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extra edition side 晶  作者: 宇部松清
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♭1 飯田晶というギタリスト (os-76) 

 双子の姉の(かおる)は、自分と違って、愛想も良く、人付き合いもうまいし、言葉もたくさん知っている。だから、人の輪の中にもすぐ溶け込めて、それでいて好かれている。見た目も女らしくて可愛らしい。通っていたのは女子高だったが、他校の男子生徒からよく告白もされて、お付き合いなんかもしているようだ。

 それに引き換え、自分はというと、人の輪に入って行けず、無理やりグループを作らされても「何を考えているかわからない」と言われる。影で言われるのはまだいい方で、面と向かって言われることも多々あった。しかし、その言い分ももっともで、自分でもそう言う時、自分が何を考えているのかわからないので、大して腹も立たなかった。その上、郁と同じ顔のはずなのに、告白されるのは同性からだ。この性格のせいなのか、髪を短くしているからなのかはわからない。それはいまでも変わらず、そっちの趣味はないのに、といつも思う。

 

 幼いころに母親が亡くなり、その知り合いだと言う湖上(こがみ)勇助というベーシストに育てられた。血の繋がりなんて一切ないのに、と思っていると、郁は、「湖上さんってきっとお母さんの恋人だったのよ」と言った。男女の機微といったものがまったくわからず、その時は「まさか」と思っていたが、大きくなってからそのことを聞いてみると、それは当たっていた。

 それを知るまで、おそらく自分はコガさんに対して恋心のようなものを抱いていたのではないかと思う。時折、家でベースを弾いている姿を見ては、自分もその隣で演奏してみたいと思うようになった。


「コガさん、ベースを教えてください」


 ある日、思い切ってそう言ってみると、コガさんは驚いた表情をしつつも二つ返事で了承してくれた。

 褒められるのが嬉しく、コガさんが家にいない日も毎日のように練習をした。そしてある程度弾けるようになった時、自分は致命的なミスを犯していることに気付いた。

 1つのバンドにベースは2人もいらないのではないか、と。

 ただでさえ、コガさんはサポート専門のベーシストだ。ベースがいるバンドのサポートに入ることもあったが、そうなると3本。どう考えても多いだろう。

 それなら、ギターにすればいいのだ。

 そう考えて、コガさんにまた相談すると、ベースはもう辞めちまうのか、と言われた。

「ベースじゃコガさんと同じバンドに入れないから、ギターにします」

 そう言うと、ベースを教えてと言った時よりも嬉しそうな顔をして「よっしゃ、その言葉忘れんなよ。一緒に組もうな」と言った。


 コガさんからギターを習って数ヶ月、いきなり俺からお前に教えることはもうないと言われ、悲しかった。

 もっともっといろんなことを教えてほしかったのに。

 するとコガさんは自分の部屋から数枚のDVDを渡して、これを見て研究しろ、と言ってきた。

 成る程、次のステップに進むためにはこれで研究しなければならないのか。これを見てもっともっと上手になったら、きっとまた一緒に練習が出来る。

 そう思って、学校から帰ると、毎日毎日DVDを見ながらギターを弾いた。正直、簡単なものばかりだったからあっという間に飽きてしまった。それに飽きたらコガさんの部屋にあるやつを勝手に持ってっていいと言われていたので、遠慮なく部屋にあるDVDを持ち出した。

 どれもこれも大して手応えがなく、これで本当に上達できるのだろうかと思っていたある日、『SUPERNOVA(スーパーノヴァ)』に出会った。いままで見たDVDのギタリストはすべて男性だったが、このユニットのギタリストは女性だった。同性という親近感もあったが、それ以上に彼女のギターは人を引き付けるものがあった。

 コガさんにこれ以外のDVDはないのかと聞くと、ここにはないと言われたが、数日後、会社にあったものをダビングしてきたと笑顔で手渡してきた。最初に見たものを居間に置き、新しいものを受け取って、また研究に取り掛かった。

 時間を忘れるほど没頭し、水でも飲もうと部屋を出た時、居間から光が漏れていることに気付いた。コガさんがまた1人で飲んでいるのだろうと居間のドアに手をかけると、ごく小さいヴォリュームではあったが『SUPERNOVA』の曲が聞こえ、それに彼の嗚咽が交ざっている。いつものコガさんとは違うその様子にとても声をかけることができず、喉の渇きを我慢して部屋に戻った。

 コガさんのそんな姿を見て、このユニットには何かあるのではないかと思い、学校のパソコンで『SUPERNOVA』について調べてみると、目標としていたそのギタリストは自分の母親だった。

 自分の覚えている限り、母親は自分達の前でギターを弾くことはなかった。それどころか、母は自分達に楽器屋さんで働いているのよとしか言っていなかったと思う。ギタリストだなんて言っていなかった。隠していたのだろうか。それとも、これから話すつもりだったのだろうか。


「ウチの社長がお前のギターを聞きたいって」

 ある日そう言われ、放課後にカナリヤレコードの本社ビルへ行った。

 社長だと言う男の前に立つと、その男は母の名を呼んで涙を流した。

 渡辺という名を聞いて、そうだ、この人が、母のパートナーだったのだと思い出した。自分はどうやら母にそっくりらしい。

 演奏後、その男は生年月日とプロになる意思を質問してきた。

 だから、生年月日を答えた後で「プロになって、コガさんと一緒に仕事がしたいです」と言った。


 数日して、コガさんからプロになれるという話をされた。

 ただ、それには条件があるらしい。


『性別を隠し、男の振りをすること』


 カナリヤレコードは以前『上手過ぎる女性ギタリスト』のせいで会社の存続が危ぶまれるほどの事態になったのだと言う。

 すぐにピンときた。ああ、それは、母のことだ。母が女だったからだ。

 コガさんは言い難そうにそう話したが、自分としては、願ったり叶ったりだった。

 そんなこと、女らしくすることよりも簡単だ。

 いつまでたっても母のことを話してくれないので、少し意地悪な質問をした。

 『SUPERNOVA』のギタリストは、まだカナリヤレコードにいるのですか、と。

 コガさんはしどろもどろに何とかそれらしいことを並べて必死に母の存在を隠そうとした。

 だから、全部知っているんだと、伝えた。それを知った上で、『男』になると言った。

 母は自分が女だったことをきっと後悔したんだ。だから、娘に晶や郁なんて男みたいな名前をつけた。

 

「それでギターが弾けるのなら、喜んで男になります」


 そう言って笑った。


 大丈夫だよ、母さん。

 母さんの分まで、私はギタリストとして生きていくから。


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