中編③
長らく更新できず申し分ありません。
季節はめぐりまして、風薫る5月になりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか?あれから、わたくしも充実とはいえませんが、まったりした学生生活を送っています。
クラスの皆様にはよくしていただいて、本当にありがたいです。最初、クラスメイトの女子生徒の皆様とは行き違いというか、溝があったのですが…勉強が進むにつれわたくしの病気を理解してくださる方もいて、今ではお茶友レベルまで仲良くさせて頂いてます。特にヴィオレ様、オランジェ様にはよくしていただいて、休みがちなわたくしのために授業のノートを写していただいたり、授業の内容をおしえてくださったり、病室にまでお見舞いにきていただけるなんて…わたくしにはもったいない友人もできました。
「貴様が、イリス・カメーリエか。」
「…お初にお目にかかります、公子殿下。わたくしに何かご用で?」
ヴィオレ様とオランジェ様と一緒に食堂で昼食を取りにいったネルケを待っていましたら、ふいにど迫力な美形が目に飛び込んできました。艶やかな黒髪に灰桜色の瞳が神秘的な青年で、制服も彼が着ると軍服みたいに見えます。背も189cm(公式)と高く、軍人系ストイック美男子とカトゴライスされていらっしゃるのが、このヴァールハイト・グランツ・キルシュヴァウム様でごさいます。名前噛みそうと云うのが、わたくしのはじめての印象でございます。
キルシュヴァウムはドイツ語で桜。この国はシュタム帝国の北側に位置する山に囲まれた雪国で、彼はその地を統括する大公の第四公子です。武術に優れた猛者ばかり揃う騎士科に所属され、性格も正義感の塊で、確か生徒会の風紀委員長でしたっけ?
取りあえず、王族のかたに座ったままご挨拶するなど、できるはずもなくわたくし達は立ちあがりました。車イスから足を踏ん張って立ち上がってスカートの裾を軽く摘まんで一礼しますと、ヴァールハイト殿下は眉間に皺を寄せられました。
「……女狐が。」
「はい?」
その呟きが、騒乱の始まりになるとは知らず、わたくしは呆然とヴァールハイト殿下を見上げました。
ヴァールハイト殿下はそれ以上何も言わずにまわたくしたちを軽くにらみ据えると、その場を後にしました。
「…なんだったのでしょうか?」
可愛らしく首を傾げるヴィオレ様に、オランジェ様も首を傾げます。
「少なくとも良い感じでは、ない…ですね。」
「私たち何かしました?ヴァールハイト殿下とは科も違いますし、接点なんて…」
「イリス様!大変です!」
昼食を乗せたカートを押しながら、ネルケが切羽詰まったような表情でこちらにやってきました。
「まあ、ネルケどうしたの?」
「申し訳ありません、叱責は後でうけます!これを…!」
珍しく髪を乱した執事にわたくしたちは顔を見合わせると、ネルケが差し出した冊子を受けとりました。
「あら、学園誌ですわね。新しい号ですの?」
「今月は確か所属サロン発表でしたわね。」
「所属サロン…?」
「イリス様は高等部からの編入ですから、知らなくて当然ですわね。所属サロンとは、放課後に使える学園の社交場です。勉強会に使うもよし、お茶会に使うもよし…いうなれば私的に使える部屋でございます。成績と家格で学園 が選抜し、8人から20人ぐらい学園の生徒を学年、学科関係なくそれぞれのサロンに割り振りますの。目的は学科、学年の垣根を越えた生徒の交流はかる場所ですわね。文化祭にはそれぞれのサロンの研究発表をしたりしますのよ?」
「まあ…(…確かそのサロンに入るために死ぬほど教養と作法を磨いた気がする)」
文化祭イベントの布石で、一学期の重要イベントのひとつ、入学後に行われる学力テストで上位にならなくてはいけない共通イベントですね。学力を30、品性を20上げて学力テストを受けなくてはなりません。
ヒロインさんは攻略対象者(ネルケ以外)が所属する王族サロンに選抜される所から、キャラクター選択肢が出てきます。本格的な攻略の鍵…それが所属サロンイベントでございます。
え?わたくし?もちろんアホの子でしたから、王族と成績優秀者しか入れないサロンに入れるはずないです…だからイリスはイケメン王族ばかりのサロンの紅一点のリーリエ・ボーデンを目の敵にするんです。(遠い目)
この前の学力テストはネルケとお二人のお陰で上の下ぐらいの成績でしたが、イケメンサロン(笑)に入れるレベルではありませんわ…フッ
自分には関係ないイベントでしたから、うっかり忘れてましたわ
「お二人と御一緒のサロンが良いのだけど…」
「ええ、私も…え?」
ふと、オランジェ様が学園誌のある項目に目を止めて、目を見開いております。
「オランジェ様?」
「た、たたたた、大変です!イリス様、これを!」
【白金の間】
特進科三学年
ユリウス・フォン・ローゼン・シュタム
騎士科三学年
ヴァールハイト・グランツ・キルシュバオム
魔術科二学年
スピラル・ロートス
美術科 二学年
ヴィント・ナルツィッセ
法学科 一学年
エーデル・ラヴェンデル
医学科一学年
イリス・カメーリエ
家政科一学年
ネルケ・モーナット
以下の者が所属とする────
「…、」
「キャアア!イリス様が呼吸してませんわ!!」
「誰かああ!」
この後、気がついたら病室のベッドに寝てました。
ネルケの母のアンネが、大層心配して一晩中ずっと看病してくれていたそうです。うう、ヴィオレ様やオランジェ様には悪い事をしてしまいましたわ…うぅ。
夢なら良かったのに…どちらにせよ悪夢ですわ。
※※※※※※
「理事長!どう言うことなのですか!?」
理事長エドワルド・ローゼン・シュタムは膝の上の愛猫の肉きゅうを堪能しながら、いきり立つヴァールハイトにちらりと視線を向けた。
「私は、正しい選定をしたつもりだよ。」
「っどこがですか!何故リーリエ・ボーデン嬢ではなくイリス・カメーリエなのですか!?しかも、執事ごときをサロンのメンバーにいれるなんて…」
「口を慎みたまえヴァールハイト君。イリス嬢は歴とした侯爵令嬢。それに対してリーリエ嬢は貴族の末席の末席。君の国では侯爵令嬢を呼び捨てにして男爵令嬢に礼を重きを置く風習でもあるのかね?」
「…カメーリエ嬢とその執事を選んだ理由を教えて頂きたい。」
「だってねぇ、特進科二人も入れたら偏りが出るでしょう?イリス嬢は六大侯爵家の序列2位の高位貴族だし、病弱だけどがんばって成績良好をキープしてる頑張り屋さんだ。それに将来的に私達王族と最交流を深める家柄の令嬢だよ?入れるでしょ普通。」
痛烈な皮肉に、ヴァールハイトは声を詰まらせると、改めて言い直す。目の前の老人は一国の王子がどうにかできる人物ではないからだ。
彼は先の皇帝、ユリウスの祖父の弟である帝室のご意見番で、甥の皇帝も頭が上がらない老人である。
その大国の皇太弟と、中規模だが資源が乏しい雪国の差し出した留学生言う名の人質である第四公子…どちらが立場が上なのかは明白だ。何故、そんな人物が理事長をやってる理由はひとつ。この老人が政治家よりも学者タイプの人間だっただけである。
「まあ、いいけどね。ネルケ君は体が弱いイリス嬢のお世話があるからいれたけど、家政科教授の元宮廷侍従長が強く推薦してきたのも理由かな。もともと家政科トップだし…ゆくゆくは王公貴族と関わりが深いカメーリエ家の家令になるんだし、君達のサロンはいい修行になるでしょ?」
「それは、そうですが…。」
「最も、リーリエ・ボーデン嬢を外した理由はイリス嬢やネルケ君が理由ではないけどね。」
「!」
その瞬間、飄々とした理事長の声音ががらりと変わる。
剣呑を帯びた射抜くような眼光が、ピリリとその場に緊張感を生み出した。
「…君達は何をしに、うちの国に来たの?」
「!?」
「だってそうでしょう?私は君達留学生や学生を保護者から預かる身だ。下手な人間を側に置くわけがないだろう?ましてや、君達王族階級の生徒は、うちのユリウスを除いて 婚約者が本国にいる身だよ?彼女に現をぬかしていていいの?君達の兄弟や家族や国民はどう思うのかな?」
「御言葉ですが、サロン制度は本来、身分の貴賤に関わらず、選定されるものでは?彼女は優秀な女性です、本来我々のサロンに相応しい。私達は友人として…。」
「残念だけど庶民枠はネルケ君が入ってるからね?それじゃ、周りの人間は納得しないよ。はたから見れば身分が低い令嬢が、君達をすりよっているとも見て取れる。偏見を覆すのは難しいよ?君達は彼女に近づきすぎた、それは彼女にも言える。婚約者がいる男性にむやみやたらに近づけば、どうなるか知っていたはずだ。人にはその人の分限がある。リーリエ嬢は周囲から良くも悪くも注視されつづけ、何れ周りとの軋轢を生むだろう。それからでは遅い。」
そう言うと、エドワルドはにっこりと微笑んだ。
「私はね、君達もリーリエ・ボーデン嬢にも有意義な学生生活をおくって貰いたいだけなんだ。優秀な彼女が王族を誘惑した悪女にされてしまうのは忍びない。だから、適切な距離で頼むよ。ヴァールハイトくん。」
「…は…い」
にっこりと全否定されたヴァールハイトは、言葉を飲み込み、うつむき頷いた。
完全に理事長室の老人に正論と言うカウンターをくらい、ヴァールハイトは苛立ちと悔しさを押し込め冷静になろうと、歯噛みした。
理事長室をでたヴァールハイトが廊下を歩いてると、ふと、学園誌を片手に前方を歩く女子の一団に気が付く。
彼女は食堂に向かいがてら、お喋りに夢中でヴァールハイトの存在にまったく気がついていないようだった。
「イリス様かあ、悪くない選定だね。」
「あの方、体が弱いし休みがちだけど頑張ってるよねー」
「私喋ったことあるよー。全然ツンケンしてなかった。穏やかっていうか、ポヤポヤしてるよ結構。我が儘令嬢って感じ全然なかった。」
「あの方なら、王子様方に不用意な事はしないでしょ。本国に婚約者がいるのはわかってるし、何よりユリウス様がいるからイリス様には近づけないよねー。」
「わかるー!ユリウス様はイリス様好きだよね!絶対!」
「あのお二人、今も文通もされてるんでしょう?」
「この前なんか、イリス様に告白しようとした伯爵家の坊っちゃんに“彼女に何の用だ?”と牽制してましたわ。」
「きゃー!!何その話!きかせてぇえ!」
「…っ(だから、イリス・カメーリエがサロンに選ばれたのか!)」
この時、ヴァールハイトは大きな勘違いだが、あながち間違いとはいいきれない、勘違いをした。
理事長は孫のように可愛がっているユリウスのために、イリス・カメーリエをサロンにいれたのだ…と。
いや、確かにエドワルドはユリウスを応援しているが、これは学園の各教授の多数決で決まる人選なので、エドワルドがごり押ししたわけではない。
だが、あんな煽るようなエドワルドの返答後のヴァールハイトには悪い印象をうけた勘違いになってしまったのだ。
さらに、女生徒たちは追い討ちをかける。
「ボーデンさんが選ばれなくてよかったー。」
「王子様達にスキンシップ過多だもんね、手を握ったりうで組んだり…。」
「それに、女子に感じわるいよね。頭が良いからって見下してくるっていうか、上から目線ていうか…喋ると、必ず自分自慢?疲れるよねー」
「最近は王子様方とデートしたの自慢話にしてるね。貴族の令嬢が、婚約者がいる王子様方…しかも複数の王子様とデートにいくなんて、はしたないんじゃないの?」
その言葉にヴァールハイトは衝撃を受けた。
あの努力家のリーリエが、一生懸命なあの少女が何故、そんな風に思われなければいけない?
確かに彼女とは出掛けたが、あれはレポートの資料を採取するためだ。まさかそれが周りの人間の認識なのか!?
理事長が言っていた周りの人間の認識と、自分と認識の違いにヴァールハイトは愕然とした。
信じられず首を振る。
(いや、彼女達が言っているリーリエが事実とは限らない。もし、リーリエのイメージを悪くさせようと誰かが、こんな悪質な噂を流したのかもしれない。)
はっきり言って、正しいのは目の前の女子達です。あんたが見てきたリーリエ・ボーデンは偽物です。と、事情を知る生徒ならツッコミをいれていただろう。
だが実直で、生真面目なヴァールハイトは一度信じたものが違ったなんて受け入れられる人間ではなかった。ましてや、好意を抱いていた少女が性悪なアバズレ扱いを周囲からされていたら、現実逃避もしたくなる。
ヴァールハイトは問題のすり替えをすることで、なんとか自分の精神を繋ぎ止めたのだ。
「…だとすれば、誰だ?」
誰が、リーリエに対してこんな悪質な噂を流しているのだ?
女子生徒達の後を呆然と歩きながら食堂にふらりと入ると、視界に煌めく白金の髪が飛び込んできた。
食堂の天窓の光を浴びて輝く柔らかな白金の髪に澄んだ清水のような瞳。制服も、きっちり着こなして髪型も清楚に結われ、貴族の子女としては申し分ない気品。だが、折れてしまいそうな華奢な体に、雪のように真っ白な肌は病的で、儚さが際立つ美少女だった。
ユリウスがこの学園で唯一、気にかける少女。
興味などなかったし、病弱なのに根性あるなぐらいにしか思ってなかった少女に、沸々と苛立ちが沸き上がる。
昔、ユリウスを独占したいがために、外の貴族の子女達に狂犬のように噛みついて牽制していたときく。もし、彼女が今もユリウスのことが好きなら…自分達のサロンに望まれていたリーリエに何をしてもおかしくはない。
この時、色々な信じられない事実に打ちのめされて、冷静ではなかったヴァールハイトはイリスに対して誤った認識をすることになる。
その認識が大きな騒動に発展するとは知らず、桜の公子は目の前の悪役令嬢に曇りに曇った瞳を向けたのであった。
ヴァールハイト君は真面目な子なので、自分が信じた女の子が悪い女だったなんて信じたくないだけです。
彼はまだ18歳で、狭い世界で育ってきた未熟な青年だと思ってください。
一応、ストイック系ツンデレ枠で攻略する時は、他のキャラの好感度上げをしたら、好感度が下がる設定。
イリスにとってはとばっちりですが…