♭2 カナリヤレコードにて
「ユニットですか……」
カナリヤレコードに呼び出された晶は、社長の渡辺からそう告げられ、驚きの声を上げた。
「そう。日のテレの社長とな、真面目な男子アナウンサーにロックを歌わせたら面白れぇんじゃねぇかって話をしててな」
まぁ、立ってるのもなんだから座れ、と渡辺は言い、晶は革張りのソファに腰掛けた。
「もうアナの目星はついてるみたいでなぁ、これがなかなか見た目も良いやつなんだ」
そう言って、晶に写真を見せる。
この顔は……、見たことがある……かなぁ……。いや、たぶん無いかな……。
たしかに見た目は良いのだろう。黒縁の眼鏡をかけた好青年である。でも、ちょっと頼りなさそうかな……。身近にいるコガさんやオッさんとすぐに比べてしまう。あの2人は身長も185くらいあり、筋肉質でがっしりしている。
「いま『WAKE!』って朝の番組でニュースのコーナー担当してるらしいんだわ。俺、見たことねぇんだけど。お前は見たことあるか?」
「いえ……、たぶん、見てないと思います……」
「お前、朝弱そうだもんな」
ガハハと笑ったところでで秘書の女性がコーヒーを持って入室してきた。晶の目の前にもコーヒーが置かれる。既に晶の好みを熟知しているその女性はミルクとクリームを2つずつ置いてから退室した。
「てなわけで、たまたまそいつが4月から始まる情報番組のMCに内定してるみたいだからさ、ついでに番組内の楽曲関係を丸っとお前に任せるから、頼むな」
「え?」
自分のコーヒーにミルクとクリームを入れ、混ぜていた晶は『丸っと任せる』という言葉で声を上げた。
「丸っと……ですか?」
「おう。まず、メインテーマはインストで……、で、エンディングテーマは何ヶ月かごとに作って……だろ。あとコーナーごとのテーマ曲もいるよなぁ……」
本当に、この社長は思い付きで次々と……。晶はコーヒーを啜った。
「あの、社長、そのアナウンサーの方ですが。その……」
性別の件はどうするのか、と聞こうとしたところで、渡辺はにやりと笑った。
「任せる」
「え?」
「お前の性別のことだろ?メディアにさえばれなければ、どっちだっていい。ま、お前が隠しきれるとは思えんがな」
さすが、察しがいい。たしかに、メディアはまだしも、自分の相棒に隠し通せる自信はなかった。
「一応、サポートには湖上と長田をつける。何かあったらあいつらがフォローするだろ」
コガさんとオッさんの名前を聞いてホッとした。ずっとサポートメンバーとして一緒に仕事をしてきたが、まさか自分のサポートに入ってもらえるなんて……。
「あのな、俺はこのユニットを第2の『SUPERNOVA』にしたいと思ってる。だからお前を選んだ。期待してるからな」
やけに真剣な表情の渡辺の言葉で話は終わった。
第2の『SUPERNOVA』……。
自分に勤まるだろうか……。
社長が自分に期待してくれているのは、何となくわかっていた。新人の割に曲の依頼も多く、サポートで呼ばれる出番も他の人より多い。
曲はCMだけではなく、ロックバンドやアイドルにも提供したことがある。しかし、インストゥルメンタルと違って、他人の声が入る曲は苦手だ。相手が自分の気に入らない声質だと、イメージがなかなか降りてこない。それで締め切りを破ったことも何度かある。最終的に何とかそれなりのものを作るが、そんな曲だから思い入れも何もない。単なる排泄物と同じだった。出来上がったCDが届けられても、聞く気にはなれず、それ専用の段ボールに突っ込んで終わりだ。ただ、アニメの主題歌に使われたものについては、そのアニメだけは見た。2期も依頼される可能性があるし、以前キャラクターソングの依頼も来たことがあるからだ。
声で選り好みをしていたら、そのうち依頼なんて来なくなる。それはわかってる。だから、依頼されたものはなるべく受けるようにした。嫌々でも。それで音楽を続けられるのなら。ギタリストとして生きていけるなら。
いつか、自分が探している声の主は、現れるだろうか。
依頼されてから嫌々作るのではなく、自ら作りたくなるような、声の主に。
新しい人からの依頼が来る度に、もしかしたらと胸を高鳴らせ、そして、失望する。
だからコガさんの歌を聞くのは怖かった。この人じゃなかったら、どうしようと思った。普段の話し声は決して悪くない。少し、いや、だいぶ期待していた。でも、違った。体調を崩すほどショックを受けた。
きっと、自分の理想の声なんて存在しないのだ。いっそ、諦めることにした。いいんだ、私はギターさえ弾ければ。音楽さえ、続けられれば。
ユニットは正直憂鬱だった。でも、コガさんとオッさんがいるなら何とかなるだろう。