中編①
春が訪れ、ゲームー始まるブレーメ学園にやって来ました。
ブレーメ学園は大学院、高等部、中等部、初等部があり、学園の敷地には、魔導研究院、附属病院、聖導院が併設されています。
魔導研究院は、文字通り魔法を研究する国の研究機関で、附属病院は医者の育成と、病気の研究や、薬の開発を…聖導院は聖職者の修業場でございます。
わたくしは本来なら初等部から入学していたのですが、病気の関係で高等部への入学とあいなりました。
高等部は騎士科、法学科、魔術科、普通科、特進科、家政科、芸術科、医学科に別れております。
因みに、わたくしは医学科に入学いたしました。自分自身、病気と闘ってこれたのは、ラーク教授や、グラナード先生や、侍医のロシェ先生たちや、世話をしてくださった多くの人達がいたからです。
わたくしも、怪我や病気に悩む方の力になりたい、その一念で治癒魔法医になる決意をいたしました。
治癒魔法医とは治癒魔法で怪我や骨折、皮膚病を直すお医者さんです。
魔力が多いので、治癒魔法を中心に…大学院では医学部の治癒魔法科を専攻したいと考えています。
原作のイリス・カメーリエは普通科でしたわね…。
医学科の蒼いリボンを結びますと、わたくしとネルケ は附属病院の個室から出て校門へと向かいました。
「今日は天気が良いわね、お昼は中庭が良いわ。」
「お嬢様。今日はホレン草のキッシュとクラウトスープ…食後にレモネルトと蜂蜜のゼリーを用意しております。」
「…見事に鉄分が多いメニューですわね…。」
「一昨日、吐血されたばかりでしょう。ご自愛くださいませ。」
「はあ、お昼は食堂でとるわ…。」
「かしこまりました。」
一礼するネルケに、回りにいる女子達がきゃーきゃーと騒ぐのが目の端に見えます。…ネルケは気づいているのかいないのか…
「ここに居たか。」
日常の喧騒を掻き消すような、低い声にハッとして振り向けば、懐かしの銀髪の君がいらっしゃいました。
「久しいな…イリス。」
────お前誰やねん、と突っ込まなかったわたくしを誉めてくださいまし。
「…窶れたな…。」
……春の日差しの中なのに冷たく輝く銀の髪に、冷ややかな蒼玉の瞳…依然見た最高級ビスクドールが、至高の美神の彫像に進化しておりました。
昔のショタ姿しか知らなかったわたくしは、混乱しました。
今の、皇太子殿下はゲームスチルやパッケージデザインで見慣れた姿です。はい、まんまの姿です。
しかし、絵と実物だと違うんです!テレビの中の芸能人がいきなり目の前にいるんです!今、目の前に!
ネルケや御兄様方はともかく、久方ぶりのユリウス殿下の破壊力は半端ないですわ…ぐふっ
「…お懐かしゅうございます。殿下。長年の不忠、ご挨拶が遅れたこと、まこと申し訳なく、どうか御許しくださいませ。」
車椅子からよたよたと立ち上がり、ぎこちなく、スカートの裾を摘まんで恭しく(しているつもり)一礼すると、ユリウス殿下は微かに驚いた表情を見せました。
え?驚くところですか?
「座るがよい、体調が悪いのだろう…入院しながら、学園に通学していると聞いたが…。」
「はい、女子寮には入れませんでしたが、無事に学園に通えるまでに回復いたしました。これも、殿下や、先生方、両親のおかげでございます。」
「私は見舞いの花をただ、贈っただけだが…。」
「いいえ、殿下から頂いた薄紅の薔薇をみるたび、心が慰められました。励ましのお手紙までいただいて…本当にありがとうございます。」
薄紅の薔薇を見るたび、心が慰められたのは事実でございます。いい匂いで…アロマ効果ばつぐんの薔薇でした。品種はなんでしょうか?是非、株分けして欲しいですわ。
薔薇の香りを思い出して、思わず殿下に笑顔を向けると、殿下の表情が強ばったようにみえます。
えっと…そんなに悪人スマイルだしてましたでしょうか?
「…また、花の時季に贈ろう。」
「…よろしいので?」
「いい。やる。だから、楽しみにしていろ。」
「はい、殿下。」
え、また貰えるの?ラッキーとか思ってませんわよ?
ええ、思っていませんたら!
でも、嬉しくて思わずへにゃりと情けない笑顔が浮かんでしまいました。
乾燥させてポプリにしましょう!とによによしていると、後ろでいたネルケが車椅子の取手を握ると、ブレーキを解除しました。
「ね、ネルケ!」
「大変申しわけございません、皇太子殿下…お嬢様はこれよりマルクエブルグ教授の授業に行かねばなりません。遅刻してしまいますので、この辺で失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ネルケ、やめなさい。不敬ですわ。」
「よい。従者の言葉はもっとも。呼び止めてすまなかったなイリス。また、ゆっくりと話をしよう。」
「…申しわけございません、殿下。この都度のお詫びは必ずいたします。」
従者が、身分が高い皇族に直接話しかけるなんて不敬です。皇宮の侍従ならまだしも、一介の貴族の侍従なら死刑ものでございます。殿下が御許しくださったのでなんとか死刑ら免れました。深く頭をさげると、わたくしはネルケにつれられて教室へと向かいました。
******
……殿下!イリスと遊びましょう!
あの、甲高い声が周りからなくなったときユリウスは安堵した。
目をキラキラさせて、素直だが、癇癪ばかり起こして、ちっともこちらを気遣えない我儘女…それがイリス・カメーリエだった。
病に倒れ皇太子妃候補から辞退したと聴いたとき、何かの冗談かと最初は耳を疑った。
だが、舞踏会や社交場、皇宮にすら姿を表さなくなって、ユリウスは最初は安堵したものの、じょじょに胸にぽっかりと穴が開いたような寂しさが込み上げてきた。
どこにいても、キラキラさせていたあの瞳も、声もない…生活の一部だったものが切り離されたようで、次第に不安になっていく。
…ユリウスは思っていたよりもイリスに依存していたのだ。
その上、他の令嬢は群れてやってきてはユリウスを手に入れようと争い、ユリウスはそれらの相手をしなくてはならなかった。正直、イリスがいた時のほうが精神的にも身体的にも楽だったことに今さらながら気付いたときには、もう身動きがとれなくなっていたのである。
「殿下、イリス嬢にお見舞いの手紙をかかれては?」
侍従長の一言に、ユリウスは気まぐれに薔薇を添えてイリスに見舞いの手紙を贈ると、丁寧な感謝と気遣うような手紙が返ってきた。
…拙い字で、一生懸命書いたであろう感謝の言葉に、ユリウスは堪らなくイリスと会いたくなった。
両親や侍従達に見舞に行きたいと願い出たが、何の病か分からない以上、病が移るかもしれないからと…侯爵家の領地は遠いからと、却下された。
けれど、1年が過ぎて文通だけは赦されたのである。
思えばあの見舞いの手紙が始まりだった。
文通をして十年近く…久方ぶりに会ったイリスは
華奢で、今にも折れてしまいそうな儚い姿はかつて元気だった面影が微塵もない。
白い顔で車椅子に座る金髪の少女は、記憶の中の少女とは真逆の淑やかな少女になっていた。
でも、相変わらずキラキラとした瞳で、嬉しそうに笑う顔は昔のまま…
…昔なくしたものがそこにあった。
「ユリウス様!」
甲高い声にユリウスは眉間に皺を寄せる。
ようやくイリスと再会して、穏やかな気持ちになっていたのに、突然割って入ってきた声が無性に腹立たしく感じる。
「……。」
「今日はご一緒に御昼をいかがですか?」
「………。」
「殿下が好きなアップルパイを焼いてきたんです!」
「………いらん。去ね。」
「まあ!そんな照れなくても!」
「………。」
最近特進科に編入してきたピンクパールの髪の少女…リーリエ・ボーデンは利発で、愛らしい少女だったが、作り物めいた感じがしてどこか人間らしさがない。
美少女で、いつも朗らかで頑張り屋…好感は持てるだろう。
キルシュバオム公国の第四公子で、将軍として将来を有望視されているヴァールハイトや、ロートス王国の宰相候補の第七王子のスピラル、ナルツィッセ王国から遊学中の王位継承権をもつ第2王子ヴィント、ラヴェンデル帝国から派遣された大使でもある第6皇子、エーデル。
それらの王族たちに、好意を寄せられているのも知っている。
だが、ユリウスの脳裏には目の前の少女ではなく、車椅子に乗る少女のほうが、なんと言うか…人間らしさを感じるのだ。
造花ではない、生き生きとした生花のように、表情も自然で、打算とかはなく…会話も苦にならない。
…何となく皇宮で暮らしていると、人間性を見る目と、鼻が効くようになる。
だからこそ、作り物めいたリーリエを見るたび、話しかけられるたびに不快感を感じてしまうのかもしれない。
(…後で病室に花を届けさせるか…確か、四季薔薇があったな…。)
ふと、ユリウスは先程のイリスを思い出して、やや目もとを緩めると、すかさずリーリエが話しかけてきた。
「ユリウス様、今度の休日なんですが、よかったら私と…。」
「……まだ居たのか。」
ユリウスは不快感を全面にだして、冷たくリーリエを睨み据えた。
ユリウスが、その場を去るとリーリエは「はぁ…」と短く溜め息をこぼした。
「っ…あー…今の絶対に好感度さがったっぽいなー…。ん、あ…やっぱり下がってる」
リーリエは廊下の壁に背をあずけると、ポケットからスマホを取りだし、画面をチェックする。
「転生特典で、好感度がわかる無限に使えるスマホ貰ったのはいいけど…なんで、ネルケとカメーリエ双子の出合いイベ起きないのよ…しかも、グラナード先生が居ないとか最悪…保健室にいく楽しみがパァ…もしかしたら、二週目にでてくるのかな…追加攻略キャラだし…ネルケも隠しキャラだし。まずはユリウスルートだよねー…」
ブツブツと呟きながらふと、リーリエはスマホのある画面で指を止める。
▼転生された*****様へ
そちらの世界は確かに、エーヴィヒ・ブレーメの世界ですが、不測の事態や、設定が変更している場合があります。
ゲームの世界そのままではありません。ゲームのキャラクターは全て生きた人間として生まれています。
ですので何らかの差異があっても当方では対処できませんのであしからず。
「…神様の癖にけちくさ。」
そう呟くとリーリエはスマホをしまって、背伸びをかるくする。
「やっぱり…イリス・カメーリエから調べてみるかなー…好感度あげには悪役令嬢さんが必要だもんね。せいぜい、私の役にたって貰いますか。」
よっしゃ!と気合いをいれるとリーリエは先程のメッセージを深く考えもせずに、次の攻略キャラの出現ポイントへと急いだ。
すいません…まだ完全に本調子じゃないので今日は1話のみで…