前編①
引き続き、シリアスな展開ですが主人公は基本性格が前向きで明るいです。
また、作中にて、医療や用語、薬品名がでてきますが、現実世界にはない、この世界独自のものであり、実在する同名の薬品、医療とは無関係です。
説明が重複しますが、他人視点と、イリス視点で病気への認識が違うので…
ごきげんよう、皆様。
イリス・カメーリエでございます。
それでは、物語の続きをお話しいたしますわね。
わたくしの患った病名は
先天性魔力過多精製疾患
別名…天使病と呼ばれる病気でございます。
この病気になるのは0~7才の幼児で血中に含まれる魔力の量が異常の子供がかかる、遺伝子疾患でございます。別名、天使病といわれております。
天使病は魔術師の家系に多く、優秀な家系の血を保つために、強い個体同士、または血族婚を繰り返すことで発生する病気でございます。
この世界の人間は魔法が基本使えます。それは空気中の魔素を体内に取り込み、血液と共に循環させ、魔力を精製する臓器【師臓】と呼ばれる臓器が心臓の横にあるからです。
魔術師の心臓と呼ばれ、我々の世界の人間はこの師臓で魔力を精製することができるのでございます。
天使病は、その魔力を通常の100倍、精製してしまう…自己調整ができない師臓の病気です。
…そんな異常な量の魔力をもてば、体に負担がかかり、内蔵を壊死させ、やがて死にいたるでしょう。
病状として、まず全身が鎧を纏うように重く感じるようになり、体が少しでも魔力をすてようと、血ごと出そうとします。人により、血便血尿ですが、わたくしの場合は吐血ですね。
とにかく、魔力が体に溜まると魔力が混じった血を吐くので、出血死するケースもあるのだとか…
そうならないために、内蔵の機能を助ける薬、増血剤、栄養剤を九種類、毎食後に飲み、点滴をします。
そして、体内の魔力を血中から無くす特殊な魔法薬を月に1度…骨髄に注射いたします。
…はっきりいって、滅茶苦茶痛いです。
1日はベットからは起き上がれません。
わたくしは幸い女の子ですから、大きくなれば月の障りにより、吐くこともすくなくなり、ある程度耐えきれるようになるのですが、子供のうちは頻繁に血を吐きます。
また、魔力を大量に体にため込むと。体内の色素…髪や、肌の色が変色します。
わたくしも、お母様似の金髪は真っ白になり、肌も真っ白で…まるで神話に出てくる天使のような姿になってしまいました。
たぶん、幼い子供が発症し、その容姿になることから天使病の名前もここからくるのだと思われます。
改善策は三つ
・魔力のコントロールを覚えて、定期的に自分で放出する方法。
・体を鍛え、内臓を強くする方法。
・召喚術で精霊、もしくは召喚獣と契約し有り余る魔力を食べてもらう方法
などがありますが、わたくしは生来骨が弱く、鍛えるのには向かない体質でございました。なので
魔法を覚え、自分の魔力をコントロールする方法、召喚術で契約することで体質改善をすることになりました。
魔法があるなら治癒魔法で直せばいいのにと思う方も多いでしょうが、この天使病は魔力を体内で異常に精製し、ため込む病気ですので、術者の魔力を患者に注入し、自己治癒力を高める治癒魔法はかえってできない難病ですの。この病は、内臓を守るため、ひたすら魔力を取り払うしか治癒はできない病気なのです。
本当は天使病の研究で有名なシュタム国立ブレーメ学園付属病院に入院して、治療を受けるのがベストなのですが、わたくしは重症度:4の患者で、長距離移動ができない状態で、移動魔法とも相性が悪く
魔法陣の上に立つだけで体調を悪くしてしまう状態でした。
なので、週に一度ブレーメ学園付属病院のラーク教授が往診にきてくれます。
「やぁ、イリスちゃん。今日は朝食は全部食べれましたかにゃ?」
猫のパペットを動かしながら話すラーク教授は、ちょっと頭部が薄いですが、好々爺で面白い先生でした。
このおじいさんが、世界でも有数のお医者だなんて思いませんでしょう。田舎のお医者さんと言われた方がしっくり来るお爺さんです。
「ごめんなさい、先生。どうしても半分しか食べれなくて…。」
「うん、でもこの前は三分の一しか食べられなかったんだ。すごい進歩だよ。血は吐いた?」
「この3日は吐いてないの!すごいでしょ?」
「うん、すごいよ。先生の言葉を守ってちゃんとお薬飲んでるんだね。今日は、お兄さんも一緒に来たんだよ。」
「お兄さん?」
コテンと首を傾げ、先生の隣にやってきた青年を見て、わたくしは思わず思考が停止しました。
何故なら、そのお兄さんこそエーヴィヒ・ブレーメの保険医となるグラナード・アプフェル先生でございました。中性的な一見美女にも見えるグラナード先生は、攻略キャラではない脇キャラでしたが、あまりのも人気なので、ファンディスクで攻略キャラになったイケメンです。
エーヴィヒ・ブレーメは永遠の花と言う意味で、文字通り、キャラクターが最後に花をくれるかくれないかで決まるエンディングにおいて、グラナード先生は、花ではなく、柘榴の実をくださいます。
そして「…冥府の王が花の乙女に恋をした。不器用な彼は乙女をずっと側に置きたくて、死者の国に成る柘榴の実を乙女に食べさせた。死者の国の食べ物を食べれば…2度と現世に戻れない。そして死者の国の食べ物を食べた乙女は冥府の王の妻になったいう。
これをお前に渡すってことは…俺も冥府の王の気持ちがわかったから…ずっと側にいろ。俺の側で…俺だけの花の乙女になってくれ」
という、胸キュンなプロボーズをしてくれる不器用なツンデレ校医にファンは歓喜しました。
そして、今わたくしの前にはゲームでは長髪だった柘榴色の髪も短く、いかにも研修医といった若い姿のグラナード先生がいます。
なんというか、いかにもツンとした猫さんといった感じで…十年後の色気はないフレッシュな姿に、前世のわたくしの魂が萌えええ!!と叫んでいる声が聞こえます。あまりの原作とのギャップの姿に
テンションが上がってしまったので…わたくし…思わず
「っうっえ」
…血を吐いてしまいました。
「い、イリスちゃん!!」
「っ止血剤、ラクロトンでいいですか!!」
「ついでに、輸血剤も点滴タイプね。血液型はABのプラス、魔力を抜いたの持ってきて。あと念のため検査鏡も!」
「はい!」
「きゃあ!!お嬢様!しっかり!!」
初対面でいきなり胃カメラ検査みたいな事をさせてしまいました。とても気まずいです。
グラナード先生の焦った顔が忘れられません。
血を吐いた反動で、眠くなり、わたくしは挨拶もろくにできず眠ってしまったのが最初の出会いでした。
この出会いがのちに大きな運命の分かれ道になるとは知らず、またしても原作に大きなズレを作ることになるとは…この時のわたくしは深く考えてはいませんでした。
***********
目の前にはクッションに埋もれるように眠る少女の顔は、優しい静謐に包まれ
まるで天使のように愛くるしかった。
イリス・カメーリエ。
帝都でも有名だった皇太子妃候補だった少女。しかし、今の彼女は輝く金髪は真っ白になり、バラ色の頬は消え、肌はまるで雪のように真っ白になっていた。以前、社交界で見たわがままな令嬢の見る影はない。
社交界では彼女は病気で出れなくなったとは対外的に知らされていたが、あの我儘な性格を矯正するために田舎に追いやられたのだと思う者も多い。王宮で見かけた皇太子も婚約者候補だったというのに、無関心なのか、イリスの話をしても興味がないようだ。
あんなに、べったりと好意を寄せていた少女に対していささか冷たいのでは?と思うが皇太子にとってはあくまでも候補の一人でしかない。でも、見舞の手紙や花束が贈られてきてるから、それなりに皇太子は筋を通しているようだ…どちらかと言えば、イリスではなく父親の侯爵への配慮っぽいが…。
それが、尾ひれがついて、彼女をネタにいろいろな噂が飛び交っている。
伯爵家の三男に生まれ、医学の道を選んだグラナードは、まだ進むべき分野が見えず、悩んでいた。
たまたま、ラーク教授がそこに通りがかり、珍しい病気の子どものところに往診に行くというので、同伴させてもらうことになったのだ。
天使病は、奇病中の奇病で、完治することができない難病の一つだった。一万人に1人の割合で発症するこの病気は未だに特効薬も見つからず、高い医療費がかかる病気である。
大抵の子どもは死に至るが、適切な投薬と、治療を長期に受ければ生存率が上がるとされている。
そんな難病を抱えた患者はとても珍しく、グラナードは興味本位で教授と共にある屋敷にやってきた。
それが、あのカメーリエ侯爵家で、その患者があのイリス・カメーリエだったことに、グラナードは驚いた。
さらに驚いたのは、彼女の病状だった。
重症度:4
はっきり言って、入院しないほうがおかしい状態だ。
皇太子妃候補を辞退するのもうなずける…彼女は今、自分の体と必死に戦っていたのだ。
そこに、かつての皇太子にべったりだった我儘な令嬢の姿はなかった。
彼女は、悲観することもなくラーク先生に明るく笑いかけ、周りの大人を気遣っているのか、ニコニコと笑っていた。
最初は往診も順調だったが、初めて見るグラナードにびっくりしたのかイリスは吐血してしまった。
その姿に、グラナードは世界が灰色になったような冷たい感覚を覚えた。
今は、穏やかに眠っているが、さっきまで毛布を握り締め、その小さな口を真っ赤に染めて、苦しそうに血を吐きだしていたのだ。なにより、グラナードが堪えたのは「ごめんなさい、おにいさん」と血を吐きながら謝られたことだ。
六歳の女の子…しかも重病の女の子に気を使われたことに、グラナードはひどい衝撃を受けていた。
か細い体を震わせて、必死に生きる小さな命に、若い医師は思わず唇をかみしめ、拳を握りしめる。
まだ、六歳の女の子が…外で遊びたい盛りだというのに…。
その彼女を嘲笑い、面白可笑しく噂している貴族たちに怒りを覚えてしまうのは仕方ない事だろう。
「…はぁ、眠ったね。良かった、胃に穴が空いてなくて…」
「……先生。」
「ん?なんだい?」
「どうして、いきなり血を吐いたのですか?驚いただけで、血がでるものなのですか?」
「君は天使病にはあまり詳しくはないの?」
「無知で申し訳ございません…恥ずかしながら、まだ専門課程を選んでいなくて、色んな研究室を見学していたんです、でも…」
「…君は小児科を視野に入れていなかったから…天使病に関しては基礎知識しか知らなかったと…」
「…すいません。」
そう、正直にいうとラーク教授はポンポンとグラナードの肩を叩き、責めるどころか朗らかに微笑んで、萎縮するグラナードに「責めてるわけじゃないよ」と否定した。
「君は、天使病をよく知らないのに、適切に僕の補佐をしてくれた。検査鏡(胃カメラみたいなもの)の手際も良かったし、止血剤の選定判断も良かった。基礎課程をしっかり学んできた証拠だよ」
「ラーク教授…。」
「じゃあ特別に、天使病について講義しようか。
あ、そこの侍女さんも一緒に聴いてね」
「私もですか!?」
イリスのネグリジェを取り替えていた、イリス付きの侍女に顔を向ければ、彼女は驚いた表情を浮かべた。
「血を吐くたびに、侍医のロルト先生を呼んでるでしょ?でも、もしもの場合、イリスちゃん付きの貴女も、応急処置は覚えたほうが良いでしょ」
「はあ…。」
「うん、じゃあ、侍女さんのために最初から説明しようかね。天使病は師臓の病気なんだ。それはわかるよね?」
「はい。」
「師臓はね、循環器の中でも特殊な臓器なんだよ。小さな臓器だけど種から発芽した芽のように、全ての内蔵の血管に枝分かれして繋がっているんだ。
彼女の場合、師臓の中で溜まった魔力を大量に含んだ血が、その血管を通り胃に流れている。大腸に流れる子もいれば、尿道に流れる子もいる。大体は外部との繋がりがある場所に師臓から血が流れる。
通常の人間の場合、魔力が適量だから体内に分散し、血を外に出す必要はないんだけど…この病気が難しいのはそこなんだ。」
「は、はあ…」
「要は大便、小便と一緒なんだよ。要らないものは体内から出す。それと同じなんだ。でも、魔力は凝固化できない。血中に含まれたエネルギー体だからね。
だから、体は血ごと外に排出しようとするんだ。
でも、血を出し続けると、人間は心臓を優先してしまうから、他の体内の機能が低下してしまうし、過ぎたる魔力は毒と同じでね…徐々に体内の消化器を蝕んでいく。」
「魔力が…ですか?」
「そうだよ…薬は人間の体を直す成分があるよね?だけど、飲みすぎれば毒となる。たしかに魔力は便利だよ?でも、身に余る…いや、有りすぎる魔力は、人の脆い身体には受け止めきれない。とくに、幼い子供にはね。
イリスちゃんみたいに胃に血が溜まる子は、厄介で、自分の胃の内部に血が溜まっている自覚がないんだよ。」
「自覚がって…。」
「本人が言ってたでしょう?3日間は血を吐いていないって」
「あ、たしかに」
侍女も、納得したのか「だから、唐突に血を吐くんですね」と呟いていた。
「イリスちゃんはグラナード君をみて血を吐いたわけじゃないよ。たまたま、血を排出するタイミングにウグラナード君が来ただけだよ。
…にしても、暫くは点滴だけだね…食事は無理かな。 」
「禁食ですか?」
「いや、胃に穴が開いてるわけじゃないから、食べれるけど、胃が食事を拒否しそうだ。おそらく 、食べさせても吐くね。只でさえ食欲がない子なのに。難儀なことだよ。」
はぁ、と息を吹き出すラーク教授に、グラナードはおずおずと手をあげた。
「ん?なんだい?」
「天使病は胃に穴が開くんですか?」
「開くよ。だって、吐くのってすごく疲れるし、ストレスが溜まるんだよ。時には未消化の食べ物ごと吐くから…食欲不振になるし、吐くたびに処理するのが大変だから、患者が精神的に追い詰められやすいんだ。
だから、血を吐いたら必ず胃の中をみて、検査して、穴を修復するんだ。」
それを聴いた侍女は、顔が真っ青になっている。
たぶん、この事実はこの屋敷の人間は誰も知らないのだろう。侍医も、家族に配慮していたのかまだ話していない内容だったのだ。
たしかに、信じられないだろう。あんなに楽しげに笑っていた子がそんな過酷な戦いをしているんだから。
只でさえ難病にかかって、幼いわが子が血を吐いているのだけで、ショックなのに、胃に穴が開くなんて聞いたら卒倒ものだ
侍医が侯爵一家にはちょっと話しづらい気持ちがグラナードには痛いほどわかる。
ふと、その時グラナードの頭に天啓が降りるような…閃きを感じた。
(あった、ここに俺の進む道があった。)
グラナードは、ベットに横たわるイリスをじっと見つめると、再びラーク教授へと視線を向けた。
それは、決意に満ちた医者の瞳だった。
「先生…俺、天使病の研究をします。先生の研究チームに入って、少しでも天使病の患者が生きれるようにします。」
「彼女に同情したのかね?」
「それもあります、でも、彼女と同じように苦しむ子供がいるなら…助けたいと思うんです。それが、俺の進む道です」
「…ふむ、連れてきた甲斐があったね。僕は君を歓迎するよ」
こうして、彼は小児科医の道を選ぶことになった。当然、舞台となるブレーメ学園の校医になることはなく、その生涯を天使病の研究にささげることになる。
軽いヒロインと思われるでしょうが、彼女は彼女なりに病を受けとめています。
悲観にくれて泣くよりも改善できるなら、頑張るというポジティブな性格なので、周りに勘違いされています
因みに、皇太子のことは頭からポーンと抜けているため、お見舞いがなくても全然気にしていません。
家族…特に兄ちゃんたちは妹の病状を知っているだけに怒りを覚えているようですが…
ちなみに、この後、この侍女さんはみっちり点滴の仕方や、食事で気を付ける点など、徹底的に指導され…やがて彼女の息子に引き継がれます。
・攻略メモ・
グラナード・アプフェル(27)
研修医時代は(17)
ストイックな色気漂う校医。
不器用な性格でツンデレ。
「…また、来たのか。怪我するなんて馬鹿だな。」
「馬鹿、血がでてるじゃないか!…せっかく、綺麗な肌に痕が残るだろうが!」
・ゲーム・
脇役の校医だったが、攻略キャラに昇格。
一作目では攻略できない詐欺と呼ばれていた。
▼イリス・カメーリエ(16)
研修医時代では6才
容姿だけ取り柄の悪役令嬢。
ゲーム
頭が非常に悪いが、悪知恵だけは働く悪役
宿題や課題を立場が弱い生徒にやらせ、成績も教師から脅していた。
また、皇太子は自分のものだという強い執着心を抱く。