声』歌えますか?」

 食って掛かるようにそう言うと、2人に『凪の声』を指示し、弾き始めた。

 先ほどの激しいナンバーとは異なるスローテンポのバラードだ。これなら、もっとはっきりと声が聴ける。

 音の高低差が激しく難しい曲だが、彼は難なく歌いこなした。途中、高音部ではファルセットを使ったりもしたものの、後半の同じ箇所では地声で歌っていた。

 音域も広く、ファルセットを効果的に使うテクニックも持っている。何なんだ、この人……。

 

 演奏が終わった後も、耳から声が離れない。

 撤回する。この人は「歌がうまい」というだけのアナウンサーなんかじゃない。

 この人は、ヴォーカリストだ。

 自分の探していた理想の声なのかはまだわからない。

 でも、いまはこの人の声がいちばんだ。ダントツで。

 早く、作らなきゃ。

 絶対に、企画モノの一発屋では終わらせない。

 この人の声を聞き続けていたい。

 

 気付くと地下室を飛び出していた。





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